終わり それぞれのプレイスタイル
VRMMOが最新技術の塊とはいえ、いくらなんでも筐体一つで三百万は高すぎる。
それに加えてゲーム情報を中継する為の専用ターミナルが五百万。更にゲーム中は膨大なデータをやり取りする為、ネット回線が貧弱な場合はそれらの改修工事なども必要になる。
そうした諸々を含めると、ゲーム環境を整えるだけで一千万近くの出費を強いられる。これではとてもじゃないが一般層のゲーマー達は手が出せない。
単にVRMMOを金持ち限定の娯楽として提供するだけなら、それでも構わなかっただろう。休日にレーシングカーや自家用セスナを乗り回す趣味人だって世の中にはいるわけだし、そうした【金のかかる趣味】の一つにVRMMOが新たに加わるだけだ。
だが、このゲームの制作会社はそれでは満足しなかったらしい。
廉価版のコントローラー。正式には【機能限定版フルフェイス・コントローラー】の開発及び、発売。
筐体型から各種機能をオミットし、その代わりに何とか一般人でも手が届くくらいにまで価格を抑えた新型コントローラーを発表したのだ。
この機能限定版は頭にすっぽりと被るフルフェイス・ヘルメット型の装置で、その形と値段からネット上では通称【廉価版】と呼ばれるようになった。
それに対し、VRMMOの全機能を体験することができる筐体型コントローラーは、中にプレイヤーが入り込み、すっぽりと全身を包まれることから揺り篭に例えられ、【全機能版】と呼ばれている。
このどちらにも共通している機能が、プレイヤーの脳波を読み取ることによる【思考操作】が可能なこと。
反対に、廉価版と全機能版の最大の差異は、【廉価版には感覚のフィードバックがない】ことだ。
全機能版では実際に別世界に降り立ったかのように感じられるのに対し、廉価版ではそういった感覚系のフィードバックを一切得ることができない。
フルフェイス・ヘルメット内部に設置された全周型内部ディスプレイに表示される、本物と見紛うような鮮明な映像と音楽。それによって臨場感のあるゲームがプレイできるという、ただそれだけの機能しかないのだ。
他にも廉価版では『キャラクターの表情の変化が少ない』『動作にシステムの補助が入り、全機能版よりも自由度が少ない』『最初に選べる種族が初期種族の四種しかない』など、多くの制限がかけられている。
それでも廉価版には申し込みが殺到し、出荷数で全機能版を圧倒しているのだから面白い。
――まあ、その分厄介事も増えるのだが。
◇
「――僕は廉価版でプレイしているんだけど、全機能版だと操作はどうなの? もう一つの世界を感じられるっていうキャッチフレーズは本当なのかな?」
「え、ええと……」
「あ、そうか。君の種族も初期種族じゃなくて特典種族って奴なんだね。巨人族だっけ、ファイター向けの種族だよね? 大きい体を動かしても違和感とかないの?」
「あの……それは……」
トカゲ男の勢いに押されて、モモがタジタジになっている。いつの間にか試用スペース内のプレイヤーたちも手を止めて、二人の会話に耳を傾けている。
そうした周囲の変化に気がつかないまま、モモは地雷を踏んでしまった。
「……そう、ですね。本物の世界みたいに、凄い現実味があります。でも、大きい体でも特に違和感とかはないです」
自分が全機能版のプレイヤーだと、はっきり認めてしまった。
「――君、全機能版のプレイヤーなのか! 俺もその話を聞かせくれないか?」
「ぼ、僕も興味があるんだけど、少しいいかな?」
「俺も!」「オレとも話を!!」「結婚してください!!」
「え? え? えええっ!? ま、待って、待ってください! 一人ずつ、一人ずつで……!!」
あっという間に男たちがモモに群がり、我さきにと声をかける。そのド真ん中では、いきなりの展開にモモがパニックを起こして右往左往していた。
「……なに、あれ」
「モモちゃんモテモテですねぇ」
「お、二人も来たのか」
「そりゃ、あんな素っ頓狂な声が聞こえたらね」
マーリンとエルが俺の隣に陣取り、新たに発生した乱痴気騒ぎに白い目を向けていた。
だが、これは避けることのできない通過儀礼なのだ。
「常識的に考えてみろよ。クレイドルを使っているプレイヤーは性別を偽ったり体型の変更ができないだろ?」
「ええ、できないわね」
ちなみにフルフェイスの方だと体型の変更が可能だ。これが唯一クレイドルに優っている点だとも言えるのだが。
「で、モモを見たら、まあ若い女の子だろうな、と憶測がつくだろ?」
「そうですねぇ、モモちゃんは可愛らしいですから、女の子だってわかるかもしれませんねぇ」
あの幼女体型だ、中身がおばさんだと思うはまずいないだろう。
「で、クレイドルを買っているってことは、まず間違いなく金持ちだ」
