4 突撃!隣の森の中!
ようやくまともな戦闘が……まとも?
◆
川沿いに歩く事数時間。遂に白虎山脈の麓の森までやって参りました。もうここまで来ると山脈と言うか巨大な崖にしか見えない。
しかし大変だったね。川にかかった倒木の上を歩いたり、蔓でターザンごっこをして皆を運んだり、バレーのレシーブのように手を組んで崖を乗り越えさせたりしました。
そうしてもうすぐ目的地の滝に着く、と言う辺りで獣化して鋭敏な感覚に嫌な音と匂いが伝わってくる。うん、超嫌な予感する。
「まずいな……」
「今度は何だよ……土砂崩れとかか?」
「それなら飛び越えれば済むからまだ楽だよ……皆、ちょっとその辺の木の後ろとかに隠れてて」
俺の真剣さが伝わったのか、皆は川から離れて森に入っていく。その間も伝わってくる振動は徐々に大きくなり、俺の中の嫌な予感メーターは完全に振り切れていた。
「しかし何だコレ? この足音のリズムはストレートボアだけど、それにしちゃ何かデカいし……」
「な、なあコタ! 何か聞こえないか!?」
「ああ、こっちに真っ直ぐ向かってくる。皆もしっかり隠れててね!」
「マジかよ……うわ、蜘蛛だ」
足音は崖沿い、つまり俺達の進行方向と垂直にぶつかるように響いてくる。俺は足音の主が出てくる方向に特に注視し、全力の魔装を展開した。
来るっ! 3、2、1……っ!?
「ヴォギィィィィィッ!」
「グォァルルルァァッ!」
向かって左から右へ、高さ10メートルはあるであろう木々を吹き飛ばしながらソイツが現れる。いや、ソイツら、だった。
「ってデカァッ!? っ、それにカイメイ!?」
「い、猪!? デカッ!」
「おい、誰か顔に乗ってないかアレ!?」
やはり現れたのはストレートボアだったが、そのサイズが桁違いだ。通常なら体高2メートル、体長3メートルちょいの大猪だが、コイツはその倍は軽くある。もしかしたら三倍に届いているかもしれない。
更にその顔面には、見慣れた薄紫色の影。今も尚ストレートボアの顔面に喰らいつき、腰まで届く虎縞の髪が巨大猪の視界を完全に覆っている。そこから迸る紫電は間違いなく、紫電虎に縁のある存在である事を示していた。
視界を塞がれて完全に暴走状態の巨大ストレートボアは俺達が驚いている間に目の前を駆け抜け、木々を粉砕しながら森へと突っ込んでいく。
「チッ! ちょっと片付けてくるから皆はここで待ってて! あとアイツが突っ込んできそうになったら全力で横に逃げる事! 良いね!?」
「あっオイ!」
「ウォラッシャァッ!」
「ブギィッ!?」
皆に一方的に言うだけ言い、閃脚万雷で猪の尻に浴びせ蹴りをかます。慌てていたので姿勢制御が甘くなり、体が一回転してしまったらしいけどまあ結果オーライである。
と、ここでようやく麗しの従姉殿は俺の存在に気が付いたらしい。文字通り齧り付いていた猪から離れ、数回木を蹴って足場にすると俺の目の前に降り立った。
「あれ? コタだ! こないだ来たばっかだけどまた来たの?」
「まあちょっと訳有りでね。お前こそあのデッケーストレートボアはどうしたんだ?」
「よそのヌシ争いに負けたのが流れてきたってとーさまが言ってた! で、みーんな食べられちゃうから倒して来いってじーさまに言われてきた!」
「成程……通りで森に入ってから一回も襲われなかった訳だ。オッケー、俺も手伝うよ」
「ホント!? やたっ!」
俺と大して変わらない身長、俺よりも色素が薄いけど艶やかかつワイルドに伸びる髪、そして何よりももうすぐ三桁の大台に達する巨大なお山。それが申し訳程度の布地に隠されてブルンブルンと揺れる。
