鏡花読書~夕顔、蒔絵もの、懸香、浮舟
『夕顔』(大正四年)
指物師の勘七が、昔の馴染みで、今は他人の妾になってしまったお駒と密会をしようと、うらぶれた待合を訪れるのだが、そこで女を待つ間、悲惨な話を聞いたり、不吉な予兆に出くわしたり、生理的嫌悪を掻き立てられたり、陰鬱な気分に陥ったり……が次々に連鎖して、気が狂ってしまう。
さしたる事件がなくても、偶然の偶然に負の要素が重なれば、人は発狂するかもしれないという、一種の思考実験的な発想が面白い。
〇
『蒔絵もの』(大正四年)
別題『箱根三妓』。
現在(大正)の山中に、能楽『紅葉狩』のような場面が出現するという、絵面を揃えてみせることが眼目のような、ちょっと高踏的な話。ストーリーも何もあったものではない、マニアック作品。
〇
『懸香』(大正四年)
別題『不知火』。
夜更けの海辺を、蛍のようにただよう黒い提灯の噂。村の若者が海から引き上げた全裸の女には、首がなかった……。
またしても怪談かと思いきや、すべての謎を一つにつないで解き明かす、悲しい事実が判明する。
あいかわらずの厄介な文体はともかく、あらすじだけなら「新青年探偵小説傑作選」のようなアンソロジーに収録されていてもおかしくないような怪奇ミステリなのだった。
夢野久作の『死後の恋』や、大阪圭吉の『とむらい機関車』(ともに青空文庫で読めます)といった同趣向の名作と肩を並べるグロテスク・ミステリを鏡花が書いていようとは、なんとも驚き。
また本作は、『春昼』や『沼夫人』などと舞台を同じくする「逗子もの」の一篇でもある。
→[逗子を舞台にした鏡花作品]
『起請文』(明治35)、『舞の袖』(明治36)、『胡蝶之曲』(明治38)、『悪獣篇』(明治38)、『月夜遊女』(明治39)、『春昼』(明治39)、『春昼後刻』(明治39)、『草迷宮』(明治41)、『頬白』(明治41)、『沼夫人』(明治41)、『尼ヶ紅』(明治42)、『海の使者』(明治42)、『色暦』(明治43)、『爪びき』(明治44)、『桜貝』(大正4)、『女波』(大正4)、『懸香』(大正4)、『二三羽――十二三羽』(大正13)
〇
『浮舟』(大正五年)
またしても、恋に未練な女の幽霊話、なのだけれど……。
変わった構成と、この時期に顕著な、能楽を思わせる趣向や幽玄な文体で新鮮に読ませる。
二重、三重にひねって反転させた『菊花の契』といった印象。




