7.可愛いあの子。 可愛い? あの子。 ※シャロン視点
僕はシャロン=プティ=アント。プティ家の長男なんだけど、訳あって王立学園に入学した。
え、どういうことって?
実は王立クレド学園は、基本的に貴族の次男以下が行くものなんだ。
長男、つまり跡取りは、家の仕事も継がなきゃ行けないから、
領地に残しておくことがほとんど。その場合は、家庭教師をとって勉強をする。
でも僕は…………まあ、両親の勧めもあって学園に入学したんだ。
さて、そんな僕には、お守りを頼まれている女の子がいる。
ウュクス家のシェーネちゃんだ。
シェーネちゃんは三年前にグレイスさんがウラの世界から助け出した女の子で、
身寄りもないのでグレイスさんが養子にしたらしい。この事はウュクス家と、親族でもあるプティ家しか知らない秘密だ。
僕が学園に行く事を知ったグレイスさんは、わざわざプティ家に訪れて僕にシェーネちゃんのことを頼んだ。
両親はあんまり良い顔をしなかったんだけど、
入学式の時に遠目からシェーネちゃんを見てからは一気に上機嫌になった。
「まあ、なんて可愛らしい子なのかしら……」
「もしかして、実は妖精なんじゃないか?」
「グレイス様ったら、それならそうと打ち明けてくださってもよかったのに」
輝く白金の髪も、淡い青色の瞳も、確かに絵本に出てくる妖精にそっくりだった。
でも、妖精ってもっと身体が小さくて、背中に羽だって生えているはず。
だけどシェーネちゃんは僕より少し小さいくらいで、背中には何も生えてなかった。
その事を両親に言うと、高位の妖精は僕たちと大きさは変わらないし、羽だって隠す事ができると言って来た。
もちろんそんな妖精を召喚するにはすごくすごくたくさんの魔力が必要になるし、
オモテの世界にずっといてもらう方法はまだない。でも、グレイス様ならそれができてもおかしくないんだって。
じゃあ、シェーネちゃんって本当に妖精なの? って、その時はすごくあわてて、
両親の挨拶回りについて行った時も、ほとんど上の空だった。
ちなみに、グレイス様には挨拶にいかなかった。グレイス様はこういった場での挨拶が大嫌いなんだ。
だから僕がシェーネちゃんに話しかけることができたのは、寮へと移動している時だった。
「ねえ、お隣いいかな?」
そう聞くと、シェーネちゃんはきょとんとした顔でこちらを見る。うわああ、近くで見るとますます可愛い……!
今まで、親に連れられて色んなパーティにいって、たくさんの着飾った女の子たちを見たことがあるけど、
ドレスを着てお化粧をして髪をアップにしたあの子達より、シェーネちゃんの方がずっと可愛い。
「僕、シャルロ=プティ=アント。よろしくね」
こっそりズボンで手を拭ってから握手を求めると、シェーネちゃんは
「うん、よろしく」と言って応じてくれた。わあ。手、柔らかいなあ。それにあたたかい。
うーん、やっぱり、人間の女の子だと思うんだけどな。だって妖精って、ちょっとひんやりしているイメージだもん。
「困ったことがあったらなんでも言ってね。僕、君のことはグレイス様からよく頼まれているから、遠慮しなくていいんだよ」
僕がそう言うと、シェーネちゃんはコクンと頷いた。その時にちょっとだけ手をギュッとされて、
僕、もう舞い上がっちゃうくらい嬉しかったんだ。心臓はずっとドキドキしてるし、
心はずっとワクワクしてるしで、たまらなくって。
それまでは不安でいっぱいだったのに、この時から、これからの日々が楽しみで仕方なくなったんだ。
でも、それから数日で、僕……いや、僕たちはわかってしまう。
彼女は、『外見が』とても可愛い女の子なのだということを。
「お題は、シェーネちゃんのことよ」
