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ツライ……俺が美少女すぎて。  作者: ハリネズミ
Ⅰ.変質者に刺されて死んだ俺は美少女に生まれ変わった
1/17

1.ツライ……俺のムスコ、ドコ。

 

 クレド国の片田舎にその森はあった。


 それほど大きくはなく、歩きで半日あれば通り抜けることができる。

 近くの村人たちはきちんと手入れをしながら、森のもたらす豊かな実りの恩恵を受けていた。


 その森の一画に、決して村人が近づかない場所がある。

 近づかないというより、ある場所に近づこうとすると、身体が勝手にくるっと反転して、

 逆方向に歩いていってしまうので、たどり着くことができないのだ。

 村人たちもまた、無理にそこへ行こうとはしなかった。なぜなら、どうしてそこへ行けないのか、彼らは知っていたからだ。



 この森の奥にはとてもとても偉い魔法使いが住んでいる。



 村人たちはそのことを誇りに思っていたし、頼りにもしていた。

 現に、彼らは魔法使い本人に会ったことはなかったけれど、魔法使いの助手だという女性の持ってくる肥料や薬は、村の生活を豊かにしてくれていた。


 森の、綺麗に舗装された道路を歩いていくと、魔法で隠された普通の人には見えない道がある。

 そこを道なりに歩いていくと、視界がパッと開けて、煉瓦造りの屋敷が見える――

 ――それが、村人の言う『偉い魔法使い』こと、グレイス=ウュクス=セゾンの住まいだった。






「よいしょっ……」




 重厚な扉が押し上けられ、中から一人の女性がでてくる。

 歳は二十歳をいくつか過ぎたくらいだろうか。

 栗色の髪を三つ編みにして背中に流し、茶色の地味なワンピースに白いエプロンをつけている。


 女性は手に簡素な袋を持っていて、そこに手をいれると何かを空に放り投げる――パンの耳だ。

 近くの木々にとまっていた鳥たちが一斉に群がり、空中でうまくキャッチしたり、地面に落ちたものを我先にとついばむ。

 そんな鳥に明るい笑い声をあげながら、女性は彼女の朝の日課を楽しんでいた。



『……もったいねー』



 そんな彼女を、二階の格子窓から七、八歳ほどの子供が眺めていた。

 淡青色の瞳を皮肉げに細め、頬杖をつくサマは、少女の可愛らしい外見を見事に裏切っている。


『あーあ、俺が男だったら絶対今から唾つけとくのに。

 あんな極上な嫁他にいないだろ。

 歳の差とかマジ気にしないから。

 前世通算するとむしろ俺の方が歳上だから。

 あー、幸せな家庭を一緒に築きてー』


 見事なプラチナブロンドの髪をガリガリ掻きながら粗野な言葉遣いをする少女は、色々と台無しである。

 唯一の救いは、少女がぶつぶつつぶやいている言葉はこの世界の誰にも通じないということだろうか。

 しかし少女はそんなことお構いなしに、ブツクサ言いながら寝巻きを脱ぎ捨て適当に絨毯の上に放り投げ、下着姿でクローゼットまで歩いていく。

 クローゼットには女の子が好みそうな可愛らしい洋服がたくさん入っていたが、

 少女は悩むこともなく一番端のものを手に取るとズボッと頭から被った。

 白いタイツを無表情で履き、つま先の丸い茶色の革靴をこれまた無表情で履く。



 少女がそこまで済ませたところで、トントンとノックの音が聞こえた。



 すると少女はいままでの様子から一転、パアッと表情を輝かせると、「ソフィア!!」と鈴のような可愛らしい声をあげる。


「あらあらシェーネちゃん、早いのね。着替えまでしてとってもお利口さん」


 水の入ったタライとタオルを持ってきた女性――ソフィアは、たたたっと近寄ってきた少女――シェーネの頭を撫で、

「でもお洋服は脱ぎ散らかしちゃダメよ?」と最後に優しくコツンとする。

 その甘い甘い叱責に頬を緩め、シェーネは「はあい!」と良い子の返事をした。デレッデレである。


 それからシェーネは顔を洗い、ソフィアに髪を整えてもらう。

 彼女がソフィアとお揃いの三つ編みにして欲しいとねだれば、頭のてっぺんにドレスと同じ色のリボンがくるりと巻かれた。

「ありがとう」と頬を染めて言うサマはとても可愛らしく、パーフェクトなプリティガールだ。


 その実プリティガールは内心『あーその大きな胸にパフパフしたいなー』なんて思っているのだが。




「さあ、朝食を取りましょ」




 ソフィアと仲良く手を繋いで食堂へ行くと、窓際に一人の青年が立っていた。

 濃灰色の髪に靴まですっぽり覆い尽くす漆黒のローブ。

 スッと鼻筋の通った美形だが、ほんの少し垂れ気味な目元と柔和な笑顔が穏やかな人柄をよくあらわしている。


「おはよう、シェーネ。ソフィア、ありがとうね。さあ席について」


 食卓にはズラリと朝食が並んでいた。

 籠にはたっぷりの焼きたてパン。

 目の前には湯気の立ったスープにオムレツとサラダ。