健全な男子高校生には目の毒を通り越し、野生を呼び起こさせる若干お馬鹿なこの子こそ我が愛しの従姉殿。シデン王国王孫、王位継承権第一位カイメイ・シデンだ。これで俺とタメなんだから驚きである。
「ブゥルグギッギィィィィィィ!」
「おっと、怒らせたかな」
「ずーっと怒ってるよ。おなか空いてるんじゃないかな」
「猪なんだから草とかキノコでも食ってりゃ良いのに……っと!」
木々を薙ぎ倒しながらUターンしてきたストレートボアをかわす。中途半端に精霊化してエネルギーでも足りてないんだろうか、と無駄な考察をする余裕すらある。
しかし、コレは早めに倒さないと森が丸裸になっちまうな。仕方ない、折角二人居る事だしアレ使うか。あと霜狼の毛皮は邪魔だからその辺に捨てとこ。
「カイメイ、全力放電から組み付いてアレやるぞ」
「オケッ!」
打ち合わせもそこそこに二人で横に並び、ストレートボアの方を向く。木々が動いたり倒れている方を向けば良いので姿が見えなくても問題ない。
俺は両拳を引いて腰の横まで持ってくると、魔力を高め始める。一方、カイメイは肉付きの良い尻を高らかに上げた四つん這いのポーズで魔力を高め始めた。
「ブギィィィィィィィッ!」
「グルァァァァァァァッ!」
「紫電ッ、放ぉぉぉ雷ッ!」
巨大ストレートボアが木を薙ぎ倒して再び現れた瞬間、カイメイは咆哮と共に口から、俺はキーワードと共に勢い良く突き出した両拳から紫電を放つ。
二人分の魔力を高めて放った紫電はストレートボアに負けない破壊を撒き散らすが、巨大猪はその無駄に高い突進力のままダメージを無視して突っ込んでくる。
しかし、俺とカイメイは既にその場から飛び退き、更には暴走を続けるストレートボアへと飛び掛っていた。
「行くぞカイメイッ!」
「グァゥッ!」
流石にただ単にストレートボアに飛び付いただけではまともにダメージは入らない。大きいと言うのはそれだけで立派な武器なのだ。
しかし、俺達のこの技にはサイズは関係無い。こういった大き過ぎたり硬過ぎたりする相手の為の技だからだ。
「「双雷牙ッ!」」
俺のしがみ付いた掌と、恐らくカイメイの手から生える二本の魔装刃。魔力的、物理的な干渉力を殆ど持たない代わりに他者の体内や防壁を抜けて生成出来る特別製だ。
しかし、それが二つ重なる事で互いに干渉し合い、魔力干渉力と物理的な破壊力を手に入れる。それも今回の場合は他者の体内で、である。
「ブギョゴボォォッ!?」
このように体内からの破壊を主眼とした技ではあるけど、本来ならば一人で全てやるべき技でもある。俺もカイメイもまだ一本ずつしか作れないのでこういう形の技になっているだけだ。
二人でやるなら片手で心臓を、もう片手で脳を狙うぐらいはやらないと駄目だね。そうすれば超回復力を持っているような奴でも死ぬだろう。まあ、まだまだ未熟って事だね。
一方、そんな一撃を受けたストレートボアは当然走りながら絶命し、バランスを崩して木々へと突っ込んでようやく止まった。
当然俺とカイメイはストレートボアがバランスを崩す前に素早く離れ、地面を削りながら停止したストレートボアを油断無く睨む。
「……だいじょぶ、かな」
「みたいだね……うん、鼓動は聞こえない」
この状態からでも蘇生する相手を知っているせいか、どうしても警戒はしてしまう。けど、呼吸音もしないし大丈夫なのかな。
……嫌な事、思い出しちまったな。駄目だ駄目だ。今は俺に皆の命が懸かってんだ、シャッキリしねーと。
「ねーねーコタ、あのへんにいるのって……人間? 変なにおい混じってるけど」
「あーうん、俺の知り合い。クロウに迎えに来るように言っといたんだけど知らない?」
「わたし昨日からずーっとあの子追ってたしよくわかんない」
