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御伽の国の王子様(半分だけ)  作者: 杉浦則博
3/8

3 だらだらとらぁず

やっぱり説明回です。あとちょっとだけ戦闘。


 ファイルテスメスの城門を抜け、街道沿いには畑がズラリと並ぶ。あぜで区切られた一区画に数人ずつが居て作業しているのが牧歌的だ。

 広大な平地には風が吹き、サラサラと草花を揺らしている。たまに毟られた雑草が団子状になっており、強烈な青臭さやら焦げ臭さを放っていた。


「そろそろ大丈夫かな」


 ある程度ファイルテスメスから離れた事を確認し、俺は獣人モードに体を切り替える。途端、頬を撫でて鼻孔に入っていく風の臭味が段違いに感じられた。

 やろうと思えば足元で動く虫の音や動きも解るけど、その必要も無いだろう。この辺は危険度の高い動物もそう居ないし。


「……何て言うか、普通だな」

「ん?」


 俺の隣を歩いているマモルが辺りを見渡しながら言う。目印やら防風林やらで残された木に視線が次々と移っていた。


「いや、魔法なんてあるんだしモンスターとかその辺ウロウロしてんのかと思ってた」

「してる所はしてるけどね。この辺は街道沿いだし」

「そっか……それもそうだな」

「この辺も畑とか無くなったら色々出てくるよ。そんな危険な奴は居ないけど」


 むしろ普通の蛇とか蜂の方が怖い。あとは暑さ寒さに雨かな。


「そういやさ、朝にギルドから出た時にでっけー鳥が居たんだけど」

「ああ、居るよ? ダチョウみたいなのでしょ?」

「……乗れんの?」

「当然。まあぶっちゃけて言えばアレだしね。こっちでの呼び方はキャマード」


 召喚した時にこっちの言葉についてはある程度翻訳されるので固有名詞を知る必要は無いけど一応教えておく。じゃないと呼び分けられないしね。

 と、そう言っている間に正面から二頭立ての馬車がキャマードに引かれて走って来た。街道はそこそこ大きい馬車がすれ違えるぐらいの幅はあるので轢かれる心配は無い。はしゃいだりしない限りは。


