その3 言葉遣い
「何か問題がって……あ、あるわよ! 大アリよ!!」
「だから、具体的には?」
俺の堂々とした態度に一瞬怯んだようだったが、最初の勢いを取り戻したダークエルフのロリ少女がまくし立ててくる。
「あんたは攻略サイトを見てないんだろうけど、小人族は『戦闘に全く参加できないお荷物種族』って言われているのよ!
力も弱い、体力もない、魔法も使えないのダメダメ種族なの! PTに参加しようとしても拒否られたり、逆に小人族の人がPTの募集しても誰も集まらないの!
だから小人族は地雷種族だって言われているのよ!!!」
「モモ。俺、戦闘じゃあんまり役に立たないから俺の分まで頑張ってくれ」
「あ、うん。わかった、頑張るね!」
「わたしも頑張りますぅ」
「頼りにさせてもらうよ、エルちゃん」
「はぁい、お任せくださぁい」
「……………………な、な…………っ」
パクパクと金魚のように口を動かしているマーリン。
俺を指差し、モモとエルに視線を向け、何かを言いたそうにするが、言葉が出てこないようだ。
まあ、裏切られた!?と顔にありありと書いてあるんだけどな。
なかなかいいリアクションである。
エルちゃんと一緒にダークエルフのロリ少女をたっぷり堪能してから、話を続きを促す。
「で、生産職が死に職ってのは何で?」
「――はっ! そ、そうよ!! 生産は死に職なの!
そもそもVRMMOなんてジャンルは誕生したばっかりで、βテスターの人たちだってみんな戦闘がキツいキツいって言ってるのよ! それなのに戦闘スキルじゃなくて生産スキルをメインにしていたらモンスターを倒せないじゃない!!
モンスターを倒せなかったら素材が集まらなくて生産スキルだって上がらないわ! だから、生産メインの生産職をやるっていうのは死に職なのよ!!
……ど、どう、これでわかったわね?」
「モモ、エルちゃん。素材集めるの大変みたいだからそっちも手伝ってくれる?」
「うん、もちろんだよ!」
「はぁい。いいですよぉ。あと、レンさん。わたしのことはエルとお呼びください」
「あ、そう? じゃあエルって呼ばせてもらうよ」
「はぁい」
「……………………」
二度目の口パクである。
なんだか泣きそうになっているように見えるが気のせいだろう。可愛いから問題ない。
ロリダークエルフは少しの間、目を閉じて、深呼吸して、何かを考えたあと、ようやく再起動をした。
「――なんで二人とも、そんな簡単に安請け合いするのよ!!!!」
現実だったら耳が痛くなりそうな大声だった。
「え、レンくんと一緒に遊びたいから、かな?」
「モモちゃんのお友達ですから、お手伝いくらいならいいかなぁって」
「なんで、二人とも、そんな奴のことを気にかけるのよーーー!!! 地雷で死に職なのにいいいいいい!!」
ごく普通に答える二人と、一人でヒートアップしていくマーリンとの温度差が面白いが、さすがにそろそろ止めに入るか。
「なあ、マーリン」
「なによっ!!」
「お前の言う地雷や死に職なんて、結局こんなもんだってわかったろ?」
「う……し、知らないわよ! あんたは地雷だし、死に職じゃない!!」
どうやら意固地になっているようだ。
なだめるように、噛み含めるようにゆっくりと教えてやる。
「だからさ。小人が地雷種族だって言うのは、『小人族を選ぶとPTを組めなくなるから』だろ?
で、生産職が死に職っていうのも、『生産メインだと自分で素材が集められないから』って理由だ。
そんなの、『友達』がいればどうとでもなる問題じゃないか」
そう、結局はそれだけなのだ。
地雷でPT組んでもらえないとか、生産は素材を集められないとか。そんな問題は友達が、仲間がいれば何の問題もないことなのだ。
むしろそんな些細な理由で、なぜ地雷だ死に職だと騒がれているのかが理解に苦しむ。
「それ、は……! でもっ!! ――そう、あれよ、あれ!」
「あれ?」
俺の言葉に反論できず苦虫を噛み締めたような顔をしていたマーリンが、何か思いついたように一転して勝ち誇った顔になる。
「そういうのは『寄生』って言うのよ! あんたは寄生プレイしようとしているの!!」
「……寄生。そうか、寄生か……」
なるほど。確かにマーリンの言うとおりだ。
戦闘ではお荷物。生産のスキル上げに必要な素材集めも他人頼り。
あれもこれもとおんぶに抱っこで、寄生と言えば寄生かもしれない。
それでどうやら持ち直したらしく、褐色ロリが小さな胸を張って自信満々に言った。
「だから、あんたが地雷で死に職なのよ! まったく、寄生なんかして恥ずかしくないの?」
「いや、全然。これっぽっちも恥ずかしくないけど?」
「はぁ!? な、なんで!?」
「なんでと言われてもな……」
この褐色ロリの指摘には致命的な間違いがあるからだ。
「確かに素材集めを頼むかもしれないけど、その代わりに俺が生産スキルで作ったものを提供したりもできるだろ?
