その4 NPCと他プレイヤー
「すみませぇん、りっちゃんったら萌ちゃんと久しぶりに一緒に遊べるってはりきっちゃったみたいでぇ……」
「いや、俺も言いすぎたから気にしていないけど。……久しぶり?」
「あ、わたしとりっちゃんは、萌ちゃんが転校する前からの友達なんですよぉ」
マーリンが少し落ち着いてきたのでモモに任せたところ、エルがほわほわした顔で話しかけてきた。
「いや。思わず聞き返した俺も悪いが、リアルの話はやめようってさっき言ったばかりだろ……」
「レンさんならいいかなぁって。ちゃんと他の人には秘密にしますよぉ」
「そ、そうか……」
どこで信頼されたのかわからないが、わかっててやっているのならこれ以上注意をしても意味がない。……実際、俺も気にはなっていたし。
「やっぱり、二人は萌が引越ししてくる前からの知り合いだったのか。そうだろうなとは思っていたけど」
「はぁい、そうなんですよぉ。わたしとりっちゃんと萌ちゃんでよくおしゃべりしていたんですぅ」
エルが昔のことを語りだす。
親に連れられて知り合った三人だったが、たまたま同じ学校に通っていたこと、お互いに気があったことがきっかけで休み時間などはよく話をしていたらしい。
「萌ちゃんとは引越ししちゃってから全然会えませんでしたか、りっちゃんは今日のことを本当に楽しみしていたんですぅ。だからちょっと空回りしちゃったんだと思うんですぅ」
なるほど。
どうして過去の話をしたのかと思ったが、彼女は彼女なりにりっちゃん――マーリンのフォローをしようとしていたらしい。
ちょっとばかし単純で熱くなりやすい親友をいつもフォローしてあげているのだろうなと、その光景がごく自然と浮かんできた。
「大丈夫、ちゃんとわかってるよ。マーリンがいい子だって」
「そうですかぁ、それならよかったですぅ」
安心したように顔を緩ませるエルの姿に、この子もいい子だなと思う。
萌は友達が少ないわりにいい友人に恵まれているようだ。保護者的立場を自認している俺も一安心である。
ちなみに俺と萌が同じ年なので、エルやマーリンもほぼ同じ年ということになるのだが……。まあ、細かいことだ。気にしてはいけない。
◇
「――さて、それじゃあ、そろそろ街に出てみるか」
途中で多少バタバタしたところはあったが、それでも一番大事な注意事項をちゃんと伝えることができた。
マーリンも盛大に泣き喚いて少しはすっきりしたのか、モモの後ろに隠れながら一応謝ってくれた。多少俺を相手にする時にぎこちなさが残っているが、そのうち慣れて元に戻るだろう。
「全員、さっき言った注意事項を忘れずに行動するようにしてくれ。それと後は常識の範囲内で、他人の迷惑になるようなことしなければだいたい大丈夫だ。
それでも何かあったらすぐに俺を呼ぶこと、近くに居なかったら【ウィスパー】(個人宛のショートチャット)を使ってくれればなるべく急いで駆けつけるようにする。
ウィスパーの使い方はさっき練習したから大丈夫だよな?」
「大丈夫! エルちゃんやりっちゃんと練習したから、みんなちゃんと使えるよ」
「よし、それじゃあ行こうか。ああ、NPCの人にも変なことしたりしないように気をつけろよ」
このゲームのNPCがどういう扱いなのかは知らないが、ゲームによっては衛兵を呼ばれて斬り殺されるなんてものもある。
普通に接していれば大丈夫だと思うが、攻撃的な行動は是非自重してほしい。
「うふふ……なんだか、海外旅行のガイドの方みたいですねぇ。ねぇ、りっちゃんもそう思うでしょう?」
「……まあ、少しだけなら……」
「ほら、二人とも! レンくんに置いていかれちゃうよ! 行こっ!」
ぷいっとむくれているマーリンの手を引きながら、エルとモモが後ろをついてきているのを確認する。
「すみません、会計お願いします」
「では腕輪をどうぞ」
「はい」
左手に巻きつけてある銀の腕輪をバーコードリーダーのような機械にかざすと、小さな電子音がして会計が終了した。
俺たち新規プレイヤーが持っている初期の所持金は2000Zだ。そして今回注文したお茶が一杯120z。後ろの三人の分も一緒に会計したので一気に所持金の四分の一が溶けた。
まあ、俺は武器防具に金をかけないから多分なんとかなるだろう。
「おーい、まずは店を覗いてみて、その後各訓練所に向かうぞー!」
後ろで会計が終わるのを待っていた三人に声をかけ、俺たちは店を出た。
◇
マップを見ながら大通りを進んでいくのだが、周囲のプレイヤーからの視線を嫌というほど感じている。
「……おい、あそこにいるのってもしかして……」
「後ろの子たちも見てみろ……」
「……マジかよ……」
ヒソヒソと通りのあちこちで囁く声が聞こえる。
そのほとんどが初期装備の布の服を来たプレイヤーたちで、不自然なほどに表情が変わらない男たちだ。
「……ねえ、レンくん」
「なんだ?」
「さっきから見られている気がするんだけど、気のせいかな?」
俺の横に並んだモモが不安そうに尋ねてくるが、残念ながら彼女の不安は正鵠をいている。
「あのなぁ。【小人族】【巨人族】【天使族】【黒妖精族】が一箇所に固まっているんだぞ? 注目を集めて当然だろ」
「え……? なんで?」
本当に不思議そうにしているモモに、お前は脳みそ詰まっているのかと、問い詰めたくなる。
「モモちゃん、すれ違った方たちの種族を覚えているぅ?」
「え? えーと……【人間族】【獣人族】【妖精族】と……あ、後は【蜥蜴族】の人もいたよ!」
「で、俺らと同じ種族の人間は?」
「あれ? そういえば、見ていない……? なんで?」
ここまで言われてもまだわからないのか。
「だから――」
「あたしたちの種族が【特典種族】だからよ。このゲームを遊んでいる人のほとんどは、【初期種族】の四つからしか選べないの」
「――という訳だ」
セリフを取られた。
モモの隣で勝ち誇った顔で笑うマーリンにちょっとイラッときたが……元気を取り戻したみたいなので、今回は譲ってやることにした。
初期種族は人間・獣人・妖精・蜥蜴の四つ。
それにプラスして特典種族というものが存在し、これは十以上の中から好きな種族を選ぶことができる。
ほとんどの特典種族は初期種族の特徴を受け継ぎつつ、さらに特化した性能になっている。
人間族に似ている小人族、巨人族。
獣人族の中でも鳥系の獣人に似ている天使族。
妖精族の色違いの黒妖精族。
蜥蜴族に似ている特典種族には【竜人族】というものあったりするし、他にも面白そうな種族がいくつもあった。
そうした特典種族を選択するには、ある条件をクリアしないといけない。
その条件というのが、俺たちが悪目立ちしている理由なのだ。