「そりゃご苦労様なこって……戻るか」
言われて鼻を鳴らしてみれば、確かに普段よりも汗や垢、土の匂いが強い。ただ、それでも匂いの大部分は男の劣情を誘う類の物だけど。
成熟した肉体と未熟すぎる精神を持つこの従姉様は本当に色々と心配である。まあ、正面切って戦うなら俺より強いから心配もへったくれも無いんだけど。
そんな俺の考えを他所に、当然のように俺の隣を歩くカイメイ。満面の笑みに鼻歌、軽やかなステップで尻尾と胸が揺れる上機嫌の大盤振る舞いだ。
「何だ、そんなにアイツ仕留めて嬉しいのか?」
「ちがうよー。それもあるけどまたコタに会えたのがうれしいの」
「んな大袈裟な……別に毎月会えるだろ?」
「そーだけどちがうの! うれしいものはうれしいの!」
そんなもんかね、と俺よりも遥かに本能に従って生きているカイメイの言葉について考える。
まあ、あっぱらぱーでも長い付き合いの従姉だし、顔も体も超がつく一級品だ。言われて悪い気はしないかな。
「あ、カイメイ。血抜きしたか?」
「……あ」
「さっさとやっとけ。俺は一回皆集めてくる」
「はーい」
ストレートボアを仕留めてそのまんまだった事を思い出し、いちいち戻るのも面倒だったのでカイメイに処理を任せて俺は皆の下へ戻る。うーん、扱いやすくて良いなぁ。
皆も戦闘音が聞こえなくなった事には気付いていたのか、俺が戻る頃にはぼちぼち川原へと集まっていた。
「おっすー、皆大丈夫だったー?」
「あ、ああ。今の所怪我人は無いが、今のは一体……?」
「あ、先生も無事でしたか。因みに今のはストレートボア……まあ要するに猪ですね。
遠距離攻撃こそしてきませんがそこそこ危険度の高い魔獣の一種で、木だろうが岩だろうがぶち抜いて真っ直ぐ進むんです。
あのサイズならちょっとした山ぐらいなら真っ直ぐ穴掘って進めるでしょうね……あんなん俺も初めて見ましたよ」
「凄く、大きかったです……」
ウホッ、じゃねぇよ。
「あ、そういやあの猪の頭に何かへばりついてたよな? アレ何?」
「ん? ああ、俺の従姉。名前はカイメイ・シデンで―――」
「コタ、呼んだ!?」
「こんな奴」
放電現象特有の炸裂音と共にカイメイが俺の隣に突っ込んでくる。名前呼んだら即来るとかコイツは犬か何かなんだろうか。いや虎か。
あと男子諸君、人の従姉の乳とかケツをガン見するのはやめとこうか。え、俺? 俺も見てますが何か?
「ねーねーコタ、この人たちは?」
「ん、俺の友達だよ。詳しくはまた後でな。それよりアイツの死体は?」
「ソウジとサイゾウに任せてきた! もーちょっとで来るよ」
「ああ、双角兄弟も来てたのか。なら大丈夫かな」
まあ、こんなアホの子でもシデンのお姫様である事に代わりは無いので一応護衛はつけてたんだろう。
例え二人掛かりでもカイメイより弱く、閃脚万雷と同種の雷速移動が可能なカイメイに置いて行かれると解っていても、だ。
と言うか、多分カイメイが森に入る前にテキトーに歩いてた二人を引っ張ってきたってだけな可能性が高いけど。
「ね! ね! コタは今日泊まってくの!?」
「ん? あー、今日ってか暫くかな。そう長くはかからないと思うけど、具体的にどれぐらいかはわかんないな」
「ホント!? まだ夏でも冬でもないよ!? やたーっ!」
「それでも可能な限りは早く戻るつもりだけど、まずはクロウ達が迎えに―――」
「殿下ぁぁぁぁっ! ご無事ですかぁぁぁぁっ!?」
「来た、な」
無邪気に飛び跳ねるカイメイの胸部に俺を含む男子一同の視線が集まる中、複数の影が白虎山脈の峰を越えたのを確認した。