 色とりどりのジャムやら蜂蜜やらが並んでいるし、飲み物も紅茶やらミルクやら多種多様に揃っている。

 シェーネはどんだけ豪勢な朝食なんだと思っているが、

 グレイスもソフィアもこれらをどうやらとてつもなく簡素だと思っているようだった。

 食前の祈りを捧げ、慎ましやかにいただく。




「シェーネ、こちらでの生活はだいぶ慣れましたか?」




 グレイスの問いかけに、シェーネはアプリコットジャムをたっぷり乗せたパンをかじりながら「まあねー」と相槌を打つ。


「言葉もだいぶ分かるようになったし、人間らしい生活にも慣れたよ」

「シェーネちゃんが来てからもう三年も経つのね。なんだかあっという間だったわ」


 シェーネが良い子ちゃんモードを解除しても、ソフィアは特に驚かない。

 シェーネが見た目通りの美少女ではないことを、彼女はちゃんと知っている。




『三年……。俺が召喚されてきてから、もう三年ねえ』




 白金の美少女は、自身の過去に思いを馳せる。最初に思い出すのはそう――鮮やかな、血の色。



 シェーネはその昔、日本という国に住む≪育樹イクジュ アオイ≫という名の若者だった。

 彼の人生は、彼なりに波のある――しかしいまになって振り返るといたって順調な――ものだったが、

 その最期は変質者に刺されて殺されるというドラマティックな終わり方をした。


 そして、次の生は始まりからドラマティックだった。レベルアップしてる。



 まず、前世の記憶がある。



 次に、前世と性別が違う。



 そして、前世と生まれた世界が違う。



 そしておまけに、ひとりぼっちだった。



 後に彼ではなくなった彼は、「悪い意味でパーフェクトだった」と語る。

 誰に言うこともできないので、自分に対して密やかに。



 彼女になった彼は、気がついたら赤ん坊になっていて、

 それも森の中に置き去りにされた状態だった。

 おくるみさえ身につけず、裸のままで。

 後に知るのだが、シェーネのいた森は『ウラの世界』という場所にあり、そこには人間が入ることはできないのだそうだ。

 が、シェーネは人間にも関わらずいつの間にそこにいた。

 その理由は今もわかっていない。

 人間の赤ん坊を見つけたウラの世界の住人(どうやらウラの世界の中でも、妖精や精霊が住んでいるエリアに落ちたらしい)は、

 相談し合い、適当に育てて見ることにした。

 なんたって人間をどう育てるかなど分かるわけがないのだ。

 精霊が蜜を与え、妖精が果物を与えてくれた。

 それらによって、シェーネは奇跡的にすくすくと育って行った。

 オモテの世界でそんなことをしたら、間違いなく栄養失調か免疫をゲットできなかったことで

 病気になって死んだだろうけど、ウラの世界マジックだね。と、シェーネは後に語る。



 シェーネが自分の性別に気がついたのはハイハイができるようになってからだ。

 自分の下半身にあるべきものがないことに動揺し、数日間泣き続け知恵熱を出してぶっ倒れたが、

 ウラの世界でも希少な金の果実をこれでもかというくらい与えられて強制的に回復した。

 他にも、シェーネは本当に色々とゴメイワクをおかけした。

 しかし妖精や精霊たちは、何をしでかすかわからないシェーネに構うのは刺激的で楽しかったらしい。

 シェーネの周りには常に誰かがいてくれて、子守唄を歌ったり昔語りをしてくれたり美味しいものを与えてくれた。

 超ちやほやされて育ったのだ。



 しかし彼女は、ある日突然オモテの世界へ還ることとなる。

 とてもとても偉い魔法使いが、ウラの世界の住人を召喚しようとして、シェーネを召喚してしまったのだ。

 人間を召喚してしまったことに偉い魔法使い――グレイスは動転したそうだが、シェーネはもっとひどかった。

 なにしろようやく慣れてきたところで、また違う場所に来てしまったのだ。

 おまけに、ウラの世界とオモテの世界は使っている言語が違い、そこもまた最初から。


 すぐに知恵熱を出して倒れたシェーネを、ソフィアは献身的に看病してくれた。

 だからシェーネはソフィア大好きっ子。


 それから三年間、シェーネはオモテの世界の生活と言葉になれるために頑張ってお勉強をした。

 それがようやくひと段落ついたのが一週間ほど前。

 そこから先をどうするか……グレイスの結論が出たのが、今朝だった。



「三年間、僕も色々と調べてみたんだけど、キミがどこの生まれなのかはまだわかっていないんだ」

「ああうん、まあねえ」


 グレイスはすまなそうにしているが、シェーネは自分の出自探しは最初から無理だろうと思っていた。

 オモテの世界だってそれなりに広い。どこの国の生まれかもどの階級での生まれかもまったくわからないのだ。探しようがない。


「だから、前にも一度話したとおり、正式に僕の養子として引き取りたいと思っている」

「シェーネ=ウュクス=グレイスか……」

「そして、これも前にも話したけど、ウュクスはこのクレド国の貴族階級の家なんだ。

