6 シロトーーク
城シーン短くね?
◆
「んがっ……ん、んぅ」
朝もはよから目が覚める。枕元の時計を見れば五時チョイ前。日本じゃ考えられないぐらい早いが、こっちではごく普通の起床時間である。
「ん、んぁぁぁぁ……あ? あー、そういやそうだっけ」
流石に三十人以上客間二つに押し込むのは無理があったので俺の部屋にも何人か入れて寝たが、正直狭い。雑魚寝も良い所である。
特に寝相が酷い佐藤君とマモルが小早川君をボディプレスしたような状態で眠っている。どうしてこうなった。
「よっこいしょっと……どれ、先に水汲んどいてやるか」
皆を踏まないように廊下に出ると、朝の冷えた空気が眠気を一気に吹き飛ばす。ウグイスやスズメが鳴き、遠くから人が動き始める音がしていた。
俺は縁側から井戸へ向かい、ゴミが入らないように蓋代わりにしていた大き目のタライをひっくり返して水を汲み始める。
暫くザバザバやっていると、縁側に面した客間から人が動く気配がする。確かあそこは男子部屋だったな。
「ん? おお、早いな縞田」
「ああ、先生でしたか。おはようございます」
起きたのは高林先生だったようだ。しかし先生、女子が起きる前にワイシャツ着た方が良いですよ。ランニングって完全にオッサンじゃないですか。
「ああ、おはよう……水汲みか? 井戸なんて爺さん家でしか見た事ねーぞ……」
「まあ機械無いですからね、こっち。あ、顔洗うならこの水使って下さい」
「良いのか? んじゃお言葉に甘えるよ」
先生は縁側に置いてある下駄を履き、俺の足元のタライで顔を洗う。ズボンを穿いたまま寝てしまったのか、ズボンには皺がクッキリと出来てしまっていた。
「あー、それと済みませんが今日俺出掛けるんで後の事お願いします。納屋に釣竿とか有る筈なんで暇潰しぐらいは出来ると思いますけど」
「え、そうなのか……まあ、色々とやるみたいだしな。解った、任せろ」
「ありがとうございます。もう少しで飯も出来ると思うんで、適当に待ってて下さい」
俺はそれだけ先生に伝え、その場から少し離れて広いスペースを確保する。右手から魔力を出し、紫色のバスケットボール程の大きさの球体を作り出した。
俺はそれを真上に放り投げ、落下に合わせて上を指した人差し指の上にそっと乗せる。着地の衝撃を和らげるように右手を大きく動かし、また魔力球を上空に投げ飛ばした。
再び落ちてきた魔力球を左手の甲で軽く弾き、右踵、右肩、左膝とポンポン弾く。全身を使ったリフティングと言えば解りやすいだろうか。
その動きは徐々に激しさを増し、回し蹴りや肘鉄等も使っていく。真上以外に弾けば当然魔力球はその方向に飛んで行ってしまうため、地面に着く前に回り込んでまた弾き返した。
「フッ!」
その動きを三分ほど続け、ラストに右爪先で思い切り上空へ魔力球を蹴り上げる。充分に家から離れた事を確認し、剣指の先から雷を出して魔力球に当てた。
魔力球に雷が触れた瞬間、直径10メートル程の衝撃が上空で起こる。俺なら多少ビリっと来る程度で済むが、普通の人間なら重大なダメージになる威力だ。
「縞田、今のは……」
「ちょっとしたトレーニングです。こういうのは積み重ねが大事ですから」
魔力球によるリフティング。特に圧縮する事もなく紙風船も同然の耐久力の魔力球を使うのが魔力コントロールを向上させるキモだ。
一定以上の衝撃を与えればさっきのように爆発し、一定以上の魔力に触れてもやはり爆発する。地面に落ちても当然大爆発。故に、微細な魔力と肉体のコントロールの良い訓練になるのだ。
「魔法か……そんな事も出来るんだな」
「ある意味肉体の一部ですし、結構ファジーなんですよ。複雑な術式や道具を通すとその限りでもないですけど」
「成程な……あ、体育祭は期待させてもらうぞ?」
「……魔力使わない範囲でなら」
