その5 ナチュラル上から目線
「お店の中ってけっこう広いんだねー」
「こっちにもいろいろありますよぉ」
「……ん、なんだあれ?」
「何かのイベントかしら?」
武器屋に足を踏み入れると、店の奥に人だかりができていた。
店内は壁や棚に多種多様な武器が陳列されているだけではなく、実際に的や人形などが置かれて武器の使い心地を確かめられる試用スペースが設けられている。
その試用スペースに多くの人が集まっていた。
「く……背が足りない……っ!!」
「わたしも見えないですねぇ」
背伸びをしたり跳ねてみたりするものの、身長150センチほどの俺では人の壁が邪魔で見れない。俺とほとんど背丈のかわらないマーリンや、普通の女の子くらいの身長のエルも同じだ。
この状況を打開するため、俺たちの中では頭三つは飛び抜けて背が高い巨人少女にロリダークエルフが水を向けた。
「モモ、あの奥で何しているか見える?」
「うん、見えるよ。えーと……黒い服を着た男の人がいるね。手に持っているのは……刀かな? あと、人間族じゃないみたい」
「人間族じゃないって……じゃあ、何の種族なのよ」
「確か……【鬼人族】だったかな? 頭から短い角が生えている種族ってそうだよね?」
両手の人差し指で額に二本の角を作るモモ。
「角の生えている種族なら、確か牛系の獣人もいたはずだけど……」
「たぶん鬼人族だろ、特典種族が珍しいんじゃないか。それに牛系は角が丸みを帯びているはずだ」
「短いけどまっすぐだよ」
「なら鬼人族ね」
そうこう話しているうちに、店内の他の客たちも俺たちに気がついたようだ。自然と視線が集まってくる。
ちょうどいいので目の前を塞いでいた人の壁に近づいてみたところ、さっと人が避けて空間ができた。そのスペースに割り入って、件の特典種族の男とやらを観察させてもらう。
黒い短髪に白い肌。中肉中背の男。
着ている服は俺たちの装備している地味な色合いの布の服とは違う、真っ黒に染められた着流しのような和服。
手にはやはり黒塗りの鞘に収められた刀を持っており、流れるような淀みない動作で標的に攻撃を叩き込んでいく。
……上手い。
一つ一つの剣の振りが連続していて、攻撃後の隙がほとんどない。上半身の力だけでなく、足さばきや全身のバランスの取り方などが上手いのだろう。
男はしばらく人形を相手に連続攻撃を続けた後、少し下がって刀を鞘に収めた。
――一閃。
納刀した状態からの居合の一撃。
それまでで一番強烈な攻撃に、しっかりと固定されているはずの人形が大きく傾いだ。
その一撃に満足したのか、抜いた刀を再び収めると、今度こそ標的に背を向けた。
「む……」
たまたま目の前に陣取っていた俺と、男の視線がぶつかる。
額から生える真っ白な二本の短角。黒い瞳。
鬼人族。特典種族の一つ。力と速さに優れる攻撃に長けた種族。
「……ふっ」
その男は、俺を見て、隣に立つモモやエル、マーリンを見て。
嘲るような笑みを残して、店を出て行った。
「――なによ、あいつ、感じ悪いわねっ!」
周りの人に聞こえないように一応は気を使ったのか、マーリンが小さく不満をこぼした。
◇
「うーん。どれにしようかなー?」
「けっこう高いわね……お金、足りるかしら」
「わたしは、やっぱり杖がいいんでしょうかぁ?」
三人娘がそれぞれに武器を見て回っている。
モモは俺のアドバイス通りに大型の武器。大剣や斧、槌、それに槍などを見ている。マーリンとエルは二人で魔法職用の装備を漁っているが、そちらは値段が他より高めで数も少なかった。
モモの見ている武器はだいたい800z~くらい。マーリンたちの武器が1000z~だ。ちなみに小型の武器だともう少し安くなる。
武器だけじゃなく防具も揃えなくてはいけないわけだし、所持金全部を使い切ってもギリギリ届くかどうか、というところだろう。
そんな三人に対し俺はというと、店内の武器を一通り冷やかした後、試用スペースで実際に武器を振っている人を観察していた。
狼系の獣人の男が剣を振るう。
