鏡花読書~五本松、立春
『五本松』(明治三十一年十二月)
鏡花がまだ上京する前、金沢で暮らしていたローティーンの頃の怪談。
主人公の語り手は、友だち四人と日がな一日山歩きを楽しんだ。
その帰り道、
▶此の神木に対し、少しでも侮蔑を加えたものは、立処に其の罰を蒙る◀
とされる五本松の傍らを、騒ぎながら通り過ぎたことで祟りを恐れるのだが、何事もなく帰宅する。
その夜、主人公は寝室の雨戸に石が当たる音を聞き、開いた窓のかなたに合戦の騒ぎのようなざわめきを聞く。やがて夢のなかで、友だちの一人が血まみれになった姿を見る。
翌日になって訪ねた友人もまた、同じざわめきを聞いたという。しかも起床時の彼の両手は、真っ赤に血塗られていた。
どこまでが実話なのか――語り手の体験の前に、かつて別の五人組が神木を侮蔑して罰を当てられた話を置く説話的工夫が面白い、というくらいの、なんでもない話。
五本松は、金沢市の摩利支天山宝泉寺境内にある実在の木で、のちの作品『町双六』(大6)、『夫人利生記』(大13)にも登場する。『鶯花徑』(明31)冒頭の火事で焼けた松もこれなのか?
検索をすれば、現在の五本松(三代目)脇にある、上記の引用部分が引かれた立て札の写真が見つかる。
〇
『立春』(明治三十二年一月)
一月元旦の日に、雪深い山道を登って両親の墓参りをする主人公。いわゆる鏡花の「墓参小説」の初期の一つ。
舞台は、鏡花の両親の墓があった向山墓地らしい。
随筆ふうに書かれていても、十八歳の主人公から聞いた話だとされていて、フィクションの体を取る。鏡花は数え十歳で母親を、二十二歳で父親を亡くし、本作を書いたときは二十七歳だった。
東京で作家業に忙殺されて、現実では両親の墓参りもろくにできなかったことが、主人公の年齢を引き下げた理由かもしれない。
とりたてて筋があるわけではないが、雪の底にある寒村からわらべ唄が聞こえてくるくだりなど、晩年の作にまで響く要素がある。




