1 異世界どうでしょう
他所でぼちぼち書いてました。
あんまり山場とか無いですがお楽しみ下さい。
◆
「あだだだだ……」
ぐわんぐわんと鳴る頭に手を添え、唐突に襲ってきた痛みを少しでも緩和しようとする。鼻も耳もボンヤリとしており、こりゃ何分かはこのままかなといつもの感覚から計算した。
した所で思考にストップをかける。いやちょっと待てよ。何でこの感覚がこんなタイミングで来るんだ? いやいや落ち着け俺。落ち着いて状況を思い出、
「なっ、何だこりゃあ!?」
「え!? こ、ここどこ!?」
「は!? オイオイオイオイどーなってんだよオイ!」
……最悪だ。
◇
落ち着いて思い返してみれば、状況は非常に単純だった。
今日は平日。いつも通りに学校に行き、いつも通りに授業が始まり、いつも通りに遅刻組が二時間目から顔を出し、いきなりクラス全員『召喚』された。
うん、偉いこっちゃ。
「な、なあコタ。これって……夢、とかじゃないよな?」
「あー、まあ……うん。今はとりあえず様子を見ようよ。ホラ、周りによくわかんねー恰好した連中も居るしさ」
「……だな」
前の席に座っていたマモルが普段と同じように、それでいて非常にビクついた様子で俺に話しかけてくる。
俺に言われなくても壁沿いにズラっと並んだローブ姿の連中には注意しているんだろう。
まあ普通はビビるわな。部屋は学校の体育館よりは一回りか二回りぐらい小さい程度だけど窓は無く、洋風建築チックな柱に付いている松明が主な光源であり部屋全体が薄暗い。
柱と天井の一部こそ石膏で白く作られているが他の壁面や天井、床は深い紺色だ。例外は豪奢な造りの巨大な扉ぐらいであり、そこだけ成金趣味と言って良いぐらいの緋色&金ピカ度である。
こんな状況に何も知らずに連れて来られたらまずビビる。で、落ち着いたらドッキリとか色々と考えを巡らすだろう。普通はそうだ。
「何だよこれ……ドッキリ?」
「いや素人相手に仕掛けても駄目だろ。日本ってそういう所結構うるさいぜ?」
「でもそしたらこれ何? なんかの撮影?」
「あのー……ちょっとお尋ねしても良いですか?」
現に周りのクラスメイトはそういう反応をしている。普段はギャーギャー騒いでる連中が静かなのがちょっと面白いな。
え、俺? 床の模様のチェックしてますが何か? ってうわ、あそこ壊れてないか? やっぱさっきのってペナルティだよな……? あーあ、勿体ない。
「質問には私がお答え致しますわ」
と、ようやく事態が動きそうな声がしたのでそっちを向く。そこには見事なまでに日本人離れしたお姫様が立っていた。後ろには気難しそうなお爺さんも付いている。
そんなお姫様は、金髪碧眼で彫りは深く鼻は高い。絹のような髪は腰まですらりと流れ、ボンキュッボンと言うのが相応しいスタイルの肢体に露出度の高い服か布の切れ端を纏っている。
―――その姿を目にした瞬間、チリリと首筋に痺れが走った。
「あ、の……えっと?」
「コレ貴様ら! 頭が高いぞ! 疾く首を垂れんか!」
「これ、爺。この方々はまだ何も解っていないのです。そのような事を言ってはいけません」
「しかしですな姫様……!」
見た目通りに気難しいらしいジジイががなり立て、日本じゃ立派な露出狂扱いされる恰好のお姫様がそれを諌める。
そんなやり取りの最中も俺を含めて男子の視線はお姫様の体に釘付けだ。いやー眼福眼福。光の加減次第じゃ透けるんじゃないか? この服。
尚、当然のように女子の視線は冷ややかである。
「申し訳ありませんが……どちら様でしょうか? 私達は状況がよく飲み込めていないのですが」
「ああ、申し遅れましたわね。私はハイセナ・リリアーナ・ロル・ファイルテスメス。ここ聖ファイルテスメス皇国の第一皇女ですわ。
多少予定とは異なりますが、ようこそ。勇者様」
「ファイル……テス? え、あ、勇者!?」
この場にいる唯一の大人として担任の高林先生が代表してお姫様に話しかけ、見事に混乱する。そりゃあいきなり訳の分からない情報ぶち込まれたらそうなるよね。