素人とは思えない鋭い剣先が、男の視線の先に立っていた人形に叩き込まれた。
そして、一瞬の停止。
わずかに距離を開き、再び剣が振るわれる。
先ほどと全く同じ軌跡を描いた剣が、人形に吸い込まれる。
再び、狼獣人の体が一瞬停止し、距離を取って、もう一撃。
機械じみた精密さで、狼男が剣を振るう。
他のプレイヤーの練習風景を見てもそうだ。
槍を振るうリザードマン、弓を射るエルフ、二刀流で技名を叫んでいる人間の少年。
誰もがぎこちない動きで、素人離れした技量を見せている。
「ねえレンくん、これとかどうかな?」
試用スペースに入ってすぐの脇で観察を続けていたところ、モモが武器を手に俺のもとへとやってきた。
彼女が持っていたのは――ハルバード。
斧と槍が融合した、一種独特な形状の長柄武器だ。
「あそこの人形なら空いてるから試しに振ってみろよ」
「うん!」
誰も使っていない人形を指差し、モモに試させてみる。
モモが頭上に高々と振り上げたハルバードが、もの凄い勢いで振り下ろされる。
――そして、的の手前の地面にめり込んだ。
恥ずかしそうに頬を染めて、俺に愛想笑いを向けるモモ。
言葉にしたらこんな感じだろう。
『…………あ、あはは……ちょ、ちょっと失敗しちゃった』
それに対し、俺も視線で会話をする。
『そうだな。豪快なちょっとだったな』
『つ、次は……次は大丈夫だよ! ちゃんと当てるから大丈夫!』
先ほどの失敗をなかったことにしたいのか、めり込んだハルバードを引っこ抜き、大きく踏み込みながら横凪に人形へと叩きつけた!
――ただし、踏み込みすぎて、刃のない手元の部分が人形に当たっていた。
『……レンくん』
『突きを試してみたらどうだ?』
『……うん』
手の動かし、突くような動作をする。
若干落ち込みながら、モモがハルバードを人形へと向けて突きつけた。
――その後、何度か試したもの、結局使いこなすことができずにハルバードは棚に戻された。
そのままモモはまた別の武器を漁りに向かったようだ。
「VRMMOの戦闘は難しい、か……」
飯屋でマーリンが言っていたことだが、俺もVRMMOの情報を集めていた時に何度もその文言を目にしていた。
いくら思った通りに体が動くとはいえ、本人がしっかりと理解していないままでは武器を使いこなせない。素人がいきなり剣を振ったり、弓矢を射たり、槍を自在に操ったりできるはずがないのだ。
先ほどの鬼人族の男を思い出す。
ひと目で初期装備ではないとわかる武器と装備に、鮮やかすぎる刀さばき。
あれは明らかな経験者――おそらく、βテスターなのではないだろうか。
一方、今も周りにいる大多数のプレイヤーたち。
顔に貼り付けたような表情、機械じみたぎこちない動作。それなのに素人離れした武器の扱い。
この人たちはおそらく――。
「き、君も槍使うのかい? 俺も槍がいいなって思っているんだけど」
「え? は、はい。ちょっと触れてみようかなって」
ふと見ると、先ほど槍を振っていたリザードマンの男がモモに話かけていた。
ハルバードを戻したモモは今度は槍を持って再挑戦することにしたらしい。それで試用スペースの中でたまたまモモが近くを通ったところで、トカゲ男が声をかけたようだ。
「槍とか長物はね、間合いが大事なんだ。システムサポートもあるけど、それが発動すると動きが一瞬動きが止まっちゃうからね。相手と自分の距離をしっかり把握しないとダメなんだよ」
蜥蜴族と言っても直立した蜥蜴というわけではない。顔や腕にウロコが生えていて、指の間に水かきがついている程度だ。
水中での活動や呼吸にボーナスがつくというのが蜥蜴族の一番の特徴だろう。
槍は他の武器と比べると水中での威力の減衰が少ないので、蜥蜴族は槍を好んで扱う者が多い、と公式設定にあったりする。
「システムサポート、ですか? 別に動きが止まったりとかしませんけど……」
「あ、ああ、そうか。なるほど! 君、もしかして――」
――【廉価版】じゃなくて、【全機能版】の方のプレイヤーさんかな?