黒い艶羽を先頭に白や灰、茶や赤といった色とりどりの羽が大空を舞う。あれこそシデン王国はシマダ公爵家が誇る空兵団である。
あとあのアホウドリはスルーして良い。と言うかしてくれ。皆の前で殿下とか言うなあのアホ。
「あ、クロだ。おーい、こっちこっちー」
「殿下! 姫様も! ご無事でしたか!? 規格外の大きさのストレートボアが出ていると聞きましたが……」
「それなら二人で倒したよ。ね、コタ」
「何と! 流石にございます!」
この鳥頭はもう少し静かにできないんだろうか。いや、興奮さえしてなきゃ結構静かだよなコイツ。とりあえず落ち着けこのアホウドリが。
「うぉ、すっげ……マジで鳥だ。黒いのはカラスか?」
「色んなの居るんだな……羽だけとか顔も鳥とか。あ、ハーピーも居る」
「なあなあコタ……いや『殿下』、紹介してくれよ」
「……オーケー解った、解ったからその呼び方はやめろ。次呼んだら引っかくからね。
こいつらはウチの家が管理してる空兵団だよ。見ての通り飛べる連中の集まりで輸送とか色々やってもらってるんだ」
シデンは基本的に『強い=偉い』と言う脳筋度1000%の国であり、肉体の構造上飛ぶ以外の能力が弱いこいつらは自然と下に見られるようになっていた。
けど、シデンの外に出るようになってから移動がどうしても億劫な事に気が付き、また飛べると言う利点をどうにかして活かせないかと考えたのがこの形だ。
空さえ飛べば外側から見ると崖以外の何物でもない白虎山脈もひとっ飛びだし、ダンジョンと化している洞窟を無理に通る必要も無い。
設立から日も浅いし機会は無いけど、戦争の一つでも始まれば空爆や空挺降下の真似事ぐらいは出来る筈だ。
「我ら空兵団は殿下の呼び掛けにより設立され、私は光栄にも団員一号としての名誉に与り部隊長として微力を尽くす毎日にございます。
思い返せば五年前の夏、あの脳筋兄弟に羽根を毟られそうになっていた私の前に颯爽とぼべぇっ!?」
「余計な事は言わんで良い。で、コイツはクロウ・ミヤマ。空兵団第一部隊隊長兼ウチの家令、っつーかハウスキーパーかな。見ての通り鴉の鳥人だよ」
何か黒い阿呆の鳥がこっ恥ずかしい事を口走りそうになっていたので膝裏に蹴りを入れて止める。こっちの家は基本的に誰も居ないから管理人が必要なんだよね。
顔はまんま鴉で羽も腕と一体化しており、足に至っては鳥類特有の趾だけどコレで意外と器用に家事やら雑務をこなすのだ。後は見ての通り少し煩いのが玉に瑕、かな。
「さ、左様でございますか。それはさて置き殿下、お帰りなさいませ。お待たせしたようで申し訳有りません」
「いや、まだ俺達も集合地点に着いた訳じゃないしね。それにどっちかって言えば遅れたのはレアみたいだし」
「あー……いえ、その……ですね。文を持ってきた冒険者自体は昼過ぎには到着していたのですが―――」
「見つけたぁっ! くぉらそこの鳥頭ぁっ! ここで会ったが百年目ぇっ! 覚悟しなさいっ!」
と、何故か川上からずぶ濡れ&ボロボロのレアが現れ、事もあろうにアイツの奥の手の一つを発動させようとしていた。
え、ちょっと待ってよ。そんな魔力ココでぶっ放したら全員巻き添え食らうじゃん。
「全員逃げろぉっ! もしくは伏せぇっ!」
「うひゃー! すっごい魔力! じーさまよりあるかも!」
「あっ、で、殿下!? お待ち下さい!」
「逃げんな糞鴉! サイクロォンッ! ソバットォォォ!」
流石にブチギレていても周りを巻き込む事は避けたのか、何か俺も知らない新技をレアがクロウにぶちかます。
成程、右足から噴出した風で加速と接近、更にインパクト前に左足から風を出して加速して蹴りを入れたのか。
