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その3 冒険宿場と白猫露店

 クエストを報酬を受け取った俺たちは、東の【冒険宿場】に足を踏み入れた。

 青い大門をくぐった先には広がる、石畳の空間。

 本来ならばここに所狭しと露店が広がっているはずなのだろう。


「だけど、まだゲームが始まったばかりだもんなぁ」


 広場は足早にプレイヤーたちが通り過ぎるだけの、ただの通路と化している状態だ。多くのプレイヤーたちは東の外門から出てすぐの草原で狩りをしている。そして、倒したモンスターの素材をそのまま中央市街の各店舗に持ち込んで販売しているのだ。

 素材を扱う商人プレイヤーや職人プレイヤーがいない状況では、露店スペースがいくらあっても意味がないというわけだ。


「お兄さんたち、何か買っていかないかにゃ~?」


 そんなガランとした空間で、露店を開いているプレイヤーが一人……いや、一匹。等身大の巨大な白猫が店を開いていた。


 猫である。獣人のように獣耳が頭頂部についているだけの人間の顔ではなく、ペルシャ猫系のまんま猫の顔だ。毛が長めで、鼻が低いところが可愛い。

 残念ながら、体の方は普通に服着ていた。毛は長かった。


 その猫が座る一畳ほどの大きさの赤い布の上に、アイテムがいくつも並べられている。置いてあるのは本と、銀色のペンダントだ。本やペンダントは見たことのないアイテムだったが、それぞれ数種類のバリエーションがある。


「これはなんですか?」

「【真印】と【真言】だにゃん。これがないと魔法が使えにゃあよ?」

「あれぇ? 魔法を使うには講習会に参加しないといけないはずではぁ?」

「にゃんにゃん。あれはちょっと説明することが多いってだけにゃあよ。うちはミャーが丁寧に教えてあげるから大丈夫にゃん。いかがかにゃん?」


 青い双眸が、一歩下がって成り行きを見守っていた俺を捉える。

 この集団のリーダーが俺だとわかっているような素振りだ。

 見た目は完全に猫なのだが、よく見ると骨格や指の形も人と変わらない。並べられている商品を手に取ったり、顔を向けたりする動きに、中の人が入っている――全機能版のプレイヤーだとわかる。


「いくらなんだ?」

「今ならなんと一セット1600zにゃん! 講習会に参加するより400zもお得だにゃん!」

「へえ、それなら確かにお得じゃない」

「南の魔法特区は混んでますからぁ、ここで買ってしまった方がいいかもしれませんねぇ」

「そうにゃん、そうにゃん。是非買っていってほしいにゃん」


 魔法職希望の二人の好感触に、白猫が相貌をほころばせる。

 確かにこの猫の言うことは間違っていない。いいこと尽くめだ。

 他のプレイヤーで混み合う特区や街まで行かずにすむし、金も抑えられる。

 時間と費用の節約になるのだから願ってもない好条件だ。


「二人がここでいいって言うなら構わないが……」


 いくら好条件でも、そのまま鵜呑みにするわけにはいかない。

 いや、いけないわけではないが――もったいない。


「このセット、説明をなし・・・・・で買ったら1セットいくらなんだ?」

「にゃ!? せ、説明なしでかにゃ!?」

「ああ」


 こっちには魔法職希望が二人・・いるのだ。

 なら、先に一人が説明を聞いて、もう一人に教えてしまえばいい。

 そう考えてもおかしくないだろう。


「にゃあぁぁぁ……うう、仕入れ値もあるから、ギリギリで15……いや、1400zまでなら頑張るにゃん!」

「このセットの定価って1000zだろ? ちょっと高くないか」


 魔法特区に足を踏み入れたとき、NPCが叫んでいるのを聞いていた。

 真印と真言のセットは1000zだと。

 つまり、この猫は1000zで仕入れられるアイテムと無料の説明を抱き合わせて販売することで、一回ごとに600zの利益を上げているのだ。

 一見すると俺たちが得しているように見えるが、この猫もしっかりと稼いでいるわけである。


「にゃあああああ、それを言われると困っちゃうんだにゃあ……」


 しょんぼりと耳が垂れる。なんとも感情に素直な猫耳である。触ってみたい。


「魔法特区で売っているのを他の人にこっちまで運んでもらう代わりに、ミャーが1300zで買っているにゃん……だから、それ以下だと本当に困るんだにゃん……」


 うるうると泣き落としをしようとする白猫に、ニッコリと微笑んでみせる。


「三つ買うから4000zでどうだ? ちゃんと儲けが出てるだろ?」

「お兄さんは鬼かにゃん!?」


 失礼な、俺は小人族です。


 ◇


 その後、少し交渉をして全部で4500zという金額に落ち着いた。

 買った魔法はエルの【神聖魔法】と、マーリンの【精霊魔法】【暗黒魔法】の三つだ。


 魔法には五つの種類がある。


 回復、補助、そして光属性の攻撃魔法に長ける【神聖魔法】。


 火水風土の四属性の攻撃・補助魔法が使える【精霊魔法】。


 闇属性の攻撃魔法に加え、ステータスを下げる呪いや状態異常をばらまく【暗黒魔法】。


 転移や倉庫、召喚などを行うことのできる【時空魔法】。


 唯一【幸運】というステータスに影響を及ぼすことができる【運命魔法】。


 以上の五つがこのゲームで覚えることのできる全魔法だ。



「魔法を使うのは意外と簡単にゃん。この真印を身につけた状態で真言を唱えるだけにゃん」


 白猫が首からぶら下げた真印を俺たちに見せる。

 八方向に伸びる直線と円が組み合わされた、操舵のような形の銀の真印だ。


「これは運命魔法の真印だにゃん。これを持ったままこうして真言唱えればいいにゃんよ」


 右手に本を持ち、ページを開いて読み上げる。



『巡る巡る運命の風。留めること能わず。今こそ旅立ちの時。

 ここに大いなる運命に導かれし、二人の旅人あれり。

 祝え! 祝え! 父なる天空よ、母なる大地よ、汝らの愛子たちの行先に幸いと光あれと声高らかに寿ことほぎたまえ!

