第二十章 リアムとの再会
翌朝、シオンは職員に連れられて学院を案内された。
ルミナリア王立魔法学院。帝国が誇る最高の教育機関。ここで学んだ者は、帝国の中枢で活躍すると言われている。荘厳な石造りの建物が立ち並び、塔の先端には魔法の光が灯っている。廊下を歩けば、どこからともなく香の匂いが漂い、遠くから詠唱の声が聞こえてくる。
しかし、シオンの目には、別のものが見えていた。
学生たちの中に、明らかに異質な存在がいる。制服は同じだが、腕に銀色の腕輪をつけた者たち。彼らは俯き、貴族の子弟たちから距離を置いて歩いている。すれ違う帝国の生徒は、彼らをまるで見えないかのように無視するか、露骨に嫌な顔をする。
——あれが、「留学生」たちか。
リアムもまた、あの腕輪をつけているのだろうか。胸が痛んだ。
「こちらが、講義棟です」
職員が建物を指し示した。
その時だった。
「おい、どけ!」
怒鳴り声が響いた。
振り返ると、金髪の少年が、腕輪をつけた学生を突き飛ばしていた。貴族らしい華美な服装、尊大な態度。その目には、人を見下す冷たさがあった。
「邪魔なんだよ、留学生風情が!」
突き飛ばされた学生は、地面に倒れ込んだ。しかし、反論もせず、黙って立ち上がった。その顔には、怒りでも悲しみでもなく、諦めの色が浮かんでいた。
「すみません……」
「謝れば済むと思ってるのか!」
金髪の少年が、再び手を振り上げた。
シオンは、思わず一歩踏み出した。
しかし、職員がシオンの肩を掴んだ。
「アーデン君。余計なことをするな」
「でも——」
「あれは、フリードリヒ王子だ」
シオンは、目を見開いた。
——王子……?
「王子に逆らえば、お前の立場も危うくなる。わかるな?」
シオンは、唇を噛んだ。拳が震えた。
フリードリヒ王子は、満足げに笑い、倒れた学生を蹴って去っていった。その背中には、何の罪悪感も感じられなかった。
——あれが、この学院の現実か。
シオンは、拳を握りしめた。爪が掌に食い込むほど、強く。
*
案内が終わり、シオンは教室へ向かった。
教室には、すでに多くの学生がいた。貴族の子弟と、腕輪をつけた留学生たち。明確に分かれて座っている。まるで見えない壁があるかのように。貴族の生徒たちは談笑し、留学生たちは黙って俯いている。
シオンは、空いている席を探した。
その時、目が合った。
教室の隅、窓際の席。腕輪をつけた少年が、シオンを見つめていた。黒い髪、聡明な瞳。どこかで見た顔——
——リアム……!
シオンの心臓が、高鳴った。
リアムも、シオンを見つめていた。その目が、大きく見開かれている。驚きと、喜びと、そして戸惑いが入り混じった表情。
シオンは、リアムの隣の席へ向かった。周囲の視線が、彼を追った。
「ここ、空いてる?」
「……ああ」
リアムの声は、抑えられていた。しかし、その目には確かな感情が宿っていた。懐かしさと、再会の喜びが。
シオンは、席に座った。
周囲の学生たちが、ざわめいた。
「おい、見ろよ……」
「あいつ、留学生の隣に座った……」
「馬鹿じゃないのか……」
「アーデン家の名を汚す気か……」
シオンは、そのざわめきを無視した。
そして、懐から虹色の水晶を取り出した。四年間、肌身離さず持っていた、大切な宝物。机の上に、そっと置く。光が当たると、七色に輝いた。
リアムの目が、その水晶に吸い寄せられた。
「これ……」
「覚えてる?」
シオンは微笑んだ。
「四年前、秘境で見つけた水晶。僕と、ティアと、君で、一つずつ持ったやつ」
リアムは、しばらく水晶を見つめていた。その目が、揺れている。
そして、ゆっくりと懐に手を入れた。
取り出したのは、同じ虹色の水晶だった。少し傷ついているが、同じ輝きを放っている。
「……まだ、持っていたのか」声がかすれていた。
「当たり前だ」シオンは言った。「約束したじゃないか。いつかまた会おうって」
