12.小さな勇気を持ったキミ。
部屋に帰るとウィルが両頬を真っ赤に腫れ上がらせていた。
「はあっ!?」
あんまりな光景に、思わず全力で突っ込んでしまう。
ウィルは俺をチラッと見ると、気まずそうに視線を反らした。
いやいや、何そのあからさまな構って欲しいオーラ。
俺に見られるのが嫌なら個室に引っ込んでろよ。なに見せつけてくれちゃってんのその両頬の真っ赤な紅葉。
痴話喧嘩だな? 相手はルルだな? そして原因は俺だな? 分かりやすすぎんだよウィル!
その色気の萌芽、泣きぼくろは飾りなのか? 一生笑いの種にしてやろ。
そう思いつつ目の前を通り過ぎると、めっちゃ恨みがましい目で見られた。
いやだって、お前まだ俺に謝ってもないし、きちんと助けを求めてもねえじゃん。そこは大事だろ、シャロンを見習え。
「ルル様が、昨日の晩からすごく機嫌が悪いんだ……」
そう言いつつ朝から鳥肉のガーリック焼きを食べるシャロン。
おま……いや確かに周りを見る限り普通のことみたいだけど、すげえな。胸焼けしないの?
「まじか、どんまい」
「ウィル様はどう?」
「ああ、両頬真っ赤に腫らしてたぜ。ビンタされたっぽい」
「えええっ!? うわあー、やっぱり何かあったんだ……。
どうしようシェーネちゃんっ。ふたりとも、あんなに仲がよかったのに!」
「こっ、この葡萄うんまい……! たまらん!」
「……シェーネちゃん……」
なんだ? シャロン。この葡萄食いたいのか? うまいぞ?
「シェーネちゃん、そろそろルル様のこと許してあげてよ~」
「ええ? 許すも何も、あっちが謝ってこないんだからどうにもできないだろ」
「それは……うう、そうかもしれないけど。ルル様、シェーネちゃんのことを思ってああいったことを……」
シャロン……。お前って良い奴だな。
でも、お前だって、それでいいのか?
「じゃあシャロン、ルルにお前が女子扱いされてるのも、お前のためを思ってのことなのか?」
「……それは……」
「部屋じゃルルに着せ替え人形にされてんだろ。女子の服を着せられて、女子の髪型をさせられて」
「…………」
「まあ、シャロンがそれを楽しんでるならまったく問題ないけど」
「そんなことない!!」
シャロンの大声に、食堂が静まり返る。好奇と非難の目が集まる。
たじろぐ彼に、今までずっと静かに食事を続けていたセドリックが優雅にナプキンで口を拭って口を開いた。
「言ってみろ。聞こう」
あっ、おまっ、良い所持って行きやがった!
不安気に揺れていたシャロンの瞳に、強い光が宿る。グッと拳を握り、背筋を伸ばす。
なんだ、そうしてるとかっこ良いじゃんか。滅べよイケメン。
「僕は、男だ。今は、身体も小さいし、こんな性格だから強く言い返せないけど……」
そこまで言うと、シャロンは俺の手を取る。おう? どうした。
「シェーネちゃん。僕、将来は絶対かっこ良い騎士になるよ!」
「うんうん、わかったよ。な、セドリック」
「ああ。お前は最高の騎士になる。俺が保証する」
「う、うんっ……! わあ、どうしよう恥ずかしいや……!」
シャロンは顔を真っ赤にさせて縮こまってしまった。一年生の可愛らしい宣言に、食堂はまた和やかな雰囲気に戻る。
ただ一名、ずっとこちらを見ていたルルを除いて。
別の意味で顔を真っ赤にさせているルルに、ほんの少しだけ腫れがひいたウィルが声を掛ける。
それを邪険に振り払って、彼女は食堂を後にした。ウィルが慌てて追いかけていく。
「なあ、なんでウィルはルルにあんなにお節介焼くんだろ?」
隣で見ていたセドリックに聞くと、彼は「そりゃあ、友達だからだろう」と言う。
そっか、友達だからか。あんな気難しい女友達より、野郎と遊んでた方がずっと楽しいと思うんだけどな。
ウィル、変わってんな。
『学生の本業は勉学にあると思うのですよ』
教科書をペラペラめくりながらそうつぶやく。
授業中は私語厳禁だが、今はグループごとに別れて問題に取り組んでいるので構わない。他のグループもきゃいきゃい騒がしいし。
ちなみに、俺はシャロンとふたりで組んでいる。ふたりぼっちだ。
「シェーネちゃん、すごいすごい満点だよ~」
「そりゃあな。足し算引き算くらいな、簡単だろ……。ほら、シャロン。お前も満点だ。すごいな」
「まあ、このくらいならね……」
そう言って、シャロンは苦笑いを浮かべる。俺は教育水準の高い現代日本で大学にまで行っていた身だから
出来て当たり前なのだが、シャロンは人生一回目でまだ七歳なのに、楽々解けてしまう。ほんと頭良いな。
良いことのはずなのに苦笑が出てしまうのは、授業のレベルと俺たちのレベルが明らかに合っていないからだ。
普通の七歳児達がうんうん唸りながらせっせと指を動かしている中、俺たちは開始5分で暇になってしまった。
時間割も組み終わり、本格的に授業が始まってから一ヶ月。俺達は実技以外の授業時間を持て余していた。
「セドリックは授業中の暇時間どうしてんの?」
「暇……?」
放課後。シシィに乗せてもらって庭園の果物畑に連れて行ってもらうのが、俺とセドリックの習慣となっていた。
俺が果物に舌鼓を打ったり草原でどこにいてもいつの間に現れる白ワンにゃんと戯れている間は、セドリックはシシィと庭園を駆け回るのだ。
乗馬は貴族男子必須の嗜みで、シャロンも習っているそうだが、セドリックは素人目にも習うとかそういった次元は完全に越えているように見える。
休憩に帰ってきた彼に林檎を渡しつつそう聞くと、セドリックは不思議そうに目を瞬かせた。少し考えて、「ああ」とひとり納得する。
「授業中は集中できて自習がはかどるからな。暇という認識はなかった」
「な、なるほど……」
「実技がない日は気がついたら放課後になっている」
「…………」
こいつ……知れば知るほど変人だな……。
「そっかあ、自習かー。うーん、俺もそうしよっかなあ~」
でもそれじゃあ、なんのために授業に出てるかわかんないよなあ。
文字とか言葉とか地歴とか、覚えなきゃいけないことはたくさんあるんだけどなあ。
――そんなことをウンウン悩んでいた、次の日。
いつものように午前中に授業が終わった後、俺は先生に呼び出しをくらった。