表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/41

第三十章 ヴィクターの策略

通路を走っていたシオンたちは、突然足を止めた。


 出口が、塞がれていた。


 黒い衣を纏った男が、立ちはだかっている。長身の体躯、鷹のような鋭い目。松明の炎が、その顔を不気味に照らしている。


「ヴィクター……!」


 シオンが叫んだ。


 ヴィクターは、薄く笑った。唇の端だけが、わずかに上がっている。


「よくぞ、ここまで来た。シオン・アーデン」


「どうして、ここに……」


「決まっている。お前たちを、待っていたのだ」


 ヴィクターの目が、冷たく光った。感情のない、ガラス玉のような瞳。


「時の時計塔に侵入したこと、とうに気づいていた。監視の魔法は、お前たちの動きを逐一報告していたのだからな」


 シオンは、歯を食いしばった。


「最初から、泳がせていたのか……」


「その通り」



              *



「ヴィクター」シオンは言った。「あなたは、何を企んでいる。クロノス・アビサルの復活を、望んでいるのか」


 ヴィクターは、笑った。乾いた、感情のこもらない笑い。


「望んでいる? いや、違うな」


 その笑みが、歪んだ。苦痛に耐えるような、引きつった表情。


「私は——命じられているのだ」


「命じられている……?」


「陛下に。いや——」


 ヴィクターの目が、一瞬虚ろになった。まるで、別の何かが彼の中を覗いているように。


「——クロノス様に」


 シオンたちは、息を呑んだ。


「クロノスに……? ヴィクター、お前は——」


「そうだ」ヴィクターが言った。「私もまた、操られている」



              *



「王妃が亡くなった時——」


 ヴィクターは、淡々と語り始めた。声には、抑えきれない苦悩が滲んでいる。


「陛下は、悲しみのあまり、狂気に陥った。そして、その狂気につけ込んだのが——クロノスだった」


「クロノスが、王を……」


「陛下の心の隙間に入り込み、その意識を支配した。そして、陛下を通じて——私も支配された」


 ヴィクターは、自分の胸を押さえた。まるで、そこに何か異物があるかのように。


「私の中にも、クロノスの意識の一部が埋め込まれている。逆らおうとしても、体が言うことを聞かない」


「それなら、なぜ——」


「なぜ、今こうして話しているか?」ヴィクターは苦笑した。「クロノス様は、お前たちに知らせたいのだ。自分の計画がいかに完璧だったかを」


 ヴィクターの目が、再び冷たくなった。


「そして、絶望させたいのだ。どう足掻いても、逃れられないことを」



              *



「私は、本来——帝国を守りたかった」


 ヴィクターは言った。声が、震えている。


「有能な宰相として、この国を繁栄させたかった。しかし——」


 その声が、途切れた。


「クロノスに支配されてからは、すべてが逆転した。帝国を滅ぼすために、私は動かされている」


「ヴィクター……」


「哀れんでくれるな」ヴィクターの声が、鋭くなった。「今の私に、そんな資格はない」


 ヴィクターの手が、光を帯びた。魔力が掌に集中し、空気が震える。


「さあ、戦いの時間だ。クロノス様は、お前たちをここで足止めしろと命じている」


「待て、ヴィクター——」


「待たない」


 ヴィクターが、魔法を放った。



              *



「散れ!」


 シオンが叫んだ。


 六人は、それぞれ違う方向に飛び退いた。


 ヴィクターの魔法が、石の壁を砕いた。轟音が通路に響き、破片が飛び散る。


「すごい威力だ……!」ハンスが叫んだ。


「帝国最高の魔法使いは、伊達じゃないな……」リアムが言った。


 ヴィクターは、連続で魔法を放ってきた。


「逃げられると思うな!」


 炎、氷、雷——様々な属性の魔法が、シオンたちに襲いかかる。通路が次々と破壊され、逃げ場が狭まっていく。


「シオン!」ティアが叫んだ。「あんたの力で、何とかできない!?」


「やってみる……!」


 シオンは、陽光の刻印ソール・シギルに意識を集中させた。


 ——時間よ、緩やかなれ——


 世界が、ゆっくりになった。