リアムの目に、涙が滲んだ。
しかし、すぐにそれを拭い、周囲を見回した。
「シオン……ここでは、あまり親しげに話さない方がいい」
「どうして?」
「僕は『留学生』だ。人質だよ」リアムの声が、低くなった。商人らしい計算高さが、そこにはなかった。ただ、疲れた声だった。「帝国貴族の子弟が、人質と親しくするのは——」
「そんなの、関係ない」
シオンは、真っ直ぐにリアムを見つめた。
「君は僕の友達だ。それは、四年前も今も変わらない」
リアムは、言葉を失った。その目が、大きく見開かれる。
そして、小さく笑った。久しぶりに、本当の笑顔だった。
「……相変わらずだな、シオンは」
「何が?」
「真っ直ぐすぎるところ。王都の貴族らしくないっていうか……馬鹿っていうか……」
「馬鹿は余計だよ」
二人は、顔を見合わせて笑った。四年の空白が、一瞬で埋まったような気がした。
*
放課後、シオンとリアムは人目を避けて、学院の裏庭に来ていた。
古い樫の木の下。木漏れ日が、二人を照らしている。風が葉を揺らし、さらさらと音を立てた。ここなら、誰にも聞かれない。
「シオン、なぜ帝国に戻ってきた?」
リアムが尋ねた。いつもの軽い口調ではなく、真剣な声だった。
「クーデター未遂で、指名手配されていたはずだろう? 危険を冒して戻ってくる理由が、わからない」
「自分から投降したんだ」
「投降……?」リアムが目を見開いた。「お前、正気か?」
シオンは、これまでの経緯をリアムに話した。ミストリアでの戦い。里を守るために帝国に戻ることを決めたこと。そして、両親に会うために、王との取引に応じたこと。
リアムは、黙って聞いていた。時折、眉をひそめ、時折、息を呑んだ。
「……相変わらず、無茶をするな」最後まで聞き終えて、リアムは溜息をついた。「商人の息子としては、理解できない判断だ。リスクが高すぎる」
「君だって」シオンは言った。「人質として、この学院に来たんだろう?」
「ああ。父の商売を守るために、僕が差し出された」
リアムは、腕の銀色の腕輪を見つめた。その目に、暗い影が落ちた。
「この『封印の腕環』を知っているか?」
「いや」
「留学生全員につけられる腕輪だ。魔力を抑制する効果がある」
「魔力を……?」
「僕たちは、魔法を使うことができない」リアムの声が、苦々しくなった。「訓練で魔法を学んでも、実際に発動させることはできない。つまり、僕たちは帝国の生徒より、常に弱い立場に置かれている」
シオンは、眉をひそめた。
「それは……ひどい」
「それだけじゃないさ」リアムは続けた。いつもの軽い口調が戻りつつあったが、どこか自嘲的だった。「留学生は、帝国貴族の子弟より常に下の扱いを受ける。成績が良くても、評価されない。些細なことで罰を受ける。そして——」
リアムは、顔を曇らせた。
「フリードリヒ王子に目をつけられたら、最悪だ」
「朝、見た」シオンは言った。「あの王子、留学生を突き飛ばしていた」
「あれは、まだマシな方だぜ」リアムは苦笑した。「もっとひどいこともある」
「もっとひどい……?」
「『遊び』と称して、留学生に無理な課題を押し付ける。魔法の実験台にする。抵抗すれば、家族に報復すると脅す」
シオンは、怒りを感じた。拳が、知らず知らずのうちに握りしめられていた。
「なぜ、誰も止めない?」
「止められる人がいないんだよ」リアムは肩をすくめた。「王子は、王の子だ。誰も逆らえない。それが、この帝国のルールさ」
リアムは、苦笑した。その笑顔には、疲れが滲んでいた。
「僕も最初は、何度も反抗しようとした。商人の息子として、不当な取引には応じないつもりだった。でも、そのたびに父のことを思い出す。もし僕が問題を起こせば、父の商売が潰される」
「リアム……」
「だから、耐えている。いつか、この状況を変えられる日が来ると信じて」
シオンは、リアムの顔を見つめた。