「でも確か馬とかロバも居たよな? どれかに絞ったりはしないのか?」

「それぞれ利点があるからね。速さとかスタミナとか、結構違うし。大体の町だと入る時に足の数と頭の数でお金取られるしね」

「え、何でだよ」

「簡単な入国審査だよ。それっぽっちも払えないなら入るなって額だし」


 あとは純粋に上層部の金稼ぎかな。儲かってる所なんかは無かったりするしね。


「他にも暑さに強いのとか寒さに強いのとかも居るし。ああ、賢さと魔法が使えるかどうかもポイントだね。

 って言うか、向こうだって地方によって馬だったりラクダだったりするじゃん」

「ああ、言われてみれば。っつーか魔法使えんのかよ。やっぱ隕石魔法とか?」

「流石にそんなんは居ないんじゃないかな……馬だろうがキャマードだろうが魔法使えるやつは使えるよ。数はやっぱり少ないしクソみたいに高いけど」


 後ろで何人かが赤い鳥の軍団に追いかけられる幻を見ているみたいだけどスルーしておく。


「ただ、一番速くてスタミナがあるのはやっぱり虫かな」

「……虫?」

「うん。でっかい虫。体の節一つに寝っ転がれるサイズのムカデとか人間大のゴキb、」

「やめろぉ!」


 駄目ですかそうですか。まあアイツは俺も勘弁してほしいけどね。


「でもサイクロプスアントとか飼ってる人は結構居るよ? 六頭立ての馬車も一匹だけで軽々引けるし」

「いや、でもなぁ……」

「まあ見た目はしょうがないよ。足税もかかるし調教が難しいって聞くしね」

「その辺も一長一短って事か。あ、じゃあ空はどうなんだ? 乗れる鳥とか居ないのか?」


 当然居ますとも。伊達にファンタジーやってないよ、この世界も。


「騎鳥や騎獣、魔獣に竜種。でっかい羽持ってる奴は大体飛べるし、そうじゃなくても空飛ぶ奴は多いね。まあ、飼育が難しいのが多いけど」

「やっぱ簡単にはいかないのか。でもこの辺はあんまり居ないんだな?」

「平地だからね。山岳地帯だとよく居るし……ああ、あと飛翔船使ってる国もあるね。勿論魔法式の」

「おぉー。因みにコタのお勧めってどんな国だ?」


 ふむ、お勧めの国ねぇ。


「一番はやっぱりシデンだけどこれから行くから除外として……んー、五公国かな?」

「名前だけじゃどんな国かわかんねーな。ゴコウ?」

「五つの公爵で五公国ね。陸上系騎獣、特にキャマードの名産地で二足でも四足でも六足以上でも地上に居る限りは何でも揃うよ。あと別名がギャンブラーの聖地」

「ん? 何でだ?」

「老若男女に士農工商、一から十まで全員が競馬……っつーか賭けレース好きなんだよ。こっちの世界も一年は365日だけど、あの国だけで年間500レース以上やってる筈」


 曰く、五公国の人間は馬券を握ったまま生まれてくるとか何とか。


「……ああ、そりゃ聖地だわな」

「まあ、世界中から金持ちやら破滅型の人間やらが集まる国でもあるし、あの規模の国としては外貨準備高がぶっちぎりでトップなんだけどね。

 それに賭ける金は働いて稼ぐって考えが浸透してるから無職が殆ど居ないらしいよ。騎手も専業は殆ど居ないらしいし」

「へぇ……意外としっかりしてるんだな」

「流石にどこかで締めないと国は成り立たないからね。生活のためのギャンブラーは大体他の国の人間だし……あと特徴としては国のど真ん中に滅茶苦茶でっかい穴が開いてるってぐらいかな」