ただそれソバットって言うか胴回し蹴りじゃね? 縦回転だし。当たったの踵っぽいし、威力も回転に奪われてるみたいだ。
「おぎょぉっ!? や、やはりこの足癖の悪さは殿下にとって害悪となりかねません! まるで角まで筋肉が詰まっているようなあの―――」
「ほう」
「それは」
「「誰の事だ?」」
流石に新技だけあって練習が足りないのか、クロウは吹き飛ばされるだけで大したダメージにはなっていない。不発気味だったのもあるけど、空兵団も結局は実力主義の組織だしこれぐらいはできないとね。
しかし一難去らずまた一難。今度は森側から新たな面子が現れ、その二人の声を聴いたクロウは一気に顔面蒼白になる。羽毛で覆われてるのに顔色が解るってのも不思議な話だけど、解るんだからしょうがない。
一人は文字通り全身真っ青な筋骨隆々の偉丈夫で、目尻の真上辺りから二本の立派な角が生えている。着物が肌蹴るのに任せて上半身は裸であり、露出した胸は岩、丸太を担ぐ腕は大木を思わせる。
もう一人の体は更に大きく、身長も2メートルを遥かに超えている。鼻の頭と眉間に一本ずつ大小の角が生えており、筋肉の上に脂肪が乗ったその姿はパッと見では太っているようにすら見える。
「お、双角兄弟。お疲れ。あとそろそろやめたれ」
「ああ、殿下か。お疲れさん」
「ん? おお、殿下! 成程、姫さんの機嫌がやたら良かったのはこのせいか」
「あだだだだだ! 折れる! 折れちゃう! らめぇ! 腕はそっちに曲がらないのぉぉぉぉぉ!」
俺達が倒したストレートボアを丸太に括り付けて担いできた双角兄弟―――青鬼のソウジと犀獣人のサイゾウがクロウの羽、と言うか腕を捻り上げる。やっぱキモいからもうちょい続けて良いよ。
因みに兄弟と言ってはいるが別に血の繋がりが有る訳ではなく、ガキの頃のあだ名がそのまま続いているだけだったりする。
「な、なんかスゲェのが出て来たな……あのイノシシ担いでるのもスゲェけど鬼の人が持ってる斧もスゲェ」
「お前さっきからスゲェって何回言ってんだよ。因みにあの鉞、魔剣なんだぜ」
「魔剣! そういうのもあるのか! ……ママサカリ?」
「当然でしょ。伊達にエセファンタジーしてないよ、この世界。あと普通に魔剣で良いから。それじゃ人妻が発情してるみたいだから」
しかし急に人が増えたな。特に俺より獣寄りの連中が多い空兵団と巨大猪を担いでる双角兄弟は中々インパクトがあるせいか、クラスの皆もおっかなびっくり観察している。
と、その括りから外れる内の一人であるレアがこっちにやってきた。しかし改めて見ると本当にボロボロである。どうしたのお前。
「……追加料金」
「へ?」
「だから追加料金! ホンットに散々だったんだから! キッチリ耳揃えて払ってもらうわよ!」
「あ、ああ。そりゃ別に良いけど……何があったの?」
クロウの話だとシデンに着いたのも昼過ぎだって話だけど、レアのスピードならゆっくり来ても日の出ぐらいには到着していてもおかしくない筈だ。
「街道とラトゥス川がぶつかる所で変な連中に襲われたのよ……一応全員片付けたけど、ちょっと危なかったわね」
「変な連中ねぇ……? まあ、それなら少し上乗せしとくよ。で、今日はこの後どうする? 何か着いた後も迷惑かけちゃったみたいだし、泊まってく?」
「と、泊まっ!? え、い、いや、だって、けど、その……」
「クラスの連中も俺ん家泊めるし、今更一人増えても変わんないよ。まあ、レアが良ければだけ、ど……何その目」
何かしどろもどろになったと思ったらジト目で見られたでゴザル。え、何、俺が悪いの?
あとよく考えたら襲われただけじゃそんな遅くならないよね? 白虎山脈に入る洞窟で迷ったとか?
