中
チリン、と鈴が鳴る。
「いらっしゃいませ」
今日も変わらずに厨房に立っていた黒髪に、キエラは頬を緩ませる。
初めてこの店に来た時から、もう7年。
子供だったキエラも少年も、成長した。
キエラは美しい容姿にさらに磨きがかかり、金色の髪を風に靡かせ、意志の強そうな瞳は人々を魅了した。
そして少年は青年になり、同じ目線だったのが、頭ひとつ分高くなってしまった。黒い髪は短く、漆黒の瞳は凛としている。
互いに容姿は成長したが、関係性は客とウェイター、何も変わらなかった。
「珈琲とサンドイッチください」
「……かしこまりました」
この日キエラは初めて甘くない飲み物を頼んだ。いや、正確には、2回目だ。だが前回は子供だったため、苦くてミルクと砂糖を大量に入れて、珈琲牛乳にしてしまった。
『………美味しいですか』
『うん……』
その時の申し訳なさと言ったらなかった。
それからキエラはブラック珈琲を頼むのをやめた。
美味しく飲めるようになるまで封印したのだ。
それからというもの、キエラは家で一人、特訓をした。
父が珈琲好きなので、家にはお抱えのマスターがいる。
その人に淹れてもらって珈琲を飲んだ。
初めのうちは飲みきれず、父に代わりに飲んでもらっていたのが、ある日から突然美味しく感じ始めた。
これはイケる!と、意気揚々と今、珈琲を頼むに至った経緯である。
キエラはこの少年と出会った店、『篝珈琲店』に、月に一回以上は足を運んでは、カフェモカやカフェオレ、抹茶珈琲を頼むなどしていた。
「最初の動機は不純だったけど、ご飯も飲み物もすごく美味しいし、つい通ってしまったな……」
窓の外を見遣って、通り過ぎる人たちと車を眺める。
いつもの光景だ。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
運ばれてきたのは、サンドイッチと、艶のあるように見える、黒い珈琲。
「牛乳と砂糖置いときますね」
しれっと甘くするのだろう、という顔で見てきた青年に、キエラは誇らしげな顔をして、答える。
「いただきます。でも、私はもうブラックでも飲めるんですよ!」
「………本当に?」
青年は、初めて敬語を崩して、挑発するように口の端をあげてみせた。
そのさまが、想定外に格好良くて、キエラの心臓が跳ねる。
が、そこはキエラの自尊心が、動揺を顔に出すのを辛うじて抑えていた。
何事もないような顔で、キエラは青年が見守る中、珈琲を一口飲んだ。
「………おいしい」
キエラはまた一口、珈琲を飲む。
高い香りと、コクのある苦味。程よい酸味でスッキリとした後味だが、残る余韻にまた一口、新たに口に含む。
気付いたら、グラスに入っていた珈琲を、全て飲み干していた。
「……あ」
珈琲はゆっくりと、時間をかけて味わうものだろう。
キエラは自分がしでかした失態に、顔を赤らめた。
「ごめんなさい」
そうっとウェイターの青年を盗み見ると、青年は目を丸くしてキエラを見ていた。
「そんなに、美味しかったですか?」
「は、はい……。美味しすぎて、全部飲んでしまったので、もう一杯、頼んでもいいですか」
そういうと、青年は肩を震わせて笑い出した。
「くっ、ふふ…すみません……」




