3.ツライ……ツレが男の娘すぎて。
どうもー、シェーネ=ウュクス=グレイスでーす。
育樹 葵《イクジュ アオイ》という名前の男子大学生だった俺は、
日本人としての人生を変質者に刺されて死ぬというドラマティックな幕切れで終わらせてしまってから、
異世界で生まれ変わってこれでもかってくらいドラマティックなセカンドライフを送っていまっす。
人間が入れないはずの『ウラの世界』で妖精や精霊に超チヤホヤされながら育てられていた俺は、
ずっとそこにいたかったのに、お貴族様で魔法使いのグレイスってイケメンに召喚されてしまった。
そして俺は、彼の養子になり、王立クレド学園に入学することとなった……。
何が言いたいかというと、ツライ。なんかもう、ツライ……
俺 が 、 美 少 女 す ぎ て 。
俺のムスコ、どこー?
入学式はめちゃくちゃ派手だった。ていうか、軽くパーティみたいな感じだった。
午前中いっぱいは入学式に使い、その時に出た軽食で昼食を済ませ、俺たちはそれぞれの教室へ行った。
教室といっても、俺が知っているのとはわけが違う。なんたって王宮を再利用しているんだ。
ふかふかの絨毯が敷き詰められ、タペストリーが飾られた部屋に、職人さんの腕が光るツヤツヤと光沢を放つ新品の机が並んでいる。
部屋の前面にはこれまた見事な意匠を彫り込まれた教壇があり、その背後の壁に、これだけは見慣れた大きな黒板が取り付けられていた。
また、どこの世界の学校でも最初にやることは同じらしい。ひとりひとり教壇の前に立ち、自己紹介をしていく。
おっと、俺の番になったみたいだ。
「シェーネ=ウュクス=グレイスです。よろしくお願いします」
そう言って制服のスカートをつまんで無難に挨拶を済ませると、無難に済ませたはずなのに教室がざわつく。うえー。
1クラスは約15名。それが4クラスあるというので、一学年は約60名ほど。
倍率は10倍以上あり、この学園に初等部から入ること自体が、貴族としてのひとつのステータスになるそうだ。
ちなみに男女の割合は8対2で、男子の方が圧倒的に多い。
他の子ども達は、パーティやら何やらですでに顔も名前も見たことがある仲らしい。
みーんな入学式の時から親も交えてあちこちで挨拶やらなんやらして賑わっており、
俺とグレイスだけお通夜みたいに沈黙してた。マジあそこだけ墓場だった。
でも俺はそれを「良し」と思っている。貴族の社交なんてマジクソめんどくさそ。
王立クレド学園は貴族も平民も分け隔てなく学ぶ機会を与えると
パンフレットには書いてあったのに、教室にはひとりも平民らしき子どもはいない。
当たり前だ。こんな小さな子どもに一級品の制服を買い与え、
高い学費を払える平民がどれほどいるというのか。もしいたとしても絶対いじめられる。
そして、もしかしたら平民かもしれない俺も、例外ではない。
だからこそ学園ではなるべく地味に空気になろうと思っていたのに、なぜか大注目を受けてしまった。
あちこちから「ウュクス……!?」「グレイス=ウュクスの……!?」なーんて声が聞こえてくる。
おい、さっき本人いたのにめっちゃ通夜だったじゃん。なんで不在になったら大人気なんだよ。
沈黙は金なり。すべての声を無視して席につけば、その場は一応はおさまった。
自己紹介の後は、すぐに寮生活の説明となった。ひとりひとりに部屋の鍵と
寮の見取り図が渡されて、部屋の設備と寮の共有設備の説明がなされる。
部屋はなんと初等部最上級生と同室になるらしい。
最上級生が下級生の面倒を見てあげるのが伝統なのだそうだ。
うはー、ひとり部屋じゃないのかよ。テンションだだ下がりだよ……。
「それでは皆さん、寮のホールへと移動しましょう」
教師の声を皮切りに、ゾロゾロとみんなで教室を出ていく。
俺もそれにならって出て行くが、なんか遠巻きにサワサワ噂されてるのがわかる。
なんだよ言いたいことがあるなら面と向かって言えよ。
「ねえ、お隣いいかな?」
と思ったら誰かに話しかけられました。「どうぞ」と言うと、その子はポッと顔を赤らめる。
なんだこの初々しい反応。えーと、誰だっけ。あ、ダメだ。自己紹介全然見てなかったからまったく覚えてない。
蜂蜜色のふわふわ巻き毛に濃い碧色の目。まつ毛がとにかく濃く長くて、
ちょっと太めの眉毛が人形のように整った顔に愛嬌を与えている。
そんな、俺に負けず劣らず顔が可愛い…… 男 子 。
おい、嘘だろなんでこいつ男物の制服来てんだよ。
こんな美少女顔で、なにズボン履いてんだよ!!
