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若気の至り(中)

 萌が微熱っぽい。

 ここ最近、毎日ログインしていたので疲れがたまっていたのだろう。

 当然のようにゲーム禁止令が出された。


「萌が熱でログインできないって伝えないとなぁ……」


 いつものパーティメンバーの顔を思い浮かべる。


 マーリンとエルにはさっき萌が携帯をいじってメールを送っていた。

 微熱なので一応多めに見たが、終わったらちゃんと寝ておくように言っておいた。


 あとはおすかれさんだが、彼女のメールアドレスは知らないのでゲームにログインしてメッセージを送っておけばいいだろう。


 一人でゲーム部屋に向かい、VRマシンを起動した。


 ◇


「――初めまして、レンくん」

「人違いです」


 間髪いれずに答えたのだが、どうやら相手はお気に召さなかったようだ。


「ははは、人違いなんかじゃないよ。君がレンヤだってことはちゃんと調べてある。

 ――ああ、そちらの猫さんには迷惑をかけたね。今なら帰っていただいても構わないよ?」

「お断りにゃん」


 わざとらしく包囲・・の一部を開けた相手に、べーっと舌を出して答える白猫さん。

 なかなか肝が座っているらしい。


 ――突然だが、俺と白猫さんは包囲されている。


 実行犯は目の前の男を含めた十数人のプレイヤー。

 その全てが廉価版のプレイヤーだったが、再現度の低い表情越しにでもわかる。

 リアルでこいつらはみんな、口元にいやらしい笑みを浮かべ、優越感に浸った目つきをしているだろう。そういう空気を纏っている。


「いやあ、まさか戦闘職のプレイヤーがいないのにあれを凌ぐとは思わなかった。正直見直したよ」

「……どーも」


 それを仕組んだ相手に褒められても、全然嬉しくない。


 ◇


 ゲームにログインして予定通りにおすかれさんにメッセージを送った後、俺はすぐにログアウトをするつもりだった。


「にゃ、レンだにゃん。ちょうど良かった、ちょっと付き合ってほしいにゃん」


 だが、たまたま近くで(というか、いつもの定位置で)露店を開いていた白猫さんに、珍しくフィールドに行かないかと誘われ、二人で街の外へと出ることになったのだ。

 どうやら白猫さんが受注したクエストの素材の最後のひとつが手に入らず、今日のログアウト予定の時間も迫っていたので手伝ってくれそうな相手を探していたらしい。

 この前のポーション即売会でスペースを貸してもらった恩もあるし、街からそれほど離れなければ平気ろうと思い、気軽な気持ちで応じたのだ。


「あ、あれだにゃん! よかったにゃ、やっと見つかったのにゃ~!」

「おめでとう、これでクエスト完了だな」

「そうにゃん、ありがとうにゃん!」

「どういたしまして。さて帰――」

「にゃ!? レ、レン! あれを見るにゃ!!」

「――狼!?」


 適当におしゃべりをしつつ、十分ほど探し回ったところで漸くクエスト素材が見つかった。目的も達成したし、さあ街へ帰ろうという段になって、いきなりモンスターが襲いかかってきた。

 初心者の草原では滅多に見かけない、森の入口に出現する狼だった。

 それが三匹。生産プレイヤーである俺と、商人プレイヤーである白猫さんは戦闘系のスキルなどろくに上げていない。


 死んだと思った。

 実際、奥の手・・・がなかったら死んでいただろう。


 《激臭ポーション》。

 この前のポーション即売会で作ってはみたものの売らずに取っておいた秘蔵の品だ。

 香りの強い花を数種類、長時間丁寧に煮込んで匂いを圧縮した代物。嗅覚の鋭い相手にはかなりキツい。


 それをぶちまけた。


「キャインキャイン! キャイーン!!」


 効果は劇的だった。

 この場に充満する匂いを嫌い、ほぼ直角を描くようにして曲がると、そのままどこかへ走り去ってしまった。


「――お見事ですねえ」


 なんとか無事にしのいだと一安心したところで、いきなりこの男たちが現れたのだ。

 MPK。ここまできたら誰だってわかる。モンスターを利用したPKの手段の一つ。

 MMOでの嫌がらせの常套手段である。


 ◇


「一応聞いておこう。なんでこんなバカな真似を?」

「ははは、そう聞かれて答えるとでも?

