第二十三章 刻印の探求者(シギル・シーカーズ)
五人は、図書館の奥にある秘密の部屋に集まっていた。
隠し通路の先にある、忘れられた書庫。埃をかぶった本棚と、古い机。蜘蛛の巣が隅に張り、空気は乾いてかび臭い。しかし、ここなら、誰にも見つからない。
「今日から、正式に活動を始める」
シオンが言った。蝋燭の炎が、五人の顔を照らしている。
「僕たちの目的は、この学院に隠された真実を暴くこと。そして、クロノス・アビサルの謎を解き明かすこと」
「具体的には、何をするんだ?」ハンスが尋ねた。眼鏡の奥で、好奇心に満ちた目が輝いている。
「まず、禁書庫を調査する。そこには、帝国の秘密文書や、古代の魔法書があるはずだ」
「危険じゃないのかよ?」リアムが言った。「禁書庫は、厳重に警備されているんだろう?」
「だからこそ、慎重に行動する」シオンは答えた。「全員で行くのは目立つ。少人数で、交代で調査するんだ」
「私の探知機を使えば、警備の魔法を避けられるかもしれないぜ」ハンスが懐から小さな金属製の装置を取り出した。
「それから、私の力も」ルイーザが言った。「危険な場所は、時の歪みとして感じ取れるの」
「古代語の文書があれば、私が解読するわ」エリカが言った。
シオンは、仲間たちを見回した。それぞれが、自分の得意分野を持っている。一人では不可能なことも、五人なら——
「みんな、ありがとう。僕たち五人なら、きっと真実にたどり着ける」
「そういえばさ」リアムが言った。いつもの軽い口調で。「僕たちのグループ、名前がないな」
「名前?」
「秘密結社なら、名前があった方がいいだろう? かっこいいやつ」
シオンは、少し考えた。蝋燭の炎が揺れ、壁に影を落としている。
「僕たちは、時の秘術の謎を追っている。それなら——」
「刻印の探求者」エリカが言った。
「……いいな」シオンは頷いた。「刻印の探求者。シギル・シーカーズ」
「かっこいいじゃないか」ハンスが笑った。
「決まりね」ルイーザが微笑んだ。
こうして、「刻印の探求者(シギル・シーカーズ)」が正式に結成された。
*
その夜から、調査が始まった。
最初の標的は、学院の地下だった。
シオンとハンスが先行し、エリカが後方で見張りをする。月明かりが窓から差し込む廊下を、足音を忍ばせて進んでいく。
ハンスの探知機が、魔力の流れを感知していた。小さな装置が、微かな光を放ちながら振動している。
「こっちだ。地下への通路があるぜ」
ハンスが壁の一部を押すと、隠し扉が開いた。石壁がずれ、暗い空間が現れる。
「すごいな、その探知機」
「へへ、だろう? 俺の自信作さ」
ハンスは得意げに探知機を掲げた。しかし、急に眉をひそめた。
「ん? おかしいな……」
「どうした?」
「シオン、お前……何か魔法の道具を持ってるか?」
シオンは首を傾げてポケットに手を入れた。指先に触れたのは、虹色の結晶——幼い頃、秘境でティアやリアムと一緒に見つけた思い出の品だ。
「これか? ただの石だぞ」
結晶を見せると、ハンスの探知機が一瞬だけ激しく明滅した。
「変だな……高エネルギー反応なんだが……」
ハンスは装置を叩いた。
「誤作動か。まあ、いいや。行こう」
二人は、暗い階段を下りていった。足元が見えないほどの暗闇。壁に手をつきながら、一歩一歩慎重に進む。
地下は、想像以上に広かった。いくつもの部屋があり、古い実験器具や書類が散乱している。埃が舞い、乾いた空気が肺を刺す。
「ここは……何だ?」
「昔の研究施設かもしれないぜ」ハンスが言った。「学院が建てられた頃の。何十年、いや何百年も前の」
シオンは、古い書類を手に取った。
文字は読めたが、内容は難解だった。魔法の理論、実験の記録、そして——
「これは……」
シオンは、一枚の紙を見つけた。
そこには、砂時計のような図が描かれていた。精緻な線で描かれた、美しい図形。
「クロノス・グラス……」
「何だ、それ?」
「わからない。でも、重要なものかもしれない」
シオンは、その紙を懐にしまった。直感が告げていた——これは、何かの鍵だと。
*
数日後、シオンたちは禁書庫への侵入を試みた。
夜中、警備の薄い時間帯を狙って。月が雲に隠れた、暗い夜だった。
ルイーザの力で、危険な場所を避けながら進む。彼女の目は、普段とは違う光を帯びていた。
「この先……何かあるわ」
ルイーザが言った。足を止め、虚空を見つめている。
「危険か?」
「違う。何か……呼んでいる」
シオンは、眉をひそめた。
禁書庫の扉の前に立つと、奇妙な感覚があった。
まるで、何かが自分を待っているような。体の奥底が、微かに震えている。
「開けよう」
シオンは、扉に手をかけた。冷たい金属の感触が、掌に伝わる。
その時だった。
「止まれ!」
声が響いた。鋭い、警告の声。
シオンたちは振り返った。
闇の中から、一人の人影が現れた。
黒い衣を纏い、フードを被っている。小柄な体格、軽やかな足取り——
