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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

大国様シリーズ

大国様が本気で義父を攻略するようです・十

作者: 八島えく

注意:このお話は、男性同士・義父と義理の息子同士の恋愛描写がございます。苦手な方は閲覧をご遠慮ください。

 神が人と人との縁をむすぶことは許されています。

 では神が、自分と他の神の縁をむすぶのは許されるでしょうか。

 そもそも前例はあるのでしょうか。


 神と神をむすぶ、縁結びが許されたら、私は――。



 あなたとの縁を、絡めとるでしょう。




 ~大国様が本気で義父を攻略するようです・十~


 

 神無月――いやここ出雲では神在月と呼ばれる季節になってからというもの、俺――建速素佐之雄(たけはやすさのお)は忙しい毎日を送っていた。

 というのも出雲会議という、八百万の神々が出雲へ集まって人間の縁を結んでほどいてする行事に追われているからだ。

 

 十月の別名は神無月。八百万の神々が出雲へ出張するため、地元を留守にすることが由来とかなんとか。

 本来、俺と嫁のクシナダは出雲に招待されたという形でいわゆる『客』の扱いになる。はずなんだけど、いろいろあって出雲の社に居候させてもらってる都合上、俺らはおもてなしする側に回った。そのおもてなしのためにせわしなくあっちゃこっちゃ駆け回っているというわけで。


「ようスサ、元気そうで何よりだ」

 そう言うのは鹿島の社の神、建御雷だ。俺はミカ兄と呼んでる。

「ああミカ兄? ごめん、今ちょっと手が離せなくて……!」

「ああいいよ。こっちこそ悪かった」

 あっさり引いてくれたおかげで俺は仕事に戻れる。俺が請け負っている仕事というのは、日本の地図帳を引き延ばして複製しては配り複製しては配りの雑用だ。

「はい、姉上。コレは伊勢の方の地図な。こっちは全体図。各地域ごとに引き延ばしたのもあるから、必要なのがあったら言って」

「うん、ありがとう、スサノオ」

 表情がまるで変わらない姉――天照はそっと地図を受け取った。

 そうして地図を全員に配り終えても俺の仕事は終わらない。次はお茶出しとか(これは女神がやってくれてるんだけど、今日はどうも手が回らないらしくて俺も手伝いしてる)出席してる神の確認とか(これは兄の月読に手伝ってもらってる)色々ある。本当は、スサノオである俺も、名目上は出雲会議にちゃんと参加してないといけないんだけど……。

 出雲会議ってのは人と人の縁を結ぶのが主な議題だから、人の心情にまるで疎い俺が参加したところで何の意味もないだろう。っつーか余計こんがらがらせてしまうのは目に見えている。


「……お義父さん、あとは他の女神に任せて、一旦席についてください」

 上座から、優しい声が聞こえてきた。俺の義理の息子――大国である。


 出雲の社のボスであるあいつは、おもてなしをする側でありながら、同時に招いた神々をきっちりまとめることができている。さすがボス。


「悪い」

「いえ。……では、会議と致しましょうか」


 隅っこにちんまり座った俺は、遠くにでんと構える大国を、ぼけーっと眺めていた。思えば、神在月になってから、お互いに忙しくてまるで会話もしていなかったな。別に話しかけるほど仲が良いわけじゃない……と思うけど、一緒に酒を飲むくらいの仲だと自負はしてる。会議の準備に追われて酒もご無沙汰だったし、たぶん俺も大国も、まともに食っても寝てもいないんじゃないだろうか。



 普段であれば、こんなふうに大国を意識することはない。……んだがこれにはいろいろと深い事情ってもんがある。その深い事情がはじまってしまったのはもう半年以上も前のこと。

 義理息子大国は、俺と酒を酌み交わした翌朝、とんでもないことを俺に宣言した。


『お義父さん、私と子作りしてください!!』


 ああ、昨夜の酒が抜けてなかったんだな。酔った勢いでかました冗談なんだろ。わかってるよ俺義父だもん。あいつが救いようもねえ女っタラシなのは有名だし、美女と聞けば歌をひっさげて口説きに行く筋金入りだしな?

