鏡花読書~吉原新話
『吉原新話』(明治44年3月)
全集で90ページの、長めの短編。
また「花柳もの」か、と思って読みはじめてみると、なんと吉原の引手茶屋の座敷を借りて現実に開催された「怪談会」の様子に取材したらしき、虚実ない交ぜのホラー怪作だった。
鏡花の支持者たちが集まって怪談を披露しあう、いわゆる百物語のような会合「化物会」が、明治41年7月11日の夜更けから行われたと、最新の年譜には書かれている。また「国民新聞」の記事には、明治42年8月23の夜から24日の朝にかけて、吉原仲の町水道尻の引手茶屋兵庫屋の二階座敷で開催されたと書かれていて、どちらが第何回目なのかはわからないが、記事に紹介されたエピソードからして、主な背景になったのは後者の会合だと思われる。
出席したと書かれているメンツからすると、作中の女性の二人組はどうやら長谷川時雨と、もう一人は、まさか江木欣々ではあるまいが、朱絃舎浜子かもしれないし、欠席したとなっているモテ俳優(実際は出席)は喜多村緑郎のことだろうか。作中で目立った存在である巨漢の箏曲家は、残された写真の風貌からしても鈴木鼓村という人に違いないと思うのだし、どちらの会に出席したのかわからないが、洋画家は『草迷宮』の口絵も描いている岡田三郎助がモデルなのかもしれない(鏡花とは、奥さん同士が親友付き合いの仲だったという)。
当夜の出席者が語ったそのものかどうかは不明だが、出席者が原稿に起こしたらしき怪談は、改めて誌上怪談会として雑誌「新小説」に掲載された。同年、柏舎書楼刊の単行本『怪談会』(明治42年刊)にまとめられ、それが『泉鏡花〈怪談会〉全集』(春陽堂 2019年刊、東雅夫編)として復刻されている。鏡花が柏舎書楼版に載せた序文も復刻版に収録されているのだが、「ちくらが沖(伝説の海域、筑羅が沖)」と「千倉ヶ沖(房州千倉港の沖海)」という同じ音を持つことばが、その序文と『吉原新話』作中の双方で使われていることからも、両篇のつながりがうかがわれる(「千倉ヶ沖」は、この怪談会に取材したもう一つの短編『海異記』の舞台でもあった)。
作中の前半で描かれた怪談会の模様は、例によって執拗なほどに濃密な文体で書かれていて読みにくいのだが、実際の会合の雰囲気が写し取られているのではないかと気づいたとたん、読むのが楽しくなる。
新吉原での怪談会当時、鏡花は満三十五歳で、もちろん紅葉没後であり、すずとは夫婦になっているのだけれど、作中の鏡花自身を思わせる主人公青年はまだ若くて、秘密に芸妓と同棲している逸話からして、鏡花だけが数年ほど若い姿で、一参加者として会合に出席しているといった設定である。
まあ、例によって読後にヒヤリ、しみじみするような怪談だろうと決めつけて読んでいると、主人公の青年が吉原に来すがら出くわした奇怪な老婆が、命を刈り取る死神のような正体を現して、怪談会の参加者と対話するという後半の展開にびっくり。鏡花にあるまじき、ストレートなホラーである。
とはいっても……。
その死神老婆が、『草迷宮』で秋谷悪左衛門が語ったのと同様だと思われる異世界の原理を出血大サービスよろしく聞かれるままにペラペラと明かしてくれるのが、恐いというより、むしろ可笑しい。『貞子 vs 伽椰子』じゃないけど、セルフパロディ的な感触が否めない。
読みごたえがあり、怖くも楽しくもあるのだけれど、当時の鏡花支持者に対するサービスめいた肩透かしも感じられる、なんともいえない作品なのだった。
※文中、「最新の年譜」とは「新編泉鏡花集 別巻二」に収録のもの、「国民新聞」記事とは『泉鏡花〈怪談会〉全集』附録に収録のものです。
また、鏡花による『怪談会 序』は、青空文庫にも収録されています。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/47336_28597.html