 ――《祝福ブレス》!!』



 白猫が読み上げた一篇の詩。

 歌うように、願うように、力強く暖かい。

 最後の締めくくりの言葉を叫ぶように唱えると、猫の目の前にいたマーリンとエルに白い光が降り注いだ。


「え、な、なにこれ!?」

「わぁ、綺麗ですねぇ」


 正反対の反応を見せる二人だったが、その光もすぐに消えてしまった。


「ふにゃぁぁ、無事に発動してよかったにゃあ。今のが《祝福》の魔法にゃん。ステータスを確認してみてほしいにゃん」

「え……。あ、本当だわ、《祝福》状態って書いてあるわね」

「《幸運に恵まれやすくなる》ってどういう効果なんでしょうかぁ?」

「にゃ、まだまだ検証中らしいけど、ドロップ率アップとかの効果みたいにゃんよ」


 なるほど。白猫の言うとおりにドロップアップ系の効果なら意外と重宝しそうである。


「――で、今の恥ずかしいポエムはなんなんだ?」

「あれが真言だにゃん。あれを恥ずかしがらずに堂々と言えるようになるのが大事にゃんよ」

「……マジかよ」

「マジだにゃん」


 真顔で言い切る白猫。

 あの長い文章が魔法の詠唱に当たるらしく、最後の言葉は発動のキーワードに過ぎないらしい。


「でも少し慣れてくるとちょっと短くしたりもできるにゃん」


『父なる天空よ、母なる大地よ、汝らの愛子の行先に幸いと光あれと声高らかに寿ことほぎたまえ。

 ――《祝福》』


 先ほどよりもいくらか力の抜けた声で詠唱をすませると、今度はモモが光に包まれた。

 だが、心なしか先ほどよりも光量が少ないように思える。


「これやると普通に唱えるより弱くなっちゃうんだにゃん」

「やっぱりそうか、さっきよりも弱々しい光だと思った」

「後は、完全に詠唱切っちゃってキーワードだけで済ませる方法あるにゃあよ」


 ――《祝福》


 白猫が俺を指差し、先ほどと同じようにキーワードを唱える。


 だが、何も起きない。


「……今のはなんだ? 何かしたのか?」

「発動に失敗したにゃん」


 おい。


 ◇


 ――どうやら、詠唱を短縮すればするほど威力が下がり、発動の成功率も下がるらしい。

 全フレーズを省略せずに唱えればかなりの確率で成功するが、威力の高い高レベルの魔法はその分詠唱も長い。

 どの程度省略をし、威力や成功率との折り合いをつけるのか。

 これが魔法職の課題なのだそうだ。


『天もなく地もなくぅ、全てが混沌に沈んでいたころぉ。我らが偉大なる主はぁ、闇を切り裂きぃ、世界を真理によってあまねく照らすぅ、原初の言葉を生み出しましたぁ。

 ――《光あれぇライト》』


 ぽわ、とエルの目に光の玉が生まれる。

 だが、なんとなくふわふわしていて見ていて危なっかしく感じてしまう頼りない光り方だった。


「ちょっとゆったりすぎるにゃん。もっとキリッ!と言った方がピシッ!とした光になるにゃあよ」

「わかりましたぁ」


 白猫の擬音語を多用した説明はどうやらエルにあっているらしい。詠唱の仕方一つで効果にも変化が出てくるし、意外と見ていて飽きない。

 これならエルの方は一安心と、残ったもう一人の方に目を向けるが。


「……激しく、も、燃え盛る、紅蓮の炎よ……あ、悪を焼き、善を焼き、すべてを……ひとしく……」

「りっちゃん、声が小さくて聞こえないよー。『全てを等しく焼き払う、暴虐苛烈な力の象徴よ』だよ」

「うるさいわね! こ、こんな恥ずかしいセリフをなんであんな堂々を言えるのよ!? おかしいでしょう! もっと恥ずかしがりなさいよ!!」

「えー。でも私、面白いと思うんだけどなあ。魔法を使うのも楽しそうでいいなーって」

「どこが楽しいのよ!!!」


 厨二病溢れる言葉の羅列にマーリンが手こずっていた。

 モモになんとか宥められながら最後まで詠唱を終えたが、《炎球ファイアボール》の魔法で出たのは親指の爪くらいの大きさの小さな火だけ。

 なかなかに前途多難だが、これはこれで見ている分には面白いから良しとしよう。


「すみません、これは何を売っているんですか?」

「あ、いらっしゃいませ。これは真印と真言と言ってですね――」



 ――白猫が魔法の指導をしている間に引き受けた店番をこなし、ちゃっかりとバイト代も稼ぐのだった。

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