 ――――冗談じゃねえ!! と、一通りあいつの珍言を冷静に分析して、出た答えがその突っ込みである。

 

 まず大国は酒に強い。どれだけ強い酒をどれだけたくさん飲んでも顔色一つかわりゃしない。ほろ酔いですら無縁なほどの酒豪だ。そんな奴に限って、朝まで酔いが抜けないなんてはずがない。

 そして酔った勢いというのも絶対にない。奴は日本の美女という美女を見つけては口説いてモノにするが(奴の息子の木俣の話によると人間の女にも手ぇ出したって言うんだが……さすがにこれは嘘だよな?)、一度手を出した女のことは最期まで必ず面倒を見ている。そんな生真面目な性格の奴が、冗談で義父に子作りを持ちかけるわけがない。


 要するに奴は本気だ。本気で俺に、一緒になってほしいと願ったのだ。

 冗談ではないということがわかった俺は、それをはぐらかすことができず、本気でぶつかって来いと受けて立ってしまったのだ。

 俺はスサノオ。天照の弟である俺が、自分の言葉に背くわけにはいかないと、大国からの求愛はすべて受け止めている。


 受け止めているうえで、逃げている。揺らいでなどやるものか。奴と添い遂げたいなどと思うものか。

 恋の駆け引きってのは叶っていない段階が一番燃えるのだ。いざ結ばれたら、彼奴はきっと俺に対しての情が薄くなるに違いない。

 それがこわいから、ガキじみた不安とわがままで、大国の求愛を全て突っぱねている。ひどい男だ。自覚はしてる。



「さて、会議の内容……縁結びですが、皆様方のご意見を聞きたく存じます」

 出雲会議の主な中身は縁結びだ。というかほとんどがそれだ。

 八百万の神々は、天上(たかまがはら)に住む天つ神も地上(なかつくに)に住む国つ神も関係なしに、地上へ出向いて人間や妖怪といつも関わり合っている。だから神々は皆、人間たちがどういう人間と交流してるかとか、どういうかかわり方してるかとかにかなり詳しい。

 そんな神々は、自分たちの持ちうる情報をありったけ集めて、最大限活用して、良縁を結んであげようと出雲へ出向くのだ。

 出雲の神在月は、そんなわけで日本全国の神々でにぎわう(ただ、事情があって自分の地から出ない神もごくわずかにいるけど)。


「あのね、伊勢の隅っこの簪屋なんだけど」

 姉が口を開いた。

「そこの跡取り息子さんがとても堅実な人なのよ。それでね、わたしのお社の近所に住んでる娘さんと、よかったら一緒になって欲しいと思うんだけど、どうかしら」

 伊勢の地図を広げて、簪屋がある地点に筆で丸をつける。その次に、小さい指で社の近所の屋敷の民家をさした。

「ふむ、ここのお二方は、そうですね……」

 大国は顎を手で撫でる。目印のついた点ふたつをじっと見比べて、何かを品定めしてる。神々のみんなはそれを静かに見守っていた。

「ええ、こちらの方々は大丈夫でしょう。それでは結びますね」

 ふっと笑った大国が、空中で何かをむすぶようなしぐさをした。厳密には仕草じゃなくて、本当に結んでるのだ。

 大国は縁結びの神様で、その力として人間の『縁』という糸みたいなものが視えてるとか。

 そんでもって、その人とその人との縁を視て、結んだ結果がどうなるかを調べる。んで良縁になるなら結び、悪縁になるなら結ばない(すでにむすばれている場合はほどく)というのが、縁結びの流れなのだ。


