エピローグ 時の旅路
第一部 暁の国にて
五年の月日が、流れた。
ヴァレンティア共和国は、かつてないほどの繁栄を迎えていた。街には笑い声が溢れ、市場は活気に満ちている。
*
議事堂の大広間。
共和国建国五周年を祝う式典が、開かれていた。
議員たち、各国の大使たち、そして多くの市民たちが、集まっている。シャンデリアの光が、華やかに広間を照らしている。
「ヴァレンティア共和国万歳!」
「平和万歳!」
歓声が、広間を満たしていた。
*
壇上には、一人の青年が立っていた。
黒髪、黒い瞳。
五年の歳月は、彼を少年から青年へと成長させていた。しかし、その目には、穏やかな光と、強い意志が変わらず宿っている。
シオン・アーデン。
ヴァレンティア共和国の議長。
建国以来、この国を導いてきたリーダーだった。
「皆さん」
シオンは、群衆に向かって語りかけた。声は落ち着いているが、力強さがある。
「今日、私たちは五年目を迎えました。この五年間、皆さんの努力のおかげで、この国は大きく成長しました」
拍手が、広間に響いた。
「これからも、共に歩んでいきましょう。より良い未来へ向かって」
*
式典の後、シオンは議事堂の庭を歩いていた。
隣には、一人の女性がいた。
黒髪を美しく結い上げ、品の良い着物を纏っている。かつての少女は、凛とした美しさを持つ女性へと成長していた。
ティア。
シオンの妻だった。
「今日も、大変だったわね」
「ああ……でも、いい式典だった」
「そうね」
ティアは、シオンの腕に手を回した。
「あなたは、立派な議長になったわ」
「ティアのおかげだよ」
「何言ってるの。あなたの努力の結果よ」
二人は、微笑み合った。五年の歳月を経ても、変わらない絆。
*
「シオン! ティア!」
声が聞こえた。
振り向くと、リアムが歩いてきた。
立派な商人の衣装を纏っている。かつての痩せぎすな少年は、堂々とした青年に成長していた。
「リアム。来てくれたのか」
「当然だろ。親友の晴れ舞台だからな」
リアムは、シオンの肩を叩いた。
「議長殿、今日の式典は見事だったぜ」
「よせよ、議長殿なんて」
「冗談だ。いつまでも、俺たちは友達だからな」
三人は、笑い合った。幼い頃と同じように。
*
「リアム。商売の方は、どうだ」
「順調だ。共和国と故郷を結ぶ交易路は、大繁盛さ」
リアムは、誇らしげに言った。
「俺の夢——この国と故郷の架け橋になるという夢は、叶いつつある」
「すごいな、リアム」
「お前たちのおかげだ。共和国が平和になったから、交易ができる」
リアムは、シオンとティアを見た。
「お前たちが、この平和を守ってくれているからだ」
「大げさだよ」
「大げさじゃない。俺は、お前たちを尊敬している」
*
その夜。
シオンは、自室の窓から夜空を見上げていた。
「祖父様……」
シオンは、懐中時計を握りしめた。金色の蓋が、月明かりに輝いている。
「五年が経ちました。ヴァレンティア共和国は、順調です」
星が、瞬いていた。無数の光が、夜空を飾っている。
「ティアも、リアムも、みんな元気です」
シオンは、微笑んだ。
「祖父様の教えを、僕は守っています。これからも——」
風が、吹いた。
温かい、優しい風だった。
「見守っていてください……祖父様……」
* * *
第二部 時の狭間にて
無の世界。
時の流れを感じない、白い空間。どこまでも白く、始まりも終わりもない場所。
そこに——一人の老人が、佇んでいた。
*
ソロン・アーデン。
かつての大賢者。
今は——「門の番人」と呼ばれる存在。
ソロンは、虚空を見つめていた。白い空間の中に、かすかな映像が浮かんでいる。
シオンが、ティアやリアムと笑い合っている姿。
「立派になったな……お前は……」
ソロンの目が、優しく細められた。孫の成長を見守る、祖父の目。
*
「相変わらず、あの子を見ているのか」
声が響いた。
低く、重い声。しかし——かつてのような憎悪は、感じられなかった。
「クロノス」
ソロンは、振り向いた。
そこに——巨大な影が、佇んでいた。
かつて「時の破壊者」と呼ばれた神。
クロノス・アビサル。
「孫の成長を見るのは、祖父として当然のことだ」
「ふん……人間の情というものは、よくわからん」
クロノスは、そう言いながらも——ソロンの隣に来た。
「見せてみろ」
*
白い空間に、映像が広がった。
ヴァレンティア共和国の建国五周年式典。シオンが、壇上で演説している。
「あの小僧が、国を率いているのか」
「ああ。立派な指導者になった」
「ふん……」
クロノスは、しばらく映像を見つめていた。