……しかしそうか、ファイルテスメスか。良かった。
「申し訳ありませんが、此度の状況は私共にとっても不測の事態ですの。なので、まずは落ち着ける場所へ移動致しませんこと?」
「あ、えっと、あの……あ、はい」
下から見上げるようなアングルでお願い事をされた高林先生はあっさりと皇女様の言葉に頷く。しかもポーズから見るに胸を腕で挟むようにして強調してあるな。そりゃあ断れないだろう
それに俺からしても移動は嬉しい話だ。換気が不十分なのかどうも煤臭いんだよね、この部屋。他にもアンモニア臭とか鉄臭いのとか……色々とするし。
皆それなりに警戒しているのか、それともただ珍しいだけなのか周囲を見回しながら歩いている。何人かは甲冑やらタペストリーに興味津々みたいだな。
廊下も最初こそ窓すら無かったが、少し歩くと雨戸が全開になった窓が幾つも並んでいた。城壁が結構下に見える事から、先程の部屋がそこそこ高い位置にある事が解る。
「こちらですわ」
特に階段等も挟まずに目的の部屋へ到着したらしい。そこは長机に椅子がずらっと並んでおり、少々派手な印象を受ける装飾品に目を瞑れば立派な会議室だった。
窓には黄ばみや歪みの少ないガラスが使われており、多人数の貴人を迎える部屋としては申し分無い物だった。ただやっぱり派手と言うかキンキラキンと言うか……正直どうかと思うよ。
「さあ、どうぞお掛けになって」
「ホレ、さっさと座らんかい!」
「爺」
「ぐっ、ぐぬぬ……」
何がぐぬぬだ、と思いながら長机の一番下座側に座る。堂々と上座に座ったお姫様は一瞬こちらを見るも、次々と席に着く面々に視線がスッと動いていった。
皆は大体不安そうな顔をしているが、中には笑みを隠しきれていない奴も居る。きっと今後の予定が次々と思い浮かんでいるんだろう。生暖かい視線を送っておいた。
「それで、ええと……ハイセナ様、で宜しかったでしょうか?」
「ええ。お飲み物を用意しておりますので、遠慮なく仰って下さいませ……それでは、事の起こりからご説明致しますわ」
すげぇ。この人メイドが歩き回ってる中で平然と話し始めやがった。メイド長っぽい人もちょっと驚いてるよ。切り出した高林先生も「え? 良いの?」って顔してるし。
と言うか明らかに慌ててるよねメイドさん達。勇者呼んだと思ったら三十人以上来たとか、確かに予想できるレベル超えてるから仕方ないけどさ。
あ、レモネード下さい。キンキンに冷えたヤツね。
「私は普段、巫女として国の為に吉凶を占っているのですが……丁度一月前にとある凶事が示されたのです」
「凶事……ですか?」
「ええ。魔王がこの地に現れ、その強大な力を以て我が国に災厄と破壊を齎すと……」
「は、はぁ……」
まあ、いきなり魔王だの何だの言われても飲み込めないよね。皆の顔を見ると大体胡散臭そうな顔をしている。例外は妙に嬉しそうな連中だ。
「ハッ! なぁにが魔王だ! ンなこたぁ良いからさっさとガッコーに戻しやがぉうわっ!?」
「……口が過ぎるぞ、童」
流石にそろそろ限界だったのか、やんちゃしている内の一人が立ち上がってお姫様に反論し始めた。が、一言言い終わる前に軽く脱色された前髪から火の手が上がる。
犯人は考えるまでもなく姫様の隣に立っている爺さんだ。火は一瞬で消えたものの、その右手は未だに剣指を作ってこちらに向けている。危ないって。
「これ、爺! ……申し訳ありません。皆様は異世界より来られた身、魔王についてご存知ではない事も承知しております。
しかし、この世界において魔王とは決して看過してはいけない存在なのです。当然私共も手を尽くし魔王に対抗できる勇者を探しましたが、とても見つからず……」
「それで、わざわざ召喚……でしたっけ? を、したと。小林、大丈夫か?」
「……ウス」
流石にもう茶化したり正面切って反論したりは出来ないのか、勇者とかコッテコテの単語が出てきたが特にツッコミも入らずに話が進んでいく。
あ、メイドさん。レモネードお代わりお願いします。あと何かお茶請けってあります?
