キャプリンのお嬢様と影の執事( AI生成)
第1話:影の朝
するり――。
埃一つない寝室の静寂を破ったのは、重厚なダマスク織のベルベットカーテンが引かれる音だった。音の主、ルカ・ヴィンは、闇を祓う司祭のように、迷いのない手つきで窓を開けた。夜明けの濾過された光が部屋へと流れ込み、空気中を浮遊していた微細な埃を黄金の粉のように染め上げた。
その光はベッドの上、一枚の絵画のような存在を照らし出した。
キャプリン家の唯一の直系、セシリア・フォン・キャプリン。
眠りから覚め、体を起こしたばかりの彼女の姿は、気だるくも危うい美しさを醸し出していた。薄いシルクの寝間着は、寝返りの跡に沿ってしなやかに体に絡みついている。ふっくらと盛り上がった胸、くびれた腰、そして滑らかに続く臀部の曲線が、光の下で露わなシルエットとして浮かび上がった。
ルカはその光景を正面から受け止めなかった。カーテンを開けた直後、彼は機械のように身を翻し、頭を垂れた。彼の視線は寸分の狂いもなく、自らが磨き上げた大理石の床の一点に向けられている。しかし、閉じた瞼の裏には、先ほど光と共に流れ込んできた残像が、焼きごてのように鮮やかに刻み込まれていた。
誰にも見えない刹那、固く閉じられた彼の顎のラインに、筋が微かに浮かんでは消えた。完璧な無表情の下に隠された、鋼のような自制心の証だった。
「ルカ、今日の天気は?」
ベッドから降りたセシリアの声が沈黙を破った。寝起き特有の苛立ちと倦怠が混じった、気だるい声だった。
「雲一つなく晴れており、昨日より少し風が冷たいようです、お嬢様」
ルカは感情の揺らぎを一切感じさせない声で答え、あらかじめ用意しておいた温かいレモン水を彼女の手に渡した。彼の日常はいつもこうして、彼女の感覚を予測し、先んじて動くことから始まる。
巨大なドレスルームの扉が開かれると、帝国最高の衣装室をそのまま移したかのような空間が現れた。ルカは今日セシリアが着るであろうドレス三着を腕にかけ、差し出した。深い森を思わせる青緑色のベルベット、夜明けの霧のような薄紫色のシルク、そして純潔を装った象牙色のレースのドレス。
セシリアはドレスを選ぶふりをして、彼に歩み寄った。彼女は薄紫色のシルクドレスの感触を確かめようとするかのように手を伸ばしたが、その指は生地ではなく、生地を持つ彼の指の上を、意図的に、ゆっくりと撫でていった。
瞬間、石のように固まっていたルカの指が、一秒にも満たない時間、微かに震え、すぐに平静を取り戻した。
セシリアはその刹那の硬直を見逃さなかった。彼女は誰にも気づかれないほど微かな笑みを口元に浮かべた。彼の完璧な統制に亀裂を入れること。それは彼女のささやかで、密やかな快楽だった。
「これにするわ」
華麗な螺鈿が施された化粧台の椅子にセシリアが座ると、ルカはごく自然に彼女の背後に立った。ひんやりとした銀製の櫛が、夜空のように黒く長い彼女の髪を梳いていく。彼の上体が屈められると、抑制された吐息が彼女の白い項や耳元に、触れるか触れないかの絶妙な距離を保った。
セシリアは鏡に映る、無表情な彼の顔と、そんな彼にすべてを委ねる自身の姿を見つめ、目を閉じた。櫛が頭皮を撫でる刺激的な快感と、すぐ背後で感じられる彼の存在がもたらす息詰まるような緊張感。この二つの感覚が混じり合い、奇妙な眩暈を引き起こした。
「もう少し、強く」
彼女が低く命じた。単なるブラッシングへの要求なのか、それ以上の何かを望んでいるのか、判然としない曖昧な命令だった。ルカは何も言わず、櫛を握る手に少し力を込めた。彼の手つきは依然として丁重だったが、その内に込められた力は彼女の頭皮をより強く刺激した。
すべての身支度を終え、朝陽が満ちるテラスの小さなテーブルへ。ルカが澄んだ音を立てながら、ティーカップに紅茶を注いだ。香り高いベルガモットの香りが空気中に広がる。
彼が両手で恭しくティーカップを差し出すと、セシリアはそれを受け取りながら、再び意図的に彼の指先に触れた。そして今度は顔を上げ、初めて彼の目を真っ直ぐに見上げた。
「ご苦労だったわね」
初めて正面から交わされた視線。彼の深い栗色の瞳は、底知れぬ井戸のようにただ静かだった。いかなる欲望も、感情も映し出さない。しかし彼はすぐ、彼女の視線に耐えられないかのように、あるいは許されざるものを欲しないという誓いのように、視線を下に落とした。
「下がっていいわ」
セシリアの短い言葉に、ルカは音のない影のように腰を屈めて一礼し、部屋を出ていった。扉が閉まる最後の瞬間まで、彼は決して振り返らなかった。
部屋に完全に一人残されたセシリア。彼女は飲みかけのティーカップを置いた。そして自分でも気づかぬうちに手を上げ、先ほどルカの吐息が危ういほどに留まっていた自身の項を撫でた。
肌には何も残っていなかったが、まるで彼の熱い吐息が残した痕跡を確かめようとするかのように。完璧な侍従の後に残るのは、満たされない空虚さと、得体の知れない渇きだった。彼女は窓の外の晴れた空を見て、わずかに眉をひそめた。
一日の始まりは、いつもと同じように、そうして終わった。
第2話:服従の誓い
キャプリン家の書斎は、死にかけていた。古い羊皮紙とインクの匂いの合間に、病人の微かで不快な薬の匂いが染み込み、空間全体がゆっくりと腐敗していくかのような印象を与えていた。
その中心に座る男、キャプリン公爵もまた、その空間に似ていた。かつて帝国を号令した功臣家の当主であったとは信じ難いほど衰弱した彼は、血の気のない唇を動かし、短く、しかし断固とした言葉を吐き出した。
「アカデミーに入学するのだ」
セシリアは微動だにせず、その言葉を受け止めた。その短い一文に込められた数多の刃を知らないはずはなかった。病んだ自分に代わって家を代表せよという無言の圧力。虎視眈々とキャプリンの没落を待つアーサー家や腹黒い狼たちの前で、決して萎縮するなという警告。そして何より、今や完全に彼女の肩にのしかかった、家の重い運命。
「かしこまりました、お父様」
彼女は非の打ちどころのない完璧な貴族令嬢の顔で、揺るぎない声で答えた。しかし、書斎の重厚な扉を閉めて出てきた瞬間、彼女の完璧な仮面には見えない亀裂が走り始めた。シャンデリアの光が届かない廊下は、ひときわ長く、暗かった。独りだった。
その廊下の突き当たり、窓から差し込む微かな光にシルエットを浮かべて立つ影を見つけた瞬間、彼女は懸命に抑えつけていた不安が鋭い氷の欠片となって心臓を突き刺すのを感じた。
ルカ・ヴィン。彼はいつものように、彼女が必要とするであろう場所に、先にいた。
自室に戻ったセシリアは、何も言わなかった。扉が閉まる音と共に、部屋の空気は瞬く間に鉛のように重く沈んだ。彼女は今まで感じたことのない巨大な世界の前に、裸で放り出されたような気分だった。頼るべき親も、力になってくれる兄弟もいない孤独な現実。彼女を守ってくれていた「キャプリン」という名の柵が、どれほど危ういものだったのか、今日初めて気づいた。
彼女の揺れる紫色の瞳から、嵐のような不安を読み取ったのはルカだった。彼は先に沈黙を破り、丁重に頭を下げた。
「お嬢様、何なりとお申し付けください」
彼の声は、いつものように穏やかだった。嵐が吹き荒れる海の真ん中に浮かぶ灯台のように、静かで、変わりがなかった。まさにその平穏さが、かえってセシリアの不安をかき乱し、狂気へと駆り立てた。
その言葉に、セシリアの内面で煮えたぎっていたすべての不安と恐怖が、ただ一つの明確な所有欲へと凝縮された。この世界のすべてが変わり、自分を脅かしても、決して変わらない唯一のもの。それを確かめなければならなかった。
彼女は決心したように、冷たく鋭い声で命じた。
「跪きなさい」
ルカは一瞬の躊躇も、問いもなく、彼女の足元に跪いた。
こつん。
彼の膝が硬い大理石の床に触れる音が、部屋に鮮やかに響いた。服従の音だった。
セシリアは震える声を隠すため、さらに鋭く言い放った。
「決して私から離れるな、ルカ」
彼女の声は命令であったが、その語尾はほとんど懇願に近かった。
「私が許すまでは、死でさえお前を連れて行くことはできない。分かった?誓いなさい」
ルカはゆっくりと顔を上げた。初めて彼は彼女の命令に即座に従わず、跪いたまま彼女の目を正面から見つめた。彼の深い栗色の瞳には、同情や憐憫といったものはなかった。その代わり、すべてを理解し、受け入れるという確固たる信念と、底知れぬ感情が込められていた。まるで彼女の不安と恐怖のすべてを、自分のものにするかのような眼差しだった。
彼は再びゆっくりと腰を屈めた。彼女の不安、彼女の命令、彼女の存在そのものを受け入れる、神聖な儀式のように。
彼の唇が、セシリアの足の甲を覆う柔らかな室内履きの革の先に触れた。
「――っ!」
柔らかく、温かい感触に、セシリアは思わず息を止めた。彼の唇が触れた爪先から、痺れるような戦慄が背筋を駆け上り、うなじの産毛を逆立たせた。それは単なる接触ではなかった。彼のすべてを捧げるという烙印だった。
唇を離した彼が、額を彼女の靴の先に当てたまま、低く、揺るぎない声で誓った。
「お嬢様の影として生きます。光がある限り、影は消えません」
彼の絶対的な服従を確認した瞬間、セシリアの心臓を絡めとっていた氷のような不安は、雪解けのように消え去った。その場所には、心臓が張り裂けそうなほど満たされる、痺れるような安堵感と完全な所有の快感が満ちていた。彼女はもう独りではなかった。自分に永遠に帰属する影がいた。
彼女はいつもの傲慢で気高いお嬢様に戻り、足元に傅くルカを見下ろした。
「お立ちなさい」
彼女の声には、もはや震えはなかった。
「アカデミーへ行く荷造りをしなければ。私にふさわしい、最も華やかなものたちでね」
彼女の平穏を確認したルカが、静かに立ち上がった。二人だけの秘密めいた、倒錯的な儀式はそうして終わった。セシリアは新しい世界へ進む力を得て、ルカは彼女の不安を代償に、より深く、甘い枷を自らの首にかけたのだった。
第3話:馬車の中の熱
アカデミーへ向かうキャプリン家の馬車の内部は、世界から隔離された小さな島だった。よく乾いた革の匂いと、セシリアのドレスから漂うほのかな薔薇の香りが混じり合い、狭い空間を濃密に満たしていた。車輪が砂利道を転がる単調な音と、規則的な馬の蹄の音だけが一定のリズムで響き、時が止まったかのような錯覚を呼び起こした。
セシリアとルカは、ベルベット張りの座席に互いに向き合って座っていた。馬車が大きく揺れるたび、豊かなドレスの裾に隠された彼らの膝が、否応なく触れ合った。最初の数回は、ただ道端の石のせいだった。しかし三度目に触れた時、ルカは誰にも気づかれないほど、ごく微かに体を後ろに引き、距離を取った。
その微細な回避を、セシリアは見逃さなかった。
