7 戦争だヨ!全員集合!
※欠席者有り
◆
さて、宣戦布告から二日経った。召喚されてからは四日だね。クラスの皆は未だに俺の家で寝泊まりしている。今週中には帰りたいもんだ。
と、忍者のような恰好をしたクロウが歩いてくる。何かの報告かな?
「殿下、空兵団各隊配置完了致しました」
「ああ、ご苦労さん。工作部隊の様子は?」
「一班は準備完了、現在休憩中です。二班は一班の作成したトラップ内にて作業中でしょう。後程詳細の確認をして参ります」
「オッケー、こっちも手筈通りだ。全く、敵より味方の相手の方が面倒だよ」
ここはシデンとファイルテスメスを繋ぐ草原。その一番白虎山脈寄りの場所に俺は木箱を置いて座っていた。俺のすぐ後ろは巨大ストレートボアを倒した森である。
むせ返るような土と木の臭いがそよ風に乗って運ばれ、獣化して鋭敏になった鼻孔をくすぐる。やはり空気はこっちの世界の方がずっと美味いな。
眼前にはシデン王国の国民が三々五々車座になって談笑している。まあ、その半数以上が酒盛り状態なのだが。中には飯を作っている連中までいる始末だ。
ファイルテスメス側へ目を向けると、ラトゥス川を挟んで更に向こう側に小さく人だかりが見える。中々に慌てているようだが、よくこの短時間であれだけ装備を整えたもんだ。
もうここまで言えば解ると思うが、戦争のお時間です。
「……しかし、あの国の連中は兵法を知らないのでしょうか? 守りに徹すれば良いものを」
「血気盛んなんだろ。それにわざわざ俺達が出向いて挑発した甲斐があったって事だ」
「そうですね。それにあの国の防壁であれば我々は越えられますし、それならば打って出るのも間違っているとも言えませんか」
「そうそう。まあ、野戦で勝てるって本気で考えてる奴しか居ないんだとしたら逆に腹立つけどね」
流石にあの国でもまともな考えの連中は居るだろう。だが、こうして向こうの軍が出てきているのがそいつらもまともに動けていない証拠だ。
と、クロウとそんな話をしていると、オリアス伯父さんがやって来た。その手には魔法使いらしく杖を持っているが、立ち振る舞いは武芸者の物だ。
「コタ君、準備はどうだい?」
「上々だね。伯父さんは?」
「陛下が突撃しようとするのが何とも……面倒だから酒を渡しておいたよ。ああ、こっちもそうみたいだな」
「士気が高いのは良い事なんだけどねぇ……こっちの都合で戦争吹っ掛けてるんだし、犠牲者はなるべく減らしときたいから」
「策を巡らすのも一苦労、か」
ですね、と俺の隣に腰かけたオリアス伯父さんと苦笑いを交わす。伯父さんが来た方から聞き慣れた笑い声が聞こえる辺り、爺ちゃんは相変わらずらしい。
「……緊張してるみたいだね」
「まあ、それなりには……初めてだしね」
「私だってこれで三回目さ。それに案を聞く限りでは問題も無いだろうし、相手が相手だ。そう気負う事は無い」
「……こういう時は、カイメイの能天気さが羨ましいかも」
違いない、と伯父さんと笑い合う。当のカイメイは爺ちゃんと一緒に騒いでいるようだ。まあ、俺は俺に出来る事をしよう。
「この後の予定は準備が完了し次第進軍、で良かったかな?」
「うん、ラトゥス川から矢が届くギリギリまで。そこまで行っても近寄って来なければ最後に一手打つよ。そこからは自由に」
「解った。しかし、まさかこんな手を使うとはね……」
「人材の有効活用だよ。ラトゥス川ぐらいの幅と深さなら水棲の人達も充分に動けるしね。多分出番無いだろうけど」
こちらの想定としてはラトゥス川を挟むように睨み合う形が一番だ。更に欲を言えば川を渡って来る勢いで突っ込んできて欲しいが、流石に欲張り過ぎかな?
