2 ファンタジー万歳
いきなり説明回です。
◆
さて、
「第一回ー、チキチキ魔法講座ー」
ハイ拍手。
「えー、と言う事で始まりました。異世界召喚のお約束、魔法習得回でございます。
お相手は私『最近尻尾用のブラシを新調しました』コタロー・シデン・シマダでお送り致します」
場所は変わって冒険者ギルドの裏庭、その片隅で皆に魔法を教えることにする。自衛の意味合いも強いのでしっかりと学んで欲しい。
因みにレアは既に手紙を届けに、マスターは明日やら今晩やらの準備で忙しく働いてます。まあ後払いとは言えお代は出すので勘弁しておくれ。
「じゃあ時間も勿体ないしサクサクやりますか。ステップ1は『魔力を感じてみよう』だね。マモル、手」
「おっしゃ、バッチコイ!」
「今から俺の魔力でマモルの中にある魔力に干渉する。ちょっとくすぐったいけど魔力の動きに集中しろよ」
「おお……お? うわ、何だコレ! うひひひひ!」
左手をマモルと繋ぎ、じんわりと魔力を送る。慣れない内はくすぐったかったりするよね。俺もガキの頃はそうだったよ。でも笑い声キモいなお前。
「えーっと確かこの辺に……あ、コラ動くな。俺もそんな慣れてる訳じゃないんだから。お、見っけ」
「うわー、何か体ん中ムズムズする。スゲームズムズする。何だこの感覚!」
「それが魔力の動きだよ。ホラ、今俺の魔力がマモルの魔力に触れたり離れたりしてるだろ? その動きをマモルの意思で再現するんだ。よし、次」
「え、ちょっと! もう終わりかよ!」
全員覚醒させないといけないし、時間無いんだよ。ホラどけ、邪魔だ。あ、右手も誰か使っていいよ。
「んじゃ、待ってる間にこの世界の魔法の基礎についてだね。と言っても割と気合と根性で何とかなるんだけど……ハイ、次。
この世界の魔法は九つの属性に分かれてる。火、雷、風、土、木、水、光、闇、命だ。まあ他にも固有の魔法とか複数属性魔法とかあるけどその辺の説明はパスね。ハイ、次。
属性は精霊大三角って図で表される事が多いね。コレはそれぞれの属性の特徴を解りやすく可視化した物で相性とかじゃないから注意が必要だよ。ハイ次。
力角は火、雷、風。物角は土、木、水。霊角は光、闇、命。三角形の上、左、右って順番に並べるんだ。まあ、ある程度魔法の適正が無いと意味のある並びじゃないんだけど、俺も師匠に教えられたのがコレだからね。ハイ次」
魔法の師匠に教わった事をほぼそのまま皆に伝えながら魔力の動きを体に教えさせていく。全員終わる頃には最初にやった連中も魔力を動かせるようになる筈だ。
と、順番が回ってこないので暇なのか小早川君がまたしても目をキラッキラさせながら質問してきた。はい次の人ー。
「なあ、属性ってそれしかないのか? 氷とかビーム出せるようなのとかさ!」
「あるよー。氷は……そうだね、火か風か水に適正があれば使えるんじゃないかな? たまに氷が一番しっくりくるって人も居るけど、まあ精霊大三角もあくまで一番有力な学説ってだけらしいし。ハイ次。
んでビームは……あ、ごめんごめん。そうだね、光と火は当然として魔力砲としてならどの属性でも出せるんじゃない? 俺はやんないけど。ハイ次の人ー」
「あ、じゃあ重力を自在に操り―――、」
「うっせぇぞ小早川! チト黙ってろ!」
「あ……ごめん」
魔力の動きに集中してた佐藤君に怒鳴られて小早川君が黙る。喧嘩しようが苛めようが二人の勝手だけど帰ってからにしてね、鬱陶しいから。ハーイ次ー。
「重力……は土、になるのかな? あとは固有魔法扱いかな。まあ、向こうの世界にも学説がいっぱいあるみたいにこっちにも色々な魔法に対する考え方があるって師匠は言ってたよ。はい次はー? まだやってない人……あ、居たね。
因みに精霊大三角が一番有力視されてるんだけど、その理由は精霊が関係してるらしいよ。細かい事はちょっと覚えてないけどね。はい次ー」
何だったっけなぁ……? 師匠も詳しく教えてくれなかったような気がする。っつーか忘れてたら怒られそうだ。
「あ、なあコタ。魔王紋……だっけ? お前なんか言ってたよな? それって何なんだ?」
「よくあのゴタゴタの中で覚えてるね……まあ名前の通り魔王の紋章、だね。勇者にもあって勇者紋ってそのまんまの名前で呼ばれてる。次ー。
んで、体のどこかに今言った九つの属性のアザみたいなのがあるんだ。勇者紋は白で魔王紋は黒。因みに俺の親父は雷の勇者紋が左手首にあるよ。ホイ次。