「穴?」

「うん、穴。前に行った時に見たけどヤバいよ、あれは。視界の端から端まで全部真っ暗な穴なんだけどさ、こう、スパッと切り取ったみたいに穴になってんの」


 五公国はその周りを五角形で囲うように配置されており、一辺が大体50キロほどにもなる。穴の面積はなんと琵琶湖の約五倍だ。


「形はほぼ真円で、上を魔法とかで飛ぼうとすると落ちるんだってさ。俺も昔紙飛行機飛ばしてみたら穴の真上に入った途端にストーンって真っ逆さまに落ちてったよ」

「それはまた……ちょっと想像できない光景だな」

「穴の底に魔神が封じられてるとか何とか……観光ガイドのおっちゃんが言ってた」

「観光名所なのかよ」


 そりゃあねえ。アレは一見の価値がある光景だもん。あとホイホイ近付いて落ちたら迷惑だし、監視員みたいな役割もやってる感じだったな。


「あと五公国は夏に一週間ぐらいお祭りやってるんだよ。勿論レースがメインなんだけど、そのレースで勝つと一年間は五公国最速の座が手に入るってやつ」

「あー、G1とかグランプリとかそんな感じ?」

「そうそう。一日かけて次の都市を回ってって、前後の一日は酒呑んで馬鹿騒ぎしてレースして終わり」

「結局レースはするんだ」


 当然だよ。多分あの国の人間は止まったら死ぬんだよ。


「ああいうの見るとお祭りの経済効果って凄いと思うよ。一週間で小さい国なら丸ごと買い取れるレベルの金が動くって言われてるしね」

「そりゃすげぇな……あとは面白い国とかねーの?」

「見た目だったら浮島かな。五公国からちょっと南東に行った辺りにあるんだけど、陸地が浮いてるんだよ。空中に」

「おぉー。そりゃ中々のファンタジー具合だな」


 相変わらず街道をてくてく歩きながら話を続ける。心なしか農作業をしている人数が減ってきた気がする。


「って言っても浮島は実際に見た事は無いんだけどね。大小様々な島が宙に浮いてて、空飛ぶ船に乗って移動するとか何とか。

 あと小さい島は鎖で一纏めにして大きくしてるんだって。たまに反乱とか内ゲバで鎖も取れたりくっついたりするとか」

「内ゲバって……まあファンタジー世界でも実際に暮らしてるのは人間なんだもんな。しょうがないか」

「そうそう。あと島もそれぞれ高低差があってさ、高い所に居る人ほど身分とプライドが高いらしいよ。

 で、低い島とか島の底には海賊ならぬ空賊が住んでて毎日元気に反抗と略奪を繰り返してるとか」


 お陰で纏まった空中戦力を持っている国として世界を支配するのも夢じゃないのに、外には全く興味を持っていない。そんな国らしい。

 俺の魔法の師匠がその国の何かしらの関係者なんじゃないか、って事情通が言っていた。まあ浮島関連の話になると機嫌悪くなるしなぁ、あの人。


「あとはまあ、ゴーレムが主産業の国とかその他諸々一杯あるけどめぼしい所は特にないかな。細かく調べるか師匠に聞けばポンと教えてくれそうだけど」


 ……などと話しながら歩いていると、気が付けば周囲に畑は殆どない。そろそろ頃合いかな、と俺は周囲を見渡した。


「よーし、それじゃあチキチキ魔法講座ステップ4いってみようか。内容は『魔法を生き物に当ててみよう』だね」

「「「えっ」」」


 皆の動きが一瞬止まり、暫くするとまた歩き始める。オイオイ、歩きながらやったりしないなんて誰が言ったのさ。むしろこれからが本番だってのに。


「生き物にって……当てて大丈夫なのかよ?」

「いや普通に死ぬよ? まあ、射撃訓練と生き物の命を奪う事に慣れるって意味合いもあるからね。それに昼飯も確保しないと」

「「「えっ」」」


 またしても皆の動きが止まり、また……動き出さない。首から下が固まったように動かず、顔だけがこっちを向いている。先生含めて。

 とりあえず遊んでないで歩け。置いてくよ?


