表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/41

第二十九章 時の時計塔への潜入

深夜。


 刻印の探求者シギル・シーカーズたちは、東棟の地下へと向かっていた。


 月のない夜。闇が、学院を包んでいる。遠くで梟が鳴き、風が枯れ葉を揺らす音だけが響いていた。


「こっちだ」


 ハンスの探知機が、魔力の流れを感知していた。小さな装置が青く点滅し、進むべき方向を示している。


「この壁の向こうに、隠し通路がある」


 シオンが壁に手を当てると、陽光の刻印ソール・シギルが反応した。光が掌から広がり、石壁に染み込んでいく。


 壁が、ゆっくりと開いていった。重い石が擦れる音が、暗闇に響く。


「アーデンの血に反応する仕掛けか……」エリカが呟いた。


「行こう」


 シオンを先頭に、六人は隠し通路へと足を踏み入れた。



              *



 通路は、長く、暗かった。


 松明の光が、石壁を照らしている。古い彫刻と、読めない文字が壁一面に刻まれている。空気は冷たく、湿っていた。黴と土の匂いが、鼻を刺す。


「どんどん深くなっていくな……」リアムが言った。


「地下深くに、時計塔があるのだろう」エリカが答えた。


 ルイーザが、急に足を止めた。


「どうした?」ティアが尋ねた。


「感じる……近づいている……あの存在に……」


 ルイーザの顔が、青白くなっていた。銀色の髪が、微かに震えている。


「大丈夫か?」シオンが心配そうに言った。


「ええ……まだ、大丈夫……」


 六人は、さらに奥へと進んでいった。足音が、通路に反響している。



              *



 やがて、通路は広い空間へと続いていた。


 そこは、巨大なドーム状の部屋だった。


 天井は高く、暗闇の中に消えている。壁には、古代語の文字が刻まれていた。光る苔が石壁に張り付き、幻想的な緑色の光を放っている。


 そして、部屋の中央に——


「あれは……」


 シオンは、息を呑んだ。


 同時に、懐に入れていた虹色の結晶が、急に熱くなった。


 ——なんだ……?


 シオンは、結晶を取り出した。透明な石が、微かに脈打つように明滅している。


 ——この石が、反応している……? 砂時計に……?