「本来ならば勇者様一人を召喚する筈だったのですが……」
「先程も不測の事態、と仰っていましたね。まあ、その点に関してはもう起こってしまった事ですし水に流すしかないでしょう」
「お心遣い感謝致しますわ。ええと……」
「ああ、高林光雄と申します……っと、ミツオ・タカバヤシの方が良いでしょうか?」
「重ね重ねありがとうございます、ミツオ様」
話を進めていく先生に対し、お姫様がふんわりとした笑みを向ける。ほぼ社交辞令ではあろうが先生がちょっと赤くなっていた。
うーん、やっぱり先生童貞説の可能性が濃厚だな。確かにお姫様は美人だけど流石に反応し過ぎだと思うよ。
「し、しかしそちらの事情がどうあれ私達は家に帰らなければいけません。私も担任として、生徒達を無事に家に送り届ける義務があります」
「ええ、それは勿論……魔王討伐の暁には国内の召喚陣を用いて皆様が一刻も早くご帰還できるよう、最大限の努力を致しますわ」
うわーお。超玉虫色の回答。っつーかそれほぼ100パーセント無理だろ。あと用が済んだらポイ、とも取れる発言だ。
「また、魔王討伐を皆様だけにお任せする訳ではありません。装備や必要な物資の手配、情報収集等はお任せ下さいませ。
他にも、必要であれば兵法や各種知識をお教えする事もできますわ。見た所、武の心得のある方もそう多くないようですし差し出がましいとは思いますがそちらも……」
「そ、それは有り難いです……」
「勿論、魔王を討伐したとあらばその活躍は子々孫々に至るまで語り継いでいきますわ。お望みでしたら私共で用意できる限りの報酬もお約束致します。
ですのでどうか、その御力をお貸し頂けないでしょうか……?」
「あ、俺パス」
ゲフゥ、と皆の注目を浴びた所でゲップが見事に出る。大体驚愕か軽蔑の視線が部屋中から集まって来た。中々恥ずかしいねコレ。
「きっ、貴様! 姫様にこれだけのご厚情を頂いておいて断るだと!? 無礼であるぞ!」
「いやだって従う義理も無いし。魔王が出るっつっても『ハイそうですか』としか言えないしねー」
当然ながら烈火の如く怒り出した爺さんの言葉を受け流す。っつーかあの条件でご厚情とか無いわ。
と、さっきまでほんわかしていたお姫様の雰囲気が変化した。あ、俺こっちの方が好きだな。
「……お帰りにならなくても良い、と?」
「お帰りになるならない以前に無理でしょ? 召喚陣ぶっ壊れてたよ?」
「―――ッ!?」
「どうせあの部屋に居た連中の魔力で無理やり召喚したんでしょ? その結果が大規模召喚と召喚陣の破損、と。割に合わないよねー」
召喚陣の部屋に居たローブ姿の方々は今頃医務室か土の下コースだろう。多分だけど内臓メチャクチャになってる人とか居たし。
それに召喚陣の一部が捲れ上がって焼け焦げてたしね。あんな状態の召喚陣を直せる技術者がこの国に居るとは思えないし。
「コタ、お前一体……」
「―――貴方、何者ですか」
隣に座ってたマモルと上座のお姫様が尋ねてくる。うむ、ならば応えなきゃいかんでしょう。
俺は席から立ち上がり、遠くに白虎山脈が見える窓をバックに立つ。当然、体のスイッチを切り替える事も忘れない。
「銘置高校一年B組出席番号八番帰宅部、縞田虎太郎。そして向こうに見える白虎山脈がシデン王国、シマダ公爵家嫡男コタロー・シデン・シマダとは俺の事よ!」
腕組みの仁王立ちから始まり、親指で肩越しに白虎山脈を指してそのまま俺自身を指す。その僅かなアクションの間に俺の姿はある変化を終えていた。