そして今度はまた誰かが近付いてくる。特徴的な足音だったのでそちらを見れば、そこには泥まみれになった女性が二人。
「おーい。クロー、殿下ー」
「お帰り。グノーメ、アラーニェ。準備オッケー?」
「おっけー!」
「コタローさんは相変わらず訳解んない言葉使うよね……二班、準備完了。久々に面白い仕事だったわ」
ノリが軽いのが土妖精のグノーメ・ピグミー、未だに俺の日本語に慣れないのが蜘蛛の虫人のアラーニェ・コロフォンだ。彼女達とその仲間には今回の作戦の大事な部分を任せている。
余談だが、意識して日本語の単語をこっちの言葉で使うとたまに翻訳されない言葉がある。言葉の成り立ちなんかを調べるとどうも法則性があるみたいだけど、さて……?
「二人とも、お疲れ様です。向こうでお湯を沸かしてありますので工作部隊の皆さんと泥を流して下さい」
「解った、伝えとくね! それで殿下、一応注文通りには仕上がったと思うけど、万が一駄目だったら殿下が何とかしてね? 殿下なら何とかなるでしょ?」
「ああ、まあな。どうせ保険だし大丈夫だ」
「皆血気盛んだもんねぇ……じゃ、私達はこれで失礼するわ。クロウ、また後でね」
二人はそれだけ伝えると泥を流しに手早く立ち去る。普段から土塗れのグノーメはともかく、アラーニェはさっさと綺麗にしたいんだろう。
さて、これで準備完了だな。
「じゃあ、行きますか」
「そうだね。ああ、出発前に一声かけるかい?」
「あー……やめとく。そのまんま突っ込んでっちゃいそうだし」
「それもそうだね」
伯父さんは立ち上がり、爺ちゃんの元へと戻っていく。うん、間違いなく恥ずかしいからやめたってのバレてるね。
本当にあの人には勝てる気がしない。爺ちゃんもだけど。あ、勿論俺が言った理由が嘘って訳でも無いぞ。マジで。
俺も木箱から立ち上がり、そのままテクテクとファイルテスメスへ歩き始める。草原に皆が屯している辺りを抜けると、チラホラと皆が俺に続いて歩き始めた。
え、行軍? 何それ美味しいの? 獣人がそんな整然とした行動なんてできる訳ないじゃないですか。進軍を止めるのに酒を使わないといけないぐらいなんだから。
「さてはて……上手くいけばいいけど」
「ご安心下さい。皆の強さは殿下がその身を以てご存じの筈。差し出口かも知れませんが、皆を信じる事こそが今は必要かと」
「……そうだな」
「それに皆、楽しそうな表情ですよ? 血が疼くのでしょう」
そう言うクロウも楽しそうだ、とは口にしなかった。俺もきっと同じ顔をしているだろうから。
◇
草原を歩き、予定していた地点で腕を組んで仁王立ちする。ノースリーブの道着の上に付けた胸当てから伸びる羽毛がサラサラと風に揺れた。
これは俺が昔一対一で倒した雷虎の革をなめし、爺ちゃんから貰ったサンダーバードの羽毛をあしらった一級品だ。羽毛に隠れがちだが、縁を飾る雷水晶も見逃せない。
また、道着と両手足に巻いたバンテージもエレクトリックシープの毛から作った布を電解液に浸した布状コンデンサと言える代物である。
更にこれまた爺ちゃんからの貰い物だが、足の甲と脛を覆うタイプの脚甲は雷精の一種であるナマルゴンの骨を砕いて混ぜたダマスカス鋼アポイタカラ合金だ。
これが俺の本気装備。雷属性を最大限強化する各種アイテムだ。難点と言えば羽毛のせいで若干サンバの衣装みたいに見える辺りか。もう慣れたけど。
こんな風に向こうの世界じゃ伝説と言われる代物がザクザクあるのもこの世界の特徴である。まあ、脚甲だの羽毛だのは今の俺じゃ手に入れるのは中々難しいんだけどね。爺ちゃんの孫で良かった。
「おー、来た来た。さぁて……どれぐらい嵌ってくれるかな?」
「彼女達の仕事を信じましょう」
こちらが動いた事を向こうも確認したのか、ゾロゾロとこちらにやって来る。目を凝らすと所々で慌ただしく動いてる兵士が居る辺り、対応力の低さが解る。
まあ、こっちはこっちで隊列もクソも無い状態で俺の後ろにズラっと並んでるんだけどね。流石に皆もなんとなく俺の前には出辛いらしい。
そうして両軍がラトゥス川を挟んで対峙する。空兵団の報告では横陣でおよそ四千人。まあ、都市国家なら限界ギリギリまで持ち出してきたレベルだろう。