それからというもの、静寂の中でセシリアの豊かなシルクドレスの裾が、彼の糊のきいた制服のズボンを擦る音が、やけに大きく聞こえた。さら、さら。すべての騒音が遮断された空間で、彼らの存在だけが互いの神経を鋭く刺激していた。
単調に流れる車窓の風景に飽きたセシリアの視線が、向かいのルカへと向かった。彼は少しの乱れもない姿勢で窓の外を見つめている。まるで外の世界の風景がこの上なく興味深いとでもいうように。しかしセシリアには分かっていた。彼のすべての神経が、刃のように研ぎ澄まされ、正確に自分へと向けられていることを。
面白い考えが浮かんだ。昨日、彼女の足元で絶対的な服従を誓った男。彼の忠誠心は、彼女の不安を鎮めるほどに確かだった。ならば、彼の忍耐力はどこまでなのだろうか。この完璧な下僕の仮面を剥いでみたいという衝動が頭をもたげた。
「退屈ね、ルカ」
彼女は気だるげに言い、優雅な子猫のようにあくびをするふりをして口元を覆い、伸びをした。そして次の瞬間、馬車が再び大きく揺れて軌道を外れたのを口実に、彼女はバランスを失ったふりをして体を傾けた。
彼女の手が、まるで寄りかかる場所を探す白い蝶のように宙をしばし彷徨い、彼の太ももの上に降り立った。手のひらの下、制服の張り詰めた生地の上からでも鮮明に感じられる、硬く鍛え上げられた大腿筋。
その瞬間、ルカの体が見えない糸に吊られたマリオネットのように、そのまま固まった。
セシリアは手を離さなかった。むしろ悪戯心が働いた子供のように、手のひらに体重をかけてじっと押し付けた。彼の完璧なポーカーフェイスが崩れる瞬間を見たいという、残酷な衝動が湧き上がった。彼の平穏な仮面の下には、果たしてどんな顔が隠されているのだろうか。
ルカは息さえしていないように見えた。彼は彼女の手も見ず、彼女も見ず、依然として遠くの風景を見つめていた。しかしセシリアには見えた。固く結ばれた彼の顎のラインに、血管が微かに震えているのを。彼の完璧な統制に入った、最初の亀裂だった。
時が止まったかのような沈黙。馬車の揺れと蹄の音だけが、二人の間に張り詰められたゴムのような緊張感を満たした。彼女の白い手袋の向こうから、彼の太ももから伝わってくる熱い体温が感じられた。それは単なる体温ではなかった。必死に抑え込んでいる何かが放つ、危険な熱だった。その熱は彼女の手のひらを通して全身に広がり、腹の底をくすぐる奇妙で不穏な快感をもたらした。
遠くに次の宿場の赤い屋根が見えてくると、セシリアはようやくこの小さなゲームを終えることにした。彼女は何事もなかったかのように、ごく自然に手を引きながら言った。
「喉が渇いたわ。降りてお茶でも飲みましょう」
彼女が先に馬車の扉を開けて降りた。少し遅れて降りてきたルカの表情は、再び完璧な無表情に戻っていた。彼は恭しく腰を屈め、彼女が馬車から降りるのを手伝った。誰も、先ほどこの狭い馬車の中で繰り広げられた、二人だけの密やかな対決を知ることはないだろう。
しかし彼女がしばし背を伸ばし、御者に話しかけている間、先に馬車に乗り込んだルカは、ごく短い時間、自分でも気づかぬうちにセシリアの手が触れた太ももを、強く握りしめては離した。手袋をはめた指の下に、彼女が残した熱と感覚の痕跡が、まるで焼きごてのように鮮明に残っていた。
容易には消えない、危険な残像だった。
第4話:見えない王冠
アウレリウス・アカデミーの中央広場は、帝国の未来を収めた華麗な宝石箱のようだった。それぞれが家の威勢を誇示する馬車が並び、新調したばかりの制服に身を包んだ若い貴族たちは、浮かれた声で互いの安否を問い、新たな始まりへの期待を語り合っていた。賑やかで活気に満ちた雰囲気の中、一台の馬車が入ってくると、瞬間的な静寂が流れた。
青い竜の紋章が刻まれた、キャプリン家の馬車だった。
扉が開かれ、セシリア・フォン・キャプリンが姿を現した。彼女の登場は、騒がしい広場に冷水を浴びせたかのような沈黙をもたらした。傲慢な美しさと、霜のように冷たい雰囲気が周囲を圧倒していた。彼女はここに馴染むために来たのではなく、君臨するために来たと、全身で語っていた。
そして人々の視線は、自然と彼女の後ろに従う男へと向かった。ルカ・ヴィン。彼は他の従者のように主人の荷物を持ち、慌ただしく動き回ることはなかった。彼の手は空で、背筋はまっすぐに伸びていた。ただ彼女の動きにのみ完璧に同期しているかのように、セシリアが止まれば正確に半歩後ろで止まり、彼女が歩けば音もなく従った。まるで彼女の影そのものが意志を持ったかのようだった。
囁き声が波紋のように広がった。
「あの子がキャプリンのセシリアね。噂通り、冷たそうだわ」
「後ろの従者を見て。本当に…素敵だわ」
「従者じゃなくて護衛騎士じゃないの?雰囲気が普通じゃないわ」
令嬢たちの感嘆交じりの声の間に、令息たちの不満げな呟きも混じっていた。
「建国功臣家だからって、鼻持ちならないな」
「下僕のくせに、何を信じてあんなに突っ立ってるんだ?」
セシリアは、自分とルカに注がれるあらゆる種類の視線を肌で感じながら、見えない鎧をまとったかのような快感を覚えていた。この新たな戦場で勝利できるだろうか、という微かな緊張感は、ルカの存在だけで雪解けのように消え去った。彼は彼女にとって、最も強力で完璧な武器だった。
古風な大講義室は、高い天井と古い木の匂いで学生たちを圧倒した。白髪の老教授が進める歴史学の講義は退屈極まりなく、学生たちは少しずつ集中力を失っていった。まさにその時だった。
「最も古い建国功臣家のうち、竜の紋章を使用する家門はどこかな、フォンテーヌ子爵家の令息?」
突然の指名に、フォンテーヌ子爵家の令息ははっと驚き、顔を赤らめた。彼は慌てて答えを書くために羽根ペンを探したが、うろたえた手は机の上をかき回すばかりだった。結局インク瓶を倒しそうになった彼を見て、講義室のあちこちから低い失笑が漏れた。
セシリアはその光景を無心に見つめていた。彼女の表情には何の変化もなかった。ただ、机の上に置かれた彼女の右手の人差し指が、ごくゆっくりと、一度こつりと動いた。それは講義室の後方に立つルカだけが気づくことのできる、二人だけの約束された合図だった。「準備して」
合図を受けたルカは、音もなく動いた。彼は他の学生たちの視界を遮らないよう壁に沿って幽霊のように移動し、セシリアの机の横に近づいた。
彼はあらかじめ用意しておいた小さな携帯用の書字板の上に、ペン先が完璧に整えられた羽根ペンと、重心が安定していて容易には倒れない特殊なインク瓶を静かに置いた。すべての動作に無駄がなく、羽根が机に触れる音さえしなかった。
まるで待っていたかのように、老教授の次の質問がセシリアに向けられた。彼女はルカが準備した筆記具で、ためらうことなく完璧な答案を書き下した。
講義室中のすべての視線が、彼らに注がれた。フォンテーヌ令息の騒がしく滑稽な姿と、セシリアの静かで優雅な対処が、鮮明に対比される瞬間だった。令嬢たちは「どうしてあんなに息が合うのかしら」と感嘆し、令息たちは「自分の下僕を利用して偉そうにしている」と不快な視線を送った。そして彼らの従者たちは、主人の些細な必要性さえも察知する彼の能力に、少なからず感心していた。
講義が終わった後、学生たちが溢れ出る廊下は、一日で最も混雑する場所だった。セシリアはわざと、競争相手であるアーサー家の令嬢、イザベラが友人たちと笑いながら通り過ぎるタイミングを狙った。イザベラと目が合った瞬間、セシリアは持っていた白い革の手袋を床に「うっかり」落とした。
こつん。
手袋が冷たい大理石の床に触れる前に、ルカが影のように身を屈め、それを掴み取った。彼の動きは、獲物を捕らえる訓練された鷹のようだった。
そして彼はその場で、ためらうことなく片膝をついた。これは単なる侍従の行為ではなかった。騎士が自らの君主に忠誠を誓うのと同様の、徹底的に計算された儀式的な行動だった。土埃一つついていない手袋を両手で恭しく捧げ持った彼の視線は、ただセシリアの顔だけに固定されていた。
セシリアはゆっくりと手袋を受け取った。そして周囲の誰もが聞こえるように、しかしルカにだけ囁くかのように、低く、明瞭に言った。
「ええ、よろしい。お前のいるべき場所を、忘れないようにしなさい」
その言葉は、二重の意味を持つ烙印だった。表面的にはルカへの称賛と警告。しかし、真の聞き手は周囲のすべての学生たち、特にイザベラだった。「この完璧な存在は私のものだから、決して手出しするな」という、冷たくも明確な所有権の宣言。
ルカは頭を下げたまま答えた。「肝に銘じます、お嬢様」
彼の顔には何の感情も現れなかった。しかし彼の耳には、自分に向けられる憧憬と嫉妬、そして軽蔑の視線が、波のように押し寄せていた。そして、そのすべての波の中心には、彼の主人であるセシリアが立っていた。
セシリアは満足げな笑みを浮かべ、廊下を歩いていった。彼女の後ろに従うルカは、彼女が残した勝利の影のように見えた。
第5話:嫉妬という名の毒
アカデミー自慢の薔薇園は、満開の花々で眩しかった。晴れた午後、最高位の貴族令嬢だけが参加するティーパーティーは、華麗で、しかし偽善的な美しさの絶頂だった。白いテーブルクロスの上には輝く銀の食器が置かれ、令嬢たちの笑い声は手入れの行き届いた花々の間を散っていった。
その中心には、言うまでもなくセシリアがいた。彼女は退屈そうな表情でティーカップを手にしていたが、彼女の存在だけで周囲の他の令嬢たちは色褪せて見えた。
「あら、セシリア。今日のドレス、本当に素敵ね。さすがはキャプリン家の審美眼だわ」
社交界の女王であり、キャプリン家の長年の競争相手であるアーサー家のイザベラだった。彼女は周囲に他の令嬢たちを従え、蜜のように甘い笑みを浮かべて近づいてきた。
セシリアは返事の代わりに軽く顎をしゃくっただけだった。イザベラは気にすることなく、その視線は自然とセシリアの背後、微動だにせず立つルカへと向かった。彼女はあからさまに、まるで市場で珍しい装飾品を品定めするかのように、ルカを上から下まで眺め回した。
「それにしても、本当に素敵な従者ですこと」
彼女の声は、媚態に満ちていた。
「あんなに献身的で…並の貴族令息より気品があるなんて。ハンサムなのは言うまでもないけれど。一体どこであんな宝物を見つけられたのかしら」
「宝物」という言葉が意図的に強調された。ルカを売買可能な品物のように扱い、セシリアの神経を巧みに逆なでする、よく研がれた刃のような称賛だった。
ルカはイザベラの評価にもかかわらず、表情一つ変えず、視線は虚空の一点に固定されたままだった。しかし誰にも気づかれぬよう、彼の耳は微かに赤らんでいた。
イザベラの言葉、特に「従者」「宝物」という単語が、セシリアの耳に匕首のように突き刺さった。自分の完璧な作品、見えない王冠を、あえて他人が値をつけ、評価したという事実に、耐え難い侮辱を感じた。心臓の奥深くから、正体不明の冷たい怒りが込み上げてきた。
カシャン!