日本人らしい黒髪は濃い紫色に変色し、真ん中のラインから左右に何本も黒い筋が走る。頭頂部には丸みを帯びた耳が生え、ズボンからは縞柄の尻尾。
「「「なっ―――!?」」」
「獣人……それも紫電虎!? シデン王の系譜だとでも言うのですか!?」
「あー、うん。言うのですよ。今の国王、俺の爺ちゃんだし」
っつーかミドルネームにシデンって入ってますがな。あとこれでも王位継承権第四位だし、俺。
解り辛いけど爪と歯、眼も虎っぽく変化を遂げた俺に集まる視線は、やはり驚愕と蔑視。ただその内訳は大分異なるようだ。
「縞、田……? お前、それは一体……」
「俺、状態切替型の半獣人なんです。混合型だったら日本で暮らせてないですよ」
高林先生が茫然としているが、まあクラスの連中も似たり寄ったりの反応だしこれはしょうがないだろう。そんな中寄せられた質問に説明を省きながら答える。
で、問題はコッチの人間だ。
「ええい汚らしいケダモノ風情が! よくも我等を謀りおったな! そっ首叩き切ってくぶむぅ!? ひ、姫様!?」
「……まさか、シデンの方が居られるとは。予想外でした」
「まあ、生活基盤は基本的に向こうだからね。それでも俺はこっちの世界におけるある程度の事情と常識は知ってる。
……その上で聞くけど、俺がアンタらの魔王討伐に手を貸すと思う?」
返答は沈黙。この場でのそれは肯定してるようなもんだ。そして同時に、この猫被り姫が事態の重大性に気が付いているって事でもある。
隣の国の貴族の子を浚ったらどうなるか。そうでなくても、大量召喚は他国に知られるとマズい案件である。召喚条約調印国からの経済制裁は避けられないだろう。
そんな沈黙を続ける彼女に口を押えられた爺さんがジタバタと暴れているが、案外このお姫様は力持ちらしく外れる気配が無い。
「な、なあちょっと待ってくれ! お姫様に縞田も! 二人だけで話を進めないでくれよ! こっちは急に色々と言われて混乱してるんだ!」
「あー、ごめんごめん。じゃあちょいと解説するよ。内容は……そうだね、とりあえず魔王と召喚についてで良いかな?」
「え、あ……ああ、頼む」
「待って! それより縞田君が何でこっちの世界について知ってるのかだよ! それに公爵とか……」
あれ? さっきので解んなかった? っつーかそれ今話す事じゃないと思うんだけど。まあいいや。
「いや、大した事じゃないよ? 母ちゃんがこっちの世界の出身ってだけ。更にその実家がここの隣の国の王家だったってだけだよ」
「……じゃあ何で日本に住んでるの?」
「前に『シデンの勇者』として父ちゃんが呼ばれて、魔王倒した後に普通にくっついたらしいよ?」
親の馴れ初めとか聞いててあんまり気分の良い物じゃないし、これ以上は特に知らないけど。
「え……魔王っていっぱいいるの?」
「居るよ。この世界の魔王は『魔王紋』の持ち主ってだけだしね。それに紋の加護の種類によるけど勇者なしで倒せない訳じゃない……だよね?」
「……ええ」
俺の認識が間違っていないかとお姫様に問い掛ける。それ相応の損害は出るものの、勇者抜きで魔王を倒す事は不可能ではない。
まあ、中には単騎で国を滅ぼすような魔王も居るから勇者を探したり召喚するのは決して悪い手じゃない。ただ、見つからないからって無理に召喚しようとすれば今回のような事態になる。
しかし、このお姫様も一体何を考えて勇者を召喚したんだろうか。案外何も考えてないのかもしれない。俺の爺ちゃんみたいに。
所でそろそろ隣の爺さんの口離してあげたら? 窒息しそうだよ?