 縁結びに関わる神は、大国と同じように縁が視えるって話なんだが、俺にはさっぱり視えない。


「そう。よかったわ。あの子も息子さんも、時間のある時にわたしのところへ来てお話をしてくれてたから、つい世話を焼きたくなっての」

「よい心遣いです、天照殿。……さあ、他の皆様も、良き縁悪き縁と思しきものを教えて下さい。私が視て差し上げます」

 そう言った大国に、神々は地図を片手に遠慮なく詰め寄った。こりゃ大国は今日一晩、休みなしだな……。

 俺はというと、自分の持つ地図をぼんやり眺めてるくらいだった。一応、気になる良縁とか悪縁はあるから視てもらおうとは思ってるんだけど、大国が他の神々に言い寄られてる以上、俺の番はまだまだだなあ……。


「スサノオ様」

 横から声をかけてきたのは、前に出会った美少年の鬼――酒呑童子のリンだった。

「あれっ、リン。お前も呼ばれてたのか」

「はい。とはいっても、イザナミ様の代理でございますが」

「母の? 異国の会議に行ってるとかか」

「左様。イザナギ様とご一緒に、ギリシャまでの会議だとか。こちらの会議には間に合うよう調整はしておりましたが、予定よりあちらの御用が長引いてしまっており、僕をこちらまで寄越された次第でございます」

「そっか。リンのとこは、えっと……黄泉のとこの縁を持って来たのか?」

「はい。それからお山のふもとの方もいくつか。僕にとっては大切な者達ですので、良き縁を、と思いまして。大国主様にご相談したく思っておりますが……僕らの順番はまだ先のようですね」

「そうだなあ。っていうか、俺たちもあん中に入り込まなきゃ一生順番回ってこない気がする……」

「いずれ終わりましょう。出雲会議は今月めいっぱい使って行われるのですから。月末にはゆっくり視て頂けますかと」

「ああなるほど。リンはよく考えてるなあ」

「いえ、これしき」

 神在月は、あと半月。月が終わるにつれて、会議もいつかは落ち着くだろう。俺はのんびりと、そんなことを考えていた。



 その日は結局、俺とリンの縁は視てもらえなかった。その代わり、天つ神々の持ってきた縁はほとんど片づいたらしい。残るは国つ神の縁だ。このペースでいけば、明日には国つ神の縁結びも終わるだろう。その次の日あたりに、俺とリンは大国へ頼むことができるだろう。そう見積もっていたため、俺とリンは他の神々より長く出雲に泊まっていた(おれはもともと居候してたけど)。

 その日が来るまでは、俺らは大国に近づくことさえできなかった。大国があんまりに多忙だからだ。邪魔するのはいけないと思ってこちらからは声をかけずに、出雲会議の裏方仕事をやっていた。同じ立場のリンも手伝ってくれた。

 

 裏方に回ってると、縁結びがどういうものか、より詳しく知ることができる。

 これはそのうちの一つだけど、神々が結ぶ縁というのはあくまで人間主体に限るということだ。神々の縁というものを結んだりほどいたりはしない。――少なくとも、大国は。

 縁結びに関わる神は、別に種族関係なく縁を結ぶことはできるときいたけれど、大国にそれは可能なんだろうか。


 それから、視えている『縁』というのはどんなものなんだろうか。大国に一度聞いたことがあるけど、さまざまな糸が絡み合っているようなものだと教えてくれた。つまり蜘蛛の巣みたいなもんなのかな?

「縁結びだけでなく、神の中には本来視えないものが目に映ると言う話をいくつか聞いたことがございます」

 神在月ももうすぐ終わりに近づいた頃。リンは出雲会議の手伝いの傍ら、俺と一緒に休憩と称して茶菓子をつまんでた。

「視える?」

「はい。確か……カムヤマトイワレヒコ様は、人の心がお視えになるとか。それから、阿礼という奇妙な男は、昔から我々妖怪や神々を視ていたといいます。人間のはずなのに」

「視える……? 人間が俺たちのこと視えるのは普通じゃないか?」

「ええ、今は。ですが、大昔は一時視認できない状態が続いていたといいます。詳しくは存じませんがね。その視えない時期にも関わらず、彼は僕たちのことがわかっていた。彼以外の人間は、僕たちを忘れていたというのにね」

「へえ……。視える、ってどんな気持ちなんだろうな」

「ご本人に聞くのが一番でしょうね。あいにく、僕の目は特殊ではないようですので」

「そっか。でもリンの目、透き通ってて綺麗だよな。いいなあ」

「……。……恐縮です」

 リンがそっぽ向いて、焼き菓子をかじった。あれ? 気に障るようなこと言っちゃったかな……?