ルル様は、重々しい口調でそう言った。
場所は僕とルル様の部屋。参加者は僕とルル様とそしてウィル様。
「シェーネちゃん……っ! ああ、ああっ! あんなにあんなに可愛くて
極上な女の子なのに、どうして言葉遣いがあんなに乱暴なのかしらっ!?」
そう言ってルル様はハンカチの端を噛む。
ウィル様が「身近な手本がルルだからじゃないか?」と言うと、「おだまりっ!」と鋭く叫んだ。
確かにルル様もルル様で……なんというか、ええと、うーん。
でも、ルル様はそれでも仕草が優雅だし、言葉遣いが……そうだなあ、例えば、ウィル様のようになったりはしない。
でも、シェーネちゃんは、そう。
あんなに可愛いのに、仕草や言葉遣いが男っぽいのだ。
それに気が付いているのは僕たちくらいだと思う。
あんまり仲が良くない人の前であればあるほど、シェーネちゃんはきっちりとしたそれらしい態度を取る。
でも、素に近くなればなるほど、なぜか言動が男っぽいのだ。
「グレイス様は一体どういう教育をなさったの? 乙女をこのように育てるだなんて、虐待よ!」
「でもほら、多分シェーネちゃんは養子だし……」
そう言ってウィル様がこちらをチラッと見てくるので、首を縮こませることしかできなかった。
シェーネちゃんが養子だということは、グレイス様が結婚していないので
明らかだけど、だからといって僕が肯定して良いことじゃない。
だからこそ、ウィル様も僕に直接聞くことはしなかった。僕のこんな態度じゃ、バレバレだけど……ううう……。
「それならば尚更、きちんと教育しなければいけないわ! これから苦労するのはシェーネちゃんなのよ!」
「でも、俺たち以外の前ではそつなくこなしてるぜ?
くつろいでる時にボロが出るだけで……といっても本人は、別にそれがボロだと思ってないが」
「あれがシェーネちゃんの素だからね……」
「それが問題なのよ!」
「おいルル、落ち着けよ。シャロンが怯えてるぞ」
ウィル様、それ逆効果です!
うわああルル様がこっち見た! 目が据わってる!
「シャロン、怯えてるの?」という問いに、僕は首が痛くなるくらい思い切り横に振った。ううう、ウィル様のバカ……。
「ねえウィル。私だって、シェーネちゃんが心を開いてくれるのはとても嬉しいわ。
でも、素だから仕方ないと言って、放置しておくのはダメよ。あの子のタメにならないわ。
市井の子ならあのままでいいでしょう。けれど、あの子はこれからウュクス家の令嬢として生きて行くのよ?
あの子の周りには常に人の目があるのよ? 粗野な言動を、あの子を快く思っていない人間が見たらどうするの」
「それは……」
「まったくもって、愚かな男たち」
気がつくと、ルル様は羽扇をウィル様の鼻先にピタッと据えていた。ぜ、全然動きが見えなかった……。
初等部最高学年の騎士クラスで、ルル様は1位だって聞いてたけど……2位のウィル様を、こうもあっさり……。
「想像して御覧なさい。シャロン、貴方も」
「ふあっ!? は、はいっ」
ルル様に名前を呼ばれて声が裏返る。ルル様はそんな僕に目もくれない。
けれど、僕もウィル様と同じく、ルル様に矛先を向けられている……。
緊張で喉が乾く。
指先ひとつ動かせない。
「愚かな男たち、想像して御覧なさい。もし将来シェーネと結婚したら――貴方達は、彼女をそのままにしておく?」
それは、残酷なくらいに具体的な例だった。
僕もウィル様も、凍りついたように動けないまま……。
「わかったなら、今のうちになんとかしてあげなさい。いまあの子に一番近いのは、貴方達なんだから」
ルル様は椅子から立ち上がると、「不愉快だわ」と言い放って部屋を出て行った。