「まあ、魔王についてはこれぐらいで良いかな。次に召喚陣についてだけど、俺達が呼ばれた召喚陣を使って帰るのは無理だと思うよ」
「……何でだ?」
「ぶっ壊れてんだよ、アレ。ざっと見ただけでも何か所か陣が捲れ上がったり焼け焦げたりしてた部分があるぐらいにはね。
で、召喚陣ってのは剣と魔法のファンタジーなこの世界でもかなり特別な物なんだ。それをこの国が直せるかって言ったら……ねぇ?」
陣にロクに手も加えずに魔力ばかり流し込んでいた辺りから、まともに召喚陣を弄れるような奴も居ないのだと推測できる。
そりゃあいきなり放浪癖のある大賢者とかがフラっとやってきて陣を直したりする可能性もあるが、そんな妄想をしてる暇があるならさっさと別の手を考えるべきだ。
「じゃあコタ、他にその……召喚陣ってのに心当たりあるのか?」
「シデンに一基。流石にすぐ帰るって訳には行かないけど、毎月使ってる物だから動作は保障するよ」
おお、と皆の顔が喜色に染まる。中には色々と複雑そうな顔の奴も居るが、まあそれはほっとけば良い話だ。
流石にこの状況じゃ乗り気じゃない奴の面倒まで見ていられないしね。
「ただまあ、強制するつもりは無いよ。頑張って魔王倒すもよし、シデンで暫く待ってるもよし、だね。
ああ、シデン滞在中は俺の名に賭けて安全を保障するよ。何だったら魔法を教えても良いし」
あ、残りの連中の顔色も完全に変わった。そんなに魔法使いたいかお前ら。
あとお姫様は反論とかしなくて良いの? 多分そっちから見たら大変な事になると思うんだけど。
「……えっと、そういう訳なんで俺はそろそろ失礼させてもらうよ。長居するのも迷惑だろうしね」
「……解りました。生憎と護衛の一つもつけられませんが、道中の無事をお祈り致します」
「そりゃどうも。それとそろそろその爺さん、離してあげたら? さっきから動いてないけど」
「あら、すっかり忘れてましたわ」
ごちそうさまでした、と軽く頭を下げて会議室を後にする。皆も俺の後ろにゾロゾロと続き、結局全員俺に着いてくるようだった。
しかし城の間取りとか解んないんだよな……ま、風の流れてくる方に行けば外には出られるだろ。既に若干嗅ぎ慣れた臭いがしてくるし。
「な、なあコタ。魔法教えるって……お前、使えるのか?」
「一応ね。とは言え一朝一夕でできるもんじゃないし、帰るまでに一つまともに発動できれば良い方じゃないかな」
「そうなのか……それにしてもお前、貴族ってやつなのか? マジで?」
「マジマジ。流石にこんな時に嘘なんかつかねーって。それにそんな事言ったら俺の母ちゃんなんか王族だぞ? マモルも知ってるだろ、あの適当加減」
俺のすぐ後ろを着いてくるマモルが色々と思い出して呻き声をあげる。伊達に幼馴染やってないな。
とは言え、シデンの王族貴族って大体あんな感じなんだけどね。俺も他所から見たらああ見えるらしいけど、割と心外である。
まあ、貴族って言っても一般的なソレとはちょっと違うんだけど……そこまで言う必要も無いか。
「縞田、その耳ってどうなってるんだ……?」
「ああ、これ? 何か髪の毛が変質してるっぽいんだよね。元の耳は……ホラ、髪の毛くっついちゃって取れないんだ」
「ホントだ……尻尾は?」
「こっちはマジでよく解らん。っつーか触んな」
更に後ろに続いていくクラスメートの一人が質問してくるけど尻尾触んなって言ってんだろ! 猫の尻尾握るようなもんなんだぞ!