「……そうね、それならお邪魔させてもらうわ。報酬も貰わないといけないし」
「何ふて腐れてんのさ……おーい、クロウ。そろそろ行くぞー」
「んほぉぉぉぉぉぉ……あ、はい! 畏まりました!」
今までずっと双角兄弟に弄られていたのか、変なポーズで固まっていたクロウが再起動する。空も茜色に染まっており、そろそろ移動しないとまずい時間になっていた。
と言うか、一応クロウは部隊長なのに空兵団の連中は誰も助けようとしないんだな。クラスの皆は当然ながら一歩引いてるし、カイメイは指差して笑ってるので論外だ。
「あ、コタ行くの? じゃあ私たちもそろそろ行こっか」
「ウス。じゃあ殿下、また後ほど」
「あ、殿下。アレって今回やるのか?」
「おー、気を付けてなー。アレは……まあ余裕があれば、かな。ちょっと忙しいんだよ」
「そっか……そんならしょうがないな」
俺達が移動するのに合わせてカイメイと巨大猪を器用にも引きずらずに担いだ双角兄弟が移動する。向かう先は昨晩レアも通ったであろう洞窟だ。
カイメイ一人なら俺と同じ方法で帰れるけど、残り二人は普通に洞窟を通らないといけないのでそれに合わせたんだろう。ストレートボア担いでるしね。
「なあコタ、アレって? あと一緒に行かないのか?」
「こっちでのちょっとしたお楽しみ、かな。俺達は別ルートで帰るんだよ」
「では皆様、こちらでございます」
◇
クロウを先頭にクラスの連中を空兵団が囲み、先程までのようにラトゥス川沿いを上り始める。そのまま三十分もしない内に目的地へと到達した。
そこは白虎山脈の外縁部であり、山脈の中腹から滝が流れ出て滝壺を作っていた。レアが出て来た時にずぶ濡れだったのはこの滝を通ったからだろう。
「……遠くから見てて解ってたんだけどさ、この崖が白虎山脈なんだよな?」
「ああ。外側がこういう切り立った崖になってて、内側が盆地になってるんだ。盆地の中に行くには幾つかある洞窟を通るか崖を上るしかないよ」
この崖があるからシデンの国民はファイルテスメス等の亜人・獣人を良く思わない連中の侵攻も無く日々平穏に過ごせているのだ。
白虎山脈と言う名前は、この山自体が巨大な白虎の肋骨から出来ているとか言う伝説による物だったりする。まあこの世界ならそれも有りだよね。
「人数……は、大丈夫そうだね。じゃあクロウ、適当に割り振っといて」
「それは構いませんが……たまには殿下もお乗りになられては?」
「いや、自力で跳んだ方が早いし。じゃあそうだな、クロウはレア頼むわ」
「「え゛」」
クロウに割り振りの話をするのとほぼ同時に空兵団が適当なクラスの面々に話しかけ、大きな布や網、ロープ等に体を固定し始める。
あー、うん。大体皆想像してる通りだと思うよ。大丈夫大丈夫、そう滅多に事故らないから。飛行機事故よりは事故の確率低い筈だから。ゼロじゃないけど。
あとクロウとレア、ギャーギャーうるさい。
「レアも一日走り通しで疲れたろ? 普段なら出来るだろうけどそろそろ休んどけ。クロウ、ゴチャゴチャ言わずに乗せてやれ」
「……解った」
「……御意」
ふてくされながらもクロウが用意した布をレアが手早く体に巻き付ける。他の皆もだけど、二人の間は1メートルちょいぐらい開いているので結構余裕があるな。
更に余った空兵団の皆が簡単なフォーメーションの確認を済ませたのを確認し、俺は閃脚万雷を発動させる。それに続いて空兵団の皆も各自の術式を起動させた。
「んじゃ行くぜ。空の旅に……ご招待っ!」
「各員、発進!」
「「「了解っ!」」」
閃脚万雷から発した雷は白虎山脈の崖の側面へ落ち、俺自身もそれに沿って進む。更にそこから瞬間的な魔力操作で数十メートル先へ落雷と共に移動した。それを何度も繰り返し、喧しく山を駆け昇っていく。
閃脚万雷を使った移動は魔力操作の精度の都合上、こうして適当に進むだけでも一度に100メートルも進めない。まあ、それでも普通に走るよりずっと速いし、こうして断続的に移動すれば良いだけの話なんだけどね。
昔はこんな何回も連続して使えなかったから、良く雷刃やら足の指を壁面に食い込ませて休憩したもんだ。カイメイなんかそのまま崖駆け昇ったりしてたけど……。
因みに壁面に向かって移動するのではなく、真上に移動する事も可能ではある。霜狼に対して使ったみたいにね。そっちの方が疲れるからやらないだけだ。
「うおぉぉぉぉぉっ!? と、飛んでる!?」
「これ落ちないの!? ホントにだいじょぶ!?」
「この場に居る者は全員100キロ以上の荷物を担いで遠距離飛行が可能です。ご心配なく」
