8.俺は美少女じゃない。
今日は朝から最悪な一日だった。
まず、アクビをしながらリビングに行ったらウィルに注意される。
更に、いつものように「ウィル兄」と呼んだら「これからはウィル様かウィル兄様と呼ぶんだよ」とこれまた注意される。
部屋から出ようとしたらもっとゆっくり歩幅を小さく歩くように注意される。
そこで流石にキレたら淑女はおしとやかにしないといけないよと叱られる。
なんでいきなりそんなことを言い始めたのか問い正して見れば、
どうやら昨日ネネとウィルとシャロンで俺の素行について話し合ったらしい。
「君の将来のためだから、ね?」とウィルは頭を撫でて来たけど、
イライラしてたので振り払った。
俺の、将来のため?
ふざけんじゃねえよ。
俺は7年間、ウラの世界では妖精達に、オモテの世界ではグレイスとソフィアに育てられた。
彼らは粗野な振る舞いはしない。言葉遣いも綺麗だ。
そんな彼らに育てられたにも関わらず、俺は我ながら根がガサツだ。言葉遣いも丁寧じゃない。
なぜなら俺は、育樹 葵だから。
どんなに俺が美少女に見えても、
それは外見だけの話で、
中身はエロ本をベッドの下に隠した男子大学生に過ぎない。
ソフィアと一緒にお風呂に入った時だってそりゃあもう欲情した。魂は成人男性なのだ。それなのにムスコがない……。この悲しみ、絶望、おわかりいただけるだろうか。
はっきりいって死にたくなった。ツライから自分ひとりではいるようになった。
ノリでならそれっぽくおしとやかにできるが、それを24時間常時キープしろって?
ずっと可憐な美少女らしくあれって? 無理無理。
それは俺に、俺じゃなくなれと言っているようなもんだ。
朝食の場でもそれは続いた。
俺、ちゃんと綺麗に食べてるんだぜ?
それなのに、ルルが「もっと一口を小さくして」とか「おかわりはしちゃダメ」とか色々口出しをしてくる。
ウィルや周りの男子を見る限り、貴族としてやっちゃいけないことではない。ただ、淑女としてはNGらしい。
知るかそんなの。
けれども、俺が元成人男性だってことをあいつらは知らないし、どんなに言葉を尽くして説明しても、理解は得られないだろう。
だああーもう! イライラする!
俺は女じゃねえ!
俺は美少女じゃねえ!
シャロンに助けを求めようか考えたが、こいつはネネとウィルの言いなりだろう。
それなら、もういい。
そんなにお前らの理想を俺に押し付けてくるなら、もういいよ。
きちんと最後まで食べ切って、食後の祈りを捧げてから席を立つ。
シャロンが「どうしたの?」と声をかけてくるが、それをサラッと無視した。
ネネとウィルも「シェーネちゃん?」と呼んでくるが、知らん。
背筋をピンと伸ばし、胸を張り、堂々とひとりで食堂から立ち去る。
鼻の奥がツンとしたが、なんてことはないと自分に言い聞かせる。
俺は怒ってるんだ。
悲しいわけじゃないんだ。
だから、泣く必要なんて……ないんだ。
「シェーネちゃん!」
シャロンが廊下まで俺を追って来た。
それでもなお無視していると、目の前に立ち塞がる。通せんぼをしているシャロンの脇を通ろうとしたら、腕を掴まれた。
「シェーネちゃん……その……」
「…………」
「……ほら……その……授業、遅れちゃうよ?」
「行こう?」と促してくるシャロンに素直に従うと、彼は目に見えてホッとしたようだった。
けれども、休み時間も、昼休みも、放課後も、俺はシャロンと一緒に行動はしなかった。話しかけられても無視し続けたので、シャロンはどんどん元気をなくしていく。
子供に対してこんな態度をとっていることに罪悪感は感じたが、
俺は一貫して冷たい態度を取り、その代わり所作は隙なく優雅にこなした。
そりゃそうだ。俺はちゃーんと、ソフィアにしつけられて、美少女然とした動きもできるのだ。
それを崩していたのは、ごくごく一部の相手の前だけ。俺が俺でいたいと思った相手の前で、だけ。
その相手がいなくなれば、俺はお前らの理想の美少女になる。
これで、満足なんだろ?
バイバイ。