先生の言葉に苦笑いで返し、俺は朝飯を準備しているであろうクロウの元へ向かうのだった。
◇
クロウが作った朝飯を食べ、出掛ける準備をする。昨日の夜に帰って来たばっかりだが、今日はこれからファイルテスメスに行かなければならない。
朝食中や着替えてる最中にクラスの面々も大体起きてきており、その内の何人かは俺が家を出ると見送りに来てくれた。
「っつー訳で、ちょいと俺出掛けてくるから。俺に用事のある奴が何人か来るかもしれないけど、そん時は出掛けたって言っといて。
そんで多分暇になると思うから、俺の部屋にある漫画とか読んでて良いよ。あとは納屋に釣り具とか色々入ってる筈。あ、でも使ったらちゃんと片付けろよ?」
朝の陽ざしの中、ボディバッグを背負いながらマモルを含む何人かに注意事項を伝えておく。因みにパソコンも持ってきてるけどロックをかけてあるから使えない筈だ。
……え? ファンタジー世界の住人らしい恰好しろって? いや、してるじゃん。バッグとジャングルブーツ以外はこの国特有のなんちゃって和装だよ? それも魔法付与された特注品。
靴は複雑なパーツがあったり靴底が特殊な材質だったりするから日本の方が性能良いんだよね。シデンは素足で過ごす人が多いから靴屋ないし。
「とりあえず夕方には戻って来るつもりだけど、腹減ったら向こうの方に飯屋幾つかあるからそこ使って。あ、これ飯代ね。全員分入ってっから気を付けて。
えっと、後は……あ、そうそう。師匠―――昨日来たでしょ? キセル持った女の子。そう、あの人。多分来ると思うから魔法について教えてほしい人は教えてもらって。小早川君とか凄い魔法使いたそうだったし」
思いつく連絡事項を全て言い終え、後は何か無かったかと思案する。獣人のプライドとかは昨日の晩飯の時に伝えたし……大丈夫、だよな? うん。
「いや、それは良いけどお前何しに行くんだ?」
「ん? ちょっくらファイルテスメスまで抗議しに。ホラ、俺この国の結構偉い所に居るじゃん? それが誘拐されたって形にして賠償貰いに行ってくる」
「……殆ど事故じゃねーか、アレって」
「そうだけど、ケジメはつけないといけないからね。それにこの賠償はおめーらの装備代とか生活費に直結してんだからな? これ入らないとウチ大赤字なんだよ」
「……ごめん」
いや別に良いよ。最初からそうする気だったし。
「じゃあちょっくら行ってくるわ。クロウ、準備良いか? 書状は?」
「全て滞りなく。皆様、留守をお願い致しますね」
「あ、はい……えと、行ってらっしゃい」
「ん。行ってきます……っと!」
俺とクロウは魔装を発動させ、数歩助走をすると全力で空へと跳ぶ。俺は閃脚万雷で、クロウは闇と風を混ぜたマジカルパチンコで空高く舞い上がった。
上昇と着地時のみに閃脚万雷を使う事で飛距離を稼ぎながらシデンを縦断し、その間に高度と姿勢を安定させたクロウへ外輪山の頂上からジャンプして合流する。
傍目から見ると結構危なっかしいけど、鳥人でも初速は安定しないから最初からクロウに乗せられるよりはこっちの方が安全なのだ。
「あー、流石にチト寒いな……上に一枚着とくか」
「殿下、私の闇で風を遮断しますか?」
「ん? 良いよ。そんな糞寒い訳でもないし、魔力は温存しとけ」
「ハッ」
そうやって暫く飛ぶと、やがて城壁に囲まれた都市が見えてくる。クロウももう心得たもので闇属性の魔法で球体を作り、俺達の姿を覆い隠してしまう。
この世界は空にも結構驚異がゴロゴロしてるので空の見張りがあり、こんな風に空から入るなら正体を隠す必要がある。まあ、大都市になると結界とかあるからこんな真似できないんだけど。
「お疲れ様です。次は玄水月ですか?」
「ああ……あそこそんな名前だったっけ?」
