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こりすま日記  作者: らいどん


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鏡花読書~七草、お弁当三人前

『七草』(明治四十二年)


 囲碁六段という以外は何も書かれていなくて、稼業が棋士なのかどうかはわからないが、どことなく名人気質の頑固おやじを家長とする、それほど裕福とも思えない家の次男が正月七草の日に嫁を迎える、結婚式の一幕。

 ごく内輪の家族と媒酌人だけの、つつましやかな結婚式の様子が、明治の庶民の晴れの日を覗き見るようで面白い。

 いささか酩酊したおやじの放言ざんまいが両家の出席者を困惑させるのだが、最後にはそれが、家族が腹蔵なく話し合える場を設けて、うるさい姑たちの口を封じさせる目的を持っていたことがわかって、めでたく幕を閉じる。

 鏡花には異色の、なんだか木下恵介アワー・おやじ太鼓、みたいな家族小説なのだった。


 とはいえ、鏡花らしいところが皆無というわけではない。

 出席者が語る、新郎新婦の出会いのエピソードでは、「虫きき」(虫の声を聞いて風流を楽しむこと)の名所であった道灌(どうかん)山の暗闇から蝋燭を手に姿を現した女のこと、そしてその女が、やはり虫がらみの数奇な縁で新郎と結ばれたことが語られて、ちょっとした神秘の味つけも忘れていない。


 この小説は新郎側の媒酌人である「私」の視点で描かれていて、この「私」は否応にも鏡花自身を想起させる。

 というのも、家長のおやじは鏡花小説におけるこのタイプの人物の常として、鏡花の伯父(母の次兄)であり、宝生流シテ方松本家の養子となった、豪放磊落で鳴らした松本金太郎がモデルに違いないと思えるのだし、鏡花の実体験でもある、その叔父と「私」との旅行の話が作中で語られている。また式には鏡花の実弟の泉斜汀を思わせる「私の弟」も付き添いで出席しているから、ますますリアリティが増している。


 現実でも鏡花は媒酌人を務めたことがあるのだが、これはこの小説が書かれた三十年以上先の、昭和14年4月24日(死の五ヶ月前)のことだった。

 佐藤春夫の甥・竹田龍児と谷崎潤一郎の娘・鮎子との婚姻がそれで、鏡花は谷崎に、仲人をするのはこのときが初めてだと言ったという。

 それを信じればこの小説は多分にフィクションなのだけれど、もしかしたら若いころにも、ざっくばらんな挙式に仲人役のようなもので担ぎ出された経験があったのかもしれない。



『お弁当三人前』(明治三十九年)


 作品リストを見るたびに気になっていた、不思議な題名の小品。

 九歳の少年が、今の母親がじつは継母(ままはは)であることを知る。教えてくれたのは、知り合いのおばさんだと思っていた実母の妹で、以後、少年は継母を疎んで、ある日、家出をして遠くのおばさんのもとに行こうと、登校時間前に出発する。

 少年の計画を知った親友とその妹が、旅中の食料にと、それぞれ自分のお弁当を差し出すという話で、なんのことはない、それが題名の「お弁当三人前」なのだった。


 これもまた、上に挙げた叔父の松本金太郎方で、母の実妹中田きんと面会したときの記憶がもとになっているようだ。また鏡花には、実母すずの没後に父親が迎えた後妻を嫌がって追い出したという少年時代の暗い思い出もある。

 小説の最後で少年は、友だちの妹のいじらしさに惹かれて家出の中止を決意するわけで、ジュブナイルとはいえ、ちゃんと母と女をめぐる鏡花小説になっている。


 漢文調のことばで書かれているわりには、内容がまったくの児童文学であるのが奇妙なのだけれど、当時の小学校では「遊園地に遊びに行きました。」みたいな内容を「吾一瓢(いっぴょう)を携え××園に遊ぶ。」といった語調で書かされていたのだから、子供としては言文一致体よりもこちらのほうが親しみがあったのだろう。

 この小説が最初に発表されたのは『日本の家庭』明治三十一年一月号だったが、そのときは会話部分だけが掲載されていたという。地の文が加えられた本編が明治三十九年七月の『文芸倶楽部』に掲載されたのだが、発刊元の博文館には『少年世界』という少年誌があったのに、なぜ大人向けの雑誌にリライトされたものが掲載されたのか、よくわからない。


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