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枢儀家の平常運転と俺んちの話

 萌の家で昼をご馳走になる。

 初物のナスとイワシが美味しかった。特にイワシの一夜干しは塩加減が絶妙。毎年うちでも作ろうとしているのだが、なかなかこの味が出せない。料理人の経験と勘が決めてだというのだから難しい話だ。

 萌は食事が終わったばかりだというのに目をしょぼしょぼさせて眠そうにしている。


「眠いのか? 昼寝してこいよ」

「……うん、ごめんね。ちょっと横になってくる」

「はいよ、おやすみ。また明日な」

「うん、おやすみなさい。またね、錬也くん」


 天野さんに支えられてふらふらと部屋に戻っていく。

 少しはしゃぎすぎたかもしれない。体力がないから疲れたのだろう。

 別の女中の人に付き従って玄関へと向かった。萌が寝ているのにずうずうしく居座るほど常識知らずではない。


 料理人の人に新鮮な野菜とさっき食べたいわしの一夜干しをお土産にもらったので、ありがたく頂戴してから玄関を出る。明日の朝食に焼くとちょうどいいらしいので、母さんには勝手に食べないように言っておこう。


 うきうきとした気分で庭を歩いていると、門から見慣れた車が入ってくるのが見えた。俺の横に止まり、中から一人の美青年が降りてくる。

 日本人離れした足の長さの、萌に似た明るい茶髪の男。二十代半ばといったところで冷たい眼差しをしている。


「もう遊びは終わったのかい?」

「ええ、はい。お昼もご馳走になったところです」

「ふうん。まあ、それはいいけど。萌は?」

「部屋だと思いますよ。食べ終わった後眠そうにしていたので昼寝の最中だと思います」

「そう……」


 こうして話をしていても、どこか取り繕った感がしている。

 一応は俺の話を聞いているのだろうが、目の前にいるの俺のことなど本当はどうでもいい、という空気が体中からにじみ出ている。

 萌の二番目の兄、枢儀くるるぎ紅葉くれは


「――で、萌は楽しんでいたのかい? 萌のお友達とはちゃんと合流できた? 何かトラブルとかは? 変な男にナンパとかされていないだろうね?」


 自分の大切なものとそれ以外をきっぱりと分ける男だ。


「楽しんでいましたよ。トラブルとかもなかったですし。ただ、ちょっとはしゃぎすぎて疲れちゃったみたいですけど」

「そうか、ならいい。今後もその調子で頼むよ」

「はい、もちろんわかってますよ」


 俺がバカ高いVRマシンを買い与えられたのはこの為。VRMMOの中で萌をフォローする為だ。何度も言われすぎて耳にタコができそうだ。


 ――ガシッ!!


 肩が痛い。


「いいかい? く れ ぐ れ も! 天使のように純粋で繊細な萌が、どこの馬の骨とも知れない有象無象どもの手によって傷つくことのないように、楽しい思い出を作れるように、サポートするんだよ?

 もしも萌を泣かせたら……わかっているね?」

「ハイ、ワカッテイマス」

「ああ……僕も萌と一緒に遊びたいのに……どうして君なんだ。『紅葉兄様とは絶対に一緒に遊ばない!』なんて言うんだよ? ひどいと思わないかい?」

「ソウデスネ」

「そうだろう、そうだろう! 僕ほど萌のことを愛しているのは――まあ、父さんと母さんには及ばないかもしれないけど、兄さんにだって時雨しぐれにだって負けないのに! 君だってそう思うだろ!」