四年前のリアムは、明るく快活な少年だった。いつも笑顔で、冒険に胸を躍らせていた。「お宝が眠ってる」と目を輝かせ、どんな状況でも前向きだった。
しかし今のリアムは、その面影を残しながらも、どこか疲れた表情をしている。目の下には隈があり、肩が少し落ちていた。
——この四年間、リアムは一人で耐えてきたんだ。
シオンは、リアムの肩に手を置いた。
「リアム。僕は、君の力になる」
「シオン……」
「一人で耐える必要はない。僕たちは友達だ。困ったことがあれば、何でも言ってくれ」
リアムは、シオンを見つめた。その目に、久しぶりに光が宿った。
「……ありがとう、シオン」声が震えていた。「でも、無理するなよ。お前だって、危険な立場なんだから」
「礼はいらない。四年前、僕たちは約束した。いつかまた会おうって。そして、また一緒に冒険しようって」
シオンは、虹色の水晶を取り出した。夕日を受けて、七色に輝いている。
「この水晶が、その証だ。僕たちの絆は、四年経っても変わらない」
リアムも、自分の水晶を取り出した。
二つの水晶が、夕日を受けて虹色に輝いた。同じ光、同じ輝き。あの日、秘境で見つけた宝物。
「……そうだな」リアムは微笑んだ。本当の笑顔だった。「僕たちは、まだ冒険の途中だ」
「ああ。そして、今度の冒険は——」
シオンは、学院の建物を見上げた。夕暮れの光を受けて、塔がオレンジ色に染まっている。
「この学院の闇を、暴くことかもしれない」
「闇を……?」リアムの目が、鋭くなった。商人の目だ。
「王の狂気。フリードリヒ王子の横暴。そして、留学生たちへの差別。この学院には、おかしなことが多すぎる」
シオンは、リアムを見た。
「僕は、内側から帝国を変えたいと思っている。そのために、まずはこの学院の実態を知りたい。協力してくれるか?」
リアムは、しばらく考えていた。顎に手を当て、目を細めている。商人らしく、リスクとリターンを計算しているのだろう。
そして、頷いた。
「……ああ、協力する」その声には、決意が込められていた。「僕も、このままでいいとは思っていなかった。一人じゃ何もできなかったけど、お前となら……」
シオンは、リアムと固く握手を交わした。
「ありがとう、リアム」
「こちらこそ、シオン」リアムは笑った。いつもの、明るい笑顔だった。「君が来てくれて、本当によかった。久しぶりに、希望が見えたよ」
二人は、夕日に照らされながら、しばらく並んで座っていた。四年ぶりの再会。しかし、その絆は少しも色褪せていなかった。むしろ、苦難を経て、より強くなったように感じられた。
「そうだ、シオン」リアムが言った。「ティアのことだけど……彼女は、元気にしているか?」
シオンは、微笑んだ。
「ああ、元気だよ。相変わらず、勝気で負けず嫌いで……口が悪くて……」
「変わってないな」リアムは笑った。「懐かしいな、あの『あんたたち、本当に気が合うのね』っていう台詞」
「うん。そして——」
シオンは、もう一つの水晶を取り出した。ティアから預かったもの。同じ虹色の輝き。
「これ、ティアの分。僕に託してくれたんだ」
リアムは、その水晶を見つめた。目が、潤んでいた。
「ティアが……」
「三人分の絆を、僕が持っていくって言ってた。だから、僕たちは三人で一緒にいるんだって」
リアムは、目を閉じた。
「……ありがとう、ティア」
小さく呟いた。その声は、風に溶けていった。
夕日が沈み、空が赤から紫へと変わっていく。最初の星が、瞬き始めた。
二人の少年は、古い樫の木の下で、再会を喜び合っていた。
しかし、これは始まりに過ぎなかった。彼らの前には、学院の闇が待ち受けている。そして、その闇の奥には——まだ見ぬ真実が眠っていた。
第二十章 了
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