ただコレ、よく解ってない部分が多いんだ。とりあえず確かなのは覚醒前は魔力が殆ど検知されない事、覚醒後は魔力が増大したり能力が強化されたりするらしい。次はよこーい。
伝承には魔物を率いたり人の心を惑わせたりって能力が出た魔王や勇者も居たらしい。あ、ちなみに魔王が一概に悪者って訳じゃないから。魔王倒した勇者が暴君になったりしたって例もあるらしいよ。次……あれ、もう居ない?」
ボチボチ解説しながら魔力の動きを覚えさせてたら全員終わってしまったらしい。因みに最後は先生でした。
それじゃあ早速ステップ2『魔力を動かしてみよう』だ。
「とりあえず今は魔力を動かす事に集中してね。体の中をある程度動かせるようになったら手から魔力を出してみて。あ、そうそう。マモルみたいに絞り出す感じで」
「う、ぬぉぉぉぉ……おお、な、何か出てきた!」
「慣れればパッと出せるようになるから、その辺は要練習だね。そのまま放出しても良いけど、自分の得意な属性に変質させると威力とか色々上がるからお勧めかな」
言いながら立ち上がり、少し離れた所にある土の山に手を翳す。身体の中心から魔力を出すのもすっかり慣れたもので、特に意識しなくても魔力が放出される。
指先から紫色の雷に変質した魔力が土の山に当たり、その頂上が少し弾けた。まあ土の山相手ならこんなもんでしょ。
「因みに俺の得意属性は雷、それも紫電だね。ま、伊達に紫電虎やってませんわ」
「「「うおぉぉぉぉぉ……!」」」
「雷属性は搦め手こそ苦手だけど、最下級の放電でも全属性中第二位の速度と、特殊な防御が必要な感電による麻痺が特徴だね。
どれが強いどれが弱いって明確に言える訳じゃないけど、少なくとも雷は戦闘向けの属性である事は確かだよ」
それにある程度魔力の扱いに慣れてくるとどんな属性でも大抵の事は出来るようになってくるし。今の皆には気が早い話だろうけど。
「まあ、今はとりあえず帰るまでに一つ魔法がまともに使えるようになれば僥倖って感じかな。基礎が出来てないのに手広くやろうとしても無駄だし」
「確かに、な……ちょ、ちょっと魔力出しただけなのに……滅茶苦茶疲れる、わ……」
「体が魔力に慣れてないからね。冷たくなった体にお湯ぶっかけたようなもんだよ」
「な! な! もっと魔法見せてくれよ! 頼む!」
ホント今日の小早川君はテンション高いね。
「しょうがないなぁ……良いよ。じゃあ次は放出系以外にしようか。それで解りやすいのはやっぱ魔装かな」
「巨大ロボ……じゃないよな?」
「ちげーよ。魔力による身体保護と能力増強を行う基礎技能、それが魔装。こんな感じにね」
全身から垂れ流すように出ていた魔力を操作し、体表から3センチ程度の空間を魔力で満たす。俺の周りにうっすらと紫色の層が見える筈だ。
恐らく発動だけなら今の皆でも少し練習すればできるんだけど、動かすってなると難易度跳ね上がるのが問題なんだよなぁ、この技。
「コレはある程度の実力者は間違いなく身に着けてる、ってぐらいポピュラーな技だね。あとはちょっと高位の魔物とかは本能的に使ってるし」
「あー、バトル漫画とかでよくある超身体能力の秘密みたいな?」
「ああ、それが一番解りやすいかな。コイツを発動させた状態でジャンプとかするとっ、」
とん、と足首だけで垂直に飛び上がる。大体5メートルほど上昇した所で重力に引かれて着地。あくまで基本的な身体強化のみだけど、まあ解説なら充分でしょ。
「こうなる」
「「「うおぉぉぉぉ……!」」」
「覚えたい人にはその内教えるから、今日はとりあえず魔力の放出までね。で、ついでにステップ3『自分の限界を知ろう』もやっとこっか」
ついでと言うか完全にメインなんだけどね。コレ知らないと最悪死ぬし。
それに明日に向けてさっさと寝るために少し位は疲れとかないと。
「それじゃあ限界まで魔力絞り出してみて。どれぐらい魔法を使ったら無視できない疲労が来るのかを自分の感覚で覚えとくんだ。
あ、小早川君はソレもう撃って。操作できる限界以上の魔力溜めると暴発して手首から先無くなるよ?」
「わ、解った! 的はアレで良いのか?」
「うん、あの隅っこの土の山。射線上に誰も居ないのを確認してから撃ってねー」
どかーんぼこーんと中々派手な着弾音と共に色とりどりの魔法が飛んでいく。大半は単純な魔力弾だけど、中には属性を持たせようとしてる物もあった。ナイスイメージ。
……んー。見られてる、か。あんまり見ない顔だしちょっと釘刺しといた方が良いかな?
