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サクサク読める短編集

地獄には行かせない

作者: 2626
掲載日:2026/06/17

 俺の名前は【鴉】、国王直属の隠密組織【影鳥】の構成員の一人だ。

普段は王宮の園丁のふりをしているが、国のためなら何でも行うし、何であろうとやってみせる。




 俺が表向きの仕事である園丁として、王宮の広大な庭園の花木の剪定をしていた時だった。

「いい加減にしろ!」


 凄まじい怒鳴り声が聞こえたものだから、俺も含めた園丁達全員が驚いて、その声のした方向を見た。

「第三王子殿下……」

見習い園庭の誰かが小さく呟いた。


 ここは庭園なのに、また四阿で何を盛っているんだか。

俺は嫌になったし、こっちこそいい加減にうんざりしてしまった。


 素行が問題まみれの第三王子ジョシュアが服をはだけて、うら若い貴族の娘にまたがろうとして、お付きの者達に必死に止められているところだったのだ。


 「賤しい男爵家の娘の癖に! 高貴な私の相手をすることも出来ないのか!」

「――お許しください、どうかお許しください!」

うずくまって貴族の娘は泣きじゃくっているのに、ジョシュア殿下は怒鳴りつけるのを止めない。

「誰が貴様を貰ってやったと思っているんだ! 有り難く思うなら股を開け!」

絶望したかのように声を上げて彼女は泣いているが、ジョシュア殿下はお付きの者達を振り切って彼女の髪の毛を掴み、数発張り飛ばした。


 ……暴力や諜報活動の訓練を受けた俺でさえ、思わず目を背けたくなった。

ヒッ!と見習い園丁の誰かが小さな悲鳴を上げた。


 ジョシュア殿下は暴力を振るっておきながら、酷く酷く優しい猫なで声で彼女に言う。

「なあ、役立たずの貴族がこの王国に存在して良いとでも思っているのか? 私は王子なんだ。 男爵家を消し去るくらい訳はないと、そのちっぽけな脳みそで理解できていないのか?

だが私は優しい。 貴様にも明後日までの猶予をくれてやる。

感謝の言葉は?」

「あ、あ……」貴族の娘は今にも死にそうな顔色で、戦慄きながらも、ついに口にした。「あ、ありがとう、ございます……」



 その日の夕方。

俺が【影鳥】のリーダー、対外的には馬小屋の清掃人をやっている【梟】とすれ違った時。

「どうした、【鴉】。 顔つきがいつになく険しいが……」

()()殿()()が、また。 確か、あの殿下の婚約者はアルビシャ男爵家の一人娘だったな?」

【梟】は馬の世話をしながら顔をしかめる。

「そうか、そうだったのか。 ……彼女は元々、アルビシャ男爵家の唯一の跡取り娘なのに、見初めた殿下が無理矢理に婚約者に据えたのだ。 ならばもう少し大事にすれば良いのに、アレじゃ扱いは高級娼婦の方がまだマシだろうと思えてしまう……」

「酷いもんだったよ。 よりにもよってここの庭園の四阿で股を開けと脅してさ。 嫌がっているのに暴力を振るって、しかもこれ以上否めば男爵家を潰すと脅していたんだ」

【梟】でさえ一瞬、絶句した。

あの殿下が王族でさえ無ければ、法律の下に裁きを受けさせねばならない所業だからだ。

さもなくば俺達が、王国の秩序を守るために独自に処断しなければならないくらいの。

「……それは。 恐らくは無駄だろうが、俺から陛下に報告しておこう」

「無駄だろうよ。 公妾から生まれたあの殿下を、陛下は溺愛しているだろうが。 それこそアルビシャ男爵の訴えも、王妃殿下や王太子殿下達の度重なる諫言も無視するくらいに」