え、ウチ? 一万ちょいですが何か? 常備軍こそ無いものの、ほぼ全ての国民がある程度以上の戦力になる上に皆好戦的だ。それに丁度田植えが終わって手が空いてると言うのもある。
「ただなぁ……種族ごとに特性が違い過ぎて戦力の均一化が難しいんだよな。折角の長所が消えちまう」
「何です? 急に」
「いや、ウチの軍の利点と難点をちょっとな。お、そろそろか」
ぼんやりと考え事をしていたら口に出していたらしい。思考を切り替えるために前を見ると、向こうの軍が予定地点に丁度来ていた。しかも騎馬兵。ラッキー。
―――そして、予定通りに地面が崩れ落ちた。
「よっしゃあ! 突撃っ! とっつげきぃぃぃぃぃ!」
「「「ウオォォォォォォォォッ!」」」
俺の声を合図に全員が一斉に駆け出す。そう、俺が用意していたのは単純かつ強力なトラップ。落とし穴だ。しかも底には蜘蛛の糸や粘着質の樹液等をたっぷりと塗ってある。
今回のは縦幅5メートル、深さ10メートル、横幅100メートルの巨大な物であり、魔法と大地の事を知り尽くした土妖精が居て初めて完成する逸品だ。
余裕があれば他のトラップも作ってみたかったんだが、流石に皆を待たせていたのと試作もしていないのに複雑な物は作れないので断念した。まあ、これだけで十分な成果が出てるから良しとしよう。
「出ー番が無いなんて言ーわせなーいわよー。そーっれっとぉ!」
「な、何ぃ!? 川の水を丸ごと持ち上げただと!?」
「術式安定、いつでも行けるわよ」
「りょぉーかいっ! それじゃあ射撃班、用意っ!」
と、意外にも先陣を切ったのはソテイさんとヴィネさんだった。何と彼女達はラトゥス川の水全てを持ち上げ、水で出来た巨大な龍を作り上げてしまう。
彼女達の他にも何人かがその龍に乗り込み、術式の安定と攻撃を分担して行っていた。ヴィネさんは水の龍化の安定、ソテイさんは全体の統括を行っているようだ。
そして龍の全身至る所から水の弾が発射される。その威力は凄まじく、身長ほどもあるタワーシールドを正面からぶち抜く程だ。
「ふぅーははははははー! 撃て撃て撃てぇー!」
「ひ、怯むな! このような攻撃、そう長くはもたん!」
「ああ、攻撃班は簡単な水流操作しかしていないので魔力の消費は最小限に抑えられていますよ? 残念でしたね」
「何ぃー!?」
更にこの攻撃はラトゥス川を干上がらせ、俺達の進軍を容易にする。敵陣に降りしきる水弾をかわし、雷鳴と共に真っ先に突っ込んだのは我が従姉殿だった。
「グギャオォォォゥ! グルルルァァァァッ!」
「がはぁっ!?」
「な、何だこのスピードは!? ジョルジュ!」
俺が苦労して開発した閃脚万雷を見様見真似で使うと言う離れ業を持つカイメイの移動スピードは他の連中の比ではなく、俺よりも脚力があるので国内ではカイメイより足が速い奴は存在しない。
そんな彼女は落とし穴に落ちる直前で踏みとどまった馬の首を魔装の爪で刎ね、その隣の騎士の首に鎧ごと噛み付く。あれは即死だろう。
「貴っ様ぁぁぁぐばっ!?」
「全く……我が娘ながら、手が早いと言うか」
「じゅ、獣人が魔法だと!? 馬鹿なっ!」
「おや、その言い分は聞き捨てならないな。どれ、少し教育してあげよう」
流石に単騎で敵陣へ突っ込めばカイメイでも危ないが、そこはオリアス伯父さん率いる魔法部隊の出番だ。特に伯父さんの正確かつ強力な魔弾は騎士の鎧を撃ち抜き、戦列を最後列まで貫通していく。
師匠にしごかれた中でも精鋭を集めたこの部隊は、一人一人がマシンガンもかくやと言う弾幕を形成する。亜人の割合が多いとは言え、そんな連中が数百人も居るのだ。この光景を見て獣人は魔法が苦手と思う人間はどれだけ居るのだろうか。
因みに師匠とニルムは召喚陣の改造作業があるので今回はお休みである。
「川は干上がり一番槍も取られ……これ以上の遅れは許されんな! 行くぞガキ共!」
「ハッ! ミノスのオッチャンこそ遅れないようにな! オーロ、魔鉞解放ぉっ!」
『よしきたぁっ! ぶった切ったれぇっ!』
「全く、穴掘りなら誘ってくれても良いものを……」
アボウさんが身の丈を超える巨大な鎌で馬ごと騎士を真っ二つにし、その石突から伸びた鎖に繋がれた一抱えほどもある鉄球で歩兵を数人押し潰す。
