第四十章 未来への一歩
ヴァレンティア共和国が誕生して、三ヶ月が経った。
新しい国は、着実に歩み始めていた。街には活気が戻り、人々の顔には笑顔が増えた。
*
議事堂の執務室。
大きな窓から、首都の街並みが見える。かつての王都は、少しずつ変わりつつあった。
シオンは、書類に目を通していた。羊皮紙の束が、机の上に積み上げられている。
「議長」
フリードリヒが、部屋に入ってきた。
「フリードリヒか。どうした」
「近隣諸国との和平交渉の報告だ」
フリードリヒは、書類を差し出した。
「西の王国、南の公国、東の連邦——すべての国と、和平条約の締結が完了した」
シオンは、書類を受け取った。震える手で、一枚一枚を確認する。
「ついに……すべての国と……」
「ああ。ヴァレンティア共和国は、もう孤立していない。かつての帝国が犯した罪は大きいが——新しい国として、信頼を勝ち取りつつある」
*
シオンは、書類を読み終えた。
そして、深い息をついた。胸の奥から、安堵が溢れてくる。
「フリードリヒ。ありがとう」
「お前こそ。議長として、よくやっている」
「僕だけの力じゃない。君やリアム、みんなの力だ」
フリードリヒは、窓の外を見た。街を行き交う人々が、小さく見える。
「一年前は——こんな未来が来るとは、思わなかった」
「僕もだ」
「父上が亡くなり、帝国は混乱していた。近隣諸国は、我々を敵視していた。当然だ——父上は、多くの国を傷つけた」
フリードリヒは、シオンを見た。
「しかし今——ヴァレンティア共和国は、平和への道を歩んでいる」
「ああ」
「お前たちのおかげだ」
*
学院。
かつてとは、雰囲気が変わっていた。
「留学生」という言葉は、もう使われていない。共和国の生徒も、他国からの生徒も、平等に学んでいる。笑い声が、廊下に響いている。
「シオン先輩!」
後輩の生徒が、シオンに声をかけた。
「今日の講義、ありがとうございました!」
「いや、僕の話なんて——」
「すごく面白かったです! 時の秘術のこと、もっと教えてください!」
シオンは、苦笑した。
「また今度な」
*
シオンは、学院の時の秘術の講師も務めていた。
議長の職務の合間に、週に一度、生徒たちに教えている。
「シオン先生は、人気だね」
ティアが、からかうように言った。木陰で、シオンを待っていたようだ。
「先生なんて呼ばれると、くすぐったいよ」
「でも、似合ってるわよ。教えるの、上手だもの。祖父様——ソロン様の教え方を、受け継いでるみたい」
「そうかな……」
「祖父様——ソロン様も、きっと喜んでる」
シオンは、空を見上げた。青い空に、白い雲が流れていく。
「……そうだといいな」
*
学院の中庭。
シオン、ティア、リアムの三人が、ベンチに座っていた。木漏れ日が、三人の顔を照らしている。
「一年か……」
リアムが呟いた。
「クロノスとの戦いから、あっという間だったな」
「ああ……」
シオンが言った。
「色々なことがあった」
「クロノスとの戦い、共和国の建国、和平交渉……」
ティアが言った。
「休む暇もなかったわね」
「でも——」
リアムは、空を見上げた。鳥が、空を横切っていく。
「充実していた」
*
「なあ、覚えてるか」
リアムが言った。
「幼い頃、秘境で冒険した時のこと」
「覚えてるよ」
シオンが言った。
「三人で、魔物を倒したんだよな。あの時は、本当に怖かった」
「あの時、約束したよね」
ティアが言った。懐かしそうに、目を細める。
「大人になったら、また一緒に冒険しようって」
「ああ……」
三人は、しばらく黙っていた。風が吹き、木の葉が囁くように揺れる。
「あの約束——」
シオンが言った。
「果たせたかな」
*
「果たせたと思うぜ」
リアムが言った。
「俺たちは、一緒に冒険した。クロノスという、最大の敵と戦った」