 ――と言ってあげたいところですけど、教えてあげますよ。あなたはやりすぎました」

「やりすぎた……?」


 貼り付けたような笑顔と合わさって、妙に芝居がかって見える男だ。三文芝居って奴だな。

 思わず吹き出しそうになるのを我慢し、話をあわせる。


「初日から噂になっていましたよ。『金にあかせて女の子を三人も引き連れているプレイヤーがいる』と。

 その後も入ってくる情報といえば『戦闘では何もしないで後ろから見ているだけ』『どうやってか新しい女性プレイヤーまでパーティに引き入れた』『ポーション即売会を勝手に開いて、女の子たちを顎で使っていた』。

 残念ですが、どれもいい噂とは言えませんねえ」


 ねちっこい喋り方をする男だ。一々嫌味たらしい。


「噂は噂だろ」

「ですが、火のないところに噂は立たないと言います。あなたが女性プレイヤーを連れ回し、いいように利用しているのは事実でしょう?」

「……はっ」


 わざとらしく肩をすくめてやった。

 最初から相手に聞く気がないのだ。真面目に答えるだけ馬鹿らしい。


「それでMPKを? 無関係の白猫さんまで巻き込んで?」

「ああ、それは心苦しかったので、もちろんそちらの方は助けるつもりでしたよ」


 助けが間に合っていればですけどね、と副音声が聞こえてきそうな軽薄さ。

 無関係のプレイヤーが死んでも構わないというのだから、かなりのタチの悪い。もしかしたら別のゲームでのPK常連者なのかもしれない。


「……それで、失敗したから直接手を出そうって?」

「いえいえ、このゲームはPK行為はできませんからね」


 男が腰から下げていた剣を引き抜き、俺が何か反応をする前に叩きつけてきた。


 ――《プレイヤー同士での攻撃は無効です》


 システムメッセージ。ダメージはない。


「運営ももう少し融通を効かせてくれればいいのですがねえ。……ああ、そういえば決闘システムがありましたっけ。デスマッチで一戦どうですか?」

「お断りだ」

「それは残念」


 全く残念には見えない。

 決闘を断ったことが合図になったかのように、周囲のPKたちもそれぞれの武器を構えた。

 いくらゲームだろうと悪意を持って武器を向けられるのは嫌なものだ。それがVRの再現度なら尚更。現実でナイフを持ったゴロツキ連中に囲まれているのとなんら変わらない。


「にゃぁ……」


 俺の体を盾にするように白猫が小さくなる。

 おいおい、尻尾とか全然隠れてないぞ。俺が握っておいてやろうか?


