『黒の魔道具師と、聖女になれなかった女』
王都に差し込む朝陽は、磨かれた白の塔を黄金色に染めていた。だが、その眩さとは裏腹に、街の空気にはどこかぎこちない緊張が満ちている。今日、王国が百年に一度の〈聖女〉を選ぶ儀式が行われる日だからだ。
聖女は神託により選ばれ、魔物を祓い、王国の加護を司る象徴となる。民は熱狂し、騎士は胸を張り、商人たちは新しい祝祭の品を並べていた。
その人波の端で、ひとりの少女が足を止めた。
ララ・アーデル。十六歳。少し癖のある亜麻色の髪を、ほつれたまま結わえている。彼女の家は代々〈神殿付き魔具師〉を務めてきたが、父が早く亡くなり、今は落ちぶれた一軒家で細々と暮らしていた。
ララは聖女候補の一人だ。とはいえ、誰も彼女に期待はしていない。
神殿の巫女たちはずっと言っていた。
――ララは劣等生。魔力量も低い。
――背も低いし、王にふさわしい気品もない。
――家も没落しているし、神の目に留まるわけがない。
最も酷かったのは、同じ候補であるリリアーヌ……神殿長の娘が言い放った言葉だ。
「あなたみたいな子が聖女になったら、国の恥ですわ」
ララは何も言い返せず、俯いた。
ただ一つ、彼女に寄り添ってくれる人がいた。
黒の外套をまとった青年――ゼン。
王都の片隅で魔導具工房を営む謎めいた魔導具師で、腕は確かだが、過去の素行不良の噂が絶えないため、街では“黒の落ち人”などと囁かれている。
「ララ、お前は無理に笑おうとしなくていい。俺はお前が選ばれると思ってるよ」
「……ありがとう。でも、もし違ったら?」
「そのときは、そのときだ。お前はお前を必要とする場所に行けばいい」
ゼンはいつも不器用で、どこか遠くを見るような瞳をしているが、ララに向ける声だけは優しかった。
その優しさに救われて、ララは今日も神殿へ向かう。
儀式が始まった。
壮麗な神殿の中央にある神託の水鏡が、光を放ち始める。候補者はララを含め四名。そのうち有力なのは、圧倒的魔力量と家柄を持つリリアーヌだ。
誰もが彼女が選ばれると確信していた。
白い光が天井に昇り、やがて一本の柱となって候補者を照らす。
空気が震え、世界が静まり返る。
そして――
光はリリアーヌではなく、ララを指した。
「え……?」
ララ自身が最も驚いた。
神殿は騒然とし、巫女たちはざわめき、騎士団長は困惑を隠せない。
だが水鏡は揺らぎもせず、ただ一人の聖女を示し続ける。
「ま、まさか……どうして……?」
リリアーヌの顔は恐怖と怒りで歪んだ。
だが、次の瞬間だった。
水鏡が突然、裂けたように揺らぎ、黒い靄が吹き上がる。
巫女が悲鳴を上げる。
「な、なにこれ……!神託が……乱れて……!」
靄の中から声が響いた。
『その娘は……神の器には足りぬ』
厳かで、しかしどこか歪んだ響き。
巫女たちは恐れおののいた。
リリアーヌは顔を輝かせる。
「ほら見なさい!やっぱりあなたは偽物じゃない!」
だがララは気付いた。
声は神の声とは似て非なるもの。もっと冷たく、もっと濁っている。
巫女の一人が震えながら呟いた。
「こ……これ、人の魔力に混ぜられた“偽の神託”です……!?」
魔具で神託を操作するなど、重罪中の重罪。
澄んだ光が水鏡の中から溢れ出し、偽りを焼き払っていく。
そして露わになったのは――
光の下で崩れ落ちる、リリアーヌの魔具。
神殿長の印章が刻まれた禁呪の装置。
神殿が凍りつく。
「こ、これは……違う!私は知らない!父が、王家のために――」
リリアーヌは必死に叫ぶが、もはや誰も信じない。
巫女長が杖を鳴らし、冷ややかに宣告する。
「神託を汚した罪は重い。リリアーヌ、あなたと神殿長には相応の処罰が下るでしょう」
ララは震える手を胸に当てた。
あの日、ゼンが作ってくれた〈魔力安定のお守り〉が淡く光っている。
ゼンは“最初から”気付いていたのだ。神託が簡単に歪められることを。ならば、その反動で必ず暴かれるとも。
神殿を出たララの前で、ゼンが待っていた。
人々がざわつき、彼女の名を呼び、跪く者さえいるのに、ゼンだけはいつも通りだった。
「……おかえり」
「ゼン……わ、私……聖女に……」
「知ってる。全部見てた。よかったな」
ララは涙をこらえきれず、彼に飛びつく。
ゼンは少し驚いたように目を見開き、それからゆっくりと彼女の背に手を回した。
「お前はずっと、誰かに貶められるために生まれたんじゃない。
光に選ばれるために生まれたんだよ」
「……ありがとう。あなたがいてくれたから、今日を迎えられたの」
ララは思った。
聖女として戦う未来は、決して穏やかではないだろう。
でも、ゼンが側にいてくれるのなら、どんな闇でも切り開いていける。
王都の塔に、再び眩い光が昇る。
それは新たな聖女を迎える祝福の光であり――
嘘と傲りにまみれた者へ落ちる、確かな裁きの光でもあった。