それに続いてサイゾウが人一人が楽に乗れるサイズのスコップを右手で振り、歩兵を左右真っ二つに割った。その隣の兵も左手の巨大木槌で脳天から足の裏まで同じ高さにする。
二人に負けじとソウジは鉞に込められた精霊の力を解放した。この世界に存在する多様な精霊達の中でも、魔剣に宿る精霊は使用者との絆の強さに応じて発揮する力を増していく。
ソウジの持つ魔鉞「黄金丸」とその精霊オーロの能力は至って単純。破壊力だ。切れ味が鋭い訳でも使い手の技量が上昇する訳でも無いが、刃が触れた部分を破壊する事に関しては既に概念的な能力になりかけている。
故に、その一振りはようやく水か何かの防御魔法を発動させていた騎士を防御ごと破壊する。他の騎士よりも格上だったようだが、多分単純な腕力だけで破壊できたと思うよ。
「報告します! 先程の落とし穴の戦果は騎馬含めおよそ300! 更に敵側の被害は増加しており、およそ1000程が討ち取れたと思われます!」
「あっという間に損耗率三割かよ……密集陣形マジ美味しいです。こっちの被害は?」
「既に大半が混戦状態になっているため、予測になりますが0です! 現在こちら側で行動不能となっている者は確認されておりません!」
「そうか。まあ、虚を衝けたとは言え最後までこっちの被害ゼロってのは有り得ないと思うけど―――ッ!?」
ぞわり、とクロウからの報告を受け取っている最中に鳥肌が立つ。間違いない、クロウや他の面々も感じ取ってる。
―――爺ちゃんが、動く。
『■■■■――――ッ!!』
……これを何と言えば良いのか。事実だけを述べるなら咆哮で良いだろうが、これはそんな生易しい物ではない。音の爆発だ。それに気迫と魔力が乗り、物理的な破壊力を持つに至っている。
『■■■■■■ッ!』
最早何を言っているのか同種の俺ですら聞き取れない。いや、意味のある言葉など最初から発していないのかもしれない。
まず最初の踏み込みに合わせて兜ごと頭蓋を噛み砕かれ、即死。そのままもう一人が首を膝で砕かれ死亡。更にぶちかましと次の踏み込みに巻き込まれて三、いや四人死んだ。
そこからスピードが乗り切る前の虎爪で一人の重歩兵を引っ掛け、投げ飛ばすとまた人が死ぬ。踏み込みの着地ついでに一人足蹴にされてまたお陀仏。
ここでようやく爪を使い、フルプレートメイルをまるで障子紙のようにまとめてズタズタにする。腕を振り切った先では数十キロの鉄の塊が直撃して二名ご臨終だ。
「グルルルルルルルルルル……」
周囲を睥睨する視線は血走り、噛み締められた口からは巨大な牙が現れる。咆哮から十秒足らずで敵陣の一角を崩し、手足が動く度に人が死ぬ。
暴虐台風。過去、爺ちゃんについたあだ名の一つだ。その名に相応しく、一挙一動に合わせて鮮血と命が軽々と宙を舞っていく。
……尚、爺ちゃんは現在全く本気出してません。紫電虎としての能力はおろか、魔装すら一切使わない素の身体能力でコレだ。
「やれやれ……ホントありえねー強さだよな」
「全くです……と言うかアレ、普段着ですよね?」
「爺ちゃんにとっちゃこんなん散歩と変わんねーんだろ。お、今のはよく飛んだな」
「20……いえ、30メートルは飛びましたね。馬ごと投げ飛ばすとか何考えてるんでしょう、陛下は」
「いや、違うぞ? 投げたんじゃなく殴り飛ばしたんだ。しかも獲物が減らないようにわざと人口密度の低い所を狙って飛ばしてるな」
「……本当に何考えてるんでしょう、あの人は」
ドカーンボカーンと肉弾戦では有り得ない音と共に人や馬が宙を舞う。戦術としてはなるべく密集地帯めがけて飛ばして欲しいが、一匹でも獲物を直に屠りたいという気持ちも解らなくはない。
え、さっき人だの鎧の塊だの投げて殺したろって? まあどうせ気分の問題だし。
「さて、そろそろ俺も動かないと獲物が無くなるな」
「出陣されますか? 必要ないと思いますが……」
「気分の問題だよ、気分の。まあ早めに戻って来るさ。空兵団は引き続き戦況確認頼むな」
「畏まりました。ご武運をお祈り致します」
軽くストレッチしながら前に出ると、どこから取り出したのかクロウが火打石を鳴らす。いや、使うの遅くね? 普通家出る時じゃね?