「流石にタダでその辺で手に入る物を買う必要も無いしね。経費削減だよ」

「そりゃまあそうかもしれないが……何に当てるんだ?」

「アレっす」


 何気に最初に復帰した先生の問いに指差しで答える。その先、およそ50メートル程の地点に結構大きな茂みがあった。

 その茂みからは白くて大きなフワフワがはみ出ており、小刻みに動いては止まりを繰り返している。


「……何だアレ。人、じゃないよな?」

「ええ。ジャイアントラビット……要するにでっかい兎です」

「いや、デカいなんてもんじゃないだろアレ……1メートルちょいはあるよな?」

「手足伸ばせば2メートル級の個体がゴロゴロいますしね。伊達にジャイアントとか呼ばれてないですよ」


 俺がそう言うや否や、お食事中だったらしいジャイアントラビットは体を起こす。冬でもないのに白い毛を生やし、耳や頭はさっきからしきりに動いている。

 ようやく他の皆も再起動を果たしたのか、小走りで俺の後ろに追いついてきた。その振動で既にジャイアントラビットにはこっちの存在がバレてるけどまあいいや。


「……兎、だな」

「兎だよ。見事なアルビノなのはさておき、とりあえずアレ撃って。撃たなかったら昼抜きだよ?」

「え、いや、だって……兎だぞ?」

「モッフモフでフッカフカだけど撃って。言っとくけど俺は全員分の昼飯用意する気ないからね?」


 流通が向こうの世界に比べて遥かに小規模かつ脆弱なこっちの世界では、大半の人が自給自足で生活している。農耕然り狩猟然りだ。

 ファイルテスメスは腐っても都市と呼べる規模なので一次生産者以外にも居るが、どの道俺達は基本無一文なのでこうして自力で何とかしないといけない。

 などと御託を並べる前にさっさと撃たんかい。


「とりあえず逃げられるギリギリの範囲がこの辺だからこっから撃って。まあ全員で撃てば何発かは当たる筈だから」

「えー……兎撃つの? 魔法で?」

「うん。だからアレが皆のお昼ご飯だからね? 別に食わなくていいなら撃たなくても良いけど」

「可愛そう……」


 見た目じゃ腹は膨れないのよ。ホレ、一部男子は魔力溜め始めたぞ。


「っつーか昼飯っていつまで歩かせんだよ。いい加減足いてーんだけど」

「はえーよ。因みにルートはこの街道を少し行った所にあるラトゥス川と交差してる所でお昼。午後は川沿いに白虎山脈の麓の滝まで歩くよ」

「あの山まで歩くのか!? うっわぁ……って、まさか野宿か!?」

「滝まで行けば迎えが来るよ。このペースでも夕方ぐらいには着くと思うけど、その辺は皆次第だね」


 距離にして大体40キロも無いけど、街道は舗装されてる訳じゃないし途中からは森に突っ込む形になる。獣も魔物も出るけどコレが一番安全なルートだ。

 俺一人だったら同じルートをただの魔装だけで走っても30分もかからないけど、皆は山歩きとか慣れてないし半日近くかかると思う。

 昼に休憩を入れるとしても午後は5時間ぐらい歩く必要があるし、やっぱり昼飯はちゃんと確保しておかないといけないな。


「外しても俺が仕留めるからさ、とりあえず撃ってよ」

「ってゆーかぁー、何でまほーとか使わないといけない訳? めんどくさいんですけどぉー」

「いやまあ面倒なら別に良いけどね。何かあっても俺は助けないよ?」

「はぁ? 別に助けてほしくなんかないしぃー」


 何か女子の一人がゴチャゴチャ言い始めたので俺は思った通りに返す。コイツ名前何だっけ? 高田馬場? なんか違う気がするけどまあいいや。

 俺達のやりとりに巻き込まれたくないのか、他の面々はジャイアントラビットに魔法を撃ち始めた。釈然としないけど結果オーライって事で。

 とは言え、やはり覚えたてだとこの人数でも外れる方が多い。あと届いてないのも何人か居た。


「おいコタ、逃げるぞアイツ!」

「ああ、チョイ待ち……っと」


 基本魔装と雷刃だけ起動し、逃げ出した白い塊を追う。大型の兎は時速80キロ程度で走ると言われているが、ジャイアントラビットは大きいだけあって更に速い。時速換算で120キロは軽く超えているだろう。

 ……とは言え、今の俺の瞬間最高時速は250キロ超だ。あっという間にその背に追いつき、首筋を雷刃で一閃。上履きで土煙を上げながら慣性を打ち消したけど、これ靴底ベロンベロンになりそうで怖いな。


「はい昼飯ゲット……んぁ?」

「グルゥァアオォゥッ!」

「「「キャー!」」」


 ジャイアントラビットの首筋から血が流れるようにして担ぐと、皆の方から不穏な気配を感じる。続いて魔力の高まりと悲鳴。あ、これヤバいわ。


 俺が皆から離れる瞬間を狙っていたのか、はぐれ霜狼が咆哮に乗せた凍結魔法で皆の足元を凍り付かせる。こうして動きを止めてから確実に仕留めるのがコイツのやり方だ。

 単独の霜狼は魔獣として見ると最下級だが、この辺りに出てくる生き物としては一番強い。恐らくコイツは白虎山脈の麓の森から追い出された個体だろう。自然の摂理ってやつだな。