「何者だ!」
シオンが身構えた。陽光の刻印に意識を集中させる。
人影が、フードを外した。
そこにいたのは——
「……ティア!?」
シオンは、目を見開いた。黒髪の少女。勝気な目。見間違えるはずがない。
「久しぶりね、シオン」
ティアが、にやりと笑った。
*
「どうやって、ここに……!」
「あんたを追いかけてきたに決まってるでしょ」
ティアは、腕を組んだ。いつもの強気な態度。しかし、その目には、安堵の光が浮かんでいた。
「約束したじゃない。あんたを一人にしないって」
「でも、帝国は危険だ! 見つかったら——」
「見つからないように、ここまで来たのよ」
ティアは、得意げに言った。
「里の忍びの技を使って、城壁を越えた。学院の警備も、大したことなかったわ」
シオンは、言葉を失った。ミストリアから、帝国の王都まで。そして、厳重な警備をかいくぐって学院に潜入する——
「ティア……」
「何よ、その顔」
「……ありがとう」
シオンは、素直に言った。声が震えそうになるのを、必死に抑えながら。
「来てくれて、嬉しい」
ティアの顔が、少し赤くなった。月明かりの中でも、それがわかるほどに。
「べ、別に……あんたのためじゃないわよ。私も、この学院の秘密を知りたかっただけ」
「嘘つけよ」リアムが笑った。「ティア、シオンのことが心配だったんだろ?」
「リアム! あんたまで!」
ティアは、リアムを睨んだ。しかし、その表情にはどこか嬉しさが滲んでいる。
「久しぶりだな、ティア」
「……久しぶり」
ティアの表情が、柔らかくなった。いつもの強がりが消え、素直な笑顔が浮かぶ。
「元気そうで、よかった」
「お前こそ。相変わらず、元気そうだな」
三人は、顔を見合わせて笑った。
四年前、秘境で一緒に冒険した仲間。
今、再び揃った。
*
ティアは、刻印の探求者の新しいメンバーとなった。
「紹介するよ」シオンが言った。「エリカ・シュミット、ハンス・フロイデン、ルイーザ・ベルナール」
「よろしく」ティアが頭を下げた。緊張した様子だが、目は真っ直ぐだ。
「こちらこそ」エリカが微笑んだ。「シオンから、あなたのことは聞いているわ。ミストリアの戦士」
「大したもんじゃないわよ」
「謙遜するなって」ハンスが言った。「帝国の城壁を越えて、学院に潜入するなんて、普通の人間にはできないぜ」
ティアは、照れくさそうに頭を掻いた。普段の強気な態度が、少しだけ崩れている。
「それで、あんたたちは何を調べてるの?」
「この学院に隠された秘密を」シオンが答えた。「クロノス・アビサルという、古の神のことも」
「クロノス・アビサル……」ティアは眉をひそめた。「あの時の神様のこと?」
「知っているのか?」
「あんたのおじいさんから、少しだけ聞いた。危険な存在だって」
「ああ。でも、それだけじゃない。この学院には、もっと深い闇がある」
シオンは、地下で見つけた紙を取り出した。
「これを見てくれ」
ティアが、その紙を覗き込んだ。蝋燭の炎が、図を照らしている。
「砂時計……?」
「わからないけど、何か重要なものだと思う」
「これは……」
エリカが、紙を受け取った。眼鏡の奥で、灰色の瞳が鋭く光る。
「古代語で、何か書いてあるわ。『時の器』……いえ、『クロノス・グラス(クロノス・グラス)』」
「クロノス・グラス?」
「帝国の魔法の源だと言われている、伝説の魔道具よ」
エリカは、真剣な表情で言った。
「もし、これが本当なら——この学院の地下に、クロノス・グラスが眠っているのかもしれない」
シオンたちは、顔を見合わせた。
調査は、思わぬ方向に進み始めていた。
*
その夜、刻印の探求者は改めて誓いを立てた。
六人が、円陣を組む。蝋燭の炎が、六つの顔を照らしている。
「僕たちは、刻印の探求者。この学院の真実を暴き、世界の秘密に迫る」
シオンが言った。
「危険な道かもしれない。でも、僕たちは進む。真実を知るために」
「私は、古の神々の真実を知りたい」エリカが言った。
「俺は、この技術で仲間を助けたいんだ」ハンスが言った。
「私は、闇の中の声を救いたいの」ルイーザが言った。
「僕は、帝国を内側から変えたいぜ」リアムが言った。
「私は——」ティアがシオンを見た。「こいつを守りたい。そして、一緒に真実を見届けたい」
シオンは、微笑んだ。仲間の顔を、一人一人見つめた。
「ありがとう、みんな」
六人は、手を重ねた。温かさが、掌から伝わってくる。
「刻印の探求者、ここに誓う」
全員が、声を揃えた。
「真実を求め、闇を暴く。そして——未来を切り拓く」
月明かりが、六人を照らしていた。窓の外では、星が瞬いている。
彼らの戦いは、まだ始まったばかりだった。
しかし、その絆は——何よりも強かった。
第二十三章 了
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