第三十五章 暁の光
光が、消えた。
クロノスとソロンが消えた場所には、何も残っていなかった。空間の裂け目は閉じ、夜空だけがそこにある。
ただ、静寂だけがあった。
「祖父様……」
シオンは、空を見上げていた。
涙が、頬を伝って落ちていく。止めることができない。止める気もなかった。
「祖父様……祖父様……!」
シオンは、膝から崩れ落ちた。
*
ティアが、シオンの傍に駆け寄った。
「シオン……」
シオンは、地面に手をついて泣いていた。嗚咽が体を震わせ、言葉にならない声が漏れている。
「僕のせいだ……僕がクロノスを復活させたから……祖父様は……」
「シオン、違う……」
「違わない……! 僕が力を使わなければ……砂時計は壊れなかった……祖父様は……」
シオンの声が、嗚咽で途切れた。
ティアは、シオンを抱きしめた。両腕で包み込むように。何も言わず、ただそこにいることを伝えるように。
「……泣いていいよ……今は、泣いていい……」
シオンは、ティアの胸で泣き続けた。
*
空が、明るくなり始めていた。
黒い雲が、消えていく。まるで悪夢から覚めるように、闇が薄れていく。
東の空から、光が差し込んできた。
暁の光。
夜が、終わろうとしていた。
「……見て、シオン……」
ティアが、空を指さした。
「夜明けだよ……」
シオンは、涙で滲んだ目で空を見上げた。
朝日が、昇っていた。
金色の光が、世界を照らしていた。破壊された学院も、倒れた木々も、すべてを包み込む温かな光。
*
リアムが、近づいてきた。
「シオン……」
「リアム……」
「クロノスは……消えたのか……」
「ああ……祖父様と一緒に……異世界に……」
リアムは、シオンの肩に手を置いた。
「ソロン様は……英雄だ。世界を救った」
「……」
「悲しむのは当然だ。でも、ソロン様の犠牲を無駄にしちゃいけない」
シオンは、リアムを見つめた。
「リアム……」
「俺たちには、まだやるべきことがある。そうだろ?」
*
エリカ、ハンス、ルイーザが歩いてきた。それぞれが傷を負い、疲労の色を浮かべている。しかし、その目には安堵の光があった。
「シオンくん……」エリカが言った。「クロノスは、本当に消えたわ。もう、この世界に脅威はない」
「ソロン様のおかげだ……」ハンスが言った。
ルイーザは、空を見上げていた。銀色の髪が朝日を受けて輝いている。
「……クロノスの気配は、完全に消えている……もう、戻ってくることはないわ……」
シオンは、深く息を吸った。冷たい朝の空気が、肺を満たしていく。
「……祖父様……」
*
トーマス長老が、戦士たちに支えられながら近づいてきた。
「シオン殿……」
「長老……! 大丈夫ですか……」
「わしは大丈夫だ。それより——」
長老は、深く頭を下げた。白い髭が地面に触れるほどに。
「ソロン様の犠牲に、心から感謝と哀悼の意を表する」
戦士たちも、一斉に頭を下げた。黒い装束の波が、シオンの前に広がる。
「ソロン様は、我らの恩人だ。その名は、ミストリアで永遠に語り継がれるだろう」
シオンは、涙を拭いた。
「……ありがとうございます、長老……」
*
フェリアが、ティアに支えられながら立っていた。
「母様……傷は……」
「大丈夫。かすり傷だ」
フェリアは、シオンを見つめた。
「シオン殿。ソロン様は、お前を守るために戦った。お前が悲しむのは当然だが——」
フェリアの目が、優しくなった。
「ソロン様は、きっと満足していた。お前を守れたことを、誇りに思っていたはずだ」
「フェリアさん……」
「生きろ、シオン殿。それが、ソロン様への最大の恩返しだ」
シオンは、頷いた。
「……はい……」
*
空が、完全に明るくなった。
朝日が、学院を照らしていた。
破壊された建物、倒れた木々、散乱した瓦礫。戦いの傷跡が、至る所に残っていた。
しかし——
空は、澄み渡っていた。雲一つない青空が、どこまでも続いている。
風は、穏やかに吹いていた。草花を揺らし、木々のざわめきを運んでくる。
世界は、平和を取り戻していた。
*
シオンは、立ち上がった。