「そろそろまずいかなーって思ったらストップね。気絶するまでやっても良いけど夕飯食いっぱぐれるかもよ?」
「う、そいつはヤダな……」
「夕飯か……そういや昼飯食ってないんだよな」
「言うなよ。腹減って来た……」
俺? 城で大量にお茶請け食ってきたからまだセーフ。ギリギリセーフ。そろそろアウトでもある。
他の皆も空腹でテンションが下がって来たのか、ぼちぼち射撃の手が止まっていた。まあこんなもんでしょ。
「んじゃ、最後に魔装の特殊能力を披露するね。出血大サービスだよー?」
「特殊能力って……漫画じゃないんだからさ」
「む……覚えたてのド素人でもない限りは大体能力付きだよ。属性付与だって能力の一種なんだからね?
それに、さっき見せたのは魔装の基本だけだったからね。練習すればこれぐらいできますよって見本だよ」
皆から少し離れた位置に立ち、本気の魔装を発動させる。さっきの身体保護と強化だけだった時とは異なり、色もシルエットもはっきりしている筈だ。
頭、腕、脚が一回り以上大きな魔力で包まれている。モチーフは当然ながら虎。わざわざ名前を付けて他と区別している魔装だ。
「頭から『虎頭』『雷刃』『閃脚万雷』って呼んでる。虎頭の能力はいっぱいあるけど雷刃はよく切れる爪、閃脚万雷は―――、」
瞬間、俺から雷が落ちる。いや、俺が雷に乗って裏庭の隅から中心付近へと移動していた。
当然ながら発生した大音量に皆は驚き、この場に居た全員が目を見開いてこっちを見てくる。
「雷に乗って移動する。ご覧の通りにうるさいのと、制御が難しいのが難点だね」
皆の元に歩きながらこの場に居た他の面々――こっちの様子を伺っていた奴らしか居ないが――に軽く手刀を切って驚かせた詫びにする。
……まあ、これで手を出して来たら本気で対処するしか無いかな。隠し玉はまだあるしね。
「か、雷に乗るって……」
「ファンタジー万歳、だね」
え、そういう問題じゃない?
◇
夕飯は適当に余った野菜を煮込んだだけ、と言う料理という概念に喧嘩を売ったような何かの汁と麦粥でした。うおー、薄いー、不味いー。
まあそんなんでも腹が減ってれば食える不思議。まあ、人間って塩味さえ利いてれば飯は食えるって言うしね。不味い事に変わりはないけど。
あと飯と一緒に全員分のマントも貰いました。雨風日差しと多少の温度変化に対応でき、今日みたいに毛布が無い時は包まって寝れる優れものだ。やっぱり安物だけど。
え、何? 風呂? せめてシャワー? 流石にそこまでは面倒見切れないなぁ……ここ井戸あるけど勝手に使ったらマスターに殺されるよ? っつーかさっさと寝ろ。
「やえやえ……いんあわがわわえこわうよ」
「口に指突っ込みながら喋んな。あとお前も相当我儘だからな?」
日もすっかり落ち、表の酒場で馬鹿騒ぎしてる冒険者を遠くに見ながら塩で歯を磨く。あ、ドノヴァンが深酒してる。
厨房の入口に背を預けている俺に対し、マスターはツッコミを入れながら豪快に鍋を振っていた。マスターなのにバックヤード入っちゃって良いの?