セシリアが持っていたティーカップを、受け皿の上に乱暴に置く音が響いた。周囲の騒音が瞬時に止み、すべての視線が彼女に集中した。
セシリアは冷ややかに固まった顔で、イザベラをまっすぐに見つめた。彼女の紫色の瞳は、まるで冬の湖のように冷たく凍りついていた。
「従者ではありませんわ、イザベラ」
彼女の声は静かだったが、その内に秘められた冷気は周囲の空気を凍らせるかのようだった。
「彼は、『キャプリンの者』ですの」
「キャプリンの者」。その言葉には、単なる雇用関係を超えた、家門に完全に帰属する存在という意味が込められていた。他人が手出ししたり、欲したりすることのできない神聖な領域であるという、棘のある警告だった。イザベラはセシリアの剣幕に押され、気まずそうに笑って引き下がった。ティーパーティーの和やかな雰囲気は、冷ややかに冷めてしまった。
その夜、セシリアの華麗な寝室は、嵐が過ぎ去ったかのように荒涼としていた。
彼女はソファに凭れかかり、目を閉じた。しかし、イザベラがルカを見ていたあのいやらしく貪欲な眼差し、そして彼に投げかけた偽善的な称賛が、頭の中で吐き気を催す幻影のように離れなかった。なぜこんなに不快なのだろう?なぜこんなに腹が立つのだろう?生まれて初めて感じる感情の渦の中で、彼女は混乱していた。この感情の名前を、彼女はまだ知らなかった。
この混乱を鎮める方法は、ただ一つしかなかった。彼の絶対的な服従を、再び、目の前で確認すること。
「ルカ、こちらへ」
彼女の声は、疲れきっていた。
「今日はよく歩いたから、足が疲れたわ。揉みなさい」
ルカは無言で近づき、彼女の足元に跪いた。彼は手際よく彼女の小さな靴を脱がせ、薄いシルクのストッキング越しに現れた白く小さな足を、自身の大きく温かい手で包み込んだ。
彼の手が土踏まずを優しく押し、指一本一本を繊細にマッサージし始めた。下僕に自分の足を委ねることは、貴族にとって最も屈辱的な行為を強要することだった。
しかし彼の手つきの下で、セシリアは屈辱感ではなく、奇妙な快感と安堵感を覚えていた。他の女が欲しがった彼の手、彼の存在が、ただ自分の足元で、自分の快楽のために従順であるという事実。この倒錯的な満足感が、昼間のすべての不快感と不安を、雪解けのように洗い流していた。
彼女は混乱した感情の中で目を閉じた。これが嫉妬であることを認めたくなかった。ただ自分の所有物を汚そうとしたことに対する当然の怒りなのだと、そう自分に言い聞かせるだけだった。
第6話:怒りの炎
貴族本館の華やかさとは対照的に、使用人のための付属学校の図書館は、古びてはいたが、よく整頓された空間だった。午後の陽光が高い窓から斜めに差し込み、空気中に漂う埃を金色に照らしていた。
セシリアはルカに渡す書類があり、しばし付属学校に立ち寄った。歩みを進めるうちに、彼女は廊下の窓の外、図書館の奥の書架の間で本を整理しているルカと、別のメイドであるエララの姿を見つけた。
エララが「国家経済学」の教科書を開き、何か難しい箇所を質問すると、ルカは本の特定のページを開いて見せ、簡潔に説明してやった。エララが感謝の言葉を述べ、にこやかに笑うと、ルカはごく微かに頷き、薄い笑みを浮かべた。それは極めて事務的で同僚としての、それ以上でもそれ以下でもない会話だった。
しかしセシリアの目には、そのすべての風景が、吐き気を催す裏切り行為に見えた。
ルカが自分以外の女と向かい合って立っていること自体が不快だった。エララがルカを見上げる尊敬に満ちた眼差しは「媚を売っている」ように、ルカの親切な説明は「優しい囁き」に見えた。
そして決定的に、彼が彼女に見せたあの微かな微笑み。
セシリアは、自分以外の誰にも許したことのない彼の微笑みが、あえて他の卑しい女に向けられたという事実に、理性が切れるのを感じた。昨夜、彼の手つきに感じた倒錯的な安堵感は、粉々に砕け散った。それは、紛れもない裏切りだった。
彼女は持っていた書類を握力でくしゃくしゃにしながら、怒りに満ちた足取りで図書館の中へと入っていった。彼女の登場に、図書館の中のすべての使用人たちが息を殺し、腰を屈めた。セシリアは誰にも目もくれなかった。彼女の怒りは、ただ一人の、最も扱いやすく無力な犠牲者へと向けられていた。
セシリアはエララがちょうど整理を終えた本の山へと近づいた。そして見せつけるように、手でその本の山を押し、床に散乱させた。
がらがら――。
本が乱雑に散らばる音が、静かな静寂を破った。
エララが真っ青な顔で彼女を見上げた。セシリアは虫けらを見るような軽蔑に満ちた目でエララを見下ろし、氷のように冷たい声を吐き出した。
「こんな仕事一つまともにできないくせに、よそ見をして、誰かを教えようなどと、どういうつもり?」
彼女の言葉はエララに向けられていたが、その毒気を含んだ視線はルカに向けられていた。
「卑しい者どもは、与えられた仕事だけをきっちりこなしなさい。中途半端に出しゃばるんじゃないわ。お前の無能さが、キャプリンの名を汚すのよ」
結局、エララはその場で泣き崩れてしまった。周囲の他の使用人たちは恐怖に震え、何もできなかった。ルカは制服の袖の下で拳を固く握りしめ、唇を噛み締めながら、そのすべてを見守るしかなかった。今、彼がエララを庇えば、セシリアの怒りは彼女をさらに深い奈落へと突き落とすことを、あまりにもよく知っていたからだ。
セシリアの部屋。図書館での騒動の後、部屋に戻った二人の間には、息詰まるような沈黙が流れていた。
セシリアは窓際に立ち、背を向けたまま言った。彼女の声は、抑えた怒りで微かに震えていた。
「お前の不注意が私を不快にさせ、キャプリンの威信を貶めた」
彼女はルカではなく、あえて彼に話しかけたメイドをきちんと管理できなかった、彼の「不注意」を責めた。巧みに責任を転嫁していた。
彼女はゆっくりと身を翻し、怒りに燃える目でルカを睨みつけた。そして、自身の寝室の扉を顎で示した。
「今夜、日が昇るまで、あの扉の前で跪いて反省なさい」
彼女の声には、一片の同情もなかった。
「お前が誰のものなのか、お前の視線と微笑みが誰だけに向けられるべきなのか、骨身にしみて思い知るまでね」
ルカは何も言わず、頭を下げて命令を受け入れた。彼は扉へと向かった。扉が閉まる直前、彼は扉の中に残されたセシリアの、か細く震える肩を見た。彼女もまた、抑えきれない怒りの中で、独り苦しんでいることを、彼は知っていた。
第7話:夜の境界線
重厚なオークの扉が閉ざされた。ごん。その音は、一つの世界を二つに分かつ断頭台の刃の音のようだった。
扉の内側は、セシリアの空間だった。蝋燭が柔らかく輝く、世界で最も居心地よく華麗な寝室。最高級のグースダウンの寝具と、暖かく燃える暖炉があったが、部屋の空気は奇妙なほど冷たく、空っぽだった。彼女は完璧な空間の中に、完璧に独りだった。
扉の外側は、ルカの空間だった。廊下の窓から差し込む微かな月明かりだけが照らす、冷たい大理石の廊下。彼の背後には固く閉ざされた、主人の世界へと通じる扉があった。彼はその扉に向かって跪いたまま、一欠片の石像のように微動だにしなかった。
扉。それは二人の世界を分かつ物理的な障壁であり、同時に、互いの存在を最も強く感じさせる唯一の接点だった。越えられない階級の象徴であると同時に、あまりにも危うく、薄い境界線だった。
セシリアはベッドに横になり、本を読もうとした。しかし、一文字たりとも彼女の目には入ってこなかった。彼女の全神経は、扉の外に向けられていた。最初は、彼が冷たい床で苦しんでいるという事実に、残酷な満足感と痛快さを感じていた。「あえて私から目を逸らした罰よ」
しかし、時間が経ち、真夜中が近づくにつれて、廊下の冷気が扉の隙間から染み込んでくるかのような錯覚に陥った。別の感情が頭をもたげた。硬い床で…膝は痛くないだろうか?夜は寒いのに…。憐憫と、ごく微かな罪悪感が、煮えたぎっていた怒りを蝕み始めた。
彼女は耳を澄ませた。ごく微かに、ルカが痛みに耐えながら体勢を立て直す音、衣服が大理石に擦れる音が聞こえてきた。その小さな音は、まるで彼女の心臓を直接掻きむしるかのように、神経に障った。
ルカの膝は、すでに感覚がなかった。何千もの針で刺されるような痛みが、腰まで上がってきた。しかし彼は、肉体の苦痛を鋼のような意志で抑えつけた。その代わり、彼のすべての感覚は、扉の向こうに向けられていた。
彼には聞こえた。柔らかいシルクのシーツがさらりと音を立てる。彼女が寝返りを打っている。本のページをめくる音が止んでから、久しい。彼女も集中できていない。そしてごくたまに、深い夜の静寂を破る、彼女の微かなため息。
彼は、彼女もまた自分のせいで苦しんでいることを知っていた。この夜は、自分だけのための罰ではなかった。この苦しい夜を通して、彼女の心の中の嵐が少しでも収まるのであれば、彼は喜んでこの夜を耐え抜くつもりだった。
夜明けが近づく頃、セシリアはもはや耐えきれなくなり、ベッドから起き上がった。彼女は裸足で音を殺して扉に近づき、冷たい扉にそっと耳を当てた。扉の向こうから、ルカの静かで規則的な、しかし苦痛の混じった息遣いが感じられた。彼がすぐそこにいる。この事実が、狂おしいほどの安堵感をもたらすと同時に、この扉を開けて彼の傷ついた膝を抱きしめたいという衝動に駆られた。
怒り、憐憫、所有欲、罪悪感、安堵感。すべての感情が入り混じり、彼女は扉に寄りかかったまま、その場に崩れ落ちそうになった。
東の窓が、微かな青い光で染まり始めた。夜の終わりだった。
寝室の扉が、音もなく、ごくゆっくりと開かれた。一晩中眠れず、目の周りがくぼみ、青白い顔をしたセシリアが立っていた。彼女の完璧に整えられた姿は、どこにもなかった。
彼女の視線は、床に跪くルカに向けられた。彼は一晩中、乱れのない姿勢を保とうと努めていたが、彼の制服はしわになり、顔には疲労の色が濃かった。彼はゆっくりと顔を上げ、無言で彼女を見上げた。
数多の感情が、二人の視線の中で音もなく交わされた。「なぜあんなことをしたの」という恨みと、「ごめんなさい」という罪悪感。「大丈夫です」という慰めと、「二度としないで」という警告。しかし、彼らの口から一言も言葉は発せられなかった。
セシリアは何も言わず、再び扉を閉めた。ごん。
長く、長い夜は終わった。しかし、扉一枚を隔てて互いの苦痛と存在をありのままに感じたその夜の後、彼らの関係を隔てていた境界線は、すでに取り返しのつかないほどに崩れ落ちていた。
処罰は終わったが、本当の刑罰は、これから始まるのだった。
第8話:浄化の儀式
朝が明けても、セシリアの寝室は依然として昨夜の影から抜け出せずにいた。一晩中眠れなかったせいで、頭は割れるように痛み、神経は弓の弦のように張り詰めていた。ルカへの怒り、彼への憐憫、そして彼を苦しめ、一晩中意識してしまった自分への苛立ちが入り混じり、彼女の内面は最悪の嵐に見舞われていた。この汚れてざらついた感情の塊を、どうにかして洗い流したいという衝動が彼女を捉えた。
彼女が再び扉を開けた時、ルカは依然としてその場所にいた。徹夜の罰で彼の制服はしわになり、顔からは血の気が引いていたが、彼はまっすぐに背を伸ばし、扉が開かれるのをただ待っていた。セシリアは彼の疲れた姿をしばし見下ろしたが、その目に同情の色はなかった。
彼女の声は、かすれて荒れていた。
「みすぼらしい格好ね」
非難なのか、単なる感想なのか、分からない言葉だった。ルカは返事をせず、頭を下げた。
セシリアは決心したように、冷たく言った。「湯浴みの準備をなさい」
ルカがメイド長に伝えますと答えようとした刹那、セシリアが刃のような声で彼の言葉を遮った。
「そして、お前が直接、給仕をしなさい」
それは、普段なら決してあり得ない、メイド長の固有の領域を侵す命令だった。単なる給仕の要求ではなかった。昨夜の事件の延長線上にある処罰であり、二人の関係を新たな局面へと導くという、明確な宣戦布告だった。
ルカの肩が、ごく微かにこわばった。彼はこの命令が何を意味するのか、正確に理解していた。彼はしばし息詰まる沈黙の中で立ち尽くしていたが、やがてすべてを諦めたように、低く答えた。
「……お言葉通りに、お嬢様」
キャプリン家の大理石の浴室は、それ自体が一つの芸術品だった。ルカは黙々と巨大な浴槽に熱い湯を張った。ごうごうと注がれる湯の音が、気まずい沈黙を満たした。彼は乾燥させた薔薇の花びらを一握り、そしてセシリアが好む香りの入浴剤を湯に溶かした。熱い湯気が立ち上り、鏡と壁を白く曇らせ、空間全体は夢幻的で秘密めいた雰囲気に変わっていった。
セシリアが薄いシルクのガウンだけを羽織り、浴室に入ってきた。彼女の裸足が冷たい大理石に触れる音が、湯の音の間から微かに響いた。
ルカはタオルと入浴用品を整理しながら、懸命に彼女から目を逸らし、視線をそらした。彼のすべての動きは極度に抑制されていたが、張り詰めた背中の筋肉が彼の緊張を物語っていた。
セシリアはそんな彼を嘲笑うかのように、見せつけるようにゆっくりとガウンの腰紐を解いた。
するり――。
シルクが滑る音が、やけに大きく聞こえた。ガウンが彼女の肩から力なく滑り落ち、一点の曇りもない白い裸身が、熱い湯気の中に揺らめいた。
ルカが本能的に顔を完全に壁に向けようとすると、セシリアの氷のような声が彼の動きを捕らえた。
「どこを見ているの、ルカ?顔を上げなさい」