俺は素材を手に入れて、そっちはアイテムを手に入れる。お互いに不要な物を処分できて必要な物を手に入れられるんだから、どっちにも利益があるよな。こういうのをなんて言うか知っているか?」
寄生というのは一方的に利益を享受する関係なので、この場合は別の言葉を使うべきなのだ。
「――『共生』っていうんだよ。わかったか?」
間違いなく、今の俺はドヤ顔になっていることだろう。
「…………」
「というか、さっきから思っていたんだけどさ――」
うつむく少女に、つい調子に乗って追撃をかましてまう。
俺の悪い癖だ。
「地雷だの、死に職だの、生産が寄生だの……なんていうか、あれだよ。
お前の言っていること、『効率厨』で『ぼっち』のソロプレイヤーが言ってそうなことばっかりなんだよな」
VRMMOという新ジャンルのゲームだが、その根本的なシステムはMMOから継承されている。
もちろん、ゲームごとに不遇職や優遇職なんてものは存在するのだろうが、プレイヤー全員がそんなことを考えているなゲームなんてほとんどない。
ネタに走ったり、地雷や不遇を愛したり、ログインしても冒険に出ないでずっとホームでおしゃべりしていたり……遊び方は人の数だけあって、それを無理やり型にはめる方が間違っているのだ。
戦闘に向かないキャラなら向かないなりの楽しみ方をすればいい。
生産が一人で大変だというなら他の人に声をかければいい。
それらを認めずに『俺のやり方以外は間違っている』『俺の言うことが絶対正しい』なんていう奴がいたら、俺は思わずこう言いたくなってしまう。
『お前、大規模多人数型オンライン(MMO)に向いてないよ。一人用の家庭用ゲームでもやってろよ』と。
他人がいて、他人と繋がることができるからMMOは楽しいのだ。
攻略サイトだかなんだかの情報を鵜呑みにして最初から他人を拒絶するような人間は、MMOには向いていない。
「友達と一緒に遊ぶのにいちいち効率とか考えて遊ぶのか?
トッププレイヤーを目指して、ずっと戦闘だけしかしないのか?
別にお前がそれをしたいって言うなら止めないが、それを人に押し付けるのは止めてくれないか。
――ネトゲは君は思っているよりも、もっともっと自由で、好き勝手に遊んでいいものなんだよ」
◇
「……」
沈黙。
耳が痛いほどの静けさが室内に漂っていた。
――ちょっと言いすぎたか?
モモとエルの『なんとかして』という視線が痛い。
ううむ、どうしよう。
「…………う」
ん? 今、マーリンが何かを……。
「……う、うぅ……」
――ぽた
透明な雫が、ダークエルフの少女の膝に落ちる。
「うわあああああああああああああああああん!!」
そして、一気にダムが決壊した。
「だ、だっで、だっでぇ゛! あ゛だじがじっ゛がり゛じな゛ぐぢゃ゛っで!!」
泣きながら、聞き取りにくい声で、マーリンが必死に胸の内を語る。
「二゛人゛ども゛だよ゛り゛な゛い゛がら゛、あ゛だじが、っで……っ!! うわあああああああぁぁぁん!!!」
――今日のゲームを本当はすごく楽しみにしていたこと
――三人ともネットゲームは初めてで、萌もエルも頼りないから自分だけでもしっかりしないといけないと思ったこと
――二人に楽しんでもらえるように、攻略サイトやβテストの人たちの感想にも目を通して、一生懸命考えてきたこと
……それなのに、実際にゲームにログインしてみたら知らない男が偉そうにしていた、と。
「あ゛だじだっ゛で、がん゛ばっ゛だの゛に゛っ゛!! うわあああああん!!!」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
喋っている間に我慢できなくなったのか、涙を零しながらポカポカと駄々っ子パンチを披露するダークエルフの少女。
俺はそれを甘んじて受け入れる。さすがにいじめ過ぎた。
というか、この子、友達想いのとてもいい子じゃないか。これじゃ俺が完全に悪役だわ。
「レンくん……」
「すみません」
モモから向けられるジト目に、返す言葉もありません。
――いや、待てよ。モモが二人に俺のことを伝えていなかったのが一番の原因じゃないか……?
「うわあああんっ!!」
「ああ、うん、ごめんな。ほら、俺が悪かったから……。泣き止んでくれよ……悪かったって」
泣く子には勝てないというがまさにその通りだ。
サンドバックになって平謝りしながら、モモには後でお仕置きをしてやると心に決めたのだった。