闇のボールは路地裏の一角に着地すると、抵抗も無くそのまま停止して跡形もなく消え去ってしまう。着地の安全性と証拠隠滅も兼ねたナイスな魔法だ。
え、こうやって正体隠してまで空から来る理由? 城壁に入る時に時間やら金やらかかるからだよ。イチイチそんなメンドクサイ事やってられるか。
因みに玄水月は昨日も行った冒険者ギルドの正式名称だ。今思い出した。うん、決して知らなかった訳じゃない。マジで。
「とりあえずマスターに話しないといけないし、着替えもしとかないとな」
「畏まりました。では私は先に王城へ面会予約を?」
「あー、うん。頼んでいいか? 駄目だったら窓から乗り込む感じで」
「畏まりました」
クロウから礼服を入れた衣装ケースを受け取り、そのまま路地から二手に分かれる。道端に酔っぱらいやら浮浪者がゴロゴロしていて歩き辛い。あと臭い。
鼻をつまみながら十分ほど歩けばすぐにギルドが見えてきた。流石に何度か同じ方法で移動してるだけあり、ギルドにほど近い場所に着地していたようだ。
「はよざーっす……またドノヴァンぶっ倒れてやがる」
一体何があったのか、ギルドに入ってすぐの所でドノヴァンがパンツ一丁な上にそのパンツから大量の木串を生えさせた状態でぶっ倒れている。
よく見ると全部真っ二つに折れた状態であり、多分筋肉の動きだけで串を折るとかやってたんだろう。あとガブリエッラがぴったりくっついて寝てる。
普通ならマジカルパワーで物理的に爆発させてやる所だが、胸板に水たまりができるぐらい涎を垂らされているのを見るとあまり近付きたくない。
「んー? おお、コタロー。昨日ぶりだな」
「……まさか夜通し飲んでたんですか? ミリエラさん」
「それ以外に何がある?」
「愚問でしたね」
流石と言うか何と言うか、ギルド内で起きているのはミリエラさんだけだった。今日も元気に樽呑みである。この人の肝臓はきっとミスリル製だな。
「ちょいと着替えしたいんで場所借りたいんですけど……マスター居ます?」
「後ろ」
「呼んだか?」
「……何で獣人の感覚に引っ掛からないんですかアンタは」
ミリエラさんにマスターの所在を聞けば肩の上辺りを指差され、そのまま後ろを向くとそこには見慣れたポーカーフェイス。
しかしこの人マジで何者なんだろうか。視覚はともかく他四つの感覚に全く反応が無かったんだが。あと踏ん付けてるドノヴァンがうなされてるからどいてあげましょうよ。
「魔装も使ってないなら無理な話でもないさ。で、えらく早いが話は通してきたのか?」
「ええ。シデン側としては賠償を請求する事になりました。日本はそもそもこっちを知らないので泣き寝入りですけど……その分シデン側で上乗せしてます」
「しかしそれをニホンに伝える事は無いんだろう?」
「ええまあ。事情を知ってる人が居ない訳でも無いですけど、そんな偉くないですし」
裏庭かどっかで着替えて来い、と身振り手振りで促されてバックヤードへ入る。マスターの他にも既に何人かが動き始めており、暗に邪魔だと言われているようだった。
「マスターって何時寝てんだろ……好きでやってるんだろうけどブラック企業にも程があるよな。あ、一応自営業で良いのか? 雇われ店長って訳じゃないし」
因みにこの店は営業時間があやふやだが、大体今ぐらいの時間から夜半過ぎぐらいまではギルドもしくは酒場として機能している。
勤勉な勇者系冒険者は朝早くから依頼を受けに来るし、破天荒な荒くれ系冒険者は夜中まで馬鹿騒ぎをするからだ。
そしてやはりこの世界でも依頼の仕方はテンプレなのか、掲示板かマスター他の店員から依頼を確認して受けるスタイルになっている。
依頼もお約束の素材収集や討伐、失せ物探しに荷物持ち、警備や土木作業員の募集まであるが、やはりこっちの世界でも大手の店やホワイトカラー系の募集はほぼ無い。そういう人は独自のコネがあるからね。
「……着替え完了、と。後はクロウ待ちかな」