「いくらダメージはなくても、こうも囲まれたら怖いでしょうねえ」

「……」

「ああ、安心してください。今他の仲間がまたモンスターを引っ張ってきていますから。それまでここで待っていていただければ結構です」

「……どうして、MPKにこだわるんだ? そんなに俺を殺したいと?」

「死に戻りをする際に、いくつかの条件を満たせばプレイヤーのアイテムを奪えるんですよ」


 明日の天気を教えるような口調だった。


「あなたの使った先ほどのポーションも興味がありますし、他にもなにか面白いものでもないかな、と。

 ああ、お金ももちろんいただきますよ。いっぱい持っているんでしょう?」


 実に腐っている。


「あなたを含めて四人分、現実世界で数千万円も使ったんです。ちょっと私たちにゲームマネーを恵んでくれるくらいいいじゃないですか」

「そうだそうだ!」

「この成金野郎め!」

「お前みたいな奴が女の子にモテるはずがない、いくら払ったんだ!!」

「何でも金金金! 金で解決しようとしやがって! この薄汚い資本主義のブタどもめ!!」


 罵詈雑言。聞くに耐えない醜い言いがかりだ。

 なんとなく声が若い。マンガなんかの言葉をそのまま借りてきたような取って付けた感。


 ――夏だからか


 ちょうど夏休みだ。暇な学生が集まってPKなんていう悪趣味な遊びにはまってしまったのかもしれない。

 これが若気の至りって奴か。……黒田はいない、よな? 全機能版のプレイヤーはいないし、多分大丈夫、のはず。


「GMに通報させてもらう」

「どうぞ、ご自由に」


 へらりとした薄っぺらい言葉。GMコールをされることに慣れているのだ。


「レベル制だと上げるのが大変ですが、完全スキル制は上げるのも簡単ですからねえ。アカBANされてもまた一から育てるだけですよ。それにこのゲームまだ開始してから一週間しか経っていませんしね」


 アカウントBAN、ユーザーアカウントのデリート。それを全く恐れていない。

 消されたらまた作り直せばいい。こいつらは自分のキャラに思い入れなどないのだ。別人になりすまして別のキャラで何度も繰り返す。


「新しいキャラを作り直したら、また粘着させてもらいますから。楽しみにしていてくださいね!」


 ヘラヘラと笑う男に合わせて、周りのPK共も嘲笑を上げる。

 俺はGMへの緊急コールを使用した。


 ――《GMコールを行いました。そのままお待ちください》


「……バカな奴らだにゃん」


 全くだ。

 救いようのない大馬鹿だ。


 ◇


 ネトゲとPKの歴史は古い。

 どちらも切っても切れないものだからだ。


 日本のネトゲでは全面禁止か、PK専用のサーバーを別に用意して住み分けを行うタイプが多いが、海外のゲームだとPK可能なゲームはかなり多い。

 PKに対抗するPKKプレイヤーキラーキラーなども存在し、ネトゲ文化のひとつと言えるだろう。


 ――だが、VRMMOでのPKを、普通のネトゲのPKと同列に見ていいのだろうか?


 VRは圧倒的な現実味を帯びた世界を俺たちに提供してくれる。

 それは喜びや楽しさと言った良い影響だけでなく、人間の敵意、悪意といった負の側面をも如実に描き出してしまう。


 VRMMOの前身である医療系VRにおいて、その圧倒的な現実感から使用者の精神的へ与える影響というものが度々問題視されていた。

 簡単なスポーツなどは問題がないが、もしも喧嘩や殺し合いなどが発生した時に、VRだからというだけで被害者の受ける衝撃が緩和されるのだろうか?


 ――否。断じて否だ。

 敵意を向けられ、悪意に晒されるという行為に、現実とVRの違いなど存在しない。

 『これはゲームだから』と笑いながら人を殺す相手に対し、殺される側の恐怖は計り知れない。


 ……参加プレイヤーの合意の上での、PK容認のゲームならば、ああいった行為も受け入れられたかもしれない。

 だが、このゲームではPKは禁止されている。その上で、あの男たちは悪質なPK行為を行ったのだ。

 最早、許容できる範囲を逸脱している。

 あの男たちは決して許されるべきではない。


 ◇


「……ゲームの【利用規約】に書いてるのに、あいつらちゃんと読んでないんだにゃん」

「『PKなど悪質なハラスメント行為が確認された場合、アカウント削除のみならず、業務妨害及びVR法違反として刑事責任を問うこともあります』。そう明記されているんだけどな……」

「VR法はまだまだ身近でにゃいから、プレイヤーに浸透しきっていないんだにゃあ……」


 VR法案。医療用VRの実用化と一緒に数年前に可決された法案で、VR空間での犯罪行為を現実空間での犯罪行為に準じたものとして扱う、という内容だ。


 普通のMMOのつもりでPKを行った彼らに、いったいどのような判決が下されるのかわからないが……二度とこのゲームの中で会うことはないだろう。

ほのぼ……の……?

でもVRでのPKはこのくらいでいいと思います


間章は次で終わりです

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