なんてアホな事をやってるとロビーらしき所に出る。その奥の扉がどうやら外に繋がっているらしい。大して迷わず来れたな。
「なあ、縞田……お前、何かやったのか? さっきからすれ違う人の態度が余所余所しいと言うか……」
「ああ、ファイルテスメスって亜人とか獣人が排斥されてるんですよ。宗教上の理由ってやつです」
「ああ、そうか……済まないな、生徒のお前に何から何までさせて」
「良いですよ別に。さて、それじゃサクサク行きますか」
妙に成金趣味な扉が開き、無事に城の外へと足を踏み出す。何人か隠れてこっちの様子を伺ってるけど、流石にこのタイミングで襲撃される事も無いか。
それよりも石畳を上履きで歩くハメになってるのが地味にキツイ。先生だけスニーカーだ。ずるい。
◇
城の規模からすれば小さめの前庭を抜け、ファイルテスメスの町へ出る。と、その前に耳と尻尾を出しっ放しな事に気が付いた。
「おっと、モード変えとこ」
「あ、耳なくなった……お前マジどうなってんの?」
「だから知らんて。さて、とりあえず……金借りるか」
「えっ」
いやだって俺今こっちの金持ってないし。ポケットに入ってんのケータイだけだし。こっちの金はこっちの家に置いてある分しか無いし。
そんな風に頭の中で言い訳しつつ、城門をくぐって大通りに出る。この辺りの家はまだ小奇麗ではあるが、それでも日本と比べたら汚く雑多と表現するのに相応しい光景だ。
「大丈夫なのかよオメー……」
「多分大丈夫だとは思うよ。これでも特定の人には結構信用あるんだよ、俺。それに皆の分の装備も揃えないとね」
「手間をかけるな、縞田。日本に戻ったらかかった費用はキッチリ払うよ」
「いや、大丈夫ですよ。補填のアテはありますし。あー、あとそこの女子三人。下手にうろつかない方良いよ? この町、結構治安悪いから」
「「「えっ」」」
トップがあんなんだもん。推して知るべしだよ。観光気分なのか路地裏へ行こうとしていた女子三人組を止める。日本みたいな隠れ家的な喫茶店とか服屋なんて無いよ?
「表通りは良いんだけど、一本裏通りに入るとかなり酷いよ。あと本気度が違う。傭兵崩れとか人殺してナンボな連中も結構居るし」
「ちょ、ちょっと縞田クン! そーゆーことは先に言ってよね!」
「そーだよそーだよ! 縞田君しか解ってる人居ないんだから! しっかりしてよ!」
「ご、ごめんね? 二人がどうしてもって……」
そしてこの言われ様である。もうお前ら一回二本隣の路地でレイプされて来いよ。あの辺娼婦街だから部屋とお相手には困らないぞ?
