表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

『黒の魔道具師と、聖女になれなかった女』

作者: ねこラシ
掲載日:2025/12/07

 王都に差し込む朝陽は、磨かれた白の塔を黄金色に染めていた。だが、その眩さとは裏腹に、街の空気にはどこかぎこちない緊張が満ちている。今日、王国が百年に一度の〈聖女〉を選ぶ儀式が行われる日だからだ。

 聖女は神託により選ばれ、魔物を祓い、王国の加護を司る象徴となる。民は熱狂し、騎士は胸を張り、商人たちは新しい祝祭の品を並べていた。


 その人波の端で、ひとりの少女が足を止めた。

 ララ・アーデル。十六歳。少し癖のある亜麻色の髪を、ほつれたまま結わえている。彼女の家は代々〈神殿付き魔具師〉を務めてきたが、父が早く亡くなり、今は落ちぶれた一軒家で細々と暮らしていた。


 ララは聖女候補の一人だ。とはいえ、誰も彼女に期待はしていない。

 神殿の巫女たちはずっと言っていた。


 ――ララは劣等生。魔力量も低い。

 ――背も低いし、王にふさわしい気品もない。

 ――家も没落しているし、神の目に留まるわけがない。


 最も酷かったのは、同じ候補であるリリアーヌ……神殿長の娘が言い放った言葉だ。


「あなたみたいな子が聖女になったら、国の恥ですわ」


 ララは何も言い返せず、俯いた。

 ただ一つ、彼女に寄り添ってくれる人がいた。


 黒の外套をまとった青年――ゼン。

 王都の片隅で魔導具工房を営む謎めいた魔導具師で、腕は確かだが、過去の素行不良の噂が絶えないため、街では“黒の落ち人”などと囁かれている。


「ララ、お前は無理に笑おうとしなくていい。俺はお前が選ばれると思ってるよ」


「……ありがとう。でも、もし違ったら?」


「そのときは、そのときだ。お前はお前を必要とする場所に行けばいい」


 ゼンはいつも不器用で、どこか遠くを見るような瞳をしているが、ララに向ける声だけは優しかった。

 その優しさに救われて、ララは今日も神殿へ向かう。


 儀式が始まった。

 壮麗な神殿の中央にある神託の水鏡が、光を放ち始める。候補者はララを含め四名。そのうち有力なのは、圧倒的魔力量と家柄を持つリリアーヌだ。

 誰もが彼女が選ばれると確信していた。


 白い光が天井に昇り、やがて一本の柱となって候補者を照らす。

 空気が震え、世界が静まり返る。

 そして――


 光はリリアーヌではなく、ララを指した。


「え……?」


 ララ自身が最も驚いた。

 神殿は騒然とし、巫女たちはざわめき、騎士団長は困惑を隠せない。

 だが水鏡は揺らぎもせず、ただ一人の聖女を示し続ける。


「ま、まさか……どうして……?」

 リリアーヌの顔は恐怖と怒りで歪んだ。


 だが、次の瞬間だった。

 水鏡が突然、裂けたように揺らぎ、黒い靄が吹き上がる。


 巫女が悲鳴を上げる。

「な、なにこれ……!神託が……乱れて……!」


 靄の中から声が響いた。


『その娘は……神の器には足りぬ』


 厳かで、しかしどこか歪んだ響き。

 巫女たちは恐れおののいた。

 リリアーヌは顔を輝かせる。


「ほら見なさい!やっぱりあなたは偽物じゃない!」


 だがララは気付いた。

 声は神の声とは似て非なるもの。もっと冷たく、もっと濁っている。

 巫女の一人が震えながら呟いた。


「こ……これ、人の魔力に混ぜられた“偽の神託”です……!?」


 魔具で神託を操作するなど、重罪中の重罪。

 澄んだ光が水鏡の中から溢れ出し、偽りを焼き払っていく。

 そして露わになったのは――


 光の下で崩れ落ちる、リリアーヌの魔具。

 神殿長の印章が刻まれた禁呪の装置。


 神殿が凍りつく。


「こ、これは……違う!私は知らない!父が、王家のために――」


 リリアーヌは必死に叫ぶが、もはや誰も信じない。

 巫女長が杖を鳴らし、冷ややかに宣告する。


「神託を汚した罪は重い。リリアーヌ、あなたと神殿長には相応の処罰が下るでしょう」


 ララは震える手を胸に当てた。

 あの日、ゼンが作ってくれた〈魔力安定のお守り〉が淡く光っている。

 ゼンは“最初から”気付いていたのだ。神託が簡単に歪められることを。ならば、その反動で必ず暴かれるとも。


 神殿を出たララの前で、ゼンが待っていた。

 人々がざわつき、彼女の名を呼び、跪く者さえいるのに、ゼンだけはいつも通りだった。


「……おかえり」


「ゼン……わ、私……聖女に……」


「知ってる。全部見てた。よかったな」


 ララは涙をこらえきれず、彼に飛びつく。

 ゼンは少し驚いたように目を見開き、それからゆっくりと彼女の背に手を回した。


「お前はずっと、誰かに貶められるために生まれたんじゃない。

 光に選ばれるために生まれたんだよ」


「……ありがとう。あなたがいてくれたから、今日を迎えられたの」


 ララは思った。

 聖女として戦う未来は、決して穏やかではないだろう。

 でも、ゼンが側にいてくれるのなら、どんな闇でも切り開いていける。


 王都の塔に、再び眩い光が昇る。

 それは新たな聖女を迎える祝福の光であり――

 嘘と傲りにまみれた者へ落ちる、確かな裁きの光でもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