「んぐ……ぺっ。あースッキリした。んじゃお休み、マスター。今日は色々ありがとね」
「エース様にゃ優しくもするさ……あのガキ共、気を付けとけよ」
「……俺、あいつらと同い年なんだけどな」
「そりゃお前もまだガキだがな。あいつらはそれ以上だって話さ。ホレ、もう寝た寝た」
一通り歯も磨き終わり、マスターと挨拶を交わして会議室へ戻る。酒場はともかく、こっちはランプの一つも無いので廊下より外の方が明るいぐらいだ。
と、その途中。裏庭に続く先で人影が動いた。俺はその後を追うように裏庭に顔を出す。
「……どしたの、マモル。眠れない?」
「ああ、コタか……まあ、ちょっとな」
俺は裏庭に出てすぐ隣の壁にもたれかかり、そこから数歩前に出てぼんやりと星空を見上げていたマモルに声をかける。
その声色は流石に覇気がなく、星明りで見えるシルエットは全体的にくたびれているように見える。まあ、今日は色々あったしね。
「………。」
「………。」
お互い、何をするでもなく夜空を見上げる。地球よりも大きくはっきりと見える月と、それに負けない光量を放つ天の川。向こうの世界でこんな空は見えるのかな。
「……なあ」
「……ん?」
クレーターの形が地球とは全く違う月を見上げていると、マモルが突っ立ったまま話しかけてくる。あ、流れ星。
「こっち……初めて来たのって、いつなんだ?」
「さぁねぇ……物心ついた頃には行ったり来たりしてたし」
高校に上がった時に外されたけど、こっちの世界に関する事を向こうの世界で誰かに言えないって封印もされてたしね。てっきり変な形のアザかと思ってたよ。
「……正直、さ」
「うん」
「俺には話しといて欲しかったなって、思ってる」
「そりゃ悪かったけど、そういう契約らしいから」
向こうの世界にもそれなりに魔法や異世界に関するルールはある。俺に直接的な関係は無いけど、母ちゃんは異世界人だからそのルールに従わないといけない。俺はそのオマケだね。
無闇に魔法や異世界に関する事を人に教えないってのは、そのルールの中でも基本的な物だ。子供は分別もつかないし、そういう意味では封印してしまうのが一番手っ取り早いだろう。あんまり納得できないけど。
「契約?」
「そ。ウチの両親と向こうの世界の魔法使いの間でね」
「……居るんだ、向こうにも」
「何か一杯居るらしいよ。他にも訳解んない連中も山ほど居るとか居ないとか……」
向こうの世界のそういうモノが集まると言う『特異点』は銘置から結構離れた所にあるらしいから俺も良くは知らない。
でも一度そこに登録しに行った時は結構面白そう……あっ。
「訳解んないの、ねぇ……」
「運が良かったら見れるんじゃないかな。一度その人達の所まで行かないといけないし」
「……何でだ?」
「皆もう魔法使えるでしょ? あっちの世界は野良の魔法使いってだけで重罪だからねー」
情報の隠匿とは言えそこまでやるか、と思わなくもないけど何せ向こうのバックは日本政府だ。俺達じゃ逆立ちしても敵わないだろう。
「……マジで?」
「マジで。それに下手に力持ってると逆に危険に巻き込まれたりするし」
「……向こうも向こうで大変なんだな」
「大変じゃない所なんてどこにもないよ。どこの世界も一緒だって」
ガキの頃から二つの世界を行ったり来たりしてる俺が言うんだから間違いないよ。
「………。」
「………。」
そして会話が途切れる。まあ、幾ら幼馴染とは言え男同士でエンドレスで喋り続けるのもキモいしこれ位が丁度良い。
「……帰れる、んだよな?」
「……ああ。任せて」
くるりとマモルがこちらを振り向く。その目尻には光る何かがあったような気がするけど、気にしてはいけないのが男ってもんだ。
まあ、やはり不安なんだろう。今日一日ジェットコースターみたいな日だったし。
