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とりあえず僕は、その少女をなだめるように声をかけることにした。「君も家族を亡くしたの?…奇遇だね。僕もさ。本当に情けない奴だよ、僕は。」
彼女が埃っぽくて重そうな黒いヴェールをとると、金糸のような髪がふわりと風になびいた。 黒い瞳は驚きで見開かれており、顔立ちはかなり幼く見えた。 彼女は唇を噛み締めながら、その場に立ちつくしているが、怒りにその黒曜石さながらの瞳をぎらつかせて僕の腹にナイフを突きつけた。 『そうだ。お前はこの世の誰よりも情けない奴だ。ここで死して償え。』年頃の少女にしてはひどく荒々しい物言いで、食いしばったはの間から漏れ出た空気はその若い体には似つかわしくないスゥ、スゥ、と 危篤になった老人の呼吸のような音を立てていた。 たしかにここで死ぬのも悪くはない。兄さん達にようやく逢える。 そうだ、死こそ究極の自由なのだ。 そうに違いない。 それでもやはり生存本能のようなものが最後の足掻きをはじめたらしくそれがどうも、僕の心の先端に絡み付いては、滴る水のような気持ちがじんわりと嫌な恐怖感で腹の底を満たしてゆく。 せっかくこの美しい夜に死の機会を与えられたのだ。無視することなどできない。人生最後の、大いなる自由に身を委ね、夢を見ながらそっと瞼を閉じる。 とっぷりと溜まった恐怖に蝕まれながら。
希望と絶望、喜びと悲しみ、狂喜と恐怖… 矛盾した考えの間で板挟みになりながら死を迎えるとは、なんとも人間らしい最期だ。
彼女がナイフを持った手に力を込めると、貸りものの寝巻きの生地をそっと刃先が裁ち、人の体の外側の1番柔らかい肌に鋭い痛みが走る。 嗚呼、これが死か、甘美なる死なのか。
けれと彼女は突然手を止めて、僕の首ををこれまた万力のような力できつく締めた。
意識が酩酊しているなかで、彼女の罵声は、水の中で聴くジムノペディのようにぼんやりと聞こえてくる。 僕は地上に居ながら、すっかり水死体になったような気分でいた。
続きます




