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こりすま日記  作者: らいどん


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鏡花読書~凱旋祭、堅パン、さゝ蟹

凱旋祭(がいせんまつり)』(明治三十年五月)


青空文庫

https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/3648_12114.html


 青空文庫のほかにも岩波文庫の『外科室・海城発電 他五篇』(川村二郎選)に収録された短い作品なので、読んだ方も多いのではないだろうか。


 完成された唯一無二の文体に色とりどりの意匠を凝らした『日本橋』(大3)のそれにはまだ及ばないとはいえ、冒頭の一節から、紫、紅、青、緑、真蒼に赤、黒と、原色づくしの描写が続く。けれども、鏡花といえばイメージされる美の世界がそこにあるわけではなく、描きだされるのは壮観と恐怖が紙一重の、恐いもの見たさの見世物的情景である。

 金沢兼六園で催された、日清戦争(明27-明28)の勝利を祝う凱旋祭のルポルタージュのような体裁を取ってはいるが、(おそらくは想像や誇張を交えて)そこで見たものを叙述する姿勢は、シュールレアリスム風というか、マジックリアリズム的というか。


 死体の蒼に血の赤で塗られた無数の提灯が、金沢兼六園内の高さ12mほどもある日本武尊(やまとたけるのみこと)立像の頭頂から八方に向けて張られた、弁髪を思わせる蕨縄(わらびなわ)に吊り下げられて、清国の敵兵の生首になぞらえられる。

 他にも園内では、山桜の大樹に毛布を掛けて作った巨象が形づくられ、竹竿で掲げられて楽隊を内蔵した大きな獅子舞が各町内から詰めかけ、全身を真っ黒に、脚だけを赤く塗った酔漢たちが連なる大ムカデの行列が駆け抜けて、グロテスクな狂乱に巻きこまれた戦争未亡人が静かに息を引き取る。


 この、世にも珍しい、イメージによる厭戦小説は――太平洋戦争の足音が迫る時期(1940.3~)に刊行されたために、反戦的な傾向が明白な初期作品(『琵琶伝』『海城発電』)が除外された――岩波の鏡花全集第一刷にもちゃんと収録されている。挑戦的な描写の実験のみならず、カモフラージュの意図も完遂したといえるのだろう。

 最後に突然、語り手が祖父に宛てた書簡の形式を取るのも、やはりカモフラージュの一手法だと思われる。

 たとえば1940年代から50年代にハリウッドで制作された、フィルム・ノワールといわれる犯罪や異常心理を主題とした映画では、厳しい倫理規制の検閲を逃れるために、やり玉に挙げられそうな描写を登場人物の回想や妄想として描く手法が多用された。こんな見方や経験をした人がいると枠物語の体裁を取ってみせることで、作り手の主張ではないとして難を避けたわけだ。追い詰められた表現者が取る手段は時代も場所も超越する。





(かた)パン』(明治三十年五月)


 明治時代には、九段下と本所菊川町間を、現在の路線バスのように往復していた赤馬車というものがあったそうで、それに類するものなのだろう、乗合馬車の車掌、(ごん)が主人公。

 粗暴きわまりない野獣のような外面の(うち)に、純粋で傷つきやすい心を秘めた男で、鏡花小説の典型的なキャラクターの一つである。以前「鏡花読書~三枚続、式部小路」で書いた内容に倣って、黒旋風(こくせんぷう)キャラとでも呼べばいいのか。


 鏡花の黒旋風キャラは哀しい末路を辿るのがお決まりで、本作でも美女と野獣の美女に振られた野獣になって、見世物小屋に身を落とす。

 題名の堅パンは、野獣が薄倖の美女にせっせとプレゼントをしていた菓子を指す。かつての官営八幡製鐵所のお菓子として知られ、今もお土産として売られているくろがね堅パンと同じようなものなのだろう(よく目にする乾パンよりもはるかに堅い)。