ルカがためらって動かないでいると、彼女はさらに残酷で、巧妙な論理で彼を絡め取った。
「まっすぐ見なさい」彼女は浴槽に片足を浸しながら言った。湯が揺らめき、彼女の足首を包み込んだ。「私の体は、キャプリンの最も大きな宝物よ。昨夜、お前の不注意で私の機嫌が損なわれ、そのせいでこの宝物に万が一のことがあったらどうするつもり?小さな傷一つでもつけば、それはお前の責任よ。見もしないで、どうやって責任を取るというの?」
それは、拒むことのできない主人の命令であり、彼の従順を試す残酷な罠だった。ルカに選択の余地はなかった。
彼はごくゆっくりと、まるで重い鎖を持ち上げるかのように、顔を向けた。彼の視線は、否応なく湯に浸かる彼女の体へと向かった。彼の目に映ったのは、欲望の対象ではなかった。自分が命を懸けて守るべき、危うくも神聖な存在だった。彼は抑えきれない動揺を隠すため、目を細めたが、彼女のすべての曲線は、彼の網膜に燃える烙印のように刻み込まれた。
セシリアは彼の屈服を確認し、初めて満足げな笑みを浮かべた。彼女は完全に浴槽に体を沈め、背をもたせかけた。
「さあ、こちらへ」
ルカが跪き、浴槽の横に近づいた。一晩中苦しんだ膝が、再び冷たい大理石に触れたが、彼は何も感じていないかのようだった。
セシリアが、傍らに置かれた海綿を顎で示した。
「背中を洗いなさい」
ルカは水に濡らした柔らかい天然の海綿を手に取った。彼の手が微かに震えているのを、セシリアは見逃さなかった。
彼の温かく硬い手が、海綿を握ったまま、彼女の濡れた背中の肌に触れた瞬間。
「……!」
セシリアは思わず息を呑んだ。予想していたのとは全く異なる感覚だった。それは単なる給仕の手つきではなかった。彼の手から伝わってくる微かな震え、熱い体温、そして抑圧された緊張感が、彼女の肌を通してそのまま伝わってきた。
ルカの手が、彼女の項の下、背骨に沿ってごくゆっくりと、そして優しく動いた。背骨の一つ一つを撫でていくたび、背筋を稲妻のような痺れる戦慄が走り、全身へと広がっていった。セシリアは思わず目を閉じた。怒りでも、満足感でもない、全く新しい種類の感覚が彼女を支配し始めた。
主導権を握っていたのは自分だったはずなのに、今やむしろ彼の一挙手一投足に、すべての神経が逆立っていた。彼の手つきの下で、彼女は自分がこの状況を支配する主人なのか、あるいは彼のなすがままにすべてを委ね、快楽を渇望する奴隷なのか、区別がつかなくなっていた。
ルカもまた、鋼のような意志で感情を抑えつけていた。しかし指先から生々しく伝わってくる彼女の柔らかな肌の感触、彼の手つきに反応する彼女の微かな震え、細くなった息遣いは、彼の忍耐力を限界まで追い詰めていた。これは刑罰だった。同時に、夢にも見ることのできなかった、最も甘美な拷問でもあった。彼の理性はこれが「給仕」だと囁いたが、彼の本能はこれが「愛撫」だと悲鳴を上げていた。
彼は機械のように、決められた手順に従って給仕を終えた。彼女の肩や腕、脚まで洗ったが、決して許されていない場所には触れなかった。その必死の自制が、かえってよりエロティックな雰囲気を醸し出していた。
ルカが最後に清らかな湯を彼女の肩にかけた後、無言で立ち上がり、下がった。彼の顔は汗で濡れ、青白かった。
浴室に一人残されたセシリアは、熱い湯の中に体を沈めたまま、荒い息を繰り返した。彼の手が去った肌の上には、依然として熱い感覚の残像が残っていた。
怒りは消えていた。しかしその場所には、平穏ではなく、より危険で強烈な波紋が残っていた。正体の分からない、新たな渇き。彼らの関係は、もはや引き返すことのできない川を渡ってしまった。
浄化のための儀式は、かえって彼女の魂に、消えることのない欲望の烙印を刻みつけてしまったのだった。
第9話:コルセットの束縛
アウレリウス・アカデミーは、初の公式舞踏会の知らせで沸き立っていた。令嬢たちは帝国最高のデザイナーに我先にとドレスを注文し、廊下を通り過ぎるたびに、誰をパートナーにするかという秘密めいたおしゃべりが花のように咲き乱れた。
セシリアはいつものように、そのすべての騒ぎの中心にいながらも、同時に超然としていた。「たかが舞踏会よ」彼女は自分の周りをうろつく令嬢たちにそっけなく言ったが、彼女が帝国最高のデザイナー「マダム・エレノア」に特別に注文したドレスについての噂は、すでにアカデミー全体に広まっていた。
表向きは完璧な平穏を装っていたが、彼女の内面は静かな嵐が吹き荒れていた。昨夜の湯浴みの給仕。彼の手つきの下で全身が支配されるかのようだったあの感覚を、忘れることができなかった。舞踏会で最も美しく輝きたいという純粋な欲望は、その美しさをルカの手で完成させたいという、歪んで倒錯的な所有欲と奇妙に結びついていた。
ついにマダム・エレノアのドレスが届いた時、侍女たちの間からは感嘆の声が上がった。眩しい真夜中が舞い降りたかのような、濃紺のシルクドレスだった。何千ものダイヤモンドの粉を撒いたかのようにほのかに輝く生地は、それを纏う主人の品格を証明していた。ただし、このドレスを完璧に着こなすためには、人間のものとは思えないほど、極度に細い腰が必要だった。
ドレスのフィッティングの日、セシリアの個人ドレスルームは華やかで、しかし緊張した空気に満ちていた。メイド長と二人の若いメイドが、彼女の給仕のために待機していた。メイド長がセシリアのドレスガウンを脱がせようと近づいた瞬間、彼女は手を上げて制した。
彼女の声は、冷たく断固としていた。「皆、出ていきなさい」
メイド長は当惑し、問い返した。「お嬢様、しかしコルセットはお一人で着るのは難しいかと」
セシリアはメイド長の言葉を遮り、扉の外に向かって言った。「ルカ、入りなさい」
メイドたちの顔が驚愕に染まった。男性の従者に、それも最も密やかな下着の着用を任せるなど、想像さえできないことだった。これはメイドたちへの公然の侮辱であり、ルカとの関係がすでに正常な軌道を大きく外れていることを公表する行為だった。メイドたちは屈辱感と恐怖が入り混じった表情で引き下がった。
扉が閉まり、巨大なドレスルームには息詰まるような沈黙と共に、二人だけが残された。
ルカは命令に従い、部屋に入ってきた。彼はこれから起こることを直感し、制服の中に冷や汗が流れるのを感じた。以前の記憶、湯気の立ち込める浴室で見た彼女の裸身と、指先から伝わってきた柔らかな感触が、鮮やかに蘇った。彼はこれが自分を試し、自分を完璧に手懐けようとする彼女の意図であることを知っていた。彼は頭を下げたまま、来るべき時に備えた。
セシリアが自らガウンを脱ぎ捨てた。薄いシュミーズ姿の彼女が、鏡の前に立った。ルカは視線をどこに置けばよいのか分からず、床ばかりを見下ろしていた。
「何をしているの?コルセットを持ってきなさい」
彼女の苛立ち交じりの声に、ルカは仕方なく顔を上げた。鏡を通して、彼女の白い剥き出しの肩と、しなやかな背中のラインが彼の視界に入ってきた。
ルカは鯨骨で作られた硬いコルセットを手に、彼女の背後に立った。彼の手が彼女の腰に触れると、セシリアは思わず息を止めた。彼の手は、彼女が記憶しているよりも大きく、硬かった。
ルカはできるだけ感情を排しようと努め、機械のように手際よくコルセットの紐を穴に通し始めた。彼の吐息が、セシリアの剥き出しの項に触れるか触れないかの距離。セシリアは鏡の中、自分の腰を包む彼の手と、硬い表情でコルセットの紐だけに集中する彼の顔を見つめ、眩暈を感じた。
彼の視線はコルセットの紐に固定されていたが、視界の端には彼女の白い背中と華奢な首筋が入ってきた。彼女の体香とシャンプーの香りが、彼の吐息に混じり込み、理性を麻痺させた。彼は呪文を唱えるかのように「これは任務だ」と繰り返したが、指先から伝わってくる彼女の柔らかな肌の感触と温かい体温は、彼の決意を嘲笑っていた。
紐が締められるにつれて、セシリアの肋骨と内臓が圧迫される苦痛が感じられた。しかし背後で感じられる彼の存在感、項をくすぐる彼の吐息、腰をしっかりと掴む彼の手つきが、苦痛を奇妙な快感に変えていった。息が荒くなり、頬が火照った。
腰が細く締められるにつれて、快感と苦痛が入り混じった妙な興奮が彼女を支配した。彼女は荒い息を繰り返しながら、鏡の中の彼を見て、挑発的な命令を下した。
「もっと…」
彼女の声は、かすれていた。
「息が詰まるほど、締めてみて」
その言葉は、ルカの最後の理性の糸を断ち切る呪文のようだった。彼の内面で何かが「ぷつん」と切れる音がした。
瞬間的に、彼の手に強い力が入った。コルセットの紐が張り詰め、セシリアの口から「はっ…!」という鋭い呻き声が漏れた。
コルセットの紐を握る彼の手の甲に、青い筋が鮮やかに浮かび上がった。彼は鏡を通して、苦痛と快感に歪む彼女の表情と、そんな彼女を見て危険に揺れる自身の眼差しを目の当たりにした。彼は初めて、自分の統制力を失うかもしれないという恐怖を感じた。
ルカは慌てて手から力を抜き、最後の結び目を作ると、音もなく後ろに下がった。彼の顔は青白く、血の気が引いていた。彼は腰を屈めて一礼し、ほとんど逃げるようにドレスルームを後にした。
ドレスルームに一人残されたセシリアは、荒い息を繰り返しながら鏡の前に立った。信じられないほど細くなった腰と、それによってさらに豊満に見える胸。完璧な身体のラインが完成した。
彼女はドレスルームの明るい光の下で、コルセットが残した赤い跡を確認した。特に彼が瞬間的に力を込めた部分は、ひときわ赤く染まっていた。
彼女は指でその赤い跡をゆっくりと撫でた。肌の上には、まだ彼の手つきが残した熱と、苦しい圧迫感が鮮明に残っていた。彼女は先ほどの息詰まるような緊張感と、初めて理性を失い、揺れていた彼の眼差しを思い出した。その赤い跡は、美しさのための苦痛の痕跡ではなかった。
それは、彼が彼女の体に刻んだ、新たな所有の烙印だった。
第10話:仮面舞踏会
アウレリウス・アカデミーの大宴会場は、生きた宝石箱だった。何百ものシャンデリアが眩い光を放ち、大理石の床を天の川のように照らし、帝国最高のオーケストラが奏でる甘美なワルツが、金色の空気の中を柔らかく泳ぎ回っていた。精巧な仮面をつけた貴族たちは、互いの本当の顔を隠したまま、羽のように軽い笑いと毒のように鋭い称賛を交わし、踊っていた。華やかさと虚栄、そして野望が入り混じった空間だった。
宴会場の重厚な扉が開かれた瞬間、そのすべての騒音と動きが、瞬時に止まった。
セシリア・フォン・キャプリンの登場だった。
彼女はまるで真夜中の夜空をそのまま切り取って作ったかのような、濃紺のシルクドレスを纏っていた。ルカの手によって極限まで締め上げられた腰は信じられないほど細く、その上に豊満に盛り上がった胸は、ドレスの上に散りばめられたダイヤモンドの粉よりも眩しく輝いていた。白鳥の羽で飾られた仮面が彼女の顔の一部を覆っていても、その傲慢な美しさと霜のような雰囲気は隠しきれなかった。彼女は歩いているのではなかった。まるで玉座に向かうかのように、すべての視線を支配し、宴会場を横切っていった。
数多の令息たちが넋を失い彼女を見つめ、令嬢たちは嫉妬と畏敬が入り混じった視線で彼女のドレスと宝石、そして完璧な姿を眺め回した。
ルカは宴会場の最も隅、巨大な柱が作り出す最も濃い影の中に立っていた。彼の黒い制服は闇に完全に溶け込み、注意深く見なければその存在さえ気づきにくいほどだった。彼はそこから、光の中心に立ち、すべての称賛を一身に受けるただ一人の人物に、視線を固定していた。
彼は見ていた。彼女のドレスが歩むたびにどれほど優雅に波打つか、彼女の微笑みが仮面の下でどれほど魅惑的に咲き誇るか、そして彼女の細い腰を抱きしめて踊る男たちの白い長い手袋が、どれほど不快であるかを。彼の心臓は、畏敬の念と抑圧された嫉妬心、そして彼女を守らねばならないという強い責任感が入り混じり、重く鼓動していた。
セシリアは帝国の皇太子と、舞踏会の最初のダンスを踊る栄誉を手にした。誰もが羨む完璧な瞬間。皇太子の巧みなリードに合わせて踊りながらも、彼女の視線は刹那の瞬間を利用して、宴会場の隅の闇へと向けられた。ついにルカと目が合った瞬間、彼女はごく微かに口角を上げた。「見ている?」という無言の問いだった。
ルカは返事の代わりに、胸に手を当て、軽く頭を下げた。「いつものように、お嬢様のお側に」という無言の答えだった。
セシリアが様々な令息たちと次々にダンスを踊り、社交界の中心で自らの影響力を誇示している間、ルカの視線は別の場所へと向いていた。彼の目に、セシリアの長年の競争相手であるアーサー家のイザベラが、狐のように目立たぬように動く姿が捉えられた。彼女は、セシリアにパートナーの申し込みを断られてプライドを傷つけられた有力な家の令息たちに近づき、扇子の陰で何かを密やかに囁いていた。
ルカは直感した。イザベラが傷ついた男たちのプライドを煽り、セシリアを窮地に陥れるか、公然と侮辱を与える陰謀を企んでいることを。
彼は静かに影の中から動いた。彼は宴会場のあちこちに散らばっている、他の下級の家の従者たちに近づいた。彼は付属学校で築いた人脈と、キャプリン家の執事候補という自らの地位を利用した。威圧的な態度ではなく、簡潔な質問とわずかな金貨を用いて、情報を収集した。
「フォンテーヌ子爵家の従者か?ご主君は今日、ご機嫌が悪いようだが」
「アーサー家の令嬢は、今日、ことのほかお忙しいようだな。何か良いことでも?」