涙を拭い、空を見上げた。
「祖父様……」
シオンは、心の中で語りかけた。
「僕は、生きます。強く生きます」
風が、シオンの髪を揺らした。まるで返事をするように。
「祖父様が守ってくれたこの世界で、僕は——」
シオンは、仲間たちを見回した。
「——みんなと一緒に、生きていきます」
*
その時——
シオンのポケットで、何かが光った。
懐中時計だった。
ソロンとの繋がりを示す「印」が、淡く輝いていた。
「……祖父様……?」
シオンは、懐中時計を取り出した。
光は、すぐに消えた。
しかし——
シオンには、何かが伝わった気がした。
言葉ではない、何か。
温かい、何か。
まるで、「大丈夫だ」と言ってもらえたような気がした。
「……祖父様……ありがとう……」
シオンは、懐中時計を胸に抱いた。
*
学院の鐘が、鳴り始めた。
朝を告げる鐘の音。
しかし今日は、違う意味を持っていた。
平和を告げる鐘の音。新しい始まりを告げる鐘の音。
「……終わったんだな……」
リアムが呟いた。
「……ああ……」シオンが答えた。「……終わった……」
しかし、シオンは知っていた。
これは終わりではない。
新しい始まりなのだ。
*
フリードリヒが、近づいてきた。目は赤く腫れ、頬には涙の跡がある。
「……シオン」
「殿下……」
「父上は……どうなった……」
シオンは、言葉に詰まった。
「クロノスが消えたということは……父上も……」
フリードリヒの声が、震えていた。
「殿下……国王陛下は、クロノスに操られていました。しかし——」
シオンは、フリードリヒの目を見つめた。
「陛下の意識が、完全に消えていたわけではないと思います」
「……どういう意味だ……」
「クロノスは、陛下の心の隙間につけ込んだ。でも、陛下の中には、殿下を思う気持ちが残っていたはずです」
フリードリヒは、黙っていた。
「僕の祖父様も、消えました。でも、祖父様の想いは、僕の中に残っています」
シオンは、フリードリヒの肩に手を置いた。
「殿下の父上の想いも、殿下の中に残っているはずです」
フリードリヒの目から、涙が溢れた。
「……父上……」
*
学院の生徒たちが、集まり始めていた。
何が起こったのか、まだ理解できていない者も多かった。不安と困惑の表情が、あちこちに見える。
しかし、戦いが終わったことは、誰もが感じていた。
「シオンくん!」
声が聞こえた。
トーマだった。黒い髪を乱しながら、息を切らせて駆けてくる。
「大丈夫か、シオンくん! リアム!」
「トーマ……」
トーマは、二人の無事を確認して、安堵の息をついた。
「何が起こったんだ……空が真っ暗になって……すごい光が……」
「長い話になる」リアムが言った。「後で、ゆっくり話す」
「そうか……でも、とにかく無事でよかった……」
*
シオンは、仲間たちを見回した。
ティア、リアム、エリカ、ハンス、ルイーザ。
そして、ミストリアの戦士たち。
多くの人が、傷を負っていた。
しかし、誰もが生きていた。
「みんな……」
シオンは、深く頭を下げた。
「ありがとう……僕を助けてくれて……一緒に戦ってくれて……」
「何を言ってるんだ」リアムが言った。「俺たちは仲間だろ」
「そうよ」ティアが言った。「一緒に戦うのは当然じゃない」
「刻印の探求者は、永遠よ」エリカが微笑んだ。
「これからも、一緒だぜ」ハンスが言った。
「……みんなの絆は、消えない……」ルイーザが呟いた。
シオンは、涙を浮かべながら微笑んだ。
「……ありがとう……」
*
朝日が、高く昇っていた。
新しい一日が、始まろうとしていた。
クロノスのいない、平和な世界の、新しい一日が。
シオンは、空を見上げた。
——祖父様……僕は、この世界で生きていきます……
——みんなと一緒に……
——だから、見守っていてください……
風が、優しく吹いた。
まるで、ソロンが答えているかのように。
シオンは、新しい朝を迎えた。
第三十五章 了
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