 大国が国つ神の縁結びも終わらせたその日。出雲会議というのは持ち込んだ縁を大国に視てもらい終わった神から帰れる。だから最初の方で頼んでいた神々は出雲から去ってた。

 神在月が終わりに近づくにつれて、出雲からだんだん賑やかさがなくなる。最後の三日となったころには、もう俺とリンくらいしか残っていなかった。ちなみに姉は初日で帰った。ほんとはもっと滞在して、俺とたくさん話をしたいと言ってくれたんだけど、姉には姉の仕事があるからと、手力の兄ちゃんが引き摺って帰ってった。


「ふう……残るは、リン殿とお義父さんだけですね」

 目を赤くした大国が、俺の寝室へ入ってきた。あれからほとんど寝てなかったらしい。徹夜はさすがにしてないようだけど、睡眠時間はいつもよりかなり短い気がする。

「大丈夫か、大国? 今日は休んだ方が」

「いえ、先ほど仮眠してきましたので。あとおふたりだけですし、それほど時間はかかりませんよ。夕暮れまでには終わります」

 いつもの完璧な微笑で、大国は答えて見せた。

 出雲に居候してる俺より、お山から下りて来たリンの方が先だ。俺は最後でいいと譲って、リンは早々と大江山ふもとの縁を持ち出した。

 もともと仕事が早いんだろうか、リンの説明は手早く短いけどわかりやすく、大国もすぐに見極めて縁結びができたようだった。

 そのためかリンは日が暮れないうちに出雲を出ることができた。リンは一旦黄泉へ寄って会議のことを報告してからお山へ帰るということだった。


 ――そして、室には俺と大国が残された。どうしてこう、大事な時に限っていつも俺の寝室にふたりっきりなんだ。

「お義父さんはどのような縁をお持ちで?」

「あ? ああ、一つだけ……。その、近所のちびっこ二人でさ。女の子が悪ガキ共にからかわれてたのを、男の子が助けたみたいでな」

 俺は懐に仕舞い込んでいたぐしゃぐしゃの地図を広げた。筆で乱暴につけた印が隣り合うように二つ。お隣さんどうしのその子供達と俺は少しだけ仲良しで、出雲の子供達とまとめてこの二人も面倒見ていたりする。スサ兄ちゃん、ってあいつらの元気な声で呼ばれると、どうもくすぐったくなる。

「それはそれは。では視てみましょうか」

 大国は優雅に地図を受け取る。俺のつけた印からじっと縁をみつめている。一瞬険しい顔になったせいで、俺の持ち込んだ縁は悪縁だったんだろうかと不安になった。

 でもそれを安心させるように、大国が完璧な微笑で俺に答えてくれた。

「この二人の縁はとてもやさしいつながりがありますね。ただ……周りがおせっかいだったり冷やかしまくったりするために、傷ついてしまうおそれがあります」

「え、ど、どうしよう……。悪縁ではない、んだよな……」

「ええ、私が今まで視て来た縁の中で、一番澄んだ縁です。周囲の縁が少し邪魔なだけですよ。こちらをほどけば問題はないでしょう」

 大国の細い指が何かをつまんで何かを解いてく。たぶん、その指には縁というものがあるんだろう。糸みたいなそれを、結んだりほどいたりする大国が何だか綺麗に視える。

 指先で静かに縁を取って丁寧に邪魔な縁をといていく。動作がゆっくりしていて、まともに見てたら眠くなりそうだ。

 最後に、しっかりと子供二人の縁を結んで、大国は仕事を終わらせた。

「はい、これでお仕舞です」

「ああ、ありがと。あいつら、ずっと一緒に寄り添い合ってられるかな」

「もちろんですよ。私が縁結び致しましたから」

「はは、頼もしー」

 これで大国の仕事が終わり、出雲会議も終わったわけだ。神在月まるまる全部を使い切っての大国の仕事、最後が俺だっていうのは、ちょっと変な気持ちになる。最後の楽しみみたいで、嬉しいとか思ってしまうのだ。