断片的な情報が、彼の頭の中で一つの絵として組み合わさっていった。イザベラは令息たちを煽り、セシリアが最も好むシャンパンに少量の薬を混ぜ、彼女が舞踏会の途中で恥をかくように仕向ける計画を立てていた。皆が見ている前で、キャプリンのお嬢様を笑い者にするという卑劣な企みだった。
計画を把握したルカは、直接乗り出すことはしなかった。それはセシリアの名誉に傷をつける可能性があった。その代わり、彼は普段キャプリン家と友好的な関係にある「バロン侯爵」の年老いた従者に近づいた。
「アーサー家が今日、何かを企んでいるようだ。バロン侯爵閣下が主催された宴会に、誰かが泥を塗らぬよう、注意した方がよかろう」
情報を伝え聞いたバロン侯爵の従者は、すぐに自分の主人に報告した。家の名誉を命のように重んじる老バロン侯爵は、自分の宴会で不名誉なことが起こるのを決して許せなかった。彼は静かにイザベラをテラスに呼び出し、丁寧だが刃のように断固として警告した。
イザベラの計画は、始まる前に水泡に帰した。彼女は悔しそうな表情でルカが立っていた影を睨みつけたが、そこには誰もいなかった。影はすでに、別の闇の中へと溶け込んでいた後だった。
舞踏会は成功裏に続いた。セシリアは何の脅威も感じることなく、社交界の女王として夜を楽しんだ。彼女は今夜の完璧な勝利に酔いしれているように見えた。
しかし時間が経つにつれて、仮面をつけ、偽善的な称賛を並べ立てる人々の中で、彼女は深い空虚さを感じていた。この華やかさの中で、真に自分の味方は誰なのか?父の病状、家の未来への不安が、シャンパンの泡のように儚く立ち上った。
彼女の視線は、再び宴会場の隅の影を探した。ルカは依然としてその場所に、変わることなく彼女を守って立っていた。その瞬間、彼女は気づいた。この何百人もの仮面をつけた人々の中で、自分が真に信頼し、頼りにしているただ一人の人物は、あの闇の中に立つ、自分の下僕だけだということを。
舞踏会が終わり、帰りの馬車の中。セシリアは窓の外の闇を見ながら、深い考えに沈んでいた。今夜の成功は、見せかけに過ぎなかった。彼女が望んでいたのは人々の称賛ではなく、ただ一人の完全な支持と慰めだった。アルコールと抑えきれない感情が入り混じり、彼女は衝動的な決心をした。もう仮面をつけたまま踊りたくない。本当の自分を見せられるただ一人の人物と、音楽なしで踊りたかった。
キャプリン邸に到着した馬車。ルカが扉を開け、降りようとする彼女を支えるために手を差し出した。
セシリアは彼の手を取る代わりに、彼の制服の袖を固く掴んだ。彼女は酒気で赤らんだ顔を上げ、彼の目をまっすぐに見つめた。彼女の瞳は、いつにも増して正直で、大胆に輝いていた。
「私の部屋へ来なさい」
彼女の声は命令だったが、その語尾は微かに震えていた。
第11話:影の腕の中
深夜の静寂の中、キャプリン邸の玄関は静まり返っていた。馬車から降りたセシリアは、自分を支えようと手を差し伸べるルカの手を取る代わりに、彼の硬い制服の袖を離さなかった。彼女の手は小さかったが、彼を掴む力は強く、切実だった。
彼女は酒気でいつもより赤らんだ顔と、輝く目で彼を見上げた。
「私の部屋へ来なさい」
それは命令のように聞こえたが、その語尾は微かに震えていた。
セシリアの部屋は、相変わらず華やかで居心地が良かった。しかし、先ほどまでいた眩しい宴会場のように、空虚に感じられるだけだった。ルカはいつものように彼女のドレスと装飾品を片付けようとしたが、セシリアは首を振って彼を制した。
彼女はまるで邪魔な抜け殻を脱ぎ捨てるかのように、ドレスの紐を解き、宝石を乱暴に脱ぎ捨て始めた。ダイヤモンドのネックレスが床に落ちて冷たい音を立て、真珠のイヤリングがカーペットの上を転がった。舞踏会の女王であった「セシリア・フォン・キャプリン」という華麗な仮面を、自ら脱ぎ捨てる行為だった。
ついに薄いシュミーズ姿だけになった彼女は、先ほどの眩い華やかさはどこにもなく、華奢で危うげに見えた。
彼女はルカに近づき、彼の目をまっすぐに見つめ、再び言った。今度は命令ではなく、ほとんど懇願に近い声だった。
「ダンスを…教えて」
ルカは当惑した。ダンスならば、舞踏会で帝国の皇太子をはじめ、数多の令息たちと飽きるほど踊ってきたはずだった。彼は彼女の真の意図を掴もうと努めた。彼の目に映ったのは、酒に酔った傲慢なお嬢様ではなかった。華麗な仮面の後ろで道に迷い、独り佇む、孤独な少女の姿だった。彼はどうしても断ることができなかった。
ルカはしばし沈黙した後、低く答えた。「ここは…ふさわしくありません、お嬢様」
彼は彼女を自分の空間へと導くことを決心した。お嬢様の華やかで完璧な部屋ではなく、完全に自分の空間で彼女の真の姿と向き合いたいという、彼自身もまだ気づいていない無意識の欲望が働いた。
使用人だけが使う狭く暗い廊下を抜け、最も隅にあるルカの部屋へと向かった。華麗なカーペットの代わりに、古い木の床が彼らの重みできしむ音を立て、高級な香水の代わりに、ほのかな石鹸とインクの匂いがした。セシリアは初めて足を踏み入れる未知の世界に、好奇心と微かな恐怖を感じた。
ルカの部屋は極度に質素だった。硬そうなベッド一つ、古い机と椅子、そして壁の一面を埋め尽くす本。何の装飾もなかった。しかし、このみすぼらしい空間で、彼女は驚くほどに、違和感ではなく、妙な居心地の良さと安堵感を覚えていた。ここは偽善も、虚栄もない、ただルカという一人の人間の本質だけが詰まった空間だったからだ。彼女は初めて、自分が「キャプリンのお嬢様」ではなく、ただの「セシリア」として、彼と向き合っていると感じた。
ルカはぎこちなく部屋の真ん中に立った。彼は丁重に腰を屈め、舞踏会のようにダンスを申し込む姿勢を取った。
セシリアはふっと笑い、彼の手を取った。彼女の手は冷たく、小さかった。
ルカは慎重に彼女の腰に手を置いた。舞踏会用のドレスではない、薄いシュミーズ越しに、彼女の柔らかな肌と温かい体温が、ありのままに伝わってきた。彼は瞬間、息を止めた。
セシリアは彼の肩に手を置いた。制服越しに、硬い筋肉とまっすぐな骨格が感じられた。彼女は自分でも気づかぬうちに、彼の腕の中へと少しだけ深く入り込んだ。
音楽はなかった。オーケストラの華麗な旋律の代わりに、部屋の中には二人の息遣いと心臓の鼓動だけが満ちていた。セシリアは彼の胸に耳を当てた。低く、規則的に響く彼の心臓の音が、まるで世界で最も安らかな子守唄のように聞こえた。ルカは彼女の髪から漂うシャンプーの香りと、ほのかなシャンパンの香りに、精神が遠のいていくのを感じた。
二人はゆっくりと、不器用にステップを踏み始めた。華麗な舞踏会のワルツではなく、互いの存在を確かめ合うかのような、たどたどしい身のこなしだった。
舞踏会場で数多の男たちと踊ったが、セシリアは一度もこのような安堵感を感じたことはなかった。仮面をつけ、互いを品定めするダンスではなかった。これは、慰めだった。彼女は目を閉じ、彼の不器用なリードに完全に身を委ねた。
ルカは今、自分が一線を越えていることを知っていた。しかし、この瞬間だけは、彼女を守るべきお嬢様としてではなく、慰めが必要な一人の女性として接したいという衝動を抑えることができなかった。彼の手が、彼女の腰をさらに固く抱き寄せた。
ダンスは次第にゆっくりとなり、ついに二人は部屋の真ん中で互いを抱きしめたまま、立ち止まった。ダンスは終わったが、誰も先に離れようとはしなかった。
しばしの沈黙の後、セシリアが彼の肩に寄りかかったまま、小さな声で囁いた。
「このまま…こうしていて」
それは命令ではなかった。彼女が生まれて初めて他者に見せる、ありのままの弱さの告白であり、願いだった。
ルカは返事の代わりに、彼女を静かに、そしてさらに力を込めて抱きしめた。彼の行動の中には、数万の答えが込められていた。「いつまでも」「あなたが望むなら」「喜んで」。
その夜、下僕のみすぼらしい部屋で、キャプリンの気高いお嬢様は、初めて他人の腕の中で、子供のように寄りかかったまま眠りに落ちた。ルカは日が昇るまで、眠る彼女を抱いたまま、微動だにせず夜を明かした。主従の境界は崩れた。彼らは今や、互いにとって唯一の安息所であり、最も危険な存在となってしまった。
第12話:扉の隙間の視線
翌朝、セシリアが目を覚ましたのは、ルカの狭く硬いベッドの上だった。昨夜の記憶が霧のように立ち上る。音楽のないダンス、彼の腕の中、そして낯선安堵感。彼女は慌てて体を起こした。部屋の隅、古い椅子に座り、一晩中自分を見守っていたらしいルカと目が合った。
二人の間には、気まずくも微妙な沈黙が流れた。セシリアは何も言わず、いつもの傲慢なお嬢様であるかのようにベッドから降り、まっすぐに自室へと戻った。しかし、火傷したかのように火照る耳を隠すことはできなかった。
ルカは彼女が去った後も、しばらく動かなかった。彼女の温もりが微かに残るベッドシーツと、彼女の髪が触れた枕を見つめていた。彼の空間に残された彼女の痕跡は、あまりにも鮮明だった。
その日一日、二人の関係は微妙に変わっていた。セシリアは相変わらず棘のある命令をしたが、時折何かを言いかけて口を閉じ、ルカの顔色を窺うような素振りを見せた。ルカはいつものように完璧に給仕をしたが、彼女に向ける視線には、以前にはなかった優しさと、底知れぬ憂いが込められていた。周囲のメイドたちは、二人の間の変わった雰囲気を察し、不安な眼差しで互いを見つめ、囁き合った。
その夜、すべての給仕が終わり、ルカが下がろうとした時、セシリアが彼を呼び止めた。
彼女は何でもないふりをして、窓の外を見ながら言った。「喉が渇くかもしれないから、後で水を一杯、置いておいて」
普段なら当然、寝室の脇のテーブルに用意されているはずの水だった。それは眠りにつく前に、彼の顔をもう一度だけでも見たいという、彼女の不器用で無意識の口実だった。
ルカは彼女の意図に気づかず、「かしこまりました」と答えて下がった。
広く華麗なベッドに独り残されたセシリア。昨夜、ルカの狭い部屋で彼の心臓の音を聞きながら感じた充足感と安堵感は、嘘のように消え去り、より大きな空虚さと孤独が波のように彼女を襲った。闇はすべてを飲み込むかのように深く、部屋はあまりにも広すぎた。
彼女は寝返りを打ちながら眠ろうとしたが、無駄だった。目を閉じると、昨夜彼を抱きしめた感触、彼の硬い肩、彼のほのかな体香、そして世界で最も安らかな音楽のように聞こえた彼の心臓の音が鮮やかに蘇り、眠りにつくことができなかった。
彼女は彼と踊った甘美な記憶から、彼の手の感触や体の温もりを感じながら踊った場面を思い浮かべた。そしてダンスでの彼の手の感触は、いつしか湯浴みの給仕をしていた彼の手つきへと変わっていた。背骨を伝った痺れるような戦慄、そして揺れていた彼の瞳。
情緒的な渇望と肉体的な渇きが入り混じり、彼女の体は熱く火照り始めた。彼女はこの抑えきれない感情をどうすればよいのか分からず、苦しんだ。
結局、彼女はベッドにうつ伏せになり、誰にも見せたことのない方法で自らを慰め始めた。柔らかいシルクの枕に顔を埋め、か細く抑えた喘ぎ声を漏らした。彼女の頭の中には、ただ一人の人物、ルカの姿だけが満ちていた。彼の無表情な顔、彼の硬い手、彼の低い声。彼女は彼を想像しながら、自らの体を貪り、禁じられた快楽に溺れていった。
自室に戻ったルカは、寝床につかず、机に向かって書類を整理していた。しかし彼の神経は、すべてセシリアの部屋へと向いていた。
彼女が頼んだ「水一杯」。
彼は時計を確認した。彼女が眠りについただろう時間は過ぎていたが、なぜか分からない不安感に、直接確認したくなった。これは従者の義務を超えた、個人的な憂慮と優しさの発露だった。
彼は銀の盆に冷たい水が入ったクリスタルのグラスを乗せ、音のない足取りで彼女の部屋の扉の前へと近づいた。彼は彼女が眠っているだろうと思い、ドアノブを非常に慎重に回した。きしむ音が出ないように、何百回と繰り返してきた熟練の動きだった。
扉がごくわずか、手のひら一つ分ほど開いた。扉の隙間から、部屋の中の風景が彼の視界に入ってきた。
蝋燭が揺れるベッドの上。薄い寝間着を纏ったセシリアが、彼が一度も想像したことのない、極めて密やかで官能的な姿で、自らを貪っていた。彼女の肩が細かく震え、抑えた喘ぎ声が漏れ出た。
ルカの頭の中が、真っ白になった。時間と空間の感覚が消えた。彼が知っていた世界が、崩れ落ちた。
彼の手から、力が抜けた。
ガシャン――!
クリスタルのグラスが大理石の床に落ち、粉々に砕ける音が、夜の静寂を残酷に破った。
セシリアの動きが止まった。ルカの息も止まった。世界のすべてが、その瞬間、止まってしまった。
セシリアはゆっくりと、ごくゆっくりと顔を向けた。彼女の顔は快楽の紅潮と驚愕、そして酷い羞恥心で入り混じっていた。
扉の隙間から、固まったまま立つルカのシルエットが見えた。
ルカは顔を上げることも、背を向けることもできなかった。彼の視線は、床に散らばったガラスの破片と、その向こうに見える彼女の白い足に固定されていた。
何の音も聞こえなかった。ただセシリアの荒い息遣いと、ルカ自身の心臓が狂ったように鳴り響く音だけが、耳を満たした。扉の隙間を隔てた二人の間には、永遠のように感じられる息詰まる静寂だけが流れていた。
第13話:見よ、我がすべてを
ガシャン――!