第一、戦力差が倍以上ある野戦で負ける方が難しいのだ。そこに駄目押しで落とし穴を加え、一人一人の質でもこちらが勝っている。どうやって負けろと?
「まあ良いか……どっせぇぇぇぇぇいっ!」
「貴様ら! 何をやっている! 汚らわしい獣ふぜぼあぁうっ!?」
すっかり人気のなくなった草原から駆け出し、ラトゥス川の川辺に入る直前で閃脚万雷を発動させる。標的は一番豪華な鎧を着た大将らしきオッサン。その胸元目掛けて跳び蹴りを叩き込んだ。
うむ、我ながら教本か何かに載せたい綺麗なフォームだったな。あとどれだけ装飾が豪華でも鉄製なのは変わらないんだな、その鎧。
「………。」
「って、あれ? 死んでる?」
「エラインダー将軍!? エラインダー将ぐぅぅぅん!?」
オッサンを蹴り落とした馬上で待つ事数秒。てっきりツッコミが入るかと思ったが、どうも蹴りか落馬の衝撃で事切れてしまったらしい。呼吸音が聞こえない。
っつーかこのオッサン、エラインダーって言うのか……苗字だとしたら名前が凄い気になるな。スゲー・エラインダーとか?
「ブフッ! あ、やべっ、ツボはまった……あははははは!」
「貴様ぁっ! エラインダー将軍を足蹴にした挙句笑うとは!」
「そうだ! エラインダー将軍は勇猛果敢で高潔なお方だ! それを笑うとは許せん!」
「あー、ごめんごめん! いや、でもちょっと連呼すんのやめて。お腹痛いわ」
俺に怯えているのか微動だにしない馬の上に立ち、四方八方から槍だの剣だのを向けられながら腹を抱えて笑う。
辛うじて会話こそ出来ているが、俺の台詞は正確に表すなら「www」と笑いを示すマークで埋め尽くされているだろう。後は台詞の後に(笑)って付くとか。
当然ながら生真面目そうな騎士や兵士の皆さんは一瞬で顔を真っ赤にし、俺に対する殺気が溢れ出す。
「成敗してくれるわぁっ!」
「よっ、雷伝」
「なにっ!? ぐぁっ!」
「いや頭に血が上ってんのは解るけどさ……幾ら何でもお粗末過ぎでしょ」
何故か馬から降りているのに馬上槍を持っていた騎士が突っ込んでくるが、俺はその先端に軽く手を添えて軌道を逸らすとそのまま電気を流してやる。
もうどこから突っ込んだものか……お前馬どうした、とか襲い掛かるなら相手を選べよ、とか。まあ選んだ所でコイツ以下の奴はウチの軍にはあんまり居ないけどね。
「隙有りぃぃっ!」
「ねーよ」
「あがっ!」
今度は反対側から両手剣を持った兵士が切りかかって来る。が、生憎とこの周辺に居る全員の動きは俺の耳が把握している。
第一、隙が有るならそれを声に出すのは駄目だろう。突きではなく大振りなのも減点だ。俺は兵士が間合いに入る前に剣指から電撃を飛ばして感電させてやる。
「シッ!」
「頭じゃなく胴体狙えっての」
「ギャアッ!」
背後から弓矢で頭を狙われるが、軽く首を倒して避けた。更に頭の横を通過しようとした矢を掴み、射手へ投げ返してやる。胴体狙えとか言いつつ目に刺したのは気にしない方向で。
「くっ……何て強さだ!」
「いや、大した事は無いさ。シデンじゃそんな強い方でもないしな、俺」
「ぬぅ……」
「否定したいけどその辺で暴れてる爺ちゃんが居るからできない、と。そんな所かな?」
いつの間にか上半身裸になった爺ちゃんが汗と血潮を撒き散らしながら良い笑顔をしているのが見える。あのね、爺ちゃん。普通人間の体を掴んで真っ二つに裂くとか不可能だからね? チーズじゃないんだから。
「さて、そろそろ喋るのも飽きたしやらせて貰うよ」