「おー、何かえらく立派な服だな。コタローってそういうのも持ってたのか」
「まあ最低限他所の偉い人と会える程度の物だけですけどね。で、ミリエラさんは今日はお仕事は?」
「……流石に大きな動きの前に仕事入れるほど馬鹿でもないよ」
だから何でここの人は気配を絶って人の後ろに立とうとするのか。いや、流石にこの人の気配には気付いてたけどね。やっぱマスターパネェ。
因みに今の俺の恰好は一言で言えば紋付き袴だ。多少ファンタジーなデザインはしてるけど、まあギリギリ日本の成人式とかでも着れるだろう。
「それで、どうだ? ここの偉いさん、動きそうか?」
「まあ、まず間違いなく。家財持ち逃げされても困るんで適度に挑発するつもりですし……ミリエラさんはどうします?」
「どうするもこうするも、こっちについたらコタロー達に殺されるのが目に見えてるからな。頭を下げてでもそちらに付きたい」
「通常料金なら歓迎しますよ。後は……そうですね、スレイプニル辺りに声かけといて下さい。他は良いです」
幾ら本拠地がファイルテスメスだろうと、その上層部に肩入れするような冒険者はまず居ない。故にミリエラさんの提案も想定内だった。
これが他の国ならまだしも、ここの上層部の黒い噂は街角で簡単に手に入る代物だし、政策も冒険者としては居心地が良い物ではない。
それを差し引いても主要街道上の国と言うメリットは大きく、この街を中心に活動している冒険者も少なくは無いけどね。俺もその一人だ。
「割引されるよりはマシか……解った。他にも何人かついてくると思うが良いか?」
「お任せします。まあ、ここの上層部がウチとの戦争に冒険者を使うとは思えませんけど……」
「だな。まあ保険だ」
「あ、でも割増料金求めてくる人は相手にしませんからね? こっちとしては居ても居なくても正直関係ないんで」
「……了解だ」
的確にゲリラ戦で邪魔をされるならともかく、正面からぶつかるならこのギルド一つの相手は空兵団だけで可能だ。それに俺を加えれば100パーセント負ける事は無い。
そりゃあ一部はレアやティプシードラゴンみたいな連中も居るけど、大半は雑魚だ。その上、数も少なく集団戦も不慣れとなれば戦力として数える必要も無い。
それに何より、ファイルテスメスの上層部は無駄にプライドが高いとも言われている。長期戦で形振り構わない状態ならともかく、初戦から冒険者を使う事は無いだろう。
……そして恐らく、初戦で全て終わってしまう。余程重要なファクターを俺が見逃していない限りは。
「っと、クロウが来たみたいなんで俺はこれで」
「ああ、解った。早めにそっちに移動すれば良いか?」
「その辺もお好きにどうぞ。何なら後ろから本陣攻撃するとか、城門を内側から解放しても良いですよ?」
「……給料分の仕事だけにするよ」
ギルド近くまでクロウが来た事を臭いで知り、俺はミリエラさんとの会話を切り上げて移動する事にする。結構早く帰って来たけど予約取れたのかな?
◇
さて、意外とすんなり面会予約が取れたので早速お城は謁見の間へやって来ました。一昨日ぶりである。
そして唐突ですが、部屋の空気が最悪です。
「………。」
聖女然とした笑顔を絶やさない皇女様。
「フンッ」
見るからに俺達が気に食わないと言う顔の爺やさん。
「ふむ……」
鋭く周囲を見渡し、どんな小さな情報でも見逃さないと言わんばかりのクロウ。
「ふぁ……」
あくびをする俺。
「「「………。」」」
その他、護衛の騎士様やら肥え太ったりガリガリだったりする国の重鎮の皆さん。やはり後ろ暗い事と貿易で大分稼いでるのか服の素材からして一級品だ。
しかし騎士の皆さんは何で室内なのにフルプレートメイルとハルバードなんだ? いや豪華なのは解るけど相変わらず成金趣味だし……第一それ動き辛いでしょ?