クリスタルのグラスが砕ける破裂音の残響だけが、耳元で不気味に響き渡っていた。セシリアはベッドの上で、乱れた姿のまま凍りついていた。彼女の視線は扉の隙間、闇の中に幽霊のように立つルカのシルエットに固定されていた。彼の世界もまた、先ほど砕け散ったガラスの破片のように、粉々になっていた。
我に返ったルカの最初の本能は、「収拾」と「許し」だった。彼は慌てて扉の中に入り、跪き、砕けたガラスの破片の上に身を投げ出そうとした。お嬢様の名誉、自分が生涯をかけて守ってきたその神聖な領域に、あえて傷をつけた。
「お嬢様、死罪に値する過ちを…!」
彼の声は罪悪感と恐怖でかすれていた。彼はあえて彼女の顔を見上げることができなかった。
ルカのうつ伏せの姿とかすれた声が、セシリアの凍りついた理性を打ち砕いた。羞恥心、当惑、そして自分の最も弱く秘密めいた姿を見られたという屈辱感が、抑えきれない怒りとなって爆発した。
彼女は傍にあった枕を掴み、彼に投げつけた。
「黙れ!」
彼女の声は、鋭い悲鳴に近かった。
「誰がお前に許しを乞えと言った?お前が何だというの!よくも!」
セシリアはベッドから降り、砕けたガラスの破片を危うげに避けながら彼に近づいた。彼女の目は怒りと、今にも溢れ出しそうな涙で赤く充血していた。彼女はうつ伏せのルカの顎を乱暴に掴んで持ち上げ、無理やり自分を見させた。ルカの目には驚愕と苦痛、そして底知れぬ悲しみが宿っていた。
まさにその瞬間、セシリアの内面で何かが変わった。彼の苦しげな顔を見た瞬間、彼女はこの状況の被害者ではなく、支配者になれると直感した。自分の弱さを覆い隠す唯一の方法は、相手をより深い奈落へと共に引きずり込むことだけだった。
羞恥心は、奇妙で残酷な征服欲へと変質した。「お前が見た。お前が私の最も恥ずかしい姿を見た。ならば、逃がしはしない。お前の目に、お前の記憶に、お前の魂に、私のすべてを余すところなく刻みつけてやる」
彼女は彼の顎を放し、一歩後ろに下がった。そして、冷ややかに冷め、しかし狂気が宿る目で彼を見下ろした。
彼女は扉に向かって顎をしゃくった。彼女の声は震えていたが、その中には拒むことのできない命令が込められていた。
「立て。そして…扉を閉めろ」
ルカは理解できないという表情で彼女を見た。扉を閉めるということは、この禁じられた状況を外部と完全に遮断し、二人だけの恐ろしい秘密にするという意味だった。彼はためらった。
「聞こえないの!?閉めろと言っている!」
彼女の悲鳴に、ルカは魂のないマリオネットのように立ち上がり、よろめきながら扉へと向かった。
カチャリ。
扉が閉まり、鍵がかかる音が、部屋に重く響き渡った。今やこの部屋の中には、揺れる蝋燭の光と、二人の荒い息遣いだけがあった。逃げ場はなかった。ルカは扉に背をもたせかけたまま、どうすればよいのか分からず、茫然と立っていた。
セシリアは再びベッドに戻り、乱れた寝間着姿のままベッドの端に腰掛けた。そして部屋の隅、最も暗い影ができている場所を指差した。
「そこに立て」
彼女の声は、今や驚くほど落ち着いていた。その平穏さが、かえってより不気味だった。ルカは取り憑かれたように、彼女が指差した場所へと歩いていった。
セシリアは闇の中に立つルカと、そんな自分を見つめる彼の微かなシルエットを確認した。彼女は深呼吸をした後、この夜のすべてを決定づける、最後の命令を下した。
「そして…そこで最後まで見届けろ」
それは罰ではなかった。自分の最も秘密めいた瞬間を強制的に共有することで、お前は今や私のすべてを知る唯一の証人であり、永遠に私から逃れることはできないという、精神的な枷をはめる行為だった。紛れもない、烙印の儀式だった。
ルカの心臓が嵐のように鼓動する音が、彼の耳を侵食した。彼は顔を背けようとしたが、彼女の視線が、彼女の命令が、見えない鎖となって彼の体を縛り付けた。彼は目を閉じることも、耳を塞ぐこともできなかった。彼はもはや単なる目撃者ではなく、この禁じられた儀式の一部となってしまった。
セシリアは闇の中で自分を見つめる彼の視線を感じながら、再びベッドに体を横たえた。
彼女は涙を流した。羞恥心の涙なのか、悲しみの涙なのか、あるいはこの倒錯的な状況がもたらす奇妙な興奮の涙なのか、分からなかった。彼女は嗚咽を飲み込みながら、彼の視線の下で、自らの行為を続けた。
その夜、閉ざされた部屋の中で、一人は泣きながら自らを貪り、もう一人は魂が砕ける苦痛の中で、そのすべてを見守った。その夜が終わった時、彼らはもはや主人と下僕ではなかった。互いの最も深い秘密と傷を共有した、残酷な共犯者となっていた。
第14話:甘美な拷問
翌朝は、欺瞞的な平穏の中で始まった。ルカはいつもと同じ時間に、彼女の寝室の扉をノックした。一晩中、地獄のような残像に苛まれ、一睡もできなかったが、彼の顔には何の感情も現れていなかった。
「入りなさい」
何事もなかったかのように、気だるい声が扉の向こうから聞こえてきた。セシリアは昨夜、二人の世界を永遠に変えてしまったあの恐ろしい出来事について、一言も口にしなかった。その沈黙が、かえってより重く、威圧的だった。
ルカがカーテンを開け、朝の給仕を始めた。すべてがいつもと同じだった。しかし、部屋の空気は完全に変わっていた。以前にはなかった、息詰まるような緊張感が、粘りつくように肌にまとわりついていた。
彼は昨夜の記憶のせいで、あえて彼女をまともに見ることができず、視線を床に固定したまま動いた。セシリアはそんな彼の様子を見逃さなかった。彼女はベッドから起き上がり、薄い寝間着姿のまま、彼の前を通り過ぎた。以前なら当然、ガウンを羽織ったであろう行動だった。
彼女の動きに、ルカの肩が微かにこわばった。セシリアは彼の反応を確認し、誰にも気づかれぬよう、口角をわずかに上げた。ゲームはすでに始まっていた。
セシリアが着替えるためにドレスルームへと入っていった。ルカは当然、外で待機しようとしたが、彼女が彼を呼び止めた。
「どこへ行くつもり?入ってきて、手伝う準備をしなさい」
ドレスルームの中。セシリアは何でもないように寝間着を脱ぎ、繊細なレースで飾られた下着姿で彼の前に立った。ルカは慌てて顔を背け、壁に掛かった絵画を見た。
「ルカ、顔をそむけないで」
彼女の声は、氷のように冷たかった。
「昨夜はすべて見ておきながら、今さら猫でもかぶるつもり?」
直截的な言葉に、ルカの顔が真っ白になった。彼女は共有された秘密を武器として使い始めた。最も残酷で、最も効果的な武器だった。
セシリアは下着の引き出しを開け、蠱惑的な黒いレースの下着と、純白のシルクの下着を取り出した。彼女はルカをまっすぐに見つめ、まるで天気の話題でもするかのように、無邪気な表情で尋ねた。
「今夜の慈善パーティーには、どちらが似合うかしら?」
彼女は二つの下着を自分の胸と腰に交互に当てて見せ、彼の答えを待った。これは純粋な質問の形をとった、最も残酷な拷問だった。
ルカは汗で湿った拳を固く握りしめた。彼は必死に理性を保ち、感情のない声で答えようと努めた。
「……どちらでも、お嬢様にお似合いかと存じます」
彼の声は、自分でも気づかぬうちに微かにかすれていた。
セシリアは彼の答えに満足せず、一歩近づいた。「いいえ、選んでちょうだい。あなたの意見が聞きたいの」彼女は彼の目の前で下着を揺らして見せた。
結局、ルカは視線を落としたまま、かろうじて一言を吐き出した。
「……白色の方が、本日お召しになるドレスの色と、より合うかと」
「そう?」
セシリアは満足げな笑みを浮かべ、背を向けた。彼の理性が崩れる瞬間を目撃したことに対する、倒錯的な勝利感だった。
その日一日、彼女の拷問は続いた。
昼食の時間。セシリアは食事にほとんど口をつけず、その代わりにルカに絶えず何かを要求した。彼女は唇についたソースを自分で拭わず、ルカを呼び、ナプキンで拭かせた。彼の指が彼女の柔らかな唇に触れる瞬間、彼女は満足げな目で彼を見上げた。彼女はワインを飲んでいる途中で、わざとドレスに一滴こぼした。そしてルカに、すぐにシミを落とすよう命じた。ルカは跪き、彼女の太もものあたりに落ちたワインのシミを、濡れた布で慎重に拭き取らなければならなかった。
午後、書斎で本を読んでいたセシリアは、最も高い書棚にある本を取ってくるよう命じた。ルカが梯子を登って本を取り出そうとすると、彼女は彼のすぐ背後に近づいて立った。「その本じゃないわ。その隣の」狭い梯子の下、彼のすぐ背後で感じられる彼女の存在感と吐息に、ルカは眩暈を感じた。彼は本を落としそうになった。
夕暮れ時、庭園を散歩している途中、セシリアが足を滑らせたふりをして、彼の腕を掴んだ。以前とは違い、彼女はすぐに腕を離さず、しばらくの間、彼に寄りかかったまま歩いた。彼女の髪が彼の頬をくすぐり、彼女の体温が制服を通して伝わってきた。ルカは石のように固まったまま、彼女が自ら離れるまで待つしかなかった。
その夜、すべての給仕が終わり、ルカが下がろうとした時、セシリアが彼を呼んだ。
彼女はベッドに横になり、布団を首まで引き上げたまま彼を見た。彼女の眼差しは無邪気に見えたが、その中には狡猾さが隠されていた。
「ルカ、昨夜…私が怖かった?」
彼女は再び、あの夜の秘密を思い出させた。それは質問ではなかった。「お前は私の秘密を知っているのだから、決して私から逃れることはできない」という、枷の再確認だった。
ルカは答えることができなかった。彼はただ頭を下げ、自らの欲望を耐えるしかなかった。彼は今や、彼女の体だけでなく、彼女の最も深い秘密と弱点まですべて知ってしまった、唯一の男となった。そしてその恐ろしい真実は、いかなる鎖よりも重く、彼を縛り付けていた。
第15話:ベッドの傍の影
毒は静かに、そして密やかに広がっていった。アカデミーの掲示板や学生たちの間で、匿名の投書が出回り始めた。「キャプリン家が商人組合に圧力をかけ、不当な利益を得ており、その資金でアカデミーの有力な教授たちを買収しようとしている」という内容だった。巧妙な文体ともっともらしい嘘で飾られた投書は、学生たちの間に潜在していたキャプリン家への疑念と嫉妬心に火をつけるには十分だった。その背後にイザベラの狡猾な微笑みがちらついていることを知らない者はいなかったが、証拠もまたなかった。
セシリアは自分だけでなく、家の名誉が汚されたことに、激しく憤慨した。彼女の部屋、ルカが見ている前で、彼女は怒りを抑えきれず、高価な花瓶を壁に投げつけて割った。
「よくも!卑しいアーサー家の小娘が!」
彼女の理性は怒りに侵食されていた。今すぐにでもイザベラの元へ行き、髪を掴んでやりたいという衝動に駆られた彼女が、部屋を飛び出そうとした時、ルカが初めて彼女の前に立ちはだかった。
「お嬢様、今行かれるのは、罠に飛び込むようなものです」彼の声は低く、落ち着いていたが、断固としていた。
セシリアは怒りに任せて彼を突き飛ばそうとしたが、ルカはしっかりと耐えた。「証拠もなく感情的に対応されれば、噂が事実だと認めることになります。一日だけ、私に時間をください」彼の揺るぎない眼差しに、セシリアはついに歩みを止めた。
その夜、ルカは影のように動いた。彼は付属学校の図書館と寄宿舎を忙しく行き来し、自分が持つすべてのコネを動員した。アーサー家の従者には少額の金貨を握らせ、イザベラの最近の行動を尋ね、印刷所で働く下級生には、投書に使われた紙とインクの種類を調べさせた。教授たちの給仕をする同級生たちを通じて、実際に買収の試みがあったかどうかをクロスチェックすることも忘れなかった。
夜明け頃、自室に戻ったルカは、収集した情報を机の上に広げて分析した。投書に使われた紙がアーサー家だけが使用する高価な輸入紙であること、イザベラが最近評判の悪い商人組合長と秘密裏に会っていたという証言、そして彼女が他の令嬢たちに噂を広める場面を目撃したメイドの存在まで。断片的なパズルが、一つの絵を完成させていた。
早朝、ルカは一晩かけて整理した報告書を手に、セシリアの部屋へと向かった。彼は感情的な非難の代わりに、明確なデータと証拠、証人たちのリストを提示した。そして最後に、反撃の戦略を提案した。
「イザベラを直接攻撃するのは下策です。その代わりに、彼女が利用した商人組合長の不正を、アカデミー総長に匿名で告発するのです。蛇の頭ではなく、尾を切り、自ら胴体を晒させるのです」
セシリアは彼の冷静で完璧な分析に感嘆した。怒りに満ちていた彼女の頭が、冷ややかに冷め始めた。彼女は彼が単なる従者ではなく、自分の最も鋭い剣であり、最も堅固な盾であることを悟った。彼女は彼の戦略を受け入れ、報告書の一節を修正しながら、自分のアイデアを加えた。「組合長の不正だけでなく、アーサー家との不適切なコネクションも示唆しなければ」
二人は初めて、一つの目標のために頭を突き合わせた、完璧なパートナーとなった。
