第十三章 里の精鋭
シオンがミストリアに着いてから、三日が経った。
その間、シオンは体を休め、傷を癒やしていた。フェリアが用意してくれた食事と、温かい寝床のおかげで、逃亡で消耗した体力はほぼ回復していた。
しかし、のんびりしている時間はなかった。
「シオン、ちょっと来て」
朝食を終えたシオンのもとに、ティアがやってきた。いつもの黒い装束ではなく、訓練用の動きやすい服を着ている。
「どうしたの?」
「父さん……じゃなくて、長老たちが集まってるの。シオンも見た方がいいって」
ティアに連れられて、シオンは里の中央にある広場へ向かった。
*
広場には、数十人の戦士たちが整列していた。
皆、黒い装束を身にまとい、腰には刀や短剣を帯びている。顔は引き締まり、目は鋭く光っている。その立ち姿は隙がなく、一人一人が熟練した戦士であることがひと目でわかった。
「すごい……」シオンは思わず呟いた。
「ミストリアの精鋭たちよ」ティアが言った。声には誇りが滲んでいる。「侍と忍者の技を受け継ぐ、里最強の戦士たち。帝国の正規兵だって、一対一なら敵じゃないわ」
広場の前方には、フェリアとトーマス長老、そしてソロンが立っていた。
「シオンくん、こちらへ」フェリアが手招きした。
シオンは前に進み、祖父の隣に立った。
「おじいさん、これは……」
「里の防衛会議だ」ソロンが答えた。声を低くして。「帝国がここに攻めてくることは、ほぼ確実だ。その時のために、準備をしている」
トーマス長老が一歩前に出て、戦士たちに向かって声を張り上げた。老いた体からは想像できないほど、力強い声だった。
「皆の者、聞け!」
戦士たちが、背筋を伸ばした。一糸乱れぬ動きだった。
「帝国の追手が、間もなくこの里に到達する。奴らの目的は、我々が匿っているアーデン一族を引き渡させることだ」
戦士たちの表情が、険しくなった。怒りの色が、あちこちの顔に浮かぶ。
「だが、我々は応じない。義を重んじ、恩を忘れないのが、霧隠の戦士だ。恩人を売り渡すような真似は、断じてしない!」
「応!」
戦士たちが、声を揃えて応えた。地面が震えるような、力強い声。
「帝国が力ずくで来るなら、我々も力で応じる。この里を守り抜け!」
「応!」
再び、力強い声が響いた。広場全体が、決意の炎に包まれたようだった。
シオンは、その光景に圧倒されていた。これだけの戦士たちが、自分を守るために戦う覚悟をしている。その事実が、胸に重くのしかかった。
「ありがとうございます」シオンはトーマス長老に頭を下げた。「僕のために、皆さんを危険にさらして——」
「頭を上げろ、若者よ」トーマスは言った。その声は厳しいが、どこか温かかった。「お前のためだけではない。これは、我々の誇りの問題だ」
「誇り……」
「我々は、帝国の横暴を許さない。弱き者を踏みにじり、嘘で人を陥れる——そんな連中に、膝を屈するわけにはいかない」
トーマスの目には、炎が燃えていた。老いた体の奥に、消えない闘志が宿っている。
「この里は、何百年もの間、誰にも屈することなく生き延びてきた。帝国が来ようと、その伝統は変わらない」
*
会議の後、シオンはティアと一緒に、里の外れにある訓練場を見学した。
そこでは、若い戦士たちが激しい稽古を行っていた。
刀を振るう者、手裏剣を投げる者、組み手をする者——皆、真剣な表情で技を磨いている。汗が飛び散り、気合の声が響き渡る。
「すごいね」シオンが言った。「皆、強そうだ」
「当たり前よ」ティアは誇らしげに言った。「里の戦士は、幼い頃から修行を積んでるの。歩けるようになったら、まず木刀の持ち方を習うって感じ。私も、毎日訓練してるわ」
「ティアも?」
「当然でしょ。長の娘なんだから」
ティアは腰に下げた短剣に手を置いた。柄は使い込まれ、手に馴染んでいる。
「四年前より、ずっと強くなったわよ。今なら、あの魔物にだって、もっとまともに戦える」
シオンはティアを見つめた。
四年前の勝気な少女は、今や立派な戦士の卵になっていた。背も伸び、体つきも引き締まっている。動きには無駄がなく、立ち姿にも隙がない。
