第二十五章 禁書庫の真実
シオンたちは、再び禁書庫へと潜入した。
前回見つけた古文書には、まだ続きがあった。クロノス・アビサルの過去だけではなく、クロノス・グラスについての詳細な記録。それを求めて、六人は夜の学院を進んでいた。
「ここだわ」
エリカが、別の棚から古い巻物を取り出した。羊皮紙は黄ばみ、端が擦り切れている。しかし、封印の魔法が施されていたおかげか、文字ははっきりと読める。
「『クロノス・グラスに関する秘録』……これに、もっと詳しいことが書いてあるはずよ」
巻物を広げると、細かい文字と図が描かれていた。
砂時計の構造。その仕組み。複雑な魔法陣と、数式のような記号の羅列。そして——
「これを見て」
エリカが、ある一節を指差した。蝋燭の炎に照らされ、文字が浮かび上がる。
「『クロノス・グラスは、クロノスの力を封じ込めるだけでなく、その力を変換し、人間が使える形で放出する』」
「変換……?」シオンが言った。
「『砂時計の上部から落ちる砂は、クロノスの力そのもの。それが下部に溜まる過程で、純粋な魔力へと変換される。この魔力が、帝国の魔法の源となる』」
リアムが、目を見開いた。
「つまり、帝国の魔法は——」
「クロノス・アビサルの力を、搾取しているということよ」エリカが言った。
*
「『砂時計の砂は、無限ではない。魔力を使えば砂は減り、時間をかけて回復する。しかし、回復には限界がある』」
エリカは、続きを読んだ。声が低く、緊張を帯びている。
「『もし、砂の消費が回復を上回れば、やがて砂時計は空になる。その時——封印は崩壊し、クロノスは解放される』」
シオンは、背筋が凍った。
「封印が……崩壊する……」
「だから、帝国は魔法の使用を制限しているのかよ」ハンスが言った。「留学生に封印の腕環をつけて、魔力を抑制している」
「でも、それだけじゃ足りないわ」ティアが言った。「学院では、毎日のように魔法の訓練をしているじゃない」
「そうだ」シオンは頷いた。「帝国は、魔法で繁栄している。魔法を使わないわけにはいかない」
「つまり——砂時計の砂は、少しずつ減り続けている」エリカが言った。「封印は、ゆっくりと崩壊に向かっているのよ」
*
シオンは、巻物をさらに読み進めた。エリカの肩越しに、古代語の文字を追っていく。
「『クロノス・グラスは、大賢者により、帝国の中心に安置された。その場所は、時の時計塔と呼ばれる』」
「時の時計塔……」
「『時計塔は、後に建設された王立学院の地下深くに封印された。王家と継承者の血族のみが、その存在を知っている』」
シオンは、顔を上げた。
「この学院の地下に、クロノス・グラスがあるんだ」
「なんてことだ……」ハンスが呻いた。「僕たちの足元に、そんなものが眠っていたなんて」
「だから、ルイーザは時の歪みを感じていたのか」リアムが言った。
ルイーザは頷いた。銀色の髪が揺れ、儚げな表情が陰を帯びる。
「ええ……学院の地下から、何か大きな力の波動を感じていたの。あれが、クロノス・グラスだったのね」
*
エリカは、巻物の最後の部分を読んだ。
「『クロノス・グラスを守る者は、代々の大継承者の血族。彼らは「陽光の刻印」と「月影の刻印」を継承し、砂時計の番人となる』」
「陽光の刻印と、月影の刻印……」
シオンは、自分の右の掌を見つめた。太陽の模様が、微かに光を帯びている。
陽光の刻印。自分が持っている力。
そして、月影の刻印は——
「おじいさんが持っている」シオンは呟いた。「祖父は、月影の刻印を使っていた」
「つまり、アーデン一族は本当に、大賢者の末裔なのね」エリカが言った。
「でも、なぜ二つの紋章があるんだ?」ハンスが尋ねた。
「『二つの紋章は、対になる力。太陽は時の加速を、三日月は時の減速を司る。両方が揃って初めて、クロノス・グラスを完全に制御できる』」
シオンは、その意味を考えた。
——僕は陽光の刻印を持ち、祖父は月影の刻印を持つ。
——二つが揃えば、クロノス・グラスを制御できる……?
*
禁書庫を出た後、シオンたちは秘密の部屋で話し合った。
「まとめると——」リアムが言った。いつもの軽い口調だが、表情は真剣だ。「帝国の魔法は、封印されたクロノス・アビサルの力を搾取している。魔法を使えば使うほど、封印は弱まる」
「そして、クロノス・グラスは、この学院の地下にあるんだぜ」ハンスが続けた。
「シオンの一族は、砂時計の番人。太陽と月影の刻印で、砂時計を制御できる」ティアが言った。
「問題は——」エリカが言った。「今、砂時計がどういう状態にあるか、だわ」
シオンは、考え込んだ。
「確かめる必要がある」
「時の時計塔に、行くのか?」リアムが尋ねた。
「ああ。砂時計の状態を見れば、封印がどれだけ持つかわかるかもしれない」
「危険だぞ」ハンスが言った。「学院の地下なんて、どんな罠があるかわからない」
「でも、このままじゃ何もわからない」シオンは言った。「クロノスが復活したら、取り返しがつかないんだ」
ティアが、シオンの肩に手を置いた。温かさが、服越しに伝わってくる。
「私も行く。一人で行かせるわけないでしょ」
「僕も行くぜ」リアムが言った。
「俺の探知機が役に立つ」ハンスが言った。
「私の力も」ルイーザが言った。
「私も、古代語の解読ができるわ」エリカが言った。
シオンは、仲間たちを見回した。それぞれの目に、決意の光が宿っている。
「……ありがとう、みんな」
「礼はいらないわよ」ティアが笑った。「刻印の探求者なんだから、当然でしょ」
*
その夜、シオンは一人で寮の窓から月を見つめていた。
——クロノス・グラス。クロノス・アビサル。そして、僕の一族。
すべてが繋がっている。
自分の先祖がクロノスを封印した。その封印を守るのが、アーデン一族の使命。
しかし、今——封印は崩壊に向かっている。
——僕に、何ができる……?
シオンは、ソロンからもらった懐中時計を取り出した。
三日月と太陽の模様。銀色の表面が、月明かりを反射している。
——おじいさんは、僕に使命があると言っていた。
——この世界を救う使命……
風が吹き、カーテンが揺れた。月が雲の間から顔を覗かせ、部屋を淡く照らしている。
シオンは、決意を固めた。
——僕は、逃げない。この運命と、向き合う。
時の時計塔への潜入。
それが、次の一歩だった。
第二十五章 了
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