「……」
「そして、勝った。世界を救った」
リアムは、シオンとティアを見た。
「これ以上の冒険は、ないだろ」
ティアは、笑った。
「そうね。子供の頃に想像した冒険より、ずっとすごいことをしたわ」
シオンも、微笑んだ。
「そうだな……」
*
「でも——」
シオンは言った。
「冒険は、終わりじゃない」
「え?」
「これからも、やることはたくさんある」
シオンは、二人を見た。
「ヴァレンティア共和国は、まだ生まれたばかりだ。これからが、本当の始まりだ」
「……」
「それに——」
シオンは、空を見上げた。
「祖父様が守ってくれたこの世界を、もっと良い場所にしたい」
*
「シオン……」
ティアが言った。
「相変わらず、真面目だね」
「悪いか」
「悪くないわよ。むしろ——」
ティアは、シオンの手を握った。
「そういうところが、好きなの」
シオンの顔が、赤くなった。
「ティア……」
リアムは、苦笑した。
「おいおい、俺の前でイチャイチャするなよ」
「イ、イチャイチャなんてしてない!」
「してるだろ。どう見ても」
*
三人は、笑い合った。
幼い頃と、同じように。秘境で冒険した時と、同じように。
「なあ——」
リアムが言った。
「また、約束しないか」
「約束?」
「これからも、三人で一緒にいよう。どんなことがあっても」
シオンとティアは、顔を見合わせた。
そして——
「もちろんだ」
シオンが言った。
「当然よ」
ティアが言った。
リアムは、満足そうに頷いた。
「よし。約束だ」
*
三人は、手を重ねた。
幼い頃、秘境で約束した時と同じように。
「これからも、一緒に」
「どんなことがあっても」
「ずっと、仲間だ」
三人の声が、重なった。
風が、吹いた。
心地よい、春の風だった。
*
夕暮れ。
シオンは、学院の屋上に立っていた。
ティアとリアムは、先に帰っていた。
シオンは、一人で夕日を見つめていた。茜色の光が、街を染めている。
「祖父様……」
シオンは、懐中時計を取り出した。
ソロンから受け継いだ、大切な形見。金色の蓋に、陽光の刻印が刻まれている。
「僕は、元気にやっています」
*
夕日が、空を赤く染めていた。
「ヴァレンティア共和国は、順調に歩み始めました。近隣諸国とも、和解しました」
シオンは、微笑んだ。
「ティアも、リアムも、みんな元気です」
「……」
「祖父様の教えを胸に、僕は——これからも、頑張ります」
風が、吹いた。
温かい風だった。
まるで、ソロンがシオンを抱きしめているかのようだった。
*
「シオン」
声が聞こえた。
ティアが、屋上に上がってきた。
「まだ、いたの」
「ああ……少し、祖父様と話していた」
「そう……」
ティアは、シオンの隣に立った。
「きれいな夕日ね」
「ああ……」
二人は、しばらく夕日を見つめていた。言葉はなくても、心は通じ合っていた。
*
「シオン」
ティアが言った。
「これからも、一緒にいてね」
「当然だ」
「どんなことがあっても」
「ああ」
シオンは、ティアの手を握った。
「僕は——ティアと一緒に、未来を歩きたい」
ティアは、微笑んだ。
「私も」
二人は、手を繋いだまま、沈む夕日を見つめていた。
*
夜空に、星が瞬き始めた。
シオンは、星を見上げた。
「新しい時代が、始まった」
シオンは呟いた。
「ヴァレンティア共和国という、希望の国が」
しかし、シオンは知っていた。
平和は、守らなければならないものだと。
だから——
「僕は、この平和を守る。祖父様が守ってくれたように」
シオンは、決意を新たにした。
そして、ティアと共に、屋上を後にした。
未来への一歩を、踏み出すために。
第四十章 了
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