「さて、お話があるとの事でしたが……召喚された方としてではなく、シデン王国の方としてで宜しいでしょうか?」
「あれ? クロウ、お前言ってなかったの?」
「いえ、お伝えしました。そも、ご学友ではなく私がこの場に居る事、殿下の御姿をご覧になれば確認されるような事でも無いかと愚考致しますが……」
「そっか、伝えてたなら良いや。まあ、そんなとこです」
俺の適当な受け答えとクロウの慇懃無礼を通り越してただの皮肉になっている台詞に対し、爺やさんの額に浮かぶ血管が増える。スゲェチンコみてぇ。
……しかし臭いな、この部屋。人の体臭とそれを消そうとしてる香水の匂いがプンプンする。因みに一番匂うのは皇女様だ。
そして二回目にしてもうお馴染だが、皇女様を見ると延髄辺りが妙にムズムズする。いや、ホワホワ? 何だろうこの感覚。
「そうですか……では、そのご用件とは?」
「ん、ほれ」
皇女様の問い掛けに対し、クロウが一通の手紙を取り出す。俺はそれに手を差し出し、クロウから手紙を受け取るとそのまま皇女様の鳩尾へ放り投げた。
「くぉるるるるぅぁあぁぁっ!? ぬぅあにをしておるか貴っ様ぁぁぁっ!」
「この無礼者がっ!」
「そっ首たたっ切ってくれる!」
「お黙りなさい!」
おや、これも乗らないか。激昂した爺やさんと一部重鎮、騎士の殆どが俺とクロウへ動き始めた所で皇女様の一喝が部屋の中に響く。
動きを止めた面々を他所に、皇女様は膝の上に落ちた手紙を開いて読み始める。因みに手紙は藁半紙だが、これはシデンにまともな紙が無い訳ではない。経費削減だ。
「……これ、は」
「まあ一言で言えば賠償の請求ですね。経緯はどうあれ誘拐は犯罪ですし、事故とは言え現在進行形で金銭的な損害も出てますから」
仮に日本の法であれば、犯罪は犯したものの故意ではない事と時間・金銭・精神的な損害を考慮して……やっぱ実刑だな。
未成年者、複数、国外移送、魔王討伐と言う危険な強制労働。最低二十年はぶち込まれるレベルの大犯罪だ。それを金銭で解決するんだからかなりの温情じゃないか?
「ふ、ざ、け、おってぇぇぇぇぇ! ええい出会え出会え! この汚らしいケダモノ共を切り捨てい!」
「ハッ! この聖槍の錆にしてやりましょうぞ!」
「ほっほ……ならばあの虎髪、私が頂いても宜しいですかな? 尻尾も中々捨て難いですが、あの髪の方が気になりますぞ」
「フフヒッ、な、なら我はあの艶羽を……ヒヒッ!」
何か散々言われてるでゴザル。まあ大体こうなると思ってたし、こうなるような態度を取ってたんだけど。
しかし思った以上に変態が多いなこの国は。一応国教は人間至上主義だろうが。いや、むしろその現れなのか?
「囲まれましたね。如何致しましょう、殿下」
「まあ待て待て……で、皇女様。お支払頂けますよね?」
「そうですね。流石にこの額となると、少し……」
「あ、今答えるんだ……言っときますけど、一切負けませんし絶対に支払ってもらいますからね?」
肝が据わっているのか天然なのか知らないが、こんな物々しい雰囲気の中で皇女様は平然と俺の質問に答える。その割には場馴れしてないような発言も目立ち、何と言うか非常にアンバランスだ。
そんな皇女様は絶対に払ってもらう、と言う俺の言葉に首をかしげた。周りの連中は流石に目上の人が話している相手を切りつける訳にもいかないのか、じっとこちらの様子を伺っている。
「絶対に、ですか? それはどういう……?」
「姫様! 斯様な獣などと話してはいけませぬ! 御耳が汚れますぞ!」
「いやまあ、そっちの人達も解ってるみたいだよ? 気に食わない相手に主張を通すにはどうするべきか……ってのがさ」
軽く手を広げて周囲を示す。そこにはずらりと並ぶ重装兵。言葉で駄目なら力で示せ、と。
まあ、解りやすく言えば戦争しようぜって事だ。あと爺やさんうるさいから黙って。
「……宣戦布告、という事でよろしいですか?」
「うん、そうとって貰ってオッケー。あ、そういや一つ聞きたかったんだけど良いかな?」
「……何でしょう?」
「アンタ、何で玉座に座ってんのさ。王様まだ死んで無いでしょ?」
この謁見の間に来てからずーっと疑問に思っていたが、確かこの国の玉座は王以外は座ってはいけない筈だ。シデン? 玉座自体ありませんが何か。