で、今度はオタクの小早川君だ。目が爛々と輝いている。あ、そういやコイツに借りたゲーム返して無いや。
「な、なあ縞田。装備ってやっぱり鎧とか? 武器屋とかあんのか?」
「マントとか最低限のもんだけだっての。まあ、鎧着て一日歩けるなら別に良いけどさ。武器屋はホラ、あのちょっと刺々しい看板の店だよ」
「え? あ、あれか? この距離で良く見えるな……」
「知り合いの付き合いだけどよく行くから覚えてんだよ。因みにあの店の目玉商品はビキニアーマーな」
「「「マジで!?」」」
何か予想外の方向からも反応が来たでゴザル。誰かと思ったらマモルと先生でした。おい聖職者。
「……やっぱり、あるのか?」
「あるよー。見た目通りの物から伝説の逸品までピンキリでね」
「肩アーマー固定の謎がようやく解るのか……!」
「先生……っと、ここだな」
結構筋金入りっぽい先生はもうほっとくとして、大通り沿いにある建物を見つける。ここまで来ると景色もすっかり見慣れた物だ。
そう、例え目的の建物から全身鎧を着けた大男が蹴り飛ばされて来ようが、それを成したのが細身の女子だろうが、見慣れた物であると言うだけでとても安心するのである。
「おーい、ドノヴァーン。生きてるー?」
「あ、ぐ……げふっ」
雑貨屋の壁にぶつかって小さく痙攣する大男を指先でつついてみる。反応有り、じゃあまだ生きてるな。
胸元を見ると、随分と小さいがへこみの深さが威力の程を伺わせる足跡が一つ。お前コレ鋼鉄製だぞ?
「ったく、吹っ飛ばされ過ぎだっつーの。もうちょっと気合い入れなさ……い?」
「お、やっぱレアか。相変わらず容赦ないね」
「コッ、コココココタァッ!? あ、アンタ何で居んのよ!? まだ一週間しか経ってないじゃない!」
「ん、ちょっと色々とね。マスター居る?」
目的の建物――正式名称は忘れた。俺は冒険者ギルドって呼んでるけど正確にはギルド窓口、かな?――から出てきた顔馴染みに対し、挨拶もそこそこに本題に入る。
本名はオレアーダ……苗字何だっけ? まあいいや。普段はレアと呼んでいるコイツは、このギルドで戦闘力において唯一俺とタメ張れる人材だ。あ、マスターは抜きね。
しかしレアさん、アンタ一体何をそんなに慌ててるんで? 女の子の日……じゃないよな、コイツはイラつくタイプだし。
「マスター? まあ居るけど……アンタ、その恰好どしたの? それに後ろの連中も……知り合い?」
「まあ、それも含めて説明するよ。あとちょっと依頼お願いして良いかな? ……全額後払いで」
「ハァ!? 先週の報酬どうしたのよ!? ……っとに。マスター、コタが厄介事持って来たわよー?」
「珍しいな。そういうのはお前の役割だと思ってたんだが……おお、確かにこれは厄介事の匂いだ」
俺を先頭にクラス全員がギルド内に入る。くだを巻いているいつもの連中も流石に今ばかりは静かにしており、こっちをチラチラ盗み見ていた。
マスターもグラスを拭く手を止め、こっちに視線を向けている……んだよな? 糸目だからよく解んないんだよな、この人。まあ気配はこっち向いてるし、きっとそうなんだろう。
「で、早速なんだけど……マスター、ちょっとお金貸してくれないかな?」
「ウチのエースが金の無心か……こんなんだから他所から馬鹿にされるんだよ、お前ら。で、欲しい物は?」
「えっと、全員分の白虎山脈の麓まで行ける装備一式と大き目の鉄鍋一個。あと全員が一泊できる部屋、かな」
「……高くつくぞ。細かい話は奥で聞こう」
厄介事は同時にチャンスと鼻を利かせたのか、ため息もそこそこにマスターはカウンターの向こうの扉を開く。
俺達もその扉をくぐり、到着したのはギルド内で一番大きい会議室だ。滅多な事では使われない部屋である。
まあ、30人以上の学生服+スーツ姿のオッサンとかこの世界じゃまず有り得ないしね。一目で解るか。
