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第三十四章 黄昏の蝕(トワイライト・エクリプス)

三人は、三角形を描くように立った。


 シオンが頂点。クロノスに最も近い位置。


 ソロンとティアが、両脇を固める。


「いいか、シオン」ソロンが言った。「私の合図で、陽光の刻印ソール・シギルに全力を注げ」


「わかった」


「ティア。お前は、シオンと私の間に立って、力の流れを安定させる役目だ」


「はい」


 ティアは、深呼吸をした。


 初めて使う力。


 不安はあった。体の中に眠る紋章が、本当に目覚めるのか。それを制御できるのか。


 しかし——


 ——シオンを守る。


 その決意が、不安を打ち消した。



              *



「トーマス長老」ソロンが呼びかけた。


「何でしょう」


「私たちが術を発動させている間、クロノスの攻撃を防いでほしい」


「承知しております」


 トーマス長老は、戦士たちに合図を送った。


「全員、守りの陣形だ! 三人を守れ!」


 黒装束の戦士たちが、シオンたちを囲むように展開した。


 刀を抜き、術式を構え、盾を掲げる。一糸乱れぬ動きで、防御の陣が形成されていく。


「フェリア」トーマス長老が言った。「お前は、ティアの傍にいてやれ」


「はい、長老」


 フェリアは、ティアの背後に立った。


「母様……」


「大丈夫。私が守る」


 ティアは、小さく頷いた。



              *



 クロノスは、空から見下ろしていた。


「……始めるか……」


 その声に、かすかな興奮が混じっていた。


「……面白い……どこまで我に抗えるか、見せてもらおう……」


 クロノスの手から、黒い稲妻が放たれた。闇より暗い光が、空を切り裂く。



              *



「来るぞ!」


 トーマス長老が叫んだ。


 戦士たちが、一斉に術式を発動させた。


 青い光の壁が、シオンたちを覆った。何重にも重なる障壁が、空に向かって伸びていく。


 クロノスの稲妻が、壁に衝突した。


 轟音が響いた。大地が震え、空気が振動する。


「ぐうっ……!」


 戦士たちが、歯を食いしばった。


 壁にひびが入る。


「耐えろ! 時間を稼ぐのだ!」


 トーマス長老が叫んだ。



              *



「今だ、シオン!」


 ソロンが叫んだ。


 シオンは、陽光の刻印ソール・シギルに意識を集中させた。


 ——太陽よ……力を貸してくれ……


 右手が、眩い光を放った。


 金色の光。太陽の光だった。体の奥底から、熱い力が湧き上がってくる。


 同時に——


 ソロンの左手が、銀色の光を放った。


 三日月の光。冷たく、しかし力強い輝き。


 二つの光が、空に向かって伸びていった。



              *



「ティア!」ソロンが叫んだ。「お前も力を!」


 ティアは、目を閉じた。


 ——私の中にある、月影の刻印ルナ・シギル……


 ——目覚めて……


 何も起こらなかった。


「……だめ……わからない……」


「集中しろ、ティア! シオンを守りたいという気持ちを、力に変えるのだ!」


 ティアは、シオンの背中を見つめた。


 ——シオン……


 ——私は、ずっとあんたの傍にいたかった……


 ——幼い頃から、ずっと……


 胸の奥で、何かが熱くなった。



              *



 ティアの額に、光が灯った。


 三日月の形をした、銀色の光。微かだが、確かな輝き。


「……これが……」


「それだ、ティア! その力を、私とシオンに繋げ!」


 ティアは、両手を広げた。


 左手をソロンへ、右手をシオンへ。


 銀色の光が、糸のように二人を繋いだ。


「……力が……流れてくる……!」


 シオンが叫んだ。


「ティアの力が、僕の中に……!」


 太陽の光が、さらに強くなった。



              *



 空で、異変が起きた。


 金色の光と銀色の光が、交差した。


 その交点で——


 日食が、始まった。


「……黄昏のトワイライト・エクリプス……!」


 クロノスが、驚愕の声を上げた。


「……まさか……本当に発動させるとは……!」


 空が、暗くなっていった。


 太陽が、三日月に隠されていく。


 しかし、これは本物の日食ではなかった。


 概念としての日食。


 時間と空間が、歪み始めていた。



              *



「……させるか……!」


 クロノスが、両手を振り上げた。


 巨大な黒い球体が、形成された。純粋な闇のエネルギーが、凝縮されていく。


「……我の全力を受けるがいい……!」


 球体が、シオンたちに向かって放たれた。


「危ない!」


 トーマス長老が叫んだ。


 戦士たちが、一斉に前に飛び出した。


「我らの命に代えても、三人を守れ!」


 青い壁が、幾重にも重なった。


 クロノスの球体が、壁に衝突した。


 凄まじい爆発が起きた。



              *