「成程、魔法で滑空用の初速と高度を確保してるのね」
クラスの皆は空兵団に引っ張られて持ち上がり、生身で地上から足が離れる事に驚きと恐怖を感じている。レアは似たような事が出来るせいか非常に冷静だ。
個人差こそあるものの概ね皆問題なく山を登り、暫くするとその終わりが見えてくる。夕日により強く陰陽が映し出された山頂を越えれば、そこはもうシデン王国だ。
「……ただいま」
まず目に入るのは斜面に沿って作られた棚田。稲穂がまだ小さく、田んぼに張った水に夕日が反射して茜色に染まっている。
その合間を縫うようにぽつぽつと木が生え家が建ち、山頂から盆地の底へ流れる川にはほぼ必ず水車小屋が付いている。
盆地の底には大きな池があり、ここからだと見えないけどさっきの滝に繋がる巨大な地下水脈へと水が流れていく。池には精霊も住んでたりする。
建っている家は茅葺や瓦屋根の木造住宅であり、すぐ近くなのに石造ばかりのファイルテスメスとは大分印象が異なる。文化的にお互い他所からの移住組である事と、この山脈が地理的に特異だからだろう。
流石はファンタジー世界と言うべきか、この世界は地域によって気候区分がかなり滅茶苦茶だったりする。力の強い精霊が一体居るだけでアッサリ変わっちゃうし。
流石に太陽は東から西へ動くけど、そもそもこの世界の地面が丸いかどうかも定かではないのだ。案外巨大な生き物の背中に乗ってるだけって事もあり得る。
「やれやれ、相変わらずお早いですね殿下は」
「駄目だぜー、持続力無いと。先行ってるぞー」
「お、棚田だ……何か和風だな」
「うひゃー! たっけー!」
バッサバッサと羽音を立てて空兵団が俺に続く。まだ上昇中だから羽動いてない連中の方が多いんだけどね。あとクラスの皆、特に男子がうるせぇ。
俺は全員が崖を越えたのを確認すると、再び閃脚万雷を使って宙を舞う。流石に畦に着地すると畦が壊れて大惨事になるので適当な広場がある所まで空中へゴー。
南側から北側へ横断するように移動し、やがて北側の中で、と言うかシデン王国内で最大の建物の前へ着地する。皆は置き去りだけど、ゆっくり空の旅を楽しんでもらおうかな。
こうして見ると多少立派な武家屋敷程度の規模だけど、これでもれっきとした王の居館だ。国全体が一つの要塞なのでその中までは細かく考えないのがシデン流である。
因みにすぐ近くにジャイロミル型の風力発電用プロペラやら太陽光発電パネルやらがあってそこだけ凄い現代チックだったりする。うん、我が家だ。
「お帰りなさいませ、コタロー殿下。王陛下、宰相閣下は共に執務室でございます」
「ただいま、ヴィネさん。『見えてる』と思うけどお客さん来るから相手してて貰える?」
「畏まりました」
屋敷前の広場に着いて間も無く、ライオンの獣人の女中さんが出てくる。顔だけライオンのこの人はカイメイの父親であるオリアス伯父さんの妹であり、この館の女中長でもある。御年寄って言うのかな?
この人は袴姿に馬革ブーツと蛇革手袋と言う中々突飛な格好をしており、王付きの女中長と言う事もあってか結構な歳なのに独り身だったりする。
趣味がジオラマ制作ってのもなぁ……あ、因みにこの人、結構精度の高い予知能力持ってます。さっきの見えてる、ってのはこの事ね。
「……殿下」
「お、俺爺ちゃんと話して来るからっ!」
俺から不穏な気配でも感じ取ったのか、睨んでくるヴィネさんから逃げるようにやって来ました執務室。純和風の館なので当然ながら障子戸だ。中には良く見知った気配が二つ。
「入りなさい」
「失礼します……ただいま。爺ちゃん、伯父さん」
「オウ……珍しくヴィネの予知が外れたと思ったんだがな。一体どうした」
「召喚陣の封印は異常なし。空兵団も動いたようだし……それにその服、厄介事の匂いがするな」
言われるまま部屋に入ると、板張りの部屋に二人が居る所だけ畳を置き、そこに文机と座椅子と仕事道具と言ういつもの光景が広がる。
俺は部屋の隅に控えていた女中さんに円座を敷いて貰い、L字になって仕事をしていた二人の前にあぐらをかいて座った。
中々に不敬な格好だけど、そもそも正面の爺ちゃんが仕事に飽きて頬杖突いてボーっとしてるぐらいなので細かい事まで気にする必要は無いだろう。
「まあ、ちょっとね……と、言った所で次回へ続く!」
「……誰に話してるんだ?」
んー、気にしない気にしない。
◆
キャラがゾロゾロと増えましたが名前のあるモブなんで気にしないでください。
あと書いてから気付いたけどこれ見た目まんまう○われじゃん……。