「寝床はこの部屋を使え。ここの部屋代ぐらいならサービスしてやる……が、事と次第によっちゃ色々と上乗せもしてもらうぞ?」
「お手柔らかにね……あ、ホラ。皆も座って座って」
上座にマスターが、その両隣に俺とレアが座る。他の皆も三々五々席についていた。
「まずはお前の恰好と周りの連中についてだな。どういう関係だ?」
「地元の教育機関で同じ組になってるってだけだよ。軍事とかは一切関係ない」
「その割に生地は良い物を使って……いや、その前に何処の話だ? シデンでは無いだろ?」
「俺、普段は異世界に居るからね。こっちにはたまに遊びに来るってだけなんだよ。こいつはレアにも先週話したばっかりだ」
流石のマスターも俺が異世界の人間だって事には驚いたらしく、目を見開いて……るんだよな? やっぱり解んないんだけど。
レアは顔を向けたマスターに対し、首肯する事で俺の話を裏付けてくれる。こんな所でマスター相手に嘘を言うつもりは無いが、職務上仕方の無い事だろう。
「通りでウチにたまにしか来ない訳だ……てっきりお貴族様のお遊びかと思ってたぞ」
「シデンの貴族制度はあくまで形だけだってば。貴族や王族ってものをまともに認識してる奴なんか居ないよ、あの国は」
「テメーの国の事だろうが……まあいい。で、異世界って事はまさかお前召喚されたのか? コイツらごと?」
「イエス。お陰で俺今一文無しだよ」
そういう事なら仕方ないか、と迷惑をかける二人がため息をつく。その分は色を付けて払うから勘弁してくださいな。
「で、レアにはシデンまで手紙届けてほしいんだけど……良いかな?」
「……ま、丁度ヒマしてたしね。良いわよ。でも何だってファイルテスメスは召喚なんかしたの? ってかこの国って召喚陣あったの?」
「王城の中にあった……けど、今はぶっ壊れてるよ。そう詳しい訳じゃないから何とも言えないけど、多分修理は難しいと思う」
「そうなのか? 俺もそっち方面は詳しくないからな……まあそれは良い。俺が知りたいのは『どうして』だな」
流石はマスター、話が早い。お陰でクラスの連中は話についていけて無さそうだ。
「……魔王、だってさ」
「ゲッ……」
「勘弁してくれ……詳細は?」
何も言わず首を左右に振る。予言があっただけらしいし、ファイルテスメス上層部さえも詳しい事は解らないだろう。ただ一つ確定しているのは、この国が魔王に襲われるという事だけだ。
「どんなへっぽこ神官でも魔王と勇者絡みの予知予言は外さないからねぇ……そこだけは確定で良いんじゃないかな」
「情報が無さ過ぎて動きようが無いな……なら他の動きに対応した方が良いか。国内に勇者は居ないんだよな?」
「多分ね。師匠なら召喚陣の件も含めて詳しく知ってるとは思うけど、それもどの道シデンに行かないと会えないし」
「……解った。コタローはさっさと手紙を書いてオレアーダに運ばせろ。お前の出発は明日の朝で良いのか?」
マスターはどこからともなく筆記用具一式を取り出して俺の前に置く。羊皮紙に羽ペンとインクだ。せめてカバンも一緒に召喚されれば楽だったんだけどなー。
しかし、こんなファンタジー世界でも荒唐無稽な部類に入る話を信じてくれるとは……信用って大事だよね。
「そうだね。あ、悪いんだけど晩飯と明日の朝飯も……良いかな?」
「はぁ……まあ、仕方ないな。日が暮れる前には持ってきてやる。請求はシデン宛で良いな?」
「うん、俺ん家で。レアはちょっと待ってね。すぐ書くから」
「装備持ってくるわ。その間に書いときなさい」
さて、サクっと書きますかね。あと皆はもう少し黙っててね、気が散るから。
◆
いきなり民族大移動。あ、登場人物の名前とかあんまり意味ないんで覚えなくても大丈夫です。
ってかタイトルに王子とか付けといて王子じゃないと言う。