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こりすま日記  作者: らいどん


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鏡花読書~縁結び、雌蝶

『縁結び』(明治四十年一月)


 作者の故郷、金沢での墓参りにともなうドラマを扱った、「墓参小説」と呼ばれる一連の作品の一つ。


 帰郷での講演会を終えて宿に戻った清川を、宴会で見知ったお君という芸妓が訪ねてくる。そのお君が、自分を産んですぐに亡くなった母親のことを知りたがっていると察した清川は、彼女を思い出の場所に案内する、という話。


『太平記』や謡曲『熊野(ゆや)』などからの引用部分にちょっと引っかかるかもしれないが、鏡花作品としては異例なほど読みやすい。哀れな女の最期を達意の文章で余すところなく伝える佳品ではある。

 ……なのだけれども。

 清川の詠嘆的な一人語りに終始する物語は一方的で、押しつけがましさすら感じさせる。結局は彼がお君を連れ回すだけで、『春昼』を思わせる余韻を漂わせるものの、さしたる意外性もなく終わってしまう。


 有名どころではない鏡花小説を読んでみたくて、たまたまデジタルで読みやすそうな本作を読んだ、という人は、つまらないと思うかもしれない。

 その感想は素直で正しいと思う。この時期の鏡花の典型を示す意味では優れているが、熱量に欠ける印象は否めない。



吉田昌志「NHK文化セミナー 泉鏡花」による「墓参小説」リスト

『一之巻』(明29)、『笈摺草紙』(明31)、『立春』(明32)、『縁結び』(明40)、『国貞ゑがく』(明43)、『町双六』(大6)、『卯辰新地』(大6)、『由縁の女』(大8)、『夫人利生記』(昭2)、『ピストルの使い方』(昭2)、『卵塔場の天女』(昭2)、『縷紅新草』(昭14)





雌蝶(めちょう)』(明治四十年一月)


 なんの不思議もない、市井のありふれた結婚騒動を描いた話なのだけれど、語られる内容と、それを物語るべく駆使された技巧が驚くほど噛みあっていない、まるで鏡花がいかに不思議な作家であるのかを知らしめるためにあるような作品だった。


 冒頭十ページほど、主人公らしき人物はしきりに行動しているのに、主語がない文章が続く。読んでいる側は(描かれている風俗も馴染みのない昔のものだから)濃霧のなかを引き回されているようで、さっぱりわけがわからない。

 たとえば上田秋成の『雨月物語』の「白峰」のように、冒頭で諸国を行脚しているのが誰なのかしばらくわからないという、主語の省略が当たり前に可能な日本語に固有の書き方がある。けれども隠された主体が西行法師であったことに驚かされる「白峰」に対して、本作の場合、ようやく明らかになった主語がごく平凡な「私」なのだから、物語的な仕掛けとしては隠す意味がない。

 伝統的などというより、技巧を誇示するための技巧に思えてしまう。


 読んでいるうちに次第に見えてくるのは、きわめて小市民的な設定で、小石川あたりにあると思われる、浮世絵の先生の先ちゃん(私)の家を舞台に、同居や通いの弟子たち、従妹の美女とその弟、近所の元お妾さんとその娘(綾子)による疑似大家族的なコミュニティ内で繰り広げられる、通俗味たっぷりの世話物語世界である。

 ご近所のアイドル綾子ちゃんが関西者の男と結婚する、こりゃ許せない、綾ちゃんを駕籠でさらって救い出せ、というタイミングで火事騒ぎが勃発……という、てんやわんやの騒動が描かれる。

 いや、すくなくとも、てんやわんやの騒動の、下準備までは整えられるのだけれど……。


 後半にいたって物語のトーンは一変。

 ドタバタコメディの下地はすべて放棄されて、宵闇の庭を逍遥しつつ、綾子の来し方や行く末を草花や蝶になぞらえながら「私」が黙想することになる。

 迷いの末に「私」が下す結論は、ごく普通の人倫に属するものであって、そのことをありふれた草花にからめて語る、豊穣きわまりない修辞の数々が、この小説の読みどころ、ということになったままで終わるのだから、あっけにとられるばかり。

 いや、鏡花作品をすべて読みたいと思っている読者からすると、この奇怪な逸脱っぷりが面白いのだけれど。


 なぜこんな他愛もない話に、語りの超絶技巧の数々が尽くされているのか。

 もてあますような技巧を手に入れた作家は、こういう個人的な実験をしてみたくなるものなのだろうか。


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