鏡花読書~紅雪録、続紅雪録
『紅雪録』(明治三十七年)
長編『風流線』連載中の片手間に書かれたのであろう、正続合わせて108ページの中編。
明治三十五年、一月三十一日から二月十日にかけての十一日間、鏡花は同門の柳川春葉とともに、雑誌「新小説」四、五月号の特集企画「名古屋参り附り伊勢まゐり」の特派員として名古屋旅行をしている。当地では尾崎紅葉の愛読者であった和達菫(名古屋市電話交換局長の妻)という婦人が案内役を務めたという。
このときの見聞が、名古屋を舞台にした本作の下地となり、その和達菫という女性が主人公の姉のモデルになったのだそうだ(ネット上で読める、岡田洋司「『紅雪録』における泉鏡花の地方観」という論文に、その典拠が示されている)。
とはいっても本作では、名古屋の地方色がほとんど活かされていない。登場人物はほとんど標準語で話すのだし、舞台のあらかたは名古屋駅の駅舎内である。現地の風物といえば、料亭河文、長者町の花柳街、牡丹亭、「進歩」という銘柄の日本酒といった、名古屋を訪れなくても知れる程度の固有名詞をかすめるだけ。本格的な取材の跡が感じられる大阪や京都とはずいぶん扱いが違う。
鏡花にとって名古屋は、あまり印象に残った土地ではなかったようだ。
大雪に降り込められて遅延した汽車を待つ間、寒々とした名古屋駅の待合室で、主人公らしき青年が赤帽を相手に打ち明け話を語る、という枠物語。正篇はその導入部で、列車を待つ人々の混乱が面白おかしく描かれる。
〇
『続紅雪録』(明治三十七年)
さて、上の続編。
主人公にまつわる物語を叙述に添って解いていけば煩雑になるので、最終的にわかったことから書いていくと……。
(名古屋駅で遅延した列車を待つ間に、主人公のインテリ青年、深見千之助は、赤帽を相手に打ち明け話を語る。)
千之助は、恋愛にかんして非常に不運で不器用な男である。血のつながらない姉のことをずっと愛していて、その代替たる令嬢を見つけて恋い焦がれたのだが、思いを告げる間もなく令嬢は結婚して間もなく病死してしまった。
年始の休暇を利用して姉の嫁ぎ先がある名古屋に来たものの、旅行中で不在。帰りの駅に向かう途上で、ふと声をかけられた綾という婦人に誘惑され、別荘内で屈辱的な扱いを受ける。
その話を聞いた赤帽は、そんな獣みたいな女は殺したほうがいいと憤り、千之助も同意する。
ようやく到着した列車からは、偶然にも、旅先から帰った千之助の姉が降りてくる。この汽車に乗って帰るのだという千之助を無理やり引き留めた姉は弟を連れて、まるで道行きのように徒歩で自宅を目指す。
思いのほかの猛吹雪に、あわや行き倒れになりそうな二人は、例の淫婦、綾の別荘の前にたどり着く。
助けを求めて屋敷内に入ったところ、室内は血の海。先刻の赤帽が、綾を刺し殺していた。じつは綾は赤帽の兄の前妻で、一族の財産を食い尽くし、兄を発狂に至らしめた過去があった。千之助の話を聞いてブチ切れた赤帽は、ついに復讐を果たしたのだった。……
だから題名が『紅雪録』なのか。
それにしても無茶苦茶な話で、終幕に突然訪れる狂気と残虐は、珍品『雪の翼』(別題『本朝食人種』、明34)を思い起こさせる。
前置きと本筋の分量があまりにもアンバランスだし、千之助が姉に再会してからの描写は妙に段取りめいているしで、けっして出来がいいとはいえない。