暫く待つが質問に対する答えは無く、皇女様はぼんやりと微笑んでいるだけだ。そしてそれが合図になったのか、周りの騎士達が動き始める。
「やれやれ……ま、用事は終わったし帰るか」
「フンッ! このままおめおめと帰すと思うか!?」
「いや、帰るよ。クロウ、準備良いか?」
「いつでも」
俺は瞬時に魔装を展開し、左に向けて閃脚万雷を発動させる。あ、コイツらの装備ミスリルっぽい色してるけど中身鉄だ。メッキなのか……うわー、みみっちい。
俺はハルバードの穂先をかわして真横に居た騎士へ突っ込む。接触する直前にしゃがみ、そのまま掬い上げるように騎士を持ち上げた。肩車の形だね。
「よっと」
「うわわわわわぁっ!?」
俺は閃脚万雷をもう一度使って窓を突き破り、ベランダを乗り越えた所で俺に乗っかっているだけの騎士を空中に放り投げた。
ベランダを乗り越える際には閃脚万雷を使わず、魔装で強化した脚力だけでジャンプする。そのまま自由落下して数秒後にはクロウが俺を回収して空高く舞い上がった。
まあ、当然ながら騎士は地面に激突してお陀仏である。
「それじゃあ皆さん、次会う時は戦場でー」
「窓から失礼いたしまーす」
「おっ、追え! 追えぇぇぇぇっ!」
「………。」
城から追撃の魔法が飛んでくるが、この程度の弾幕は俺の雷撃相手に回避運動を取れるクロウの敵ではない。
と言うか火球しか飛んでこないんだけど何で? 無理に周りに合わせるより個人に合った属性伸ばした方が良いよ?
「では殿下、このままお戻りになられますか?」
「んー、一回ギルド戻ってくれ。着替えたい」
「畏まりました」
……しかし、何か妙だなあのお姫様。変な動きをされる前に何とかしないとな。
◇
「どっせい!」
「ふんばっ!?」
裏路地を通ってギルドに戻って来ていきなりコレである。何だ、一体何があった。
「全く……出る前に一言かけなさいよ!」
「ん? ああ、レアか……あ、悪い。すっかり忘れてたわ」
「せいりゃあっ!」
「げぼんっ!」
俺を蹴り飛ばした下手人はレアだったようだ。いやだってお前昨日の晩から存在感薄かったし……代金も払ったんだし良いじゃん。
ただまあ、一応相方と呼べる間柄の奴をすっかり忘れてたのは俺が悪い。この蹴りは甘んじて受け入れようじゃないか。うん。
「ぬぅ……コタローめ、何て羨ましい……」
「………。」
「ちょっ、おいギャビー!? 何だ痛いぞ叩くな!?」
「あはははははは!」
俺の扱いのどこが羨ましいのか、起きていたドノヴァンが悔しそうにする。すると、それに嫉妬したガブリエッラがその身長ほどもある木の杖でドノヴァンをボッコンボッコン叩く。それを見てミリエラさんが笑う。
これがこのギルドの日常な辺りどうかと思うよ、ホント。だからクロウも無駄に身構えるな。
「で? 結局どうなったのよ」
「とりあえず宣戦布告してきた」
「……は?」
「要求が受け入れられないならそれしか無いだろ。こっちは今赤字なんだし、遠慮が必要な関係でもないしな」
この展開は予想していなかったのか、レアの動きが止まる。コイツはもう少し流れを読む訓練をした方が良いな。まあ、二十歳にもなってない奴相手にそれは酷か。
「え、いや、戦争って……こことアンタん所で?」
「そ。まあ、ここの上は無駄にプライド高いし動員される事は無いだろ。静観してりゃ終わるよ」
「で、でも、その、えっと……」
「ああ、ミリエラさんの所はシデンに付くってさ」
「スレイプニルとウィング・オブ・アビス、ボンヌエトワールの他にも個人で数人参加表明してる連中も居るぞ」
流石はミリエラさん、顔が広いだけあってこういう事は仕事が早い。伊達にここでほぼ毎日飲んだくれてないね。
「うぅ……わ、解ったわよ! 私もシデンに付く!」
「いや、そりゃ有り難いけど無理に参加しなくても良いんだぞ?」
「うっさい! ……ま、万が一があったら嫌でしょ」
「まあそれは嫌だけど……何ですか、ミリエラさん」
「べっつにぃー?」
じゃあニヤつくのやめてもらえませんか。あと俺着替えたらもう帰るよ? あいつら心配だし。
◆
この話の裏では皆ボチボチ遊んでます。