数日後、アカデミーは騒然となった。商人組合長の不正が明るみに出て調査を受けることになり、その過程でイザベラとの不適切な関係が示唆された。イザベラはキャプリン家を貶めようとして、かえって自分の家に泥を塗る結果となり、社交界で嘲笑の的となった。キャプリン家に向いていた疑念の矢は、自然と彼女へと向かった。
事件が一段落した後、アカデミーで開かれた公式の晩餐会の席。すべての視線が集中する中、セシリアは自分の後ろに立つルカを振り返った。彼女はワイングラスを持ち上げ、誰もが聞こえる声で言った。
「今回の不名誉な事件にもかかわらず、キャプリンの名誉が守られたのは、私の忠実な従者であるルカの見えない功績が大きかった。彼の労苦に乾杯を」
破格の行動だった。主人が公式の場で下僕の功績を称えるなど、前代未聞のことだった。ルカは当惑したが、黙って頭を下げた。セシリアは彼を単なる下僕ではなく、自分の人間として公に認めたのだ。
その夜、自室に戻ったセシリアは、ルカを下がらせなかった。彼女は疲れた顔でベッドに腰掛け、彼を振り返った。彼女の目には、以前の挑発的な気配の代わりに、深い信頼と微妙な優しさが宿っていた。
「今夜は私のベッドの傍で眠りなさい」
ルカが驚いて彼女を見つめると、彼女は赤らんだ顔を隠すように、そっけなく床を指差して付け加えた。
「もちろん、床でよ。また何かあるかもしれないから、私の傍を守りなさい」
それは主人が下僕に下す、また別の命令だったが、その中には深い信頼と、「私の傍にいてほしい」という意志が込められていた。倒錯的な緊張感を超え、新たな次元の絆が形成される瞬間だった。
その夜、ルカは彼女のベッドの傍の冷たい床に横になった。しかし、彼は寒くなかった。闇の中で聞こえてくる彼女の規則正しい寝息を聞きながら、彼は初めて真の平穏を感じた。同じ空間で互いの寝息を聞くだけで、二人の関係はどんな言葉よりも深まっていた。彼は今や彼女の下僕であり、秘密を共有した共犯者であり、そして彼女を守る唯一の影だった。
第16話:日常の中の遊戯
アカデミーの最終学期は、嵐が過ぎ去った後の静けさのように穏やかだった。恐ろしい夜の秘密を共有して以来、セシリアとルカの間には奇妙な安定感が 자리 잡았다。ルカが決して自分から逃れることはできないという確信は、セシリアに関係の完全な主導権を握らせ、彼女は今や彼を試す危うい遊戯を楽しみ始めた。
アカデミーの共同食堂。セシリアは他の貴族令嬢たちと共に朝食をとっていた。ルカはいつものように、彼女の背後に影のように立っていた。
カチャン。
セシリアが手から滑らせたフォークが、大理石の床にぶつかり、澄んだ音を立てた。周囲の他の従者が慌てて拾おうとする前に、ルカが先に音もなく身を屈め、フォークを拾った。彼が跪いたまま新しいフォークを渡す瞬間、セシリアはテーブルの下で足を伸ばし、彼の甲を尖った靴の先で軽く撫でた。
ルカの体が瞬間的に固まったが、彼は何の表情も変えずに立ち上がり、後ろに下がった。誰も気づかない、二人だけの秘密めいた朝の挨拶だった。
講義室へと向かう混雑した廊下。セシリアは友人たちと他愛のない話をしながら歩いていた。多くの学生たちとすれ違うふりをして、彼女は後ろからついてくるルカの手を、ごく短く、自分の指先で握っては離した。痺れるような感覚に驚いたルカが彼女を見つめたが、彼女はすでに何事もなかったかのように友人たちと笑いながら先を歩いていた。ルカは自分の手に残る彼女のほのかな温もりを感じ、自分でも気づかぬうちに薄く微笑んだ。
アカデミー中央図書館の一角。セシリアは上位の家の令嬢たちと共にスタディグループをしていた。ルカは少し離れた場所で本を整理するふりをしながら、彼女を待っていた。令嬢たちは難しい古代史の年表を見て頭を悩ませており、雰囲気は真剣で静かだった。
本をめくっていたセシリアが、気だるい声で後ろに立つルカを呼んだ。「ルカ」
彼女の呼びかけに、スタディグループの視線が集中した。ルカが静かに近づき、尋ねた。「何か御用でしょうか、お嬢様」
セシリアは本を見るふりをしながら言った。「手が冷たいわ。図書館はことのほか寒いのね」
ルカはすぐに懐からきれいにアイロンがけされたハンカチを取り出し、渡そうとした。しかしセシリアは首を振った。そして、皆が見ている前で、ためらうことなく彼の手を取り、自分の頬に当てた。
周囲の令嬢たちの口から、小さな感嘆の声が漏れた。ルカの手は温かく、硬かった。彼女は目を閉じ、彼の甲に頬をすり寄せ、満足げに囁いた。
「あなたの手の方が温かいわ」
ルカはその場で石のように固まってしまった。顔は瞬く間に赤く火照り、心臓は制御不能に鼓動し始めた。彼は手を引かなければならないと分かっていたが、頬に触れる彼女の柔らかな感触に、体が動かなかった。周囲の令嬢たちは驚愕と羨望が入り混じった目でその光景を眺めていた。セシリアは彼らの視線を楽しみ、しばらくしてから何事もなかったかのように彼の手を離し、再び本に目を戻した。
「もう大丈夫。下がっていいわ」
植物学の野外授業の時間、セシリアが苔むした石の上を歩いている最中に、足を滑らせたふりをして短い悲鳴を上げた。最も近くにいたルカが、反射的に身を投げ出して彼女を抱きとめた。周囲の学生たちが驚いて駆け寄り、ルカは彼女を立たせようとした。しかしセシリアは彼の襟を固く掴んで離さなかった。彼女は彼の胸に顔を埋めたまま、細く震える声で囁いた。
「めまいがするわ。少しだけ…このままで」
彼女の囁きは、ルカにだけ聞こえた。ルカは仕方なく、皆が見ている前でしばらくの間、彼女を支えたまま、身動き一つ取れなかった。彼女の体香と柔らかな髪が、彼の顎に触れ、彼の理性を眩ませた。
その夜、小規模に開かれた晩餐会の席でも、彼女の遊戯は続いた。セシリアは優雅に食事をし、ルカは彼女の椅子の後ろで完璧に給仕をしていた。表向きは何事もなかったが、テーブルの下では密やかな悪戯が繰り広げられていた。
セシリアが靴を脱ぎ、裸足で彼の硬い脛を軽く撫で上げた。ルカの体が固まるのが、背後からでも感じられた。彼は揺るぎない声で他の従者にワインを追加するよう指示したが、彼の背中には冷や汗が流れていた。彼女のつま先が彼の膝を通り過ぎ、太ももの内側へと向かおうとした時、ルカは自分でも気づかぬうちに、体をわずかに後ろに引いた。
彼の反応を楽しむかのように、セシリアはテーブル越しに彼を見て、微かに微笑んだ。彼らの目が合った。彼女の目は「どこへ逃げるつもり?」と語っていた。
晩餐会が終わり、部屋へと戻る誰もいない廊下。セシリアは、先ほどまで自分を苦しめていた人物とは思えないほど、静かにおとなしく歩いていた。部屋の扉の前に着いた時、彼女は突然立ち止まり、彼を振り返った。
彼女は何も言わず手を伸ばし、彼のネクタイを整えてやった。晩餐会中、緊張でかいた汗のせいで、少し曲がっていたのだ。彼女の柔らかな手が彼の首に触れると、ルカは息を止めた。
セシリアは彼の目を見上げ、悪戯っぽい笑みと共に囁いた。
「今日もお疲れ様、私のルカ」
彼女は部屋に入り、独り残されたルカは、自分の首に残る彼女の手の感触を感じながら、しばらくの間その場に立ち尽くしていた。彼の心臓は依然として制御不能に鼓動していた。苦しいが、不思議と嫌ではない、甘美な遊戯だった。
第17話:眼差しの言語
アカデミーの最終学期は、最終卒業課題の発表と共に始まった。大講義室に集まった学生たちの前で、老教授は淡々とした声で課題を読み上げた。
「架空の家門を設立し、10年後に帝国で最も影響力のある家門へと成長させるための発展戦略を策定せよ」
政治、経済、軍事、外交など、あらゆる分野を網羅しなければならない壮大な課題に、ほとんどの学生は絶望的な表情を浮かべた。ある者はため息をつき、ある者は乾いた笑いを漏らした。アーサー家のイザベラは鼻で笑い、すでに帝国最高の教授陣で構成された家庭教師チームを組んだとでもいうように、自信満々な表情だった。
しかしセシリアは、その課題を聞いて、むしろ目を輝かせた。これは彼女にとって単なる課題ではなかった。病んだ父と、虎視眈々と隙を狙う敵、危うい家の未来を背負う彼女にとって、これは現実の模擬戦争だった。彼女はこの課題を通して、自分の能力、そしてキャプリン家の底力を証明したかった。
その夜、セシリアの個人書斎は、他とは異なる緊張感に満ちていた。彼女は他の学生のように家庭教師を呼んだり、友人たちと集まったりはしなかった。その代わり、彼女はルカを呼んだ。
「ルカ、今日から卒業まで、この書斎は私たちの作戦室よ」
彼女の声には、以前にはなかった悲壮感が宿っていた。ルカは無言で頭を下げた。彼の眼差しもまた、静かな興奮で燃えていた。
巨大なテーブルの上に、セシリアは何も言わず、帝国の詳細な地図を広げた。そして、各家門の紋章が描かれた本をその横に置いた。それが彼女の最初の指示だった。
ルカは彼女の意図を即座に把握した。「領地選定」の段階だ。彼は無言で書斎の書棚へ行き、帝国の各領地ごとの経済状況、人口統計、特産物、そして主要な家門の人物情報が記された分厚い資料集を持ってきて、テーブルの上に体系的に分類して置いた。
セシリアは地図を眺め、未開発の北部の荒れ地を指で示した。「なぜここは誰も注目しないの?」という無言の問いだった。
ルカは即座に答えた。「過酷な気候、不毛な土地、そして北方蛮族の頻繁な侵入のためです。現時点では価値のない土地です」
セシリアが今度は鉱物が豊富な中部山岳地帯を指した。「ここは?」
ルカが答えた。「アーサー家と皇室が鉱山の採掘権を二分しています。新生家門が割り込む隙はありません」
セシリアは頷き、今度は南部の肥沃な港湾都市を指した。するとルカは彼女の考えを読み、先に言った。
「優れた立地です。莫大な富を築くことができますが、14の建国功臣家のうち5つの家門の商圏が絡み合っており、新生家門が生き残るには最も危険な場所でもあります」
二人はほとんど言葉を交わさなかった。セシリアが指で地点を示せば、ルカがそれに関する情報をブリーフィングした。セシリアが首を傾げれば、ルカは別の代替案や関連資料を提示した。彼らの会話には不要な言葉はなかった。ただ眼差しと身振り、そして互いへの完璧な理解だけが存在した。
数日間にわたり、彼らの作業は続いた。領地選定が終わると、今度は発展戦略を策定する番だった。セシリアは羊皮紙に「商業」と書いた。ルカは即座に帝国の主要な商圏地図と各商団の勢力分布図、そして最近10年間の交易品目の変化に関する資料を持ってきた。セシリアが「軍事」と書くと、ルカは帝国軍の編成と各地域駐屯軍の戦力、そして主要な傭兵団の情報を並べ立てた。
初めて意見が衝突したのは、軍事戦略においてだった。セシリアは初期に莫大な資金を投じて強力な軍事力を確保すべきだと主張した。
しかしルカは反対した。「新生家門が過剰な軍事力を保有することは、皇室と既存の家門の牽制を招くだけです。初期には軍事力よりも、情報網と商圏を確保し、実利を得ることが優先です」
二人はしばし鋭く互いを見つめ合った。しかしやがてセシリアは彼の意見を受け入れた。「いいわ。では軍事力は最低限の防衛軍とし、その代わり傭兵団を秘密裏に後援するのはどう?」彼女は彼の意見を受け入れつつ、より良い代替案を提示した。
夜が更け、二人は蝋燭の下で頭を寄せ合い、地図を覗き込んだ。セシリアの髪がルカの頬に触れ、書類をめくる彼らの手がぶつかった。以前の肉体的な緊張とは異なる、知的な活動の中で生まれる新しい種類の痺れるようなテンションが二人を包み込んだ。共に何かを創造しているという同質性、互いの知性への感嘆が混じり合い、妙な興奮を呼び起こした。
ついに数十枚に及ぶ膨大な報告書が完成した。それは単なる課題ではなかった。一つの家門を興し、帝国を揺るがすことのできる、恐ろしいほど緻密で完璧な計画書だった。
セシリアは完成した報告書を見て、満足げに微笑んだ。彼女は窓の外の闇を見ながら、悪戯っぽい声で言った。
「これなら、本当に帝国を手に入れるのも難しくないかもしれないわね」
彼女の冗談に、ルカもまた、初めて疲労の中で微かに微笑んだ。その微笑みは、もはや忠実な下僕のものではなかった。それは自らの君主と共に世界を征服する夢を見る、有能で危険な共犯者の微笑みだった。
セシリアは彼の微笑みを見て、自分の心臓が以前とは異なる種類の鼓動で満たされるのを感じた。彼女は今や、彼を単に所有することを超え、彼と共により高い場所へと飛び立ちたいという、新たな野望に包まれていた。
第18話:最後の夜
アカデミーの最後の授業が終わったことを告げる鐘の音が鳴り響いた。解放を告げるその音に、学生たちは一斉に歓声を上げ、互いを抱きしめ、3年間の終わりを祝った。その騒ぎの中で、セシリアは静かに窓の外を眺めていた。彼女の表情には、喜びよりも、ほのかな切なさが宿っていた。