 戦士たちが、次々と吹き飛ばされた。


「長老!」


 フェリアが叫んだ。


 トーマス長老は、血を流しながらも立っていた。白い髭が赤く染まっている。


「まだだ……まだ、倒れるわけにはいかん……!」


 長老は、最後の力を振り絞った。


 残った戦士たちが、再び壁を形成した。


「三人を……守れ……!」



              *



「シオン! もう少しだ!」


 ソロンが叫んだ。


 空の日食は、最大に達しようとしていた。


 太陽が、完全に隠れようとしている。


「……いかん……!」


 クロノスが、焦りの声を上げた。


「……このままでは……!」


 クロノスは、自らシオンたちに向かって突撃してきた。


「……お前たちを……直接、滅ぼす……!」



              *



「クロノスが来る!」


 ティアが叫んだ。


「術を止めるな!」ソロンが言った。「私が——」


「祖父様、だめだ! 今止めたら——」


「わかっている!」


 ソロンは、歯を食いしばった。


 ——もう少し……もう少しだけ、時間が……


 クロノスが、迫ってくる。


 その手には、漆黒の剣が握られていた。闇そのものを固めたような剣。



              *



 その時——


「させない!」


 フェリアが、クロノスの前に立ちはだかった。


「母様!」ティアが叫んだ。


「ティア! お前は術に集中しろ!」


 フェリアは、二振りの刀を構えた。


「私は——ミストリアの戦士だ!」


 フェリアが、クロノスに斬りかかった。


「……愚かな……」


 クロノスの剣が、フェリアの刀を弾いた。金属音が響き、火花が散る。


 フェリアが、吹き飛ばされた。


「母様……!」


「見るな、ティア! 前を向け!」


 フェリアは、地面に叩きつけられながらも叫んだ。


「お前の役目は——シオンを守ることだ!」



              *



 ティアは、涙を流しながら、力を送り続けた。


 ——母様……


 ——ごめんなさい……


 ——でも、私は……


 ティアの光が、さらに強くなった。


 悲しみが、力に変わっていた。


「……ティア……!」


 シオンが、ティアの力を感じた。


「……ありがとう……ティア……」


 シオンは、最後の力を振り絞った。



              *



 空で、日食が完成した。


 太陽が、完全に隠れた。


 世界が、暗闇に包まれた。


 そして——


 時間が、暴走を始めた。


「……な……何だ……これは……!」


 クロノスの体が、光に包まれた。


 空間が、歪み始めた。渦を巻き、螺旋を描き、現実が溶けていくように。


 異世界への扉が、開こうとしていた。


「……まさか……本当に……!」


 クロノスの声が、恐怖に震えた。


「……我を……追放するつもりか……!」



              *



「今だ!」


 ソロンが叫んだ。


「シオン! ティア! 全力を——!」


 三人の力が、最大に達した。


 太陽と、三日月と、もう一つの三日月。


 三つの光が、クロノスを包み込んだ。


「……やめろ……やめろおおお……!」


 クロノスが、暴れた。


 しかし、光は離れなかった。


 空間の裂け目が、クロノスを飲み込もうとしていた。


「……我を……追放するだと……! 許さん……許さんぞ……!」


 クロノスの手が、ソロンに向かって伸びた。


「……お前だけは……道連れにしてやる……!」



              *



 クロノスの手が、ソロンの腕を掴んだ。


「祖父様!」


 シオンが叫んだ。


「来るな、シオン!」


 ソロンは、シオンを制した。


「術を止めるな! 最後まで、力を送り続けろ!」


「でも——」


「これでいい」


 ソロンは、穏やかに笑った。


「私は——覚悟していた」


 ソロンの体が、光に包まれ始めた。


 クロノスと共に、異世界に飛ばされようとしていた。


「祖父様……!」


 シオンの目から、涙が溢れた。


 しかし、術を止めることはできなかった。


 止めれば、すべてが無駄になる。


 クロノスは、再びこの世界に留まることになる。



              *



「シオン」


 ソロンの声が、シオンの心に響いた。


「お前に会えて、よかった」


「祖父様……」


「お前は、私の誇りだ。これからも、強く生きろ」


 ソロンの体が、薄くなっていった。光に溶けていくように。


「ティアを、頼んだぞ」


「祖父様……!」


「さらばだ——愛しい孫よ」


 ソロンは、最後に微笑んだ。穏やかな、慈愛に満ちた笑顔。


 そして——


 光の中に、消えていった。


 クロノスと共に。



                                   第三十四章 了

お読みいただきありがとうございます。

「クロノス・クロニクル」、いかがでしたでしょうか。


完結まで毎日18時に更新予定です!


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