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第三十七章 留学生たちの選択

王宮の一室。


 留学生——かつて人質として連れてこられた若者たちが、集まっていた。


 リアム、トーマ、そして他にも十数名。様々な国の出身者が、一堂に会している。


 皆、緊張した面持ちで座っている。長年の監禁から解放されるかもしれないという期待と、不安が入り混じった表情。


「皆に、正式に伝える」


 フリードリヒが、入ってきた。


「本日をもって、留学生制度は廃止される。皆は、自由だ」



              *



 ざわめきが、部屋を満たした。


「自由……?」


「本当に……帰れるのか……」


「故郷に……」


 フリードリヒは、頷いた。


「望む者は、今日にでも故郷に帰ることができる。旅費は、帝国が負担する」


 留学生たちの目に、涙が浮かんだ。


「しかし——」


 フリードリヒは、続けた。


「帝国に残りたい者は、残ることもできる。学院での学業を続けたい者、帝国で働きたい者——選択は、自由だ」



              *



 集会が終わった後、リアムとトーマは庭を歩いていた。春の風が、木々の葉を揺らしている。


「トーマ。お前は、どうする」


「俺か……」


 トーマは、空を見上げた。青い空が、どこまでも広がっている。


「正直、迷ってる」


「迷ってる?」


「故郷には、家族がいる。両親も、妹も……何年も会っていない」


 トーマの声が、震えた。


「会いたい。すぐにでも、帰りたい」


「……」


「でも——」


 トーマは、リアムを見た。


「ここにも、大切なものができた」



              *



「リアム。お前と出会えて、よかった」


 トーマは言った。


「最初は——正直、お前のこと、あまり好きじゃなかった」


「知ってる」リアムは苦笑した。


「生意気で、口が達者で、腹が立つ奴だと思ってた」


「ひどいな」


「でも、一緒にいるうちに——お前が、本当は優しい奴だってわかった」


 トーマは、リアムの肩を叩いた。


「お前は、俺の親友だ。リアム」


「トーマ……」


 リアムも、トーマの肩を叩いた。


「お前もな」



              *



「で、お前はどうするんだ。リアム」


「俺か……」


 リアムは、しばらく黙っていた。


「俺は——残る」


「残る?」


「帝国に」


 トーマは、驚いた。


「故郷には、帰らないのか」


「いつかは帰る。でも、今じゃない」


 リアムは、王宮を見上げた。


「俺には、やりたいことがある」



              *



「やりたいこと?」


「帝国と故郷の、架け橋になりたい」


 リアムは言った。


「帝国は、長い間、近隣諸国を侵略してきた。俺の故郷も、その被害を受けた」


「……」


「でも、今——帝国は変わろうとしている。フリードリヒは、本気で平和を望んでいる」


 リアムの目が、輝いた。


「俺は、その変化を手伝いたい。帝国と故郷の間に、橋を架けたいんだ」


「リアム……」


「だから、残る。ここで、学び続ける。そして——いつか、両国の平和のために働く」



              *



 トーマは、しばらくリアムを見つめていた。


 そして——


「……お前、本当にすごい奴だな」


「何がだ」


「俺は、故郷のことしか考えてなかった。でも、お前は——もっと大きなことを考えてる」


「大げさだ」


「大げさじゃない」


 トーマは、真剣な顔で言った。


「俺も——残ろうかな」


「え?」


「お前の手伝いをしたい。俺にも、できることがあるかもしれない」



              *



「でも、家族は——」


「手紙を書く。事情を説明すれば、きっとわかってくれる」


 トーマは、微笑んだ。


「俺の国も、帝国に侵略された。だから——帝国が本当に変わるのか、見届けたい」


「トーマ……」


「それに——」


 トーマは、リアムの肩を組んだ。


「お前一人を、ここに残していけないだろ。親友なんだから」


 リアムは、笑った。


「……ありがとう、トーマ」


「礼を言うな。気持ち悪い」


 二人は、笑い合った。



              *



 その日の午後。


 留学生たちは、それぞれの選択をした。


 故郷に帰る者——八名。


 帝国に残る者——七名。


 ほぼ半々だった。


「意外だな」


 シオンが言った。


「こんなに多くの人が、残るとは思わなかった」


「みんな、それぞれの理由があるんだろう」リアムが言った。


「学業を続けたい者、帝国で働きたい者、恋人ができた者……」


「恋人?」


「何人かは、帝国の人と——な」


 リアムは、にやりと笑った。


「愛は、国境を越えるってやつだ」



              *



 故郷に帰る留学生たちの、出発の日が来た。


 王宮の門前に、馬車が並んでいた。


「みんな……元気でな」


 リアムが、帰る者たちに声をかけた。


「リアムも、元気で」


「いつか、会いに行くからな」


「待ってるよ」


 握手を交わし、抱擁を交わし、別れを惜しんだ。


 そして——


 馬車が、出発した。



              *



「行ったな……」


 トーマが呟いた。


「ああ……」


 リアムは、遠ざかる馬車を見送っていた。


「俺も、いつかは帰る。故郷に」


「そうだな」


「でも、今は——ここでやるべきことがある」


 リアムは、シオンを見た。


「シオン。俺を、帝国の再建に加えてくれ」


「リアム……」


「俺は商人の息子だ。交渉や、貿易のことなら、少しは役に立てる」


 シオンは、微笑んだ。


「もちろんだ。一緒にやろう」



              *



 その夜。


 リアムは、故郷の父に手紙を書いていた。


「父上へ


 お元気ですか。リアムです。


 帝国で、大きな変化がありました。先の国王は亡くなり、新しい統治者が即位しました。


 新しい統治者——フリードリヒ様は、圧政を廃止し、平和を望んでいます。


 留学生制度も廃止され、私たちは自由になりました。


 しかし、私は——すぐには帰りません。


 帝国に残り、帝国と故郷の架け橋になりたいと思っています。


 父上には、心配をかけて申し訳ありません。


 でも、これが私の選んだ道です。


 いつか、必ず帰ります。


 その時は、両国の平和のために働く者として、胸を張って帰りたいと思います。


 どうか、お体を大切に。


 母上にも、よろしくお伝えください。


                            リアムより」



              *



 リアムは、手紙を封筒に入れた。


 そして、窓の外を見た。


 星が、瞬いていた。故郷と同じ星空。


「父上……母上……」


 リアムは、故郷の方角を見つめた。


「俺は、ここで頑張ります。だから——見守っていてください」


 風が、吹いた。


 故郷の風と、同じ匂いがした気がした。


 リアムは、微笑んだ。


 そして、新しい一歩を踏み出す決意を、固めた。



              *



 翌朝。


 リアムは、シオン、ティアと共に、王宮に向かっていた。


「今日から、正式に帝国の再建に参加するんだな」


 シオンが言った。


「ああ。俺にできることは限られてるけど——」


「限られてなんかない」


 ティアが言った。


「あんたは、商人の息子でしょ。交渉とか、人を説得するのは得意じゃない」


「まあ、口は達者だからな」


「自分で言うな」


 三人は、笑い合った。


「さあ、行こう」


 シオンが言った。


「新しい国を、作るために」


 リアムとティアは、頷いた。


 そして、三人は王宮の門をくぐった。


 新しい時代の、幕開けだった。



                                   第三十七章 了

お読みいただきありがとうございます。

「クロノス・クロニクル」、いかがでしたでしょうか。


完結まで毎日18時に更新予定です!


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