 しかし——


「無駄だ」


 ヴィクターは、普通の速度で動いていた。時の流れの中で、彼だけがシオンと同じ速さを保っている。


「な……!?」


「私にも、時の力の一部が与えられている。クロノス様から」


 ヴィクターが、シオンに向かって手を伸ばした。


 シオンは、慌てて後ろに跳んだ。


 時の秘術が、解けた。



              *



「くそ……!」


 シオンは、壁に背中をつけた。冷たい石が、汗ばんだ体に触れる。


 ヴィクターが、ゆっくりと近づいてくる。


「お前の時の秘術は、確かに強力だ。しかし、私にはクロノス様から与えられた力がある」


「……」


「お前が力を使えば使うほど、砂時計の砂は減る。そして、封印は崩壊に近づく」


 ヴィクターが、笑った。


「どうする、シオン・アーデン。戦うか? それとも、諦めるか?」


 シオンは、拳を握りしめた。


 ——ここで戦えば、砂時計の砂を消費する……


 ——でも、戦わなければ、ここで終わりだ……


「シオン!」


 ティアが、シオンの前に立った。黒髪が揺れ、勝気な目がヴィクターを睨んでいる。


「私が時間を稼ぐ。あんたは、みんなを連れて逃げて」


「ティア……!」


「私は、魔法なしでも戦える。里の技があるから」


 ティアは、構えを取った。ミストリアで鍛えられた、戦士の構え。


「行って、シオン。あんたが生き残らなければ、何も始まらない」


「でも——」


「早く!」



              *



 ティアが、ヴィクターに向かって飛びかかった。


「邪魔をするな、小娘!」


 ヴィクターが魔法を放つ。炎の球が、空気を焦がしながら飛んでくる。


 しかし、ティアは身を翻し、魔法をかわした。流れるような動き。無駄のない体捌き。


「さすが、ミストリアの戦士だな」


「褒め言葉として受け取っておくわ!」


 ティアは、ヴィクターの懐に飛び込んだ。


 拳が、ヴィクターの胸を打った。重い音が響く。


「ぐっ……!」


 ヴィクターが、よろめいた。


「今だ、シオン! 行け!」


 シオンは、一瞬躊躇した。ティアを置いていくことへの罪悪感が、胸を締め付ける。


 しかし、リアムがシオンの腕を引いた。


「行こう、シオン。ティアを信じろ」


「……わかった」


 シオンは、仲間たちと共に別の通路へと走った。



              *



 背後で、ティアとヴィクターの戦いが続いていた。


「お前一人で、私を止められると思うのか!」


「止められなくても、時間は稼げる!」


 ティアは、次々と攻撃を繰り出していた。蹴り、拳、体当たり。魔法なしで、帝国最高の魔法使いと渡り合っている。


 しかし、ヴィクターの魔法は強力だった。


 徐々に、ティアが押されていく。息が上がり、動きが鈍くなっていく。


「もう終わりだ——」


 ヴィクターが、最後の魔法を詠唱しようとした時——


「待て、ヴィクター」


 声が響いた。ヴィクターの中から、別の声が。


 ヴィクターの動きが、止まった。


「……クロノス様……」


「……その娘は、殺すな……」


 ヴィクターの中の、クロノスの意識が命じていた。


「……彼女には、三日月の加護がある……後で、使えるかもしれない……」


 ヴィクターは、手を下ろした。


「……命令だ。行け、小娘」


 ティアは、ヴィクターを睨みつけた。


「何のつもり……」


「知らん。クロノス様の命令だ」


 ヴィクターは、背を向けた。


「だが、覚えておけ。次は、容赦しない」


 ティアは、しばらくヴィクターを見つめていた。


 そして、シオンたちの後を追って、通路を走っていった。


 ——三日月の加護……?


 その言葉が、ティアの心に引っかかっていた。



                                   第三十章 了

お読みいただきありがとうございます。

「クロノス・クロニクル」、いかがでしたでしょうか。


完結まで毎日18時に更新予定です!


ブックマーク・評価・感想をいただけると励みになります。

よろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