「よい……せっと!」


 肩越しに掴んでいたジャイアントラビットをはぐれ霜狼に投げつけ、閃脚万雷で上空に跳ぶ。まだ零れている血と紫電が二筋の軌道を描いた。

 飛び退くようにジャイアントラビットを避けてこちらを睨む霜狼だが、生憎とお前程度にやられるほど弱くないんだ。


「ビリっとくるぜ! 閃脚万雷・雷伝!」


 上空から地面に向かって閃脚万雷で落ちる。はぐれ霜狼にはかわされるが、最初からコイツに当てようとした訳じゃない。

 俺の足から紫電が走り、地面を薄く覆った氷が砕け散る。皆にも多少ダメージはあるけど、まあ精々強めの静電気レベルでビリっと来る程度には弱めてある。


「グォァルルァッ!」

「よっ」


 氷が砕かれた事で俺を排除する必要があると判断したのか、はぐれ霜狼は俺に向かってくる。が、それこそ俺の狙いだ。

 俺は身を屈め、霜狼の前に人差し指を立てる。雷刃が発動しっ放しの指に触れた霜狼は、下顎から股間までパックリと切り裂かれてあっけなく絶命した。


「……すげぇ」

「別に大した事じゃないよ。シデンの人間なら群れで襲ってくるコイツらを返り討ちにできて一人前だからね」

「……マジかよ」


 マジだよ。と言うかそれぐらいできないと白虎山脈から一人で出られないし。コイツらより強いのとかゴロゴロ居るしね。

 ただ、はぐれ霜狼程度でもこの世界の平均からすると『そこそこ手こずる相手』程度の強さはあるらしい。雷虎とか白光狼出たらどうすんだよ。


「あ、それはそうと皆は怪我無い? 霜焼けはこの時期ならほっとけば治ると思うけど」

「まあ俺は大丈夫だけど……うわ、グロっ」

「俺も大丈夫……うぇ」

「何故グロいと解ってて死体を見に来るのか」


 怖いもの見たさってやつだろうか。男子がワタフルオープンで敷物みたいになってる霜狼を覗き込んでは吐きそうになっている。

 俺は投げ飛ばしたジャイアントラビットを回収し、霜狼の内臓を抉り出して適当に投げ飛ばす。コイツのワタはあんまり美味しくないからね。


「よし、と……んじゃいこっか」

「平然と素手で内臓の処理するお前が怖いわ」

「血塗れで毛皮担いでると完全に蛮族だよな」

「うるせぇさっさと歩け。あともう一匹何か獲るからね」


 えー、じゃない。全員分には足りないんだっての。あとさっきブーたれてた女子がこっちチラチラ見てるけどスルー。



 時刻はそろそろお昼前。概ね予定通りにラトゥス川と街道がぶつかる橋までやってきました。この橋の向こう側の川辺で昼食の予定です。

 食料はあれから大き目の蛇を一匹仕留め、その辺に転がってた棒にジャイアントラビットと霜狼と一緒にぶら下げて担いでいる。

 うん、女子がさっきから全然こっち見てくれない。まあ気絶されるよりはマシだから良いんだけどさ。


「で、何で止まってんだ?」

「ああ、うん……血の臭いがする」


 いや、俺の手じゃなくて。確かに素手で解体したけど。魔装で多少弾いてるから手にはあんまり付いてないよ。それに、


「人の血だよ、これ」

「え、何。そんな事までわかんの?」

「まあね。死体は川に落ちてるか……むぅ」


 この世界は向こうの世界、特に日本と比べると全体的に治安が悪い。まあ当たり前っちゃ当たり前だけど、今は決して無視できない要素だ。

 そんな世界だから道端に死体が転がってるのは決して珍しい光景じゃないし、俺だって盗賊団を返り討ちにして身包み剥いだ上で首切って街道沿いに並べるとか良くやってる。


「んー、ちょっと待ってて。確認してくる」

「あ、ああ。解った」

「んじゃ昼飯ちょっと持っててね」

「え、あ、ちょ、オイ!」


 ただ、今の状況で問題なのは血の臭いが新し過ぎ、そして多過ぎると言う点だ。流石に今こんな場所でこんな臭いをさせられるのは不審過ぎる。

 人数で言えば十人以上。時間は正確には解らないが、全て半日以内の物だ。臭いと一緒に漂っている残留魔力、それに地面の荒れ方を見る限りは間違いなく争った形跡だろう。


「……いや、魔力が臭いに比べて薄いな。一回吹き飛んだのか?」


 橋の中央辺りの欄干に立って改めて周りを見る。街道と川が交差しているだけあって臭いも魔力も大分薄れているけど、流石にこの位置に来れば色々と解る。

 と、言うかこれは。


「……レアだな」


 アイツも昨日はこの道を通っている筈だ。となるとここに居た何者かと遭遇、戦闘になったんだろう。この物の吹き飛び方はよく知っている。

 アイツはその辺のゴロツキにどうこうされるようなタマじゃないし、何よりアイツに勝てる奴がこの辺に居たら足手纏いだらけの今の俺に勝ち目はないだろう。


「なら、まあ……大丈夫か」


 アイツに手を出したアホが死んだだけだとしても、アイツ自身がラトゥス川に沈んでいたとしても俺が考えてどうこうできるレベルではない。

 なら考えるだけ無駄だ。俺は皆を呼び、歩いてきた方と対岸側の川辺で昼飯の準備を始めた。珍しく誰も居ないけど、こんだけ荒れてたら仕方ないか。


 俺は鍋に川から水を汲み、適当に石を組んで作った竈に乗せる。多少鉄臭かろうが白虎山脈の地底湖由来の水は下手な水道水よりずっと美味い。それに心配なら煮沸消毒すれば良いだけの話だ。