 魔導士を多く輩出している家系で、代々数多くの功績を残している」

『で、そのウュクス家の中でも希代の天才魔法使いと言われたグレイスも、

 国境の防衛という重大な任務を任せられてるんだよね。まあ、ぱっと見左遷にしか見えないけど』

「なんて言ったんだい? シェーネ。ウラ言葉じゃわからないよ」

「オモテ言葉では、なんて言ったらいいかわからないや」


 シェーネは可愛らしく小首を傾げて見せた。そんな彼女にグレイスは苦笑いを浮かべる。

 彼女がオモテ言葉で表現できる範囲を超えた思考力をもっていることには、彼はとっくに気がついている。

 彼にはシェーネと話したいことがたくさんあった。

 今日は天気がいいとか、今日はどんなことがあったとか、そういったものではない。

 彼はシェーネの考えに触れたかった。ウラの世界で育った彼女は、常人とは異なる価値観や視点、知識を持っている。それを知りたくてたまらなかった。


 しかし、シェーネには「はやく成長して大人の仲間入りをしたい」「言葉を覚えて、自分の考えを発信したい」といった意志が

 これっぽっちも見受けられないのだ。だから彼女は、まだ簡単な言葉しか話せない。

 彼女が本気を出したら、とっくに大人と対等に話せるようになっていただろうとグレイスはみている。



 だからこそ、彼は決めたのだ。



「でも、どこの誰かもわからない私を養子にもらってもいいの?」

「君は僕の大切な養い子だよ」

「アホ。ウュクス家としてはどうなのか聞いているんだよ」

「ふふふ……」

「え、ここ笑い所? 不気味だよ? 大丈夫?」

「そうなんだよ、シェーネ。流石に何も言わないではできそうにない。だから一度、ウュクス家当主に会う必要がある」


「そんな面倒なことをするくらいなら養子になんてなりたくない」とありありと顔に書いてあるシェーネ。それを隠そうともしない。

 彼女が口を開く前に、グレイスは続けざまに言う。


「君は嫌かもしれないけど、でもね、シェーネ。僕は君に、学校に行ってもらいたいんだ。

 けれどそのためには、戸籍というものがなくちゃいけない。そのためにも、養子になることは必要なんだ」

「学校……?」

「そう、学校。クレド国には、国営の全寮制学校がある。

 ちょうど七歳が初等部の入学年で、春と秋に二回入学試験があるんだ。

 春には間に合わなかったけれど、秋の部を受けることができる。シェーネなら、まず間違いなく受かるよ」

「……学校……ねえ」


 そもそもシェーネは、本音を言えばウラの世界に帰りたかった。

 あそこの食べ物は美味しいし、景色は美しいし、妖精も精霊も優しい。

 子守唄を歌ってもらって、まどろんでいたかった。グレイスに召喚さえされなければ、それが叶ったのだ。

 グレイスはシェーネを召喚したこと自体は悪いと思っていない。むしろ良かったと思っている。

 なぜならシェーネは人間なのだから、オモテの世界で生きるべきだと思っているのだ。

 彼がすまないと思っているのは、シェーネの家族を見つけることができないでいることと、家族の庇護下に返してあげられないでいること。


「もちろん、本当のご両親が見つかったらそちらに返してあげられるようにするし、

 ご両親が平民だったら、君が結婚するまで全面的な援助を惜しまない。

 それが僕の君に対する義務なんだから」


 それはグレイスが勝手に考え出した義務なのだが、シェーネはその点について彼と争う気はなかった。

 オモテの世界で彼女を養ってくれてあるのが、彼であるのは間違いないのだから。

 実は考えるまでもなく、シェーネの選択肢はひとつしかないのだ。力も金もない少女に、保護者に逆らう術はない。


「グレイス様」

「なんだい?」

「言っていることの半分くらいしか意味がわからなかったんですが」

「あ、ああ、すまない。難しい言葉を使いすぎたね」

「でもまあ、いいですよ。わかりました。養子になりましょう」

「本当かい!? よかった、じゃあ早速家に手紙を送ろう!」


 そう言ってグレイスはあっという間に食堂を出て行ってしまった。

 シェーネがもそもそと食事を再開すると、「シェーネちゃん……」とソフィアが気遣わし気に声をかけてくる。


「あのね……どうしても嫌だったら、そう言っても構わないのよ? 私、シェーネちゃんの味方をするわ」

「いやなわけじゃないよ」

「でも」

「ただ、ソフィアと離れるのは寂しいなあ」

「シェーネちゃん……」

『でも、ソフィアにとってはグレイスとふたりきりの生活に戻って幸せなんだろうなあ……。あーちくしょうヘコむ。さよなら俺の初恋』


 シェーネのウラ言葉がわからないソフィアは、彼女を優しく抱きしめてくれた。

 その抱擁の柔らかさといい匂いと胸の柔らかさと胸……とにかく胸を重点的に堪能しながら、彼女になった彼は別れを惜しむのだった。




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