 そう。

本来ならば公妾から生まれたジョシュア殿下は、王族となるべきでは無かったはずだった。

しかし溺愛する公妾に甘い陛下が、王妃や王太子達の反対を押し切って、勝手に王族にしてしまったのだ。


 生来、ジョシュア殿下は問題児だった。

適切な教育を施し、しかるべき場所にいさせるべきだったのに。


 親が馬鹿だと本当に周りが苦労する。


 「……そうだな。 陛下にご報告しても無駄だろう」

【梟】が珍しく俺の意見に反対しなかったので、俺は不審に思った。

「どうしたんだ? いよいよ俺もお役御免か?」

「いや。 【鴉】になら話しても良いだろう。 ――この国の王は、間もなく代わる」

我らが国の一大事を知らされたのに、『だろうな』という当然の反応を俺はするだけだった。

「むしろ遅いくらいだ。 それで、何時頃に?」

【梟】は小さく頷いて、俺達だけに通用する魔法暗号符丁で告げる。

『半年後には』

『そりゃあ良かった。 俺としても働きがいが出てくるってものだ』




 【梟】から緊急の魔法通信が入ったのは次の日の昼のことだった。

『アルビシャ男爵家令嬢が行方不明になった』



 「まだか!」

ジョシュア殿下は荒れ狂っていた。

花瓶を投げつけて割り、窓ガラスを割り、調度品を破壊してそれでも止まらなくてお付きの者達はあちこちが生傷まみれだった。

「まだミナレアの居場所が分からないのか! この能なし共め!」


 ジョシュア殿下の側に下級女官の振りをして控えていた【(ツグミ)】が、俺の接近に気付いて魔法暗号符丁で通話を始める。

『詳しい情報は?』

『駆け落ちらしい。 一緒に男爵家に仕えていた若い騎士も行方不明なんだそうだ』

『この仕事に私情を挟みたくは無かったけれど。 ……そのまま駆け落ちして幸せになっていて欲しいわ。 アルビシャ男爵は何と?』

『平謝りで気の毒だった。 震えて気絶しそうな顔をしていたが、特に不審な態度は見られなかったよ』

『そう。 ところで、こっちは悪い情報が二つあるの』

『手短に頼む』

『暗殺ギルドで取引があったらしいわ。 例の毒薬を昨晩、誰かが買ったらしいのよ』

『それはマズいな。 だから、【梟】はそっちにかかりきりだったのか。 それで次は?』

『性格を考えれば、案の定だけれど。 ジョシュア殿下がアルビシャ男爵の元に押しかけて、手ずから制裁を下しそうなのよ』


 よく俺達は深いため息をこぼさなかったと思う。


 『……だろうと思っていたよ。 だが少しでも後に延ばしてくれ。 あまりにも男爵が哀れだ』

『分かっているわ。 でも、あまり長くは保たないと思って頂戴』




 結局、あまりにも暴れるジョシュア殿下を誰も止められず。

疲れ切った顔のお付きの者達を引き連れて、夕方にはアルビシャ男爵邸に向かったのだった。



 先ほど、王都の男爵邸に入った時、俺は驚いた。

アルビシャ男爵は造園業で財を成していると聞いていたが、見事なバラ園が広がっていたのだ。

むわりとしたバラの甘い香りが鼻を突く。

バラ園を何気なく見れば、こまめに手入れしているらしく、あちこちのバラの下の土が掘り起こされ、丁寧に追肥された痕があった。




 「――本当に、本当に申し訳もございません!」


しかし、今度は。

初っぱなから土下座でアルビシャ男爵はジョシュア殿下を出迎えた。

「五月蠅い! この役立たずめが!」

ジョシュア殿下はアルビシャ男爵を蹴飛ばして、転がった男爵の胸ぐらを掴んで引きずり起こした。

「なあ? 私が誰が分かっていないのか? 私は第三王子なのだぞ? 賤しい男爵の分際で、賤しい男爵令嬢の分際で、一体何をやっているんだ?」

「……うう、うう……」

痛みと恐怖に顔を歪めていたアルビシャ男爵だったが、息が苦しいのか。

指輪をした手でジョシュア殿下の手に触れたのだった。


 「「!?」」


 突然。

あまりにも突然だった。

ジョシュア殿下は目を見開いたまま卒倒した。


 「で、殿下!?」

「如何されたのですか!?」

お付きの者達が駈け寄ってジョシュア殿下を介抱するが、口から涎を流したまま、白目を剥いていて、不規則に痙攣するきりだった。


 慌てて王宮仕えの侍医が呼ばれたが、しばらく診察してから首を左右に振った。

「恐らくですが、激高なさった拍子に頭の中の血管が切れたのでしょう。 もはや我らにお助けする手立てはございません……」



 「おい」

ジョシュア殿下が王宮に搬送されてから、俺はアルビシャ男爵に話しかけた。

既に【梟】や【鶫】も揃っている。

「どうしてジョシュア殿下を殺した?」

しばらくアルビシャ男爵は指輪をした手をさすっていたが、ややあって指輪を外した。

その指輪を俺は受け取って確認する。


 ……間違いない。

これは細い針が仕込まれた、暗殺用の指輪だ。


 「一つだけ、質問にお答えするその前に教えてください。 どうして私が殿下を殺すのを止めなかったのですか?」

男爵はいっそ穏やかなくらいの声で話し出した。

俺は答えてやる。

「新たな時代に殿下の存在は必要では無いからだ」

そうですか、と男爵は遠い目をして頷いた。


 「……私の娘は死にました。 自らです。 昨晩、見つけた時には手遅れでした……」

「その復讐か」

「はい。 私にはもう妻も、他に家族もいませんでしたから」

「貴様が毒薬を買ったのか」

「ええ。 ですが正確に言いますと私ではありません。 ハロルドです。 十年前に貧民街で泣いていた孤児を私共が引き取って、騎士として育てたのです。 優秀な男でした。 本来ならばあのままミナレアと添い遂げて、この男爵家を継いでくれるものとばかり思っていました……」

「この毒薬は高価だ。 買う大金は無いのにどうやった」

「ハロルドは、闇ギルドのギルドマスターの異母弟だったのですよ。 もっとも、それを私が知ったのは――昨晩、ミナレアの亡骸を見つけた後のことでした」


 男爵は微笑んで、胸元から遺書と思しき一通の手紙を取り出した。

【鶫】が内容を検めると、ジョシュア殿下に脅されて絶望したことで死を選ぶことと、家族やハロルドに詫びている文面が半々の内容だったそうだ。


 「……貴族なんて辞めてしまえば良かった。 国外なり何処へなり逃げてしまえば良かった。 そうすれば私はたった一人の娘と未来の婿を失わずに済んだのに」


 ふと、男爵は夜の闇の下に広がる美しいバラ園を見やった。

きっとあのバラの花の下には、彼らの愛する者が眠っているのだろう。

今度こそ何者にも妨げられぬように一つになって、永久に――。


 「ハロルドも毒薬を買ってきた後で娘の後を追いました。 でも、女神様の教えで、自ら死ぬことと人殺しは大罪。 神官様に聞いた所によりますと、永遠の地獄に堕ちるそうですね。

ええ、だから私はジョシュア殿下を殺しました。 私も人殺しをすれば、死んだ後には娘達と一緒にいられる。

邪魔なジョシュア殿下だけは()()()()()()()()()ために、私は殺したのですよ」

ナイトバーズ集合!


オウル!

レイヴン!

スラッシュ!


かっこいい!

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