 十秒くらいだんまり合って、あることを思い出した俺が結果だんまりを止めた。

「あ、聞いていいか?」

「何でしょう」

「大国は縁が視えるんだよな」

「はい。私とあなたの縁もくっきり視えますよ」

「それさ、俺にも視えるようにとか……できないか?」

 大国は一瞬だけ、面食らったような顔をした。でも一瞬だけだった。すぐに笑って、「できますよ」って答えた。

「ほんとか? どうすればいいんだ?」

「簡単ですよ。私の手に触れて下さい。それで一時的に『縁』が視えます」

「それだけで……?」

「ええ。代わりに、手を離したら元に戻ってしまいますが。こういった特殊な目を持つ者の力は、手を触れるだけである程度分けることができるようです」

「そうなのか……。じゃ、ちょっとすまん」

 俺はそう言って、大国の細い手を握った。

 すると、俺の目にも『縁』というものが視えるようになった。

 細かったり太かったり、新品同然だったり今にも切れそうだったりの糸が部屋中に広がっている。

 自分の手首に、茶色っぽくて太い糸が巻かれてる。何かすすとかで汚れてるけど、ちょっとやそっとじゃ切れそうになかった。糸の先をたどっていくと、大国の左手に巻き付いているのがわかった。これが俺の縁なんだろう。

 対する大国の縁は、裁縫の糸くらい細くて真っ赤だった。奴の右手に巻き付いてるそれはいろんな方向へ張りつめられている。

 そのうちの一つは俺の右手だ。ぐるんぐるんに巻かれてて、無理やりひきちぎってみたらたぶん俺の手が怪我する。ちぎんないけど。


 大国は、いつもこんな風な世界が視えていたんだ。この無数の糸をじっくり観察して、良き縁は強く、悪しき縁は優しくほどいていたってわけなんだ。

 空いてる手で自分の『縁』に触れてみる。触ったのは糸なのに、しっかり編んだ綱みたいな感触がした。

 大国の『縁』に触ってみた。刃物で切ったような感じだった。触れた指先が熱い。

「お義父さん、大丈夫ですか? 私の縁はどうも物騒のようで」

「……いや、平気だ。すぐ治る」

 案の定指先は切れて血が出てた。でも神だから、この程度の傷なら一秒くらいで治るんだよな。

「お義父さん……どうかしましたか?」

「ああ、うん」

 部屋中に散らばる糸や、俺と大国の糸をぼんやり眺めてたら、ふいに気になることができてしまった。


「神と神の縁は……結んでもいいのかな」

 縁結びというのは、基本的に人間同士をつなぐための、神の力だ。でもそれはとても重要な意味を持つから、いたずらに好き放題使っちゃいけない。人間同士の縁をしっかり視て調べて、結んでいいか、結ぶべきかほどくべきか、そんなことをちゃんと考えた上での縁結びだと、去年の出雲会議で聞いた気がする。

 

 ――じゃあ、神と神は?