「ふざけおってぇ! 死ねぇっ!」
「ふざけてないさ。本気出して無いってだけ」
「がぶっ……!」
謁見の間でも見たハルバードが振られるが、俺はスルリと馬から降りて重装兵の兜のスリットへ指を突っ込む。雷刃を起動させればそのまま脳味噌が八つ裂きだ。
俺は馬の背にハルバードを突き刺したまま力を失った兵士を持ち上げ、手近な敵へ突進する。衝突の直前に兵士を投げて寄越し、視界を塞いで足払いをかけた。
「んがぁっ!?」
「せいっ!」
仰向けに死体ごと転がった奴の腹を踵で踏み潰す。閃脚万雷で威力を強化しているのでまず助からないだろう。現に下敷きになった奴は大量に吐血して動かなくなった。
それを横目に確認しつつ、適当な重装兵の肩を左手で掴む。右手は引き、手の形は貫手。そのまま左手を引いて右手を突きだせば、手首までフルプレートメイルを貫通していた。
「次っ!」
「ヒィッ!?」
身を翻して首に踵を落とす。形としては浴びせ蹴りと言えば良いだろうか。足を振り抜くと、それに引っ張られた死体が勢いよく側方回転して敵陣へ突っ込んでいった。
俺は反動を殺しながら姿勢を下げ、ある程度下がった所で跳び膝蹴りを放つ。閃脚万雷は使っていなかったが、顔面に叩き込まれた奴は兜の中で頭蓋骨が大きく変形していた。これは助からないだろう。
着地した時には雷刃を両手共に一本ずつまで減らし、それで両側に居た兵士の首を刈る。雷刃は数を減らして魔力を集中させると、伸ばした時の射程や切れ味が上がっていくのだ。
更に俺は敵陣内で雷刃を滑らせ、時には蹴りや雷撃で眼前の敵を排除していく。後に残るのは死体だけ。この世界では割と当たり前の光景だ。
◇
「フンッ!」
「ガパッ―――」
最後にジャンプして身を屈めた状態から蹴りを放ち、目の前に居た的の上顎から上を吹っ飛ばす。脳を失った兵士が崩れ落ち、俺はゆっくり立ち上がって深く息を吐いた。
「……これで最後、かな?」
「そのようですね。お疲れ様でした、殿下」
「ん? って、クロウも出てきてたのか」
「ええ。何と言い繕おうとも、やはり心が躍りますので」
クロウが差し出してくれたタオルで返り血を拭う。結局一度も怪我はしなかったが、既に最初に被った辺りの血は乾き始めていた。めっちゃ鉄臭い。
臭いに眉を顰めながら周りを見ると、どうやらさっきの奴が最後だったらしい。爺ちゃんを始めとして何人も見知った顔が勝鬨と雄叫びを上げていた。
ソテイさんやヴィネさんは早速祝杯を上げ、ソウジ達は座り込んでいる。カイメイに至っては早速何か咀嚼していたってオイお前それ何の肉だ。伯父さんが止めてないって事は大丈夫なブツなんだろうけど……。
「……クロウ、戦果は?」
「詳細は不明ですが、ファイルテスメス軍はほぼ全滅です。こちらの被害は現在調査中ですので追ってご報告致します」
「ああ。逃げた奴は……まあ、どっちでも良いか」
あまりにも圧倒的な戦闘だったのでまず間違いなく逃げ出した奴も居ただろうが、狩猟本能を解放した獣人に背中を見せるのは下策中の下策だ。それにどうせ兵隊を幾ら殺した所で一銭の得にもならない。
さて、ここらで一息つきたい所だけどある意味ここからが本番だ。早くしないと金を持ち逃げされかねない。
「移動するぞ! 一人たりとてファイルテスメスから逃がすな!」
では、包囲戦のお時間です。あ、ちなみに雇った冒険者の皆もそれなりに働いてたよ。あくまでそれなりだったので描写全カットだけど。
◆
戦争と言うか蹂躙ですね、コレ。