鏡花読書~政談十二社
『政談十二社』(明治三十三年)
【青空文庫】
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現代の読者がタイトルから思い浮かべる予想をあっさりと裏切って、『政談十二社』は、オカルトめいた怪奇譚なのである。
「政談」とは、現代人が一般的な語義として知っている政治談義のことではなく、辞書にあるもう一つの意味、「政治、裁判などを題材とする講談」のこと。「大岡政談」として、大岡越前の名裁きの物語を指す場合が多い。
また「十二社」とは、江戸中期から明治中期まで、多くの料亭や茶屋、芸妓が集まった景勝地の名称。現在の西新宿四丁目近辺にあたる。
新宿中央公園の西端に「十二社」という名称の由来となった十二社熊野神社があり、十二社通りが走っていて、その西側一帯の住宅地があるあたり。近辺には東京都庁や新宿住友ビル、新宿パークタワー、東京オペラシティなどの超高層ビルがそびえている。
ここにかつては大きな二つの池があり(昭和43年に埋立てられた)、三遊亭円朝の『怪談乳房榎』の舞台になった瀧があり、汀には料亭が居並んで、人々が船遊びをしていたというのだから驚いてしまう。
と、そんな前提があって、しかも物語の結末では、迷信ともつかない話を主人公である裁判所の判事が一喝するのだから、発表当時の読者にしてみれば、とくに違和感もないだろうタイトルなのだった。
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以前の「鏡花読書」(2025/05/19)で採り上げた初期作品『妖僧記』では、不気味なストーカーの乞食坊主が登場したのだが、『政談十二社』はあきらかにその発展篇で、可憐な娘お米に、淫魔のような預言者の仁右衛門がつきまとう。
この仁右衛門というのが、子供のころに神隠しに遭った男で、七年ぶりに戻ってきた実家に秘伝の餡の製法を伝えると再び姿を消し、霊峰白雲山の庵室に籠もってしまう。実家は餡を使った菓子を売って大繁盛したのだが、そのうちに仁右衛門は人身御供のように女を要求するようになって、実家の財力によって差し出された女は精気を吸われるのか、都合十人の女たちが次々と絶命した。その頃には実家の家運も傾き、十一人目を差し出す余裕もなくなっている。
一方で仁右衛門は、日清戦争の戦況と勝利を次々と言い当てたことで、マスコミは彼のことを西洋流に「預言者」と賞賛して報じていた。それに増長したのか、仁右衛門は目をつけた美少女お米に精神的な罠を仕掛けて、自分の女になるように脅迫する。
……まるで柳田國男が収集した神隠し奇譚の総集編のような仰々しい怪人ぶりなのだけれど、主人公である裁判所の判事にその仁右衛門のことを語るのが、十二社の茶店の婆さんという「信頼できない語り手」であることが、近代小説らしい工夫を感じさせる。
その一方で、(あちこちに伏線が張られていたとはいえ)判事がお米を自分の妻にすることで仁右衛門を退散させるという解決策には唖然とさせられるのだし、結婚してもなお、お米が預言者の呪いに怯えているらしき末文は、作者が半ば神秘や迷信の側にいることを匂わせている。
いずれにせよ、鏡花小説において法曹関係者が登場すれば、物語はとんでもない飛躍をともなった結末を迎えるのが鉄則のようだ。




