猛暑の中の断水は地獄すぎる!
【作者より】
本作品は「酷暑日」という言葉が出てくる前……今からちょうど一年くらい前のお話です。
※ 拙作は武 頼庵(藤谷 K介)さま主催の「みずに纏わる物語企画」に参加させていただいた作品です。
「――くれぐれもお嬢様からの無茶振りは断るように。よろしいですね?」
「「はい!」」
「私はこれで……」
来栖 直は「……失礼します」と言うべきところをふぁぁ……と欠伸をした。
彼はいやいや、この場面でこれは違うと首を振る。
そんな来栖を見て物珍しそうに見ていた使用人たちが視界に入ってきた。
「先ほどは大変申し訳ございません。本日も暑くなるので、熱中症にご注意ください。では、お先に失礼いたします」
「「お疲れ様でした」」
昨夜は泊まり番だった彼。
思いもよらない富永家の執事らしからぬ行動に他の使用人たちに苦笑されながら自室に向かった。
「……暑っ……」
部屋に着くとエアコンの電源が切っていたこともあり、もわぁとした暑い空気が流れている。
昨夜は熱帯夜だったらしく、朝から雲一つない快晴。
彼の主人である富永 有紗を見送った時と同じような空気。
普段、来栖は住み込みで富永家の屋敷内にいる。
短時間の外出の時はつけたまま、遠出する時や執務に入る前はエアコンのタイマーを戻ってくる約三十分前にセットして退室するが、その日はセットし忘れてしまったので、すぐにエアコンの電源を入れた。
「まずはシャワーでも浴びるか……」
これが地獄の始まりだった――
◆◇◆
彼はいつも通り、脱衣室へ。
着替えは脱衣室の引き出しに下着類の予備が入っており、棚にはタオル類がきちんと畳んで置いてある。
何も知らずにシャツや下着類を洗濯機の中に放り込んだ。
服を着ると着痩せしやすいせいか華奢に見えることが多いが、実は引き締まった身体つきの持ち主。(注・ご想像にお任せします)
来栖 直。バスタオルで身体を隠し、いざ、浴室へ――
「ん?」
彼は首を傾げる。
何故ならば、レバーを動かすもシャワーヘッドから水が出ないから。
「え?」
レバーを何度も動かしても水が出てこない。
「な、何故だ!?」
来栖は昨夜、執務の合間にトイレに数回行ったが、水は流れていた。
今朝、富永家の三人分の朝食を作ったり、食後の後片付けをしていた時も――
昨日の夜から今まで彼の中で水が止まるような行為をした覚えはない。
何故、水が出てこないんだと焦る。
彼はふと気が付いたことがある。
それは本日の最高気温のこと。
本日の最高気温は四十度まで上がることを有紗とメイドが話していたことを耳にしたことを思い出した……というか思い出してしまったのだ。
四十度。
所謂、三十五度を越える猛烈な暑さ――
「こ、これは地獄ではないか……」
ここ数日は猛暑日。
よりによって本日の最高気温は四十度。
そして、浴室には普段は冷静だが、絶賛パニック中の来栖 直。
「た、確か……バスタブの中に溜まり湯が入っているはず……」
非常時のために溜めておいたバスタブの中に溜まり湯が入っているという淡い期待を込めて……
その頃、部屋の外から「来栖さーん!」と呼ばれていたことを彼は知らない――
◆◇◆
同じ頃、有紗の母親である富永 まどかの専属執事である杉山が未開封の段ボールに入った二リットル入りのペットボトルの水をいくつか台車に積み、休みの使用人に届けていた。
「来栖さーん!」
彼は来栖がシャワーを浴びようとして、パニック状態になっていることは当然ながら知らない。
「あれ? 返事がないなぁ。部屋の前に置いておくか……」
よいしょと段ボールを扉の右側に置く。
おそらく疲れて休んでいて事情が分からないだろうと置き手紙も添えて――
◆◇◆
「……よかった……入っていた」
幸いにもバスタブには溜まり湯が半分ほど入っていたのだ。
「え?」
そこから少し逆算してみる。
生活用水としての使用となるが、トイレ程度ならなんとかなりそうだが、止められている期間が長期化すると溜まり湯は底をつく。
そうなると、現在は軽く身体を拭く程度の量しかないのだ。
一晩中、働いてきた身体には物足りないが、こればかりは仕方がない。
「烏の行水くらいしか使えないではないか……事前にボディシートや携帯トイレくらいは用意しておくべきだった……」
ぶつぶつ言いながらバスタブから洗面器一杯分の溜まり湯を掬い、棚からフェイスタオルを取り出した。
それを濡らし、身体を拭いて服を着ていく。
洗濯機は回せないため、七分シャツにスラックスを着用し、なくなく脱衣室から出た。
部屋の中はもわぁとした空気から涼しい空気になっている。
「これはなんだ?」
部屋の扉と壁の隙間に紙が差し込まれていた。
差出人は杉山で急いで書いていたのか殴り書きの置き手紙だ。
『来栖さんへ
昨夜は泊まり番業務、お疲れ様でした。
現在水質調査のため、断水しています。
未開封の段ボールの中に二リットルのペットボトルの水が六本入っていますので、ご飯を炊く時や飲み水などに使ってください! すぎやま』
水質調査のため、断水しています。
すいしつちょうさのため、だんすいしています。
スイシツチョウサノタメ、ダンスイシテイマス。――
「……俺は……俺は……」
来栖の手がぷるぷると震え出す。
そう。彼は杉山のおかげでようやく水が出ない理由を知ったのだから。
今の来栖の頭の中では『水質調査のため、断水しています』という言葉が無限に繰り返されている。
そして、紙をぐしゃぐしゃと丸め、ゴミ箱へ投げ捨てる。
「俺、そのような話は知らない!!」
それは当然だ。
杉山が慌ただしく、台車を押して水が入っている段ボールを届けに部屋を回っている頃、来栖は浴室でパニック状態になっていたのだから。
「やはり水は重要だな。幸いにも今日は依頼が入っていなくてよかったが……もし入っていたらさらに地獄を見ることになっただろうしな……」
彼は部屋の前に置いてあった段ボールをしまい、改めて水のありがたさを感じたのであった。
◆◇◆
その日の夕方に水質調査が終了し、通常通り水道が使えるようになり、来栖は通常通り洗濯や入浴を
済ませました。
最後までご覧いただきありがとうございました。
2026/08/22 本投稿
2026/08/23 誤字修正・企画参加に伴い、前書き欄追記




