鏡花読書~傘
『傘』(大正十三年一月)
――――――――――――あらすじ――――――――――――
金沢の旅宿で借りた番傘が太くて持ち重りがする。北国ならではの、雪を凌ぐための頑丈さである。あらためて想い出すと、往来を往き来する人々が持った傘が目についてならない。東京では傘の持ち方はマナーに従うが、ここではそれぞれが、個性豊かな持ち方をしている。
散策ののち、妻が待つ宿に戻って昼寝をしている間に、わたしの従姉のお光からの電話があった。電話を受けた妻によると、御馳走をするのでぜひ訪ねてきてほしい、長男の雄ちゃんの結婚式が間近なので、滞在を延ばして列席してくれないだろうか、とのこと。
また宿で番傘を借りて、お光の家に向かう。先方では鱈の酒塩鍋がふるまわれる。いざ杯を傾けようとしたとき、雷が鳴り響いて、雷恐怖症のわたしは吊ってもらった蚊帳に潜りこんで震えてしまう。
そういえばと、わたしは震災の二日前の出来事を想い出して皆に語る。その夜も雷鳴が鳴って、明かりを消した部屋で縮こまっていた折りに、女中が来客を取り次いだ。深川の者だと名乗る見知らぬ女性で、お土産にと女郎花の花束を置いて去って行ったという。……
お光の家では、結婚を控えた雄ちゃんに加えて、三男の十三が夜学から戻って賑やかになる。十三は帰り道で雨に降られて、交番で傘を借りてきたそうだ。その蛇の目傘には女郎花が描かれていて、ちょうど交番で保護された女の持ち物だという。巡査はすぐに返すようにと条件付きで貸してくれた。カーテンの向こうに裸足を覗かせた女は狂女のようだ。その話を聞いた雄ちゃんの顔が曇る。
従姉の家からの帰りには、わたしたち夫婦を雄ちゃんと十三が駅まで送ってくれた。十三は交番で借りた傘を、ついでに返すつもりで持参している。
「十坊、その傘をちょっと見せてくれよ」
と、雄ちゃんが十三の持つ傘を手に取った。街灯の下で開いた内側を覗きこんだ雄ちゃんは、
「あっ、『玉』と書いてある」
と言うなり、傘を手放す。突風にあおられた傘は、空へと舞い飛んで行く。
「結婚はやめます。小父さん、僕は玉という芸者と、こっそり結婚の約束をしていたんです」
わたしは、雄ちゃんを連れて電車に乗った。
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あらすじを読むと、切れ味鋭い短篇のように思える。実際、秀逸な短篇だとは思う。けれども実際に筋が動き出すのはごく終末の部分であって、冒頭からは傘をめぐる随想のような記述が延々と続く。この部分が、なかなか読みづらい。
関東大震災(大正十二年九月一日)から二ヶ月ほど経った同年十一月に、鏡花はすず夫人とともに金沢に帰郷している。目的は寺院詣でと、仏師に摩耶夫人像の製作を依頼するためだった。このときの見聞が、『傘』の題材になったのだろう。
『傘』は、鏡花と金沢の係わりや姻戚関係をある程度知っていて、最近の作者の動向に注意を払っている読者に向けて書かれている。末尾の一行で「わたしの友だちが――此を話した」とはぐらかされているが、設定としての「わたし」はあきらかに鏡花自身である。
それはそれで、内輪の崇拝者向けに書かれる傾向が強い後期作品の常套だとして、なんとなく焦点が合わないように読み解けないのは、前半で濃やかに描かれる「傘」の描写に引っかかる部分が多いからだった。
たとえば、前半に集中する傘の描写に、こんなものがある。雨が小止みになって、傘を閉じた人が多い往来の描写である。
▶露を厭うとも見えない女房の、裾短に、紺の鯉口を着たのが、手を恁う横に突出して、傘の蜻蛉の糸を指に掛けて、ぶらりと宙に釣って行く◀
▶轆轤を腰骨に押当て、柄を長く横すじかいに突出して行く職人がある◀
▶一人が洋傘を畳んで、ずる〳〵と引摺って、一方の持った傘一つに相々傘で行くのがある◀
……洋傘を引きずるというのはわかるのだけれど、和傘に関する部分がさっぱりわからない。和傘というものは触ったこともなくて、なんとなく洋傘と同じ仕組みに油紙を貼ったものだと思っていたのだけれど、どうやら洋傘と和傘というものは、かなり違うもののようだ。以下、にわか勉強のまとめ。
和傘、唐傘、番傘、蛇の目傘……。
まず整理すると、唐傘とは、和傘のこと。ちょっと意外だが、鏡花の時代では同じものを指すことばだ。
蛇の目傘は、開いたときに輪っかになる模様が描かれて、柄の先の握り手の部分に籐が巻かれている。やや木組みが細い。番傘は蛇の目傘を簡素にしたもので、商店の屋号が描かれたものも多い。持ち手は太く、竹のままである。
ここまでは辞書で引けばわかるようなことなのだが、初めて知って驚いたことがある。和傘と洋傘は閉じたときの天地が逆になる、ということだ。
洋傘は布面が細まった先端が、すぼめたときに下に向ける石突きになって、丈夫なものはステッキのようにも使える。それに対して和傘は、握り手の先端が石突きである。反対側の傘の頭に頭ヒモがついていて、閉じた状態でぶら下げて運ぶようになっている。
傘の骨を先端でまとめる部分の部品を頭轆轤(上ろくろ)、開閉するときに押し上げる部品を手元轆轤(下ろくろ)という。
この頭轆轤を外側から包んで縛った和紙(あるいは布)が、花弁が四枚の花のような形になっている。普通はこの紙のことを頭紙、または合布と言うらしいのだが、鏡花はこれを独自に「蜻蛉」と呼んでいるようだ。
つまり、上に引用した文章中にある「傘の蜻蛉の糸」とは、頭ヒモのことである。
ついでに知ったことを書いておくと……。
洋傘を閉じたときにカチッと留めるための三角形の部品を下はじきと言うのだが、和傘の場合は半開きの状態の位置に下はじきがある。この位置で止めると、驟雨を描いた浮世絵などでよく見かける、風に飛ばされずに雨をよける状態になる。柄のほうを下にして置くのが前提なので、閉じた状態を保つ下はじきは付いていない。洋傘のつもりで傘の頭を下にして立てかけると、自然と開いてしまう。
畳んだときには洋傘は骨に張った布が外側にフレア状になるが、和傘では張った和紙が骨の内側に収まる。これもまた逆である。
……なるほど。和傘のことを知っていれば読み解ける描写ではあるが、ストーリー部分にたどり着くまでの障壁が、洋傘しか知らない読者にはなかなか厄介である。