「シオン、何見てるのよ」
「いや……ティア、変わったなって」
「当たり前でしょ。四年も経ってるんだから」ティアは頬を染めた。「あんただって変わったわよ。背が伸びたし……なんか、雰囲気が違う」
「そうかな」
「うん。前は、もっと……子供っぽかった。今は、なんていうか……」
ティアは言葉を探した。視線をそらしながら。
「……大人っぽくなった」
シオンは苦笑した。
「色々あったからね」
ティアはシオンの顔を見つめた。その目が、真剣な色を帯びる。
「……何があったの?」
「話すと長くなる」
「聞かせて。私、知りたい」
シオンは少し考え、そして話し始めた。
小鳥を蘇らせたこと。祖父から力の危険性を聞かされたこと。王に狙われたこと。両親が捕まったこと。
ティアは黙って聞いていた。その表情は、次第に険しくなっていった。拳を握りしめ、唇を噛んでいる。
「……ひどい」ティアが言った。声が震えている。「王様が、そんなことをするなんて」
「王妃様を亡くして、おかしくなったらしい」
「でも、だからって、シオンの家族を——」
「わかってる」シオンは頷いた。「だから、僕は強くならなきゃいけない。両親を助けるために」
ティアはシオンの手を握った。その手は温かく、力強かった。
「私も手伝う」
「え?」
「当然でしょ。友達が困ってるんだから」
ティアの目は、真剣だった。あの頃と同じ——いや、あの頃以上に、真っ直ぐな目。
「シオンが帝国に戻るなら、私も一緒に行く。約束したでしょ、また三人で冒険するって」
シオンは、ティアの顔を見つめた。
あの頃と同じ、まっすぐな目。しかし、その奥には、四年間で培った強さが宿っていた。
「……ありがとう、ティア」
「礼はいらないわよ。友達なんだから」
*
その夜、シオンはソロンと二人で話をした。
「おじいさん、僕にもっと力の使い方を教えて」
シオンは真剣な目で言った。
「帝国が来た時、戦えるようになりたい。里の人たちだけに戦わせるわけにはいかない」
ソロンは、しばらく黙っていた。窓の外を見つめ、何かを考えている様子だった。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「……わかった」
「本当?」
「ただし、条件がある」
ソロンはシオンの目を見つめた。その目は厳しく、しかし愛情に満ちていた。
「力を使いすぎてはならない。特に、『時の逆行』——死者を蘇らせる力は、絶対に使うな」
「どうして?」
「あの力を使えば使うほど、クロノス・アビサルの封印が弱まる。そして、お前自身の魂も、削られていく」
シオンは息を呑んだ。
「魂が……」
「時の秘術は、両刃の剣だ。使えば使うほど、代償を払うことになる。私も、若い頃は無理をしすぎた。だから今は、大きな術を使うと体に負担がかかる」
ソロンは自分の手を見つめた。皺の刻まれた、老いた手。かつては力強く呪文を紡いだその手も、今は震えることがある。
「お前には、同じ道を歩んでほしくない」
「……わかった。気をつける」
「よし」ソロンは頷いた。「では、明日から訓練を始めよう。里の戦士たちにも協力してもらう」
シオンは深く頭を下げた。
「ありがとう、おじいさん」
「礼を言うのは早い。厳しい訓練になるぞ」
ソロンは微笑んだ。しかし、その目は真剣だった。
*
窓の外では、月が昇っていた。
ミストリアを照らす、静かな光。しかし、その平穏は長くは続かないだろう。
帝国の追手は、確実に近づいている。
シオンは、手のひらを見つめた。
今はまだ、何も見えない。しかし、あの時——小鳥を蘇らせた時——確かに光が灯った。陽光の刻印。自分の中に眠る、時の力。
あの力を、使いこなせるようになれば。
——待ってて、父さん、母さん。
——僕は、必ず帰る。必ず助けに行く。
シオンは拳を握りしめ、窓の外の月を見上げた。
新たな戦いが、始まろうとしていた。
第十三章 了
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