「せめて先週だったらすぐにでも何人か帰せたんだけどね。シデンの召喚陣って月一で一往復しかできないんだ。重量制限もあるし」
「……それ駄目じゃね?」
「そこは手を加えるよ。前々から改造したいって言ってた奴も居るし、多分許可は下りると思う。そう長い事待たせる事は無い筈だよ」
「……そっか」
納得したのかしてないのか、マモルはほぅと息を吐く。またこちらに背を向けたので表情はよく解らない。
「ま、とりあえず明日も早いしもう寝たら?」
「ああ、そうするけど……お前は?」
「……もうちょっとだけここに居るよ。俺、耳良いからこっそり泣いてるのとか聞こえちゃうんだよね」
「……ああ。そりゃ気まずいな」
おやすみ、とマモルは裏庭を後にする。俺はそれから少し待ち、小さく肩を落として息を吐いた。視線の先は星空よりやや下、隣の建物の屋根だ。
「全く……無粋じゃない?」
息を吸い込むのと同時に魔装を発動し、雷刃の特殊能力の一つ「伸びる」を使って屋根に潜んでいた隠密を突き刺す。爪の数を減らしても射程ギリギリか。あぶねー。
不意を突かれた形になったのか、三本の爪が左右の肺と心臓を貫通していた。そのまま魔装を解除すると、力を失った隠密が屋根から転げ落ちる音がした。
「あのお姫様も今後どうなる事やら」
今回の召喚だって結構無理を通してる筈だ。この国の体制には詳しくないけど、地位とか危なくないのかな? 巫女姫(笑)っぽいし大丈夫とか?
でも召喚陣の周りに居た魔法使いはもう使い物にならないと考えていいだろう。そんな大損害を出したのに成果は無く、今も一人隠密が死んだ。
俺だってシデンの上層部に近い場所に居るけど、同じ被害を出したら間違いなくぶち殺されるだろう。いや、俺一人の首じゃどうしようもないかもしれない。
それ以上に魔王を驚異と見ているか、何かしら補填の当てがあるか……大した問題じゃないと考えているならそれが一番問題だろう。
「後は命属性、かな?」
あのお姫様か見た事も無い奴がこの国の上層部を全て掌握している、とか。流石にこれは他の属性じゃ不可能な領域だろうね。
「まあ、だから何だって話だけど」
証拠が無い以上は想像でしかないし、今の俺には関係ない話だ。今の俺の仕事は全員無事に送り返す事。それ以外は考えない方が良いね。
……うん、もう寝よう。
◇
「朝ですよー!」
「うるせぇ!」
蹴られた。朝飯? 昨日の晩と同じですよ。文句言うな。
◇
「マスター、今回はホントありがとね」
「昨日も言ったがエース様には優しくするさ。支払証明に血判も貰ってるしな」
「必要ないとは思うけど、まあ一応誠意の証って事で」
時刻は朝七時前、朝の活気で賑わう大通り。ギルドの前に学生服とマントの集団がたむろしている異様な光景を横目に、俺はマスターに改めて礼を言う。
と、そこにスーツにマントと言うこれまたチグハグな格好の高林先生がやってきた。マントに飾り気が一切ないのが救いか違和感の原因か。どっちだ。
「グラティアヌスさん、この度は本当にありがとうございました。私からも改めてお礼申し上げます」
「アンタはこいつらの教官だったな。面倒を見てどれくらいか知らんが、使い物になるようにする気なら根本から見直した方が良いぞ」
「いやマスター、そういう集団じゃないから」
あとマスターの名前ってグラティアヌスっつーんだ。知らなかった。
「それと礼ならコタローに言え。コイツが居なかったらアンタら全員生きてこの国を出られなかったぞ」
「ええ、そうですね……縞田、ありがとう。やはりかかった金ぐらいは俺の方から出すよ」
「だから良いですよ、そんなの。両替所もありませんし、大した金額でもないです……ん!?」
昨日も言ったけど補填の当てはあるって言うか小早川君なにやってんの!? 幾ら離れてるからって人が居る方向にナイフ振り回しちゃ駄目だって!