 結晶の光が消えた後も、石はほんのりと温かいままだった。それに——気のせいだろうか——以前より、色が少しだけ濃くなっているような気がする。


 ——あとで、調べてみよう。


 しかし、今はそれどころではなかった。


 巨大な塔が、そびえ立っていた。


 時の時計塔。


 黒い石で作られた塔は、天井まで届くほどの高さがある。複雑な彫刻が施され、古代の魔法陣が幾重にも刻まれている。


 塔の中央には、巨大な砂時計が浮かんでいた。透明なガラスの器が、何の支えもなく宙に浮いている。中の砂が、ゆっくりと落ちていく様子が見える。


 しかし、その砂時計は——


「ひび割れている……」


 エリカが呟いた。


 砂時計には、無数のひびが入っていた。蜘蛛の巣のように広がる亀裂が、器全体を覆っている。そして、中の砂は——


「ほとんど、残っていない……」


 シオンは、愕然とした。


 砂時計の上部には、わずかな砂しか残っていなかった。そして、下部に溜まった砂も、ゆっくりと消えていっている。まるで、蒸発するように。


「回収が、追いついていないのか……」


 ハンスが言った。


「学院での魔力消費が、回収を上回っている。だから、砂が減り続けているんだ」


 シオンは、自分の手を見つめた。陽光の刻印ソール・シギルが、微かに光っている。


 ——あの競技会で、僕が大きな力を使った……


 ——その分だけ、砂が減った……


「僕のせいだ……」


「シオン……」ティアがシオンの腕を掴んだ。温かい手が、冷えた体に熱を伝える。


「あんたのせいじゃない。帝国全体が、何百年も魔力を使い続けてきた結果よ」


「でも——」


「ティアの言う通りだ」リアムが言った。「シオン一人の責任じゃない」


 シオンは、砂時計を見上げた。


 ひび割れた器。消えゆく砂。


 封印は、崩壊寸前だった。



              *



「この状態だと、あとどれくらい持つ……?」


 シオンが尋ねた。


 エリカが、砂時計を観察しながら言った。灰色の瞳が、分析するように動いている。


「わからない。数日かもしれないし、数時間かもしれない」


「そんな……」


「ひびがこれ以上広がれば、砂時計は砕ける。その瞬間、封印は完全に崩壊するわ」


 ルイーザが、突然膝をついた。


「ルイーザ!」


「大丈夫……でも、感じる……あの中に……」


 ルイーザは、砂時計を指差した。震える指が、宙に浮かぶ器を示している。


「クロノス・アビサルが、目覚めようとしている……」



              *



 その時だった。


 砂時計が、震えた。空気が振動し、部屋全体が揺れる。


 そして——ひびが、広がった。


「まずい……!」


 シオンが叫んだ。


 砂時計から、黒い霧が漏れ出してきた。闇よりも暗い、純粋な暗黒の霧。


「何だ、あれは……!」


「クロノスの力だ……!」エリカが言った。「封印から、漏れ出している……!」


 黒い霧が、部屋全体に広がっていった。冷たい風が吹き、松明の炎が揺れる。


 そして、霧の中から——声が聞こえた。


「……来たか……」


 低い、地の底から響くような声。部屋全体を震わせ、骨の髄まで届くような。


「……待っていた……大賢者の子孫よ……」


 シオンは、身構えた。陽光の刻印ソール・シギルに意識を集中させる。


「クロノス・アビサル……!」


「……そうだ……我は、クロノス……時を司る神……」


 声が、嘲笑うように響いた。


「……そして、お前たち人間に、裏切られた者……」



              *



「……この砂時計を見よ……」


 クロノスの声が言った。


「……もうすぐ、砕ける……我の封印は、解かれる……」


「させない……!」シオンが叫んだ。


「……無駄だ……お前たちが、何をしても……」


 黒い霧が、渦を巻いた。


「……いや、むしろ……お前たちこそが、我を解放する鍵だった……」


「何だと……?」


「……知らなかったのか? 学院で使われる魔力は、すべて砂時計から供給される……」


 クロノスの声が、冷たく響いた。


「……お前たちが魔法を使うたびに、砂は減っていった……特に、お前が——」


 声が、シオンを指した。黒い霧が、シオンの前で渦を巻いている。


「……時の秘術を使うたびに、封印は弱まっていった……」


 シオンは、言葉を失った。


「……お前は、我を解放するために、力を使っていたのだ……」


「嘘だ……!」


「……嘘ではない……」


 クロノスの声が、勝ち誇ったように言った。


「……王も、ヴィクターも……すべては、我の計画通り……」


「計画……?」


「……学院を作り、魔法を使わせ、砂を消耗させる……何百年もかけて、我は封印を弱めてきた……」


 シオンたちは、愕然とした。


「……そして今……ついに、その時が来た……」


 砂時計に、新たなひびが入った。ガラスが軋む音が、不吉に響く。


「……我の復活は、もう誰にも止められない……」



              *



 黒い霧が、さらに濃くなっていった。視界が遮られ、呼吸すら苦しくなる。


「逃げよう……!」リアムが叫んだ。


「ここにいたら、危険だ……!」


 シオンは、砂時計を見つめた。


 ——このまま、逃げていいのか……?


「シオン、行くわよ!」


 ティアがシオンの手を引いた。


「今は、逃げるしかない! ここで死んだら、何もできない!」


 シオンは、苦渋の決断をした。


「……わかった」


 六人は、来た道を戻り始めた。


 背後から、クロノスの声が響いていた。


「……逃げても、無駄だ……我は、必ず復活する……」


「……そして、この世界を……無に帰す……」


 シオンたちは、振り返らずに走った。


 時の時計塔を後にして。


 しかし、シオンの心には、重い現実が刻まれていた。


 ——僕たちが、クロノスを解放しようとしていた……


 ——知らないうちに、敵の手助けをしていた……


 絶望が、胸を締め付けていた。



                                   第二十九章 了

お読みいただきありがとうございます。

「クロノス・クロニクル」、いかがでしたでしょうか。


完結まで毎日18時に更新予定です!


ブックマーク・評価・感想をいただけると励みになります。

よろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