「ハイ、ソウデスネ」


 ……その後、十分ほど延々と愚痴を言われてようやく解放された。

 シスコンの紅葉さんは「萌の寝顔を見てくるよ。一週間も会えなかったからね」と意気揚々と邸内へ向かった。


「錬也様。よろしければご自宅までお送りいたしましょうか」

「……お願いします」


 いつもなら自分の自転車で帰るのだが、この日だけは運転手さんのご厚意に甘えさせてもらった。

 あの人の相手は毎回疲れるんだよな……。だから萌に逃げられるってことに早く気がついてほしい。


 ◇


 車の後ろに俺の自転車を積み込むと、滑るように静かに車は動き出した。

 騒音はほとんどしない。昨今流行りの電気自動車とやらだ。枢儀家では移動手段のほとんどを電気自動車に頼っている。排ガスが出ないからだ。


 俺は枢儀家のことをほとんど知らない。彼らは四年前にこの地に引っ越してきた。

 萌と知り合った後も積極的に調べたりせず、普通にご近所付き合いをしている。


 俺が枢儀家について知っていることは三つ。

 萌の家族が全員萌のことを愛していること。……紅葉さんに負けず劣らず、過剰なほどの愛情を注いでいること。

 萌がどこか都会からやってきたお嬢様であること。

 そして、何か重い病気を患っていたこと。

 これだけ。


 ――ああ、萌の病気だが、それはもう完治しているので心配はいらないらしい。

 ただ、体力や免疫力が落ちていて人より疲れやすいらしく、運動などはあまりできないし、空気の汚い都会だといろいろときついのだと聞いている。

 実際、俺が出会ったばかりのころは立つことすら危うかったくらいだ。家の中だけでも歩けようになったのはかなりの進歩と言える。


 窓から車外に目を向けた。緑、緑、緑……どこまで木々が生い茂っている。

 人里離れた小さな山。空気と水が綺麗で、夜になると星がたくさん見える。それだけが売りの田舎の山奥。この山の山頂にあるのが萌の住んでいる屋敷だ。


 木々の間を通り抜けて山を降りると、辺り一面が田んぼに変わる。青々と生い茂た稲穂が風にたなびいて波のように広がっていく。

 俺の家はもう少し先。たまたま萌の家から一番近かっただけのごく普通の農家だ。

 車なら十分で到着するけれど、自転車だと坂道が厳しい。俺の家から向かった場合は一時間弱かかる。


 ぼーっと外を眺めているとちょうど昼で一休みしていたのか、父さんと母さんがあぜ道にシートを広げてお茶をしているのが見えた。


「すみません、ここで止めてもらえますか?」


 運転手さんに声をかけて止めてもらう。

 狭い道なのでUターンできるはずがなく、車はあぜ道に沿って四角く迂回しながらぐるりと回って山の上の屋敷に戻っていった。

 もらったお土産をカゴに載せ、自転車にまたがって休んでいる両親のところに向かう。


「ただいま、なんか手伝うことある?」

「あー、錬也か。おかえり、今は特にないぞ。それよりまーた何かもらってきたんか?」

「ああ、夏野菜とイワシの一夜干し。イワシは明日の朝が食べ頃らしいから、勝手に酒のつまみにしたりしないでね」

「お、イワシか。これがあると酒が進む……」

「だからダメだってば」


 飲兵衛の父さんに釘を指す。母さんにも勝手に焼いて出さないように言っておく。これは俺のイワシだ。


「萌ちゃんとはちゃんと仲良くしているの?」

「しているよ」


 母さんは萌の味方だ。というか俺の味方は周囲には一人もいない。よくて中立くらいだ。

 父さんも母さんも萌には甘い。俺も甘い自覚があるのであまり文句は言えない。


「あ、お養父さんが今日山菜取りに行ってるから。明日それちょっと持って行ってちょうだい」

「山菜ね。わかったよ」


 そろそろ暑くなってくる季節だ。山も緑が濃くなっている。うちの裏の山では新鮮な山菜がたくさん取れるので、毎年の萌の家にも分けている。

 持ちつ持たれつ、ほどほどに助け合って生きていく。

 田舎とはそんなものだ。

主人公たちのリアルでの日常回でした

次回からまたゲームにログインします

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