9.そのままを受け入れてくれる存在
「おうっ。どーしたニャンコ?」
放課後、いつもの芝生へと向かった。
美少女が芝生で寝転ぶなと怒られそうだが、人に見られていないところでまで気張るつもりは一切ない。
そんな俺の元に、いつものようにニャンコとワンコがきた。
ワンコが甘えてくるのはいつものことだが、今日はニャンコがやけに優しい。
ワンコに嫉妬したりもせず、ゴロゴロと喉を鳴らして擦り寄ってくる。
「もしかして……慰めてくれてるのか?」
ニャンコがニャアと短く鳴く。ニャンコをギュッと抱きしめると、
いつも構って攻撃をするワンコがおとなしく隣に丸くなる。なんだよお前ら。優しすぎるだろ。
『なあー……。聞いてくれよお前ら。俺、ボッチになっちまった』
ニャンコの腹の柔らかい毛にすりすりする。
『わかってんだけどさあー……悪気がないってことも、俺のためにしてくれてるってことも。
けどさあー、やっぱさあー……。心の底から女の子らしくあれって、無理に決まってんじゃん。ちくしょー……』
ああー、でもこれでボッチ。切ない。
そんなことを考えていたら、いつだったかみたいに蹄の音が聞こえてきた。
「なにやってんだ」
「セドリック……シシィ……」
あ、やべ。弱っちい声が出た。
セドリックは眉をひそめて俺をジロジロ見ると、「乗るか?」と自分の後ろを指した。
え、シシィに? ま、マジっすかセドリックさん。
「で、でも乗り方がわからん……」
そう言ってまごまごしていると、セドリックはこちらに手を差し伸べてくる。
その手につかまると、彼はあっという間に俺を馬上にあげてくれた。お、おおー!
「すごい! 高い! 怖い!!」
「つかまっとけ」
腰に手を回せというのでありがたくそうすると、セドリックは「行くぞ! シシィ!」と言って手綱をとる。
う、うわああああシシィさんが本気を出したああああ!!!
体がめちゃくちゃ揺れる! 落ちっ、落ちる! 必死にセドリックにひっつくと、彼は上機嫌に笑い出す。
お前ー! これわざとかー!? こんのやろうわあああああカーブしたああああ振り落とされるううう!!!!
そんなこんなで、シシィがとまったときには俺はもう満身創痍だった。
髪の毛がぐちゃぐちゃになってるが、それを整える気にもなれない。
「おい、ついたぞ」
そう言ってセドリックに腕を軽く叩かれるが、力が入り過ぎてまったくほどけない。降りれない。
「ほら、とりあえず顔をあげろ」
セドリックの手櫛で髪を整えられ、視界がちょっと開ける。促されるままに顔を上げた俺は――
『な、なんだこりゃ……!?』
目の前の光景に、言葉を失った。
とにかく、もっふもふなのだ。
様々な種類のウサギが、もっふもふのもっふもふなくらいいる。
ピンっと耳が立ったのから、耳が短いのから、垂れてるのから、毛がもっさもさなのから、とにかくいーっぱい。
ウサギの楽園だー!!
「ほら、降りるぞ」
俺の腕の力が緩まった隙にセドリックがひらりと降り立ち、俺に手を差し伸べてくれる。
その手を掴むと、ひょいっと降ろしてくれた。うまいな、お前……。
「お前、好きだろ? 小動物」
「好きだ!」
うおおおおおウサギー!!!
やはり今生の俺は動物に好かれるようで、俺が追いかけなくてもあっちからウサギがよってきた。
うおおお可愛い……。一羽膝の上に乗せてみる。ふおおお……。
え、お前も乗るの? え、ちょ、お前も!? 最初に乗せたウサ公が潰れる!?
ハッ、気づけばウサギに四方八方を塞がれてる……!?
お、お前らみんな登ろうとするなっ。お、おいっ。うわあああああ。
「なにしてんだ」
ウサギに埋れて大変なことになっていた俺を、セドリックが抱き上げてくれた。助かった……。
って、うっ。セドリックの足元でウサギ達が俺を見上げている……。
俺にはわかる、地上に足をつけた途端、あいつらがワラワラ登ってくるだろうことを……。
「セドリック、重いだろうけどしばらくこのままでいてくれ」
「まあいいけど……」
ヒシッと首筋にしがみつくと、セドリックは涼しい顔でこの状態をキープする。
お前……お前、すごいな。頼んだ俺が言うのもなんだが、しんどくないのか?
「お前、軽いな。ちゃんと食ってるか?」
「うん。肉は無理だけど」
「へえ、何が好きなんだ?」
「果物! 桃とか、葡萄とか、林檎とかたまらん」
ウラの世界で蜜と果物だけで育った俺は、肉を受け付けない身体になっていた。
卵や牛乳は加工してあれば大丈夫なんだけど、肉は本当に一切も食べれない。
食べたいとも思えない。一度、無理矢理食べてみて三日三晩嘔吐がとまらなかったし、こりごりだ。
というわけで、今の俺はジューシーな肉汁したたるステーキじゃなくて、頬張るとジュワッと果汁が溢れてくる果実に食欲がわく。
ところが、お貴族様達はそうではない。
肉を食べることができる=権力があるという図式になってるようで、とにかく肉を食べたがる。
よって、実は朝から肉がこんもりでる。幸い自分で取り分ける形式なので、
俺はその横に飾られてるフルーツ籠からひたすら果物をとっていく。
「なら今度、この庭園の中の葡萄畑に連れてってやるよ」
「まじか!」
おまっ、おまっ、どんだけ良い奴なんだよ!?
舞い上がるだけ舞い上がって、少し不安になった。
なんでこいつ、こんなに良くしてくれるんだろう。
そして、どんどん仲良くなったら、こいつも俺の言動を矯正しようとするんだろうか。
「なあ、どうしてこんなに良くしてくれるんだ?」
思い切って聞いてみると、セドリックは真顔になった。
それから、「なんでだろうな?」と首を傾げる。
「お前、いちいち反応が面白いから一緒に居て楽しいんだ」
「でも……。……俺、見た目は美少女だけど、中身こんなんだぞ」
「こんなん」のところで鼻をブニッと押し上げると、セドリックはブフッと噴き出した。
おおおおおう、え、なに? ツボったの? お前の笑いの振動でこっちも揺れるんですけどどどど!
「馬鹿。そこが面白くて……ククッ。いいんだろ」
おまっ……! 良いやつ!!
あまりに感動したので「お前サイコー! 友達になってくれ!」と言うと、
セドリックはついに耐えきれなくなったのか笑い転げた。
俺も巻き添えをくらって、かつそこにウサギが殺到してくるからとんでもないことになった。
ふたりともすっかり毛だらけになって、それがなんかもう、楽しくて。
よかった。俺、ひとりじゃないんだ。
元成人男性としてどうかとも思うけれど、そのことに心底安心してしまった。