15.才能と夕暮れ
「シャロン、いいよ。先に帰ってろ」
「でも……」
とっくに授業時間は終わっていた。
既に魔法が使える奴はとっくに帰ったし、魔法が使えない奴も諦めて早々に帰って行った。
ただひとり俺だけが先生に無理を言って残っている。
先生は、「魔法が使えなくても大丈夫だから、あまり根を詰めてはいけないよ」と言って、暗くなる前に帰ることを条件に許可をくれた。
魔法が使えなくても大丈夫。
実は、本当に、大丈夫なのだ、女子は。
魔法が使えなかった子達は、これから魔法実技の間は魔法座学を習う。
傷によく効く薬草の煎じ方を学んだり、骨折の対処法を習ったり……。
王立学園に通いに来ている女子は、実際は魔法座学をメインに考えている場合が多い。
男は魔導士か騎士になるために来ているんだから必死だけど、
女子は花婿探しに来ている子がほとんどで、熱のいれようが違う。
シャロンも、お昼ぐらいまではすげー応援してくれてたけど、
日が傾くにつれていかに俺を諦めさせるかにシフトした。
そうして夕日が眩しい今は、とにかく一度帰ろうと言い募ってくる。
「いいから先に帰れシャロン。俺ももう少ししたら帰るから」
「ならもう少し僕もいるよ」
「ダメ。暗くなって来てるし危ないだろ?」
「それならシェーネちゃんだって危ないじゃないか」
「そういうのマジでいいから……」
「ね? 帰ろう?」
掴まれた腕を振り払うと、シャロンはクシャッと顔を歪めた。
ひでえ顔。でもたぶん、俺も今そんな顔なんだろうな。
「頼むから、先に帰ってくれ。お願いだから、な?」
「…………わかった。じゃあ、これだけでも渡しておくから」
そう言って、シャロンは小さな鞘付きナイフを手渡すと、何度も何度も振り返りながら帰って行った。
完全にシャロンが見えなくなるまで見送ったあと、ぼふんと芝生に寝転がる。
空はもう薄暗い。あともう少しで、完全に日が暮れる。
どんどん気温も下がってきていて、俺の体温で生温かくなっていた石は、いまはすっかり冷たくなってしまっている。
握りしめた手はかじかみ、感覚もない。それでも、離さない。
「うーん、今夜は徹夜かなあ……。…………ん?」
首筋、耳の付け根の後ろっ側がチリチリする。なんだ、これ。
もぞもぞと起き上がって、辺りを見渡してみるが、特に変わった様子はない。
周りに木々はなく、少し離れたところに黒い影のようになった校舎が見える。
「うっ……!?」
生温かい風がムワアッと首筋にかかった。肌が粟立つ。
なんだ今の、なんか気色ワルッ!
その場から飛びのいて、俺は、あることに気がついた。
周りが異様に暗い。もう夜になったのか?
でも、今夜は満月だから、星と月の光でそれなりに明るいはずなのに。
空を見上げるとそこはのっぺりと墨を塗ったように黒かった。今日はよく晴れていたはずなのに。
カバンの中には携帯ランプがある。ああでも、カバンがどこにあるかさえ見えない。
『やばい、気がする……。前世じゃまっまく霊感なかったけど、これどう考えてもホラー展開じゃね?』
どうしよう、こっちの世界にも貞子的なのいるのかな。
いや、あいつテレビないと出て来れないわ。じゃあ、昔ここで非業の死を遂げた貴族とかか。
くそ、シャロンに学校の七不思議があるか聞いときゃよかった。
『……いや。違ったわ。違ったわこれそっち系じゃないわ』
生温かい風の中に、ケモノ臭さがまじりだす。
アラい息遣いと、芝生がガサガサ踏み荒らされる音も聞こえる。
わかっちゃったこれ。
俺、いつの間にケモノに囲まれてる。
しかもピーンと来ちゃった俺。こいつら、魔獣だ。
魔獣は本来ウラの世界に属するケモノだ。ただし、妖精や精霊が神聖な存在であるのに対して、魔獣は邪悪な存在だって聞いた。
『ウマソウ』
『ニオイ、ウマソウ』
こいつら、ウラ言葉が喋れるのか……。
魔獣には本来知能なんて全然ない。ちょっと身体が大きくて力が強いだけのケモノだ。(それでも大変な脅威だが。)
ただし、捕食することで、彼らは魔力や知能を吸収することができる。
だから、ウラ言葉を扱える魔獣は、妖精や精霊を食べたことがあるということだ。
『クソ……。なんでそんなヤツが、オモテの世界にいるんだよ』
相変わらず暗くて何も見えない。こいつらが魔法を展開しているのかもしれない。
はっきり言って状況は絶望的だ。シャロンから渡されたナイフは超接近戦でしか役に立たないし、そんな戦い方したら瞬殺される。
いまだに魔法だって使えないし、助けを呼ぼうにもこんな時間にこんな場所にいる人間なんて他にはいない。
叫んだところでこいつらを刺激するだけだ。
どうする、どうなる――?