「僕、シャロン=プティ=アント。よろしくね」
「うん、よろしく」
そう言って握手を求めて来たシャロンに、動揺を隠しながらもなんとか応える。
プティ……? なんか聞いたことあるな。どこでだっけな。
「困ったことがあったらなんでも言ってね。
僕、君のことはグレイス様からよく頼まれているから、遠慮しなくていいんだよ」
あっ! 思い出した! 確か、ウュクス家と昔から懇意の関係にある名家だとかなんとか。
ウュクスが魔導士の家であるのに対して、プティは騎士の家であるとかなんとか。
そこの跡取り息子が同い年だから、よくよく頼んでおいたよと言われたような。
まったく当てにしてなかったからすっかり忘れてた。
「グレイス様は有名だから、さっきはちょっと目立っちゃったね」
何もできなくてごめんね、とすまなそうに謝るシャロンは、
どこからどう見てもふわふわ巻き毛の美少女。触ってもふわふわなのかな。ウズウズ。
「グレイスさんって、そんなに有名なの?」
「それは勿論! グレイス様はこの学園を首席で卒業されたんだよ。
そうして、いままで誰もなし得なかった、魔法壁での国防の術を編み出したんだ。
全魔法使いの憧れなんだよ」
こくぼ……? なに? 難しい言葉使うなよよくわかんないだろ。
えーと多分、文脈的に「魔法壁超スゲー。それを開発したグレイスも超スゲー」ってことなんだろ。
その割にはあの歳ではやくも隠居の雰囲気なんだけど。
それにしても、あの魔法壁ってそんなにすごかったんだ。
前例がないって知らなかったからスゲーとは思ってたけど普及してるもんだと思ってた。言えよグレイス、そしたらもう少し見直したかもしれんのに。
「あっ、ほら! 寮についたみたいだよ!」
初等部校舎から歩いて五分のところにその寮はあった。
240名の児童が生活することになるそこは、総面積的には初等部校舎よりも大きい。
ただ、あちらは元宮殿でこちらは元官舎なので、外観は校舎の方がきらびやかだ。
初等部は男女一緒の建物で、中等部から別々になるらしい。ちなみに中等部と高等部も同じ敷地内にあるが、初等部とはエリアが違うのでまず会う事はない。
寮のホールへ入ると、4年生(最上級生)の生徒全員が拍手のもと歓迎してくれた。
どこからか楽器まで奏でられはじめ、ウェルカムドリンク的なものが配られる。
なにここ怖い。いつの間に軽食の乗ったワゴンが現れ、流れるように立食パーティが始まった。
「すごいね」と頬を紅潮させたシャロンが耳打ちしてくる。お前のほっぺ、林檎みたいだな。
林檎のシブーストを食べながらそんなことを思っていると、「おい」とどこからか声をかけられた。
洋ナシのプチケーキをつまみながら振り返ると、漆黒の髪に漆黒の目をした美少年が偉そうにこっちを見下していた。
顔が整いすぎて、かつ無表情だから人形みたいだ。ていうかなんだよ喧嘩売ってんのか。買うぞ。
「お前がグレイス=ウュクス=セゾンの娘か」
ああん? と睨みつけてやりたくなったが、隣のシャロンの様子を見てやめた。
ダメだ、こいつ多分超高貴なご身分とかそんな奴だ。
「シェーネ=ウュクス=グレイスです」とスカートをつまむと、
ご身分様は「セドリック=オースティン=クレイ=アルマ」と不遜に名乗った。
おい、こいつ名前一個多くね? なんで多めに盛ってんの?
「今度グレイスの話を聞かせろ。あいつの魔法壁には、俺も興味がある」
そう言うとセドリックは偉そうに去って行った。あそこまで偉そうな奴、生まれてはじめて見た。
……いやでも、なんていうんだろ。
態度は偉そうだけど、やったことと言えばあっちから声かけてきて、名乗ってくれて、
しかも義父のことを褒めて去って行ったという……。
態度のことを抜かせばあいつ超いい奴じゃん! そこらへんでコソコソ人のこと噂してる奴らよりよほど好感度高いわ。
「シェーネちゃん、すごいね。セドリック様が話しかけてくださるなんて……」
「んー?」
シャロンに「なんであいつ名前がひとつ多いの?」と聞こうかと思ったがやめた。
それをやってしまえば、俺がうざいと思っている奴らと一緒になってしまう。
だから、セドリックが何者なのかはさっぱりわからないまま、曖昧に微笑んでおいた。