誰もが卒業パーティーの準備に追われる夕方、セシリアは華麗なドレスの代わりに、簡素な散歩用のドレスを身に着けた。彼女は自分の給仕をしていたルカに言った。
「出かけましょう。最後に見ておきたい場所があるの」
いつもの命令口調ではなく、静かな提案だった。
二人は夕暮れのアカデミーの校庭をゆっくりと歩いた。初めて会った講義室、イザベラと鋭い神経戦を繰り広げた薔薇園、そしてルカが自分のせいで冷たい夜を過ごさなければならなかった廊下まで。二人はほとんど言葉を交わさなかったが、通り過ぎるすべての場所が、彼らにとって過去3年間の激しい記憶を思い出させた。歩みを止めたセシリアの視線の先には、自分のせいで公然と侮辱を受けたメイドのエララが、友人たちと笑いながら通り過ぎる姿があった。彼女の表情に、しばし複雑な感情がよぎった。
散歩の最後の場所は、セシリアの部屋のテラスだった。二人は手すりに寄りかかり、夕焼けに赤く染まるアカデミーの全景と、遠くで一つ、また一つと灯り始める首都の明かりを、無言で見つめていた。冷たい夜風が彼女の肩を撫でると、ルカは黙って近づき、自分の制服の上着を脱いで彼女の肩にかけた。セシリアは驚くことなく、自然にそれを受け入れた。彼の体温が残る服は、温かかった。
しばしの沈黙の後、セシリアが先に口を開いた。彼女の声は、いつもとは違い、低く落ち着いていた。
「初めてここに来た時…本当は怖かったの」
彼女は初めて、自分の弱い姿を認めた。
「お父様はご病気で、周りは敵ばかりだったから。私が倒れれば、キャプリンは終わってしまうと思っていたわ」
彼女は過去の出来事を一つ一つ思い返した。イザベラの巧妙ないじめ、自分を無視した令息たち、そして家を取り巻く数々の陰謀。そして彼女は、自分の愚かな行動も思い出した。何の罪もないメイドに八つ当たりしたこと、彼に理不尽な罰を与えた夜、そして…彼に洗い流せない傷を与えた、二度と思い出したくない秘密の夜まで。彼女の声が、微かに震えた。
「そのすべての瞬間に、あなたはいつも私の傍にいた」
彼女は彼を振り返ることなく、前だけを見て言った。
「私が怒りに駆られた時は静かに受け止め、私が道に迷った時は方向を示してくれた。私が…悪い主人だった時でさえ」
セシリアは深く息を吸った。そして、長い間心の中にしまい込んでいた、しかしプライドのためにどうしても口にできなかった言葉を吐き出した。
「あなたがいなければ…耐えられなかったでしょう」
彼女はゆっくりと振り返り、彼の目をまっすぐに見つめた。彼女の瞳は夜の光を浴びて潤んでいたが、いつにも増して澄んでおり、真実を映していた。
「ありがとう、ルカ」
その一言に、ルカの世界が止まった。彼は過去数年間のすべての献身と苦痛、そして隠してきた恋心を、一度に報われたような気分だった。彼の心臓は張り裂けそうに鼓動し、喉が詰まって何も言えなかった。彼は数多の言葉を飲み込む代わりに、ただ一つの行動を選んだ。
ルカは彼女の前に、静かに片膝をついた。そして彼女の手を優しく取り、自分の唇へと運んだ。彼は彼女の冷たい甲の上に、敬虔で、しかし熱い口づけを落とした。それは下僕の服従の誓いではなかった。一人の男が、自らの唯一の女性に捧げる、永遠の献身の誓約だった。
ルカが顔を上げた時、彼の目には忠誠を超えた深い愛情が宿っていた。セシリアは彼の眼差しを避けずに見つめ返した。二人はもはや何も言わなかったが、彼らの視線は数万の約束を交わしていた。「これからどんな試練が訪れても、私たちは共にある」
二人は無言で、再び並んで立ち、暮れゆくアカデミーの最後の夜を眺めた。華やかだが危うかったアカデミーでの時間は、今や終わった。しかし、彼らの前にはより荒々しく険しい、本当の世界が待っていた。彼らは今、共にその世界へと進む準備を終えた。
アカデミーの最後の夜は、そうして静かに更けていった。
第19話:帰還、そして継承
アカデミーの盛大な卒業式の日、セシリアは首席卒業生として壇上に上がった。彼女の演説は堂々として気品に満ち、時には刃のように鋭かった。すべての学生と教授は、もはや不安に震える幼い少女ではなく、帝国の未来を担う一家の後継者が誕生したことを直感し、惜しみない賛辞を送った。
ルカは付属学校の卒業生たちの中で、壇上の眩しい彼女を誇らしげな眼差しで見つめていた。3年前、自分の後ろに隠れ、世界を恐れていた少女は、もういなかった。
領地へと戻る馬車の中の雰囲気は、3年前とは全く異なっていた。セシリアはもはや狭い空間を利用して彼を挑発することはなかった。その代わり、彼女は窓の外を見ながら、これから領地で推進すべき事業計画や、分家を統制する方法について真剣に語った。ルカは彼女の言葉に耳を傾け、時には鋭い助言を付け加えた。彼らの会話は、もはや主人と下僕のものではなく、未来を共に設計する対等なパートナーのものだった。
ついに到着したキャプリン領地。しかし、彼らを迎えた風景は、3年前の記憶とは違っていた。領地はどこか活気を失い、停滞していた。領民たちの顔には微かな陰りが見え、かつて威容を誇った城壁のあちこちは、補修が必要なようだった。
城門の前で彼らを迎える使用人たちの列。彼らはすっかり成長した二人の姿、特に以前よりもはるかにたくましく、深い眼差しでセシリアの半歩後ろを守るルカの存在感に、自分たちでも気づかぬうちに圧倒されていた。
セシリアはすぐに父、キャプリン公爵の寝室へと向かった。彼女が対面した父は、過去3年間の歳月が虚しいほどに衰弱していた。かつて帝国を号令した獅子のたてがみは光を失い、痩せこけた手と、消えゆく眼差しだけが残っていた。彼はかろうじて体を起こし、愛する娘を迎えた。
セシリアは懸命に涙をこらえ、明るい声でアカデミーでの成果を語った。しかし、彼女の心は重く沈んでいた。父はもはや、家を導くことはできない。その現実が、匕首のように彼女の胸に突き刺さった。
一方、ルカは自分の父であり、家の執事であるカフランと会った。カフランもまた、目に見えて衰弱しており、今では古い杖に頼らなければ歩くこともままならなかった。ルカが近づき、彼の腕を支えた。
カフランは息子のたくましい肩に寄りかかりながら、彼の顔と手を注意深く観察した。彼はルカが世間知らずの少年から、責任感のある男へと成長したこと、そして今や自分の重い荷物を代わりに背負う準備ができていることを、一目で見て取った。彼の目には、誇らしさと悲しみが同時によぎった。
その夜の夕食の席には、重い沈黙だけが流れていた。家の直系である公爵とセシリア、そして家の影である執事の親子。公爵はスープを数匙すすることさえ困難で、カフランは荒い息を繰り返していた。この食卓は、衰退していく旧世代と、彼らを見つめながら何も言えない新世代の姿を、鮮明に描き出していた。セシリアとルカは互いに視線を交わした。彼らの目には、この重い現実を共に背負わなければならないという、無言の覚悟が宿っていた。
夕食が終わった後、カフランはルカを自分の書斎に呼んだ。執事の書斎は公爵の書斎と同じくらい大きく、数多の書類と帳簿で満ちていた。キャプリン家の実質的な歴史が眠る場所だった。
カフランは書斎の秘密の空間から、古い革で装丁された数十冊の帳簿を取り出してきた。彼は帳簿を広げて見せ、説明を始めた。それは単に家の収入と支出を記録したものではなかった。キャプリン家と取引する商団の秘密、競争相手の家門の弱点、皇室内に潜ませた情報員のリスト、そして過去数十年にわたって繰り広げられた帝国の密やかな歴史まで。キャプリン家を支えてきた力の源泉だった。
カフランは血の気のない唇で、震える声でルカにすべてを説明した。彼の声は次第に力を失っていったが、眼差しだけは鋭く輝いていた。
「私にはもう、時間は残されていない」彼はルカの手を固く握った。「お前は、このすべてをお前の頭の中に、お前の血の中に刻み込まなければならない。単にお嬢様の給仕をすることを超え、家の目となり、耳となり、そして頭脳とならねばならない。分かるか?」
これは執事としての最後の任務であり、父として息子に残す遺言のようだった。
カフランは疲れ果てて眠りに落ち、ルカは蝋燭の下で、独り書斎に残った。彼は古い帳簿の最初のページをめくった。埃の匂いと古いインクの匂いが鼻を突いた。彼は夜遅くまで、カフランが残した記録を読み、また読んだ。その記録は単なる文字ではなかった。それは父の人生であり、キャプリン家の血と汗であり、そして今、自分が背負わなければならない運命の重さだった。
窓の外が微かに明るくなる頃、ルカは帳簿を閉じ、窓際に立った。夜が明ける領地の風景を見つめる彼の眼差しは、以前とは完全に変わっていた。アカデミーを卒業したばかりの少年の面影は消え、家の運命を背負う男の、深く重い眼差しだけが残っていた。彼は今や、お嬢様の影となる準備だけでなく、彼女と共に嵐の中へと歩み入る準備を終えた。
戦争は、すでに始まっていた。
第20話:影から剣へ
深夜、ルカはカフランの書斎で古い帳簿と格闘していた。蝋燭が彼の若い顔に濃い影を落としていた。その時、廊下から慌ただしい足音が聞こえ、扉が乱暴に開かれた。
「若様!執事長様が…ご危篤です!」
ルカは慌てて席を立ち、父の寝室へと駆けつけた。寝室の扉の前には、すでに知らせを聞いて駆けつけたらしいセシリアが、青白い顔で立っていた。二人は無言で互いの揺れる眼差しを確認し、共に扉を開けた。
カフランの寝室。部屋の中には薬の匂いと、死の冷たい匂いが微かに漂っていた。老執事は荒い息を繰り返し、かろうじて命の糸を繋いでいた。彼はまるで自分の息子と、生涯をかけて仕えた家の真の主人を待っていたかのように、二人が入ってくると微かに目を開けた。医師が首を振り、静かに下がった。残された時間は、もうわずかだった。
カフランは痩せこけた手を伸ばし、セシリアを探した。セシリアが近づき、彼の冷たい手を握った。
彼はほとんど聞こえない声で囁いた。「お嬢様…どうか…強くなられねばなりません…そして…我が息子を…どうか…」彼は言葉を続けられなかったが、その眼差しは切実に何かを願っていた。
セシリアは溢れ出しそうな涙をこらえ、頷いた。「心配なさらないで、カフラン。私が…ルカを守ります」
カフランの視線が、ルカへと向かった。ルカはベッドの傍に跪き、父の冷たくなっていく手を握った。カフランは最後の力を振り絞り、息子の手を固く握った。彼の目には、息子への誇らしさと申し訳なさ、そして重い願いが込められていた。
「ルカ…我が息子よ…お前は私を超える執事となるだろう」
彼は荒い息を繰り返し、血の気のない唇で最後の遺言を残した。彼の声は消えゆく蝋燭のように危うかったが、その内に秘められた意志だけは、鋼のようだった。
「お嬢様の影を超え…今や家を守る…剣となってくれ」
ルカの瞳が揺れた。影と剣。それは完全に異なる次元の話だった。
「影は…光に従うだけだが、剣は…自ら光を斬ることも、守ることもできる。時には…お嬢様より先に動き、時には…お嬢様の誤った判断を斬ってでも…この家を守らねばならない。それが…お前の運命だ」
遺言を終えたカフランの目から力が抜けていった。彼は生涯を捧げた家の幼い主人と、自分のすべてを受け継いだ息子を交互に見つめた。彼の目に、微かな安堵の笑みがよぎった。彼の手から力が抜け、長く、長い忠臣の人生が、静かに幕を閉じた。
父の死。ルカは茫然と、温もりを失った父の手を握っていた。生涯を感情の抑制と忍耐で生きてきた彼だった。しかし父の死の前で、彼の鋼のようだった統制力は、砂の城のように崩れ落ちた。
彼の目から、熱い涙が頬を伝って流れ落ちた。彼は自分の悲しみを主人の前で見せるのを耐えようと、唇を噛み締め、血が滲むほどだったが、涙は止まらなかった。
その時、セシリアが静かに近づき、彼の傍にしゃがみ込んだ。彼女は無言で手を伸ばし、彼の震える頬を撫でた。彼女の柔らかな指が、彼の顔を伝う涙を、慎重に拭った。主人が下僕の涙を拭うなど、この世にあってはならないことだった。
彼女は彼の耳元に、彼が聞いたどんな言葉よりも優しい声で、低く囁いた。
「泣きなさい、ルカ。大丈夫よ」
彼女はしばし言葉を止め、さらに力を込めて言った。
「もう…あなたは独りではないのだから」
その一言に、ルカの最後の理性の堤防が決壊した。彼は彼女の手の下で、子供のように堪えていた嗚咽を漏らした。それは父を失った悲しみの涙であり、自らの重い運命を受け入れる覚悟の涙だった。
セシリアは黙って、泣きじゃくる彼の肩をそっと抱きしめた。彼女はもはや、彼に守られるだけのお嬢様ではなかった。彼の悲しみを共に背負い、彼の傷を癒す、伴侶だった。
老執事の死で、キャプリン家の一つの時代は終わった。しかし、彼の遺志を継いだ新しい執事と、彼を慰め、共に悲しみを分かち合う新しい主人が、その場所に立っていた。二人の肩の上に、もはや避けることのできないキャプリン家の重い運命が、嵐のように降り注いでいた。