朝っぱらから半ギレのドノヴァンに片手で襟首を掴まれ、小早川君が吊り上げられている。あーもう、ちょっと目を離した隙にこれだよ。
「オゥ兄ちゃん、人に向けてナイフ振り回すたぁどういう了見だ? アァ?」
「え、いや、あの……えっと……」
「ドノヴァン、落ち着いて。ね? ね?」
「……コタローか。何だ、このトンボ野郎はお前の連れか?」
うんまあ小早川君の眼鏡は大きいけどね? 線も細いけどこっちの世界のトンボの方がまだ強そうじゃない? トンボに失礼だよ。
と言うか何でドノヴァンはそんなに荒れてんの? アレか、レアが居ないからか。つまり巡り巡って俺のせいか。
「とりあえず手、離すか降ろすかしてあげなよ。首絞まってるからさ」
「ふんっ!」
「ぐえゅ!」
「おっと……あっぶないなー、もー」
小早川君が俺に向かって投げ飛ばされ、俺はそれをキャッチ。って言うか今どういう発音したの? ……うん、怪我はしてないみたいだね。
そっと小早川君を地面に降ろすと、そそくさと皆の元へと帰っていく。先生が前に出ようとしたけどマスターに止められていた。
「コタローよぉ……オメーにゃいい加減言いたい事もあんだ。ちょいとツラ貸せや」
「別にここで良いじゃん。あとそれ、指の骨鳴らしながら言う台詞じゃないでしょ」
言いたい事って言うかやりたい事だよね?
「なら行ぐべぇっ!?」
まあ、ドノヴァンに長々と構っていられるほど暇でもなく。皆の装備一式と一緒に受け取り背負っていた鍋を斜め四十五度でフルスイングしておいた。
朝だからか兜を被っていなかったドノヴァンが道端に沈む。あ、ロバに踏まれた。
「……大丈夫なのか? これ」
「ん、へーきへーき。こう見えて頑丈さだけならこのギルドで一番だから」
「……お前以上って事?」
「流石に俺でもストレートボアの突進やらドリルコングの一撃やらを真正面から受け止めるのは無理だからね。あ、ガブリエッラ。ドノヴァンよろしく」
「………。(コクン)」
ドノヴァンが所属しているチームの一員であるガブリエッラが魔法でドノヴァンを吊り上げてギルドへ戻る。支点が首なのはヤキモチの表れだろう。
さっきの騒動だって小早川君が俺の連れであり、手を出せば俺に殴られるのを理解していながらスルーしてたし、結構お冠らしい。
残りのチームメンバーもギルドの中から生暖かい視線を二人に送っている。まあ、レアもガブリエッラも体型大して変わらないし芽はあるんじゃないかな。
ただ隣に立って幼馴染を支える。壁役のドノヴァンと砲台役のガブリエッラは相性も最高だ。うーん、ドノヴァン爆発しろ。
「……何だったの? 今の」
「ドノヴァンはレアに惚れてるからね。俺の依頼のせいで会えないから腹立ったんでしょ。で、ガブリエッラがそれに嫉妬した、と」
「コタローも大変だな。まあ、私達は酒の肴ができて満足だが」
「いやミリエラさんも止めてよ。俺今結構忙しいんだけど」
面白そうな話の匂いを嗅ぎつけたのか、女子がニヤけながら俺に詳細を尋ねてくる。更にそこからギルドの窓が開いてミリエラさんが話しかけてきた。
朝っぱらから酒を樽飲みするこのダメ人間はドノヴァンとガブリエッラが所属するチームのリーダーだったりする。窓の桟に乗ったおっぱいに男子の視線が集中した。当然俺もガン見である。イエーイ。
「コタローは我がギルドの厄介事担当だからな。下手に手を出すと飛び火する」
「……今の状況見ると否定できないのが嫌だなぁ」
「それに、私は馬に蹴られて死ぬ気はない」
「やっぱり楽しんでるだけだろアンタ」
そりゃあ酒の肴だからな、と開き直って酒樽を片手で持ち上げてがぶ飲みするダメ人間。チーム名のティプシードラゴンの名に相応しい姿である。畜生乳揉むぞこんにゃろう。
こんなんがトップチームな辺り、このギルドは本当にダメな子の集まりである……個人トップの俺とレアを含めてね。まあ冒険者なんてそんなもんだ。多分。
「……色々と動くみたいだね」
「……まあ、ね。気を付けてよ? 色々と」
「まあウチは大丈夫だろうさ。そっちこそガキのお守りは大変だぞ?」
「マスターにも言ったけど俺と皆って同い年だからね?」
俺、そんな老け顔に見えるのかな……。
◆
主人公が色々と解説してくれましたが、これで全部って訳ではありません。
また、主人公が知らない事や勘違いしてる部分もあります。