「じゃあ俺は肉捌いとくから誰かお湯沸かしといて。木の枝燃やすなり火属性の魔法使うなりすればその内沸くから」

「あ、ああ……なあ、マジでその蛇食うのか?」

「要らないなら俺が貰うよ。あと午後なってから腹減ったって言うの禁止ね」

「う、うぬぅ……」


 何がうぬぅだ。俺は雷刃でジャイアントラビットと霜狼と蛇を捌く。料理をした事がある奴でも解体からやった経験は無いのか、誰も手伝ってくれなかった。

 ……まあいいよ。皆歩き通しで疲れてるみたいだしね。その代わりに霜狼の毛皮と牙、爪は俺が貰う。大して魔力も篭ってないけど後でネックレスにでもして売ろう。

 一通りの処理が終わり、俺は鍋チームの方に顔を出す。チームと言うか面白がって魔法使ってる連中って感じだけど。


「どうよ、お湯沸いた?」

「まあそれなりに。それよか結構コレきついんだけど」

「じゃあ何か燃やせよ……ああ、じゃあこの蛇の皮を燃やそう」

「うおぉ!? ビビるからいきなり顔の前にもってくんな!」


 知るか、と火に蛇の皮を投入する。まあ足しにはなるだろう。爬虫類って脂分あんまりなさそうだけどね。

 そして肝心の肉だが、これまた雷刃を使って蛇以外を薄切りにしてお湯にぶち込んでいく。蛇は一々開いたりするのも面倒なのでぶつ切りだ。


「……今気付いたんだけどさ、タレは?」

「んなもんねーよ。強いて言えば塩が多少あるぐらいだよ」

「塩かぁ……まあ、ないよりはマシかな」

「贅沢言ってんじゃないっての……おーい、皆起きろー。ご飯出来るぞー」


 そしてさっさと起きないと食っちゃうぞー。


「め、飯ぃ……」

「足痛い……」

「豆潰れた……」


 死屍累々である。体力無いなー。


「あ、あと箸無いからナイフで刺して食ってね」

「あっぶなっ」

「いやその辺の枝切って箸作っても良いけど、その間に全部食われるよ? 主に俺に」

「お前かよ」


 だって俺も腹減ったし。うん、美味い。


「あぁー! コラてめぇ食い過ぎだ!」

「だって腹減ったんだもん。護衛ってあんまりやんないけど、常に気ぃ張ってないといけないから疲れるんだよね」

「結構遊んでたように見えるけどな……」

「気を張った上で遊んでたんだよ。俺一人だったら走り抜けて終わりって場所だしね」


 沸騰するお湯の中に雷刃を突っ込んで肉を掴み、そのまま貪るように食う。中々に行儀が悪いがそんな事も言ってられないだろう。

 そして肉が無くなったり味が薄くなったと思ったら第二弾、第三弾と肉と塩をぶち込んでいく。塩味のしゃぶしゃぶって所か。疲れた体には悪くない味だね。


「流石にこの人数で食うと無くなるの早いな。あ、てめぇそれ俺の肉だぞ!」

「こんなの食べてカロリー大丈夫かな……」

「しっかしお前らよく食うなぁ……あと金原はちゃんと食え。縞田の話だと午後も歩くらしいぞ」

「まあ成長期なんで。んー、でもちょっと食い足りないな……よし」


 あれだけ獲ってもまだ足りなかったのか、あっと言う間に肉が無くなってしまった。ただし俺は少し食い足りない。腹具合は六分目ちょいって所か。

 それならばと俺は素足になって川に入る。膝上まで裾を捲り上げても多少濡れるけど、その辺は仕方が無いだろう。


「ん? コタ、何やってんだ?」

「まあ見て……なっと!」


 俺は雷刃で川底を掬うように払う。川の水とお目当ての物がバシャリと跳ね、そのまま狙い通りに鍋へとホールインワン。


「うぉぉ!? なっ、何だぁ!?」

「……ニジマスだ」

「……えっ!?」

「食い足りないからもうちょっと獲るね。あ、誰か捌いといてー」

「「「はぁぁぁぁ!?」」」


 言いながらももう一回腕を振る。お、マブナ。


「いやいやいやいや! 何だよそのテキトーな獲り方! 熊かよテメェは!」

「まあ伊達に獣人やってませんわ。はいウグイいくよー」

「また入った……っつーかここ色んな魚居るんだな。生態系どうなってんだ」

「こっちの世界は環境汚染とか殆ど無いし……ねっと!」


 この辺にしては珍しくアユも居たので逃さずゲット。滝の辺りまで行けばイワナとかヤマメも居るんだけどね。

 皆も暫く呆然としていたけど、十匹ほど集まった辺りで釣りが趣味の面々が捌き始めてくれていた。お、ウナギめっけ。


「すげぇな……なんつーか、ザ・野生って感じ」

「だな……あ、俺も一本くれ」

「あ、小早川アユ取ってんじゃねーよ! オメーはフナでも食ってろ!」