 鏡花らしい叙述の趣向が凝らされていないことに物足りなさを感じる作品ではあるが、当時の乗合馬車周辺の風俗描写は驚くことばかりで、まるで山田風太郎が書いた明治の奇想小説を読んでいるかのよう。そもそもそれを語る、読者に語りかけるような文体が、鏡花作品としては他に例がないタイプのもので、かつ読みやすい。

 先日、小村雪岱が挿絵を描いたことを知って興味を持った吉川英治の『かんかん虫は唄う』(昭和5) という小説を青空文庫で少し読んでみたのだが、これもよく似た調子の、いかにも大衆小説と呼ばれるにふさわしい、どこか懐かしく、バタ臭い文体である。

 日本の語り物から自然発生するようなものとは思えないので、おそらく明治初期の翻訳作品にこういう文体が使われていたのではないか、口語の文体を模索する途上にあった鏡花は、本作でそれを試験的に採用してみたのではないか……などと想像するのだけれど、元になったのは誰が訳したどんな作品だったのだろう。ちょっと気になってしまう。





『さゝ蟹』(明治三十年五月)


 これも鏡花がくり返し題材としている、金工師だった作者の父とその姻戚関係をモデルにした物語。

 亡くなった工人の名誉を守るために残された人々が苦境に陥るという設定は、本作以外にも『梟物語』(明31)、『無憂樹』(明39)、『ピストルの使い方』(昭2)などの諸作に共通するのだが、その同じ話が物語のなかのどのようなピースとして嵌めこまれるのかは、作品によってまったく異なる。常套手段を使ってもマンネリを感じさせることがなく、それどころかいつもの話かと油断した読者を予想外の展開で驚かせるためのきっかけにさえしてしまうのだから、鏡花の語りは作品を追う人を飽きさせない。


 彫金の名人、広常(ひろつね)が亡くなって、家には彼の母と彼の息子(つまり祖母と孫)の(かね)さんだけが残された。生前の借金を清算するために、残された作品や道具類はすべて債権者が持ち去ってしまう。(かまど)はおろか、金銀の削りかすが埋まっているからと、畳まで剥がしていったという話が実にリアルだ。

 がらんどうになった家に、糸屋に嫁いだお京が訪ねてくる。作中で「頗侠(すこきゃん)のお転婆(てんば)」などと呼ばれる、侠気を帯びたヒロインで、兼さんの再従兄妹(またいとこ)(つまり祖母のきょうだいの孫)にあたる。性質といい、続柄といい、『由縁の女』(大8)に登場する主人公礼吉の再従兄妹、針屋のお(こう)とほぼ同一人物と言ってもいい。


 物語の最後にこのお京が、広常の家の危機を助けるために、糸屋の金に手をつける泥棒になってやると宣言する、スカッとした侠気を見せるのが本作の眼目。広常が残した細工の小蟹(こがに)(つまりささ蟹)が命を得て夜更けの畳を駆けまわるという奇跡の場面が、この結末と、広常没後の成り行きを語る前半の間に置かれて、絶妙な効果を上げる。

 構成に目を向ければ、この短篇自体が工芸品的なバランス感覚、あるいは俳句の上の句、中の句、下の句の関係のような配置の妙で成り立っているわけで、物語を語る段取りにおいて、鏡花の美意識をみごとに具現化した作品だといえる。



余談だけれど……。


『さゝ蟹』や『なゝもと桜』は、現代仮名遣いでは『ささ蟹』や『ななもと桜』と書くべきだ。

 というのも、たとえば『ひゝらぎ』(柊)という小説があったとして、現代仮名遣いでは『ひいらぎ』となるから、『ゝ』をそのまま使うというルールが適用できない。『ゝ』を使わないように統一せざるを得ないことになる。


 ……とはいっても、やっぱり『さゝ蟹』とか『なゝもと桜』とか、いいなあと思いながら書いてみたくなるものです。


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