 人間同士じゃない、八百万の神々を結ぶのは許されるんだろうか。思えば、誰もそんなことを口にしたことがなかった。暗黙の了解だったんだろうか。やってはいけないことなんだろうか。

「……お義父さん?」

「なんかさ、いっそ俺と大国の縁が、お互いを身動き取れないくらいぎちぎちに結び付けたら…………一生離れなくて済むのかな、とか」

「……!」

「そしたらお前……もし俺と一緒になっても、飽きたりしないでくれるかな」

 うわ馬鹿なこと言った。これじゃまるで大国と添い遂げるのが本望みたいな言い方じゃねえか。

 でも違うって言えない。言う勇気がない。全身が少し重たい。目がちかちかしてきた。大国の力を長く借り過ぎたせいなんだろうか。


 スサノオは強くなきゃいけない。力も精神も強くあるべきなんだ。強さが人間たちのよりどころになるから。

 だから俺はこんな弱音を吐いちゃいけない。さっきの言葉を取り消すべきなのだ。

 大国がいつか俺から離れていくのが怖いなんて、スサノオにあっちゃいけない感情なんだ、本当は。


「ごめん大国、今のは、」

「お義父さん」

 大国が、俺の手に自分の手を重ねてきた。真剣な目で俺を見つめてる。

「私は何があろうと、貴方に飽いたり致しません」

「わ、わかんないだろ……? 心って変わりやすいんだぞ、きっといつか俺のこと、どうでもいいやって思う日が」

「そんな日は一生来ません。決して」

「何で言い切れるんだよ? 縁が……そうだよ、もしかしたら俺たちの縁が何かの拍子で切れちゃうかも……」

「切れたら何だと言うのです。私は縁結びの神です。よいですかお義父さん」

 大国の手の力が強くなる。少し熱い。



「切れた縁など、また結び直してごらんにいれましょう」



 力強い声だった。


「ほんとか……」

「誓って」

「う、嘘じゃないんだな? 嘘ついたら針千本飲むんだぞ? 痛いらしいぞ?」

「喜んで」

 大国の完璧な微笑が、俺を安心させてくれた。

 急に力が抜けて来て涙が出てきた。泣き虫は治ったと思ったのに、ときどき不意打ちで泣きたくなる。年を取ると涙もろくなるっていうけど、まだ俺は年寄じゃないし、何でなんだろな。とりあえず、目の前の義理息子のせいにしとく。


「お義父さん、泣かないで」

 大国の綺麗な指が、俺の涙をぬぐってくれた。

「泣いて、ない……っ」

「ええ、泣いてない、でいいですよ。お義父さんの言う通りですから、泣かないで」

「お前日本語変だよ」

「はは、日本語は難しいですから」

「女神口説くために歌まで詠ったお前の言うことじゃねー……」

「すいませんそれ不問にしてください。若かったんです」

「その後うちの娘の寄越した歌に揺らいだんだろ。ほんと女っタラシだなお前」

「弱いんですよ、ああいうのは……」

「……。じゃあ、こういうのには強いか?」

「へっ」

 何かむかついたから、俺は大国を力いっぱい抱きしめてやった。というか抱きついてやった。俺の力は強いのだ。圧迫されて息苦しくなればいいんだ馬鹿め。

「お、お義父さん、何を……」

「……。うぅ」

 しかし俺は頭が悪かった。心が満たされた気がしたにはしたが、その後の恥ずかしさの方が強かった。何で学習しないんだ俺は。

 でも恥ずかしさやらうれしさやら悟られるのがしゃくだから、いつも通り強がって突き放してしまう。

「く、口止め料だ! 俺が泣いてたこと、誰にも言うなよ!? 言ったらさっきみたいに抱きついて締め上げてやるかんな!!」

 俺は大国から離れて、目のまわりを袖で乱暴にぬぐう。さっと立ち上がって部屋を出る。

「絶対だぞ! 内緒にしとけよ! 義父との約束はきっちり守れな!」

 嬉しさを塗り潰すくらいに恥ずかしさがわーっと込み上げてきた。こりゃもう兄の屋敷に直行しよう。兄のもとへ逃げよう。

 一晩だけ兄のところで頭を冷やそう。そして夜が明けたら出雲へ帰って来る。


 ああもう、この先百年、縁結びはもうこりごりだ!

十月と言えば出雲会議な感じで一つ書いてみました。ゲスト(?)に前回出た鬼っこくんがいます。我が家の八百万の神々の出雲会議はあんな感じです。

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