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こりすま日記  作者: らいどん


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鏡花読書~活人形

活人形(いきにんぎょう)』(明治二十六年五月)



「どうも探偵小説が横行しては、純文芸物が売れが悪いですから、一ツ毒を制するに毒を以てすとやらで、探偵小説文庫を出して、安価でドシ〳〵売つて見ませう」(江見水蔭『自己中心明治文壇史』~全集作品解題より孫引)


 ――と、春陽堂が持ちかけた話に尾崎紅葉が乗って、硯友社内から「決死隊」を選抜して探偵小説なるものを書かせてみたのが、春陽堂の「探偵小説」というシリーズだったらしい。

「横行して」いた「探偵小説」とは主に、明治十五年から黒岩涙香が、それに続いて水田南陽が書いていた翻案小説――主にフランスの大衆作家、エミール・ガボリオやフォルチュネ・デュ・ボアゴベイらの活劇小説――のことで、涙香はオリジナル小説も手がけていた。

 この手の小説で探偵に求められるのは、推理力よりもむしろ冒険心や危機対処能力だったようで、今で言うミステリーを期待すると当てが外れる。水田南陽が日本にシャーロック・ホームズを紹介するのは、少しあとの明治三十二年(一部は二十七年)だった。

 また「安価で」とは、具体的には定価七銭となる。同時期に「風俗画報」が十銭、「太陽」が十五銭、「新小説」が十二銭だったというから、春陽堂の「探偵小説」シリーズは雑誌より安い単行本で、「平易の文章を以て」移動中の汽車のなかで読み切れるというコンセプトで出版されていた。


 鏡花が担当したのは「探偵小説 第十一集」にあたる。先の十集までは作者たちが変名を使っているので、リストを見ても誰が何を書いたのかわからない。鏡花だけが泉鏡花名義なのは、紅葉から雅号を授けられたのが嬉しかったのか、あるいは初の単行本が出たことを父親に示したかったからなのか。

 先に出版されていた作品を参考にして、見よう見まねで一気に書かれた作品で、本人としても書きたくて書いたわけではなかったのだろう。探偵小説と銘打たれたのは、生涯でこの一作のみになった。


 内容は、悪人によって邸に閉じこめられた美人姉妹を、探偵が救出するというもの。シリーズのコンセプト通りに平易な文章で、ご都合主義の内容が都合よく語られて、序盤から気抜けしてしまう。

 ただし中盤以降は、クリフハンガー的な場面で廻り舞台よろしく切り替えるカット割りの巧みさや、悪人たちの勢力が尻上がりに増していく、『冠弥左衛門』と同様の構成上の工夫があって、期待を下回らない出来を保っている。

 そして読みどころはやはり、監禁された女たちへの執拗な加虐、等身大の人形にまつわる怪奇描写、それに加えて「相馬の古御所」めいた邸に隠された仕掛けの数々であって、早書きを強いられた結果、かえって鏡花本来の性癖が露骨に示されることになった。

 さほど推理というものをするわけではない主人公、三日月傷の探偵の行動主義が、結果的に、謎解き物語に飽きた読者が半世紀後に求めることになったマイク・ハマー・シリーズのような、ニュー・ハードボイルド、ネオ・ノワールを思わせるものになっているのが、ちょっと面白い。



 黒岩涙香は明治時代の大人気作家だったのだが、今や西尾維新が戦場ヶ原ひたぎのセリフで「黒い悪い子」と読み換えた人名として記憶している人のほうが多いのかもしれない。

 涙香の翻案小説は、小学生のころに子ども向けに書き直された本で、『鉄仮面』や『巌窟王』を読んだ覚えがある。少年探偵団シリーズと似ている本だという認識で、江戸川乱歩がリライトした『死美人』(明14,15)も、同じころに古本屋で見つけて読んでいたのだが、記憶のなかのそれと『活人形』の文調はほぼ同じだった。

 鏡花の後の作品のなかにも、初期の探偵小説調の語り口は――謎めいた要素の強調、各キャラクターの外見的な引き立て方、思わせぶりな章題の付け方などといったかたちで――わずかに残されている気がする。


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