「フナ馬鹿にすんな! フナ馬鹿にすんな!」


 何を喧嘩しているのか、俺が戻った時には腹具合に余裕のある男子達の間で獲物の取り合いをしていた。あとアユは俺が貰うよ。泥抜き無しのフナはちょっと食いたくない。


「んー、この川良いなぁ……入れ食いになりそう」

「だよな。くそっ、竿さえあれば俺だって取れんのに」

「竿ならあるじゃん、股間に」

「下ネタやめーや」


 手際よく魚をナイフで捌く釣りチームと数名の女子。あと先生がその辺に生えてた木を削って串を作ってくれていた。


「あ、でもこの川で釣るのはあんまりオススメしないよ」

「え、何でだよ。サイコーじゃんこの川」

「んー、まあ浅い所なら良いんだけどさ。もう少し深くまで行くと魔獣とか魔魚に狙われるから」

「……居るんだ」


 居るよー。今だって俺が居るから出てこないだけで、ラトゥス川はケルピーとかグリンディローとか居るしね。

 あ、でもこの辺で気性が荒い魔魚はシャドーバスぐらいか。ヨウギョなんかは豊作の前触れだしね。


「あ、そういや魔獣で思い出したんだけどさ。あのお姫様だかが言ってた紫電虎って何なんだ?」

「あー、そうだね。俺に関する事だし話しとこうかな。ちょっと説明めんどくさいけど」


 ふと思い出したようにマモルが話を振ってくる。まあ、皆の食休みには丁度良いぐらいの話かな。


「何、難しい話?」

「難しいと言うかめんどくさい。えっと、まず雷虎って魔獣が居るんだよ。雷の虎で雷虎。書いて字の如く雷を操る虎で、二つか三つ程度の血族で集団を作る習性を持ってるね。格は中の上って所かな。

 あ、そうそう。魔獣についてはよく解らないと言うか説明できないから勘弁ね。この世界って分類学が発達してないから結構曖昧な部分が多いんだよ。

 まあ、とりあえず魔獣ってのは魔法使う獣ってだけ覚えといて。例外も居るけど大体そうなってるから。さっきの霜狼みたいなのだからさ」

「ん、おk」


 ちゃんと日本語喋ってくんないかな。


「で、話し戻すけどこの雷虎ってのの群れの中で特に力の強い個体が成長するにつれて紫色になってくんだ。それが紫電虎。どの群れにも必ずいるって訳じゃないけどね。

 因みに紫電虎の強さだけど、コイツが居ると居ないじゃ群れの脅威度が段違いになるってぐらい強いよ。勿論、固体としての強さもあるけど統率力がグッと上がるから群れ全体がより纏まるようになるんだ。

 そうだね……ファイルテスメスの冒険者だと紫電虎が居る群れに勝てるのはティプシードラゴンぐらいじゃないかな。それに俺とレアが加わらないとドノヴァン辺りが死にそうなぐらい。

 俺一人だと相性良くないから、逃げられるけど勝つのは無理だろうね」

「いや、基準がわかんねーからそう言われても困る」

「あ、それもそうか。まあ、それぐらい強いって事で。ただの雷虎の群れだったら俺でもギリギリ勝てると思うし。サシなら楽勝だしね。

 で、その紫電虎が何かしらの方法で知恵や力を身に着けて『転神』して紫電虎の獣人になるんだ。その子孫が俺だね」


 因みに俺はハーフなので毛の色が若干親父寄りになってたりする。具体的に言うと俺は濃紫地に黒い縞模様だけど、爺ちゃんや母ちゃんに従姉は薄紫地に黒い縞模様だ。魔力の色も同様である。


「転神って何だ? あと力ってのはアレか、魔王紋とか言うの」

「んー、どうだろ。この世界って力だの知恵だのが後天的に手に入る手段って山ほどあるからさ。ちょっと特定はできないかな。

 で、転神ってのはまあ、獣が獣人やら人になる力を得る事、かな? 最初から変身能力持ってない奴が変身すると大体そう言われる。まあ変身の特別な名前ってだけだよ。

 まあ大体こんな所だけど、どう? めんどくさいっしょ」

「うん。超メンドクサイ」


 まあ、大体魔獣から進化したって認識で良いんだけどね。これ以上詳しい説明は面倒だし。


「さて、と。んじゃぼちぼち出発するよ。この川沿いにずーっと歩いてけば良いから」

「げぇ……」

「マジかよ……」

「っつーかすぐそこが草生えてて歩けないんですが」

「俺が雷刃で刈るから着いて来て。さ、全員きりーつ」

「「「うぇーい……」」」


 さあ、キリキリ歩きなさい。日が暮れちゃうよ。



主人公、実は結構強いです。最強には程遠いですが。

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