「……そうね」
「……はい」
マーリンが嫌そうに顔を歪め、エルは悲しそうに頷いた。
「その上、フルフェイス版とクレイドル版の違いなんていう『話題』までご丁寧に用意してあるんだ。
――普通の男なら声をかけるだろ」
そう、これは何もおかしくない。
太陽が東から昇って西に沈むくらいに当たり前の、世界の真理。
金持ちで若い女の子が、一人でフラフラネトゲを遊んでいたら、若い男なら――あるいは、若くない男でも声をかける。
しかも絶対に外さない話題(と本人たちが思っている)まであるのだ。
このチャンスを逃してなるものか、と男たちが群がってくるのはしょうがないことなのだ。
「……私たち、別に声かけられたりしてないけど?」
「なんででしょうかぁ?」
「そりゃ、女同士の会話に割って入るような勇気がなかったんじゃないか?」
楽しそうに話が弾んでいる相手にいきなり声をかけるというのは、コミュ力ではなくKYの所業だ。
二人に声をかけたかったけれど諦めた人間は星の数ほどいるだろう。現に今も俺のことを睨んでいる男がいるし。
「れ、レンく~~ん!! た、助けてえ~~~!!!」
おっと。ようやくモモがギブアップしたか。
どれ、お嬢様たちの為に一肌脱ぐとしますかね。
◇
「……何してるんだ?」
「わ、わかんない……」
尋ねた俺に、モモは困ったような顔を浮かべた。
他の男たちから庇うように、モモを背にして対峙している人物がいたからだ。
――当然、その人物とはトカゲ男氏に他ならない。
「え……あの……、もしかして、お知り合いの方……ですか?」
「はい。――ほら、モモ。とりあえずこっち来い」
「うん!」
トカゲ男の背後で居心地悪そうにしていたモモに声をかける。嬉しそうに返事をしたモモが俺の後ろに隠れるように移動した。
……まあ、俺の身長じゃ全然隠せていないんだけど。
そんなモモの行動に、心なしかトカゲ男氏がショックを受けているように見えるのだが、廉価版プレイヤーは表情の変化に乏しいから気のせいだろう。俺の勝手な思い込みという奴だな。
「……皆さんも、全機能版プレイヤーさん、ですよね……?」
「まあ、見ればわかりますよね。そうですよ」
ここで否定しても意味はないので、トカゲ男氏の質問を肯定する。
初期種族ではない特典種族を選んでいるし、表情や動作も不自然さのない人間らしい滑らかな動きだ。見れば一発で違いがわかる。
「ははは……な、なるほど……そうっすよね。全機能版プレイヤー同士で固まった方がいいっすよねぇ……」
乾いた笑いがトカゲ男氏の口から溢れる。
周りの男たちから同情の視線が向けられるが、これも俺の錯覚に過ぎないのだろう。科学の進歩と価格の進歩を待たない限り、彼らの心境を理解することは不可能なのだ。
それはさておき。
「固まったというより、固めたが正しいですね」
トカゲ男氏の発言を訂正する。
自慢話を披露するお坊ちゃまのように、優越感に溢れたイイ笑顔を浮かべてみせた。VRマシンがきっと素晴らしい表情を作ってくれていることだろう。
「一緒にプレイしようと思って、彼女たちの分の筐体を用意したのは俺ですから。そこそこ高かったですけど、やっぱり買ってよかったと思いますよ」
◇
――世界初のVRMMOが正式に稼働を開始したその日。
某掲示板に寄せられた多数の情報の中でも、一際異彩を放ち人々の目を引いた情報があった。
――それは、黒い鬼人がソロでモンスターを相手に無双していたことだろうか?
いいや、違う。そんな在り来たりのものではない。
――それは、VRMMOで最速で結成された女性だけのギルドのことだろうか?
いいや、違う。もっとインパクトのあるものだ。
――それは、もしかして。
――一人の男が三人の少女にVRMMOの機械を買い与えて、囲い込んでいるというものだろうか?
それ以外に何があるってんだ!!!!!
リア充爆発しろおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!
――その日、多くの男たちの慟哭の声が、世界を覆い尽くしたという……。
『お嬢様たちがVRMMOをはじめたので、(見えている)地雷キャラで寄生(させている)プレイを楽しみます』
序章・終
※見えている地雷キャラ
三人が金持ちお嬢様だとバレるとややこしいことになるので、もう俺が金持ちって設定いいじゃん!という漢解除&釣り餌化
もちろん、三人は口裏を合わせるように言ってある
まあ、地雷とは『何かを守るために存在する』防衛兵器だということだ
※寄生させているプレイ
三人に対し、俺の金で好きに遊んでいいぞー!というおだいじんをやっているというプレイ
つまりただのごっこ遊びであり、当然中身は伴っていない