「……あの時、殺しておけば良かったな」
「またその話か」
ソロンは、苦笑した。
「もう何百回目だ、その言葉は」
「言いたいことは言う。それが私だ」
*
五年の歳月が、流れた。
いや——この無の世界では、時間という概念は曖昧だ。五年かもしれないし、五百年かもしれない。五分かもしれない。
しかし、ソロンとクロノスは——ずっと、この場所にいた。
「なあ、クロノス」
ソロンが言った。
「お前は——後悔しているか」
「後悔?」
「人間への復讐を企てたことを」
*
クロノスは、しばらく沈黙した。
そして——
「……知らん」
「知らん、か」
「後悔という感情が、どういうものか——私にはよくわからん」
クロノスの声は、静かだった。
「ただ——」
「ただ?」
「今は、悪くない気分だ」
*
ソロンは、驚いた顔をした。
「お前の口から、そんな言葉が出るとはな」
「言っておくが——お前のおかげではない」
「そうか」
「ただ……一人ではなくなった。それだけだ」
クロノスは、虚空を見つめた。
「何千年もの間、封印の中で、一人で過ごした。憎しみだけが、私の友だった」
「……」
「しかし今——お前という、奇妙な話し相手がいる」
クロノスは、ソロンを見た。
「悪くない」
*
ソロンは、微笑んだ。
「お前も——変わったな。クロノス」
「変わったと言うな。不愉快だ」
「しかし、事実だ」
「……ふん」
クロノスは、そっぽを向いた。
しかし——その姿には、かつての禍々しさはなかった。
*
「なあ、クロノス」
ソロンが言った。
「私たちは——どこへ向かうのだろう」
「どこへ……?」
「この無の世界で、これから何をするのか。どこへ行くのか」
クロノスは、しばらく考えた。
「……知らん。考えたこともない」
「そうか」
*
「しかし——」
クロノスが言った。
「この世界の外には、数多の世界がある」
「数多の世界……」
「私は、かつて時の神だった。あらゆる世界の時を、見てきた」
クロノスの目が、遠くを見つめた。
「美しい世界もあれば、醜い世界もある。面白い世界もあれば、退屈な世界もある」
「……」
「暇つぶしに——見て回るのも、悪くないかもしれん」
*
ソロンは、微笑んだ。
「旅をする、ということか」
「旅……そう呼ぶなら、そうだ」
「悪くないな」
ソロンは、虚空を見つめた。
「私も——まだ見たことのない世界を、見てみたい」
「ほう……人間にしては、悪くない考えだ」
「お前と一緒に旅をするのは——退屈しなさそうだ」
「当然だ。私は時の神だぞ。退屈な旅などさせん」
*
二人は、しばらく沈黙した。
白い空間に、静寂が流れた。
「なあ、ソロン」
クロノスが言った。
「何だ」
「お前は——後悔していないのか」
「後悔?」
「あの世界を離れ、孫と別れたことを」
*
ソロンは、微笑んだ。
「後悔していない」
「なぜだ」
「シオンは——立派に育った。私がいなくても、大丈夫だ」
ソロンは、虚空に浮かぶ映像を見つめた。
「それに——私は、ここから見守ることができる」
「……」
「シオンが幸せなら——私も、幸せだ」
*
「ふん……人間の情というものは、よくわからん」
クロノスは、そう言った。
しかし——その声は、どこか優しかった。
「さあ、行くか」
クロノスが言った。
「旅の始まりだ」
「ああ」
ソロンは、頷いた。
「新しい世界へ」
*
白い空間の中に、門が現れた。
様々な世界へと続く、時の門。光り輝く門が、二人を招いている。
ソロンは、門を見上げた。
「シオン……」
ソロンは、心の中で呟いた。
「私は——これから、新しい旅に出る」
門が、光を放った。
「いつか——また、会おう」
*
ソロンとクロノスは、門をくぐった。
未知の世界へ。
新しい旅路へ。
* * *
時は流れ、世界は変わっていく。
しかし、人と人との絆は——時を超えて、続いていく。
シオンは、ヴァレンティア共和国で、平和を守り続けた。
ソロンは、無限の世界を、旅し続けた。
離れていても、二人の心は——いつも、繋がっていた。
それが——時を超える、本当の力。
クロノス・クロニクル 〜暁の継承者〜 完
お読みいただきありがとうございます。
「クロノス・クロニクル」、いかがでしたでしょうか。
ついに完結です。
長いお話になってしまいましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。
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