鏡花読書~柳の横町
『柳の横町』(大正八年五月)
私大の教師、今岡敬之助は、芝、山内の料理屋、青錦楼の女中お銀と恋仲にある。お銀の実家は未払いが溜まり、母親が受刑するかどうかの瀬戸際にあるほど貧窮している。それを知っても、教師の薄給ではどうすることもできない。今岡は恋人が代議士の大築重郎の妾になることをみすみす見逃すしかなかった。
……と、芸者や女郎が料理屋の女中に変わっただけで、『逢ふ夜』(明44)、『萩薄内証話』(大5)、『鴛鴦帳』(大正7)など「他人の妻」のモティーフを引き継いだ花柳ものの流れにある設定である。直近でこれだけ繰り返されれば、いいかげん趣向を変えてほしいと、読者としては思ってしまう。
とはいえ、同趣の繰り返しを嫌う鏡花のこと、なんらかの新味が加えられることも期待して読み進める。なるほど、確かに変化はしている。けれども、ページをめくるつれて見えてくるそれは、小手先の工夫に留まらない、なにやら作風そのものに及ぶような変化のようだ。
鏡花の悲恋物語といえば、追い詰められた男女による、血の涙を流す愁嘆場や、命を燃焼させる抵抗がつきものなのだが、今回の男女に限っては、さほど激した様子を見せることもない。金と権力と傲慢に抗う姿勢を表立てず、つき合いの深い男女の遊戯的な馴れ合いを引きずりながら状況を悲観し続ける。
そんな無気力な退嬰的気分、デカダンスがテーマだともいえる作品である。
鏡花は本質的にはオプティミストであって、悲劇的な作品においても、主人公はなにかしらの意志を貫くことで救済の道を見出す。ところが本作の敬之助は、女の旦那になった大築に怒りを向けることを諦め、全財産をはたいて芝居がかった死の舞台――精神的に死んだとみなした自分を横たえる棺――を墓場に設えて、「死ぬ気ではなかったが」と書き残して死んでしまう。そして女も「ツイ、ふらふらと」と同調して心中する。そんな彼らの死に場所が、買収した墓掘りが棺桶をケチって埋めこんだ、腐った風呂桶だったのだから笑うに笑えない。
たとえば長篇『芍薬の歌』は、デカダンスなムードに包まれた作品だと言われることが多いのだが、それはあくまでも描写の基調における話であって、結末では生き残った主人公たちの前向きな姿勢が示される。死んだ者の死も、けっして無駄にはされない。けれども本作の男女は「ツイ、ふらふらと」死を受け入れる虚無感のうちに、もののついでのような抵抗を示すだけだ。
資質に背いたペシミズムを描く鏡花の筆は鈍く感じられるのだが、そんな躍動感を殺したタッチこそが本作の狙いなのかもしれない。初読の際にはそんなことがわかるはずもなく、読みながらストレスが溜まるばかりだ。不慣れなことを筆力でねじ伏せている感があり、だらだらと無駄な長さが生じているようにも思えてくる。
ようやく作品の狙いが理解できるのは、男女が持て余した怒りや復讐の感情を鍛冶屋の金助という脇役が肩代わりをした傍らで、二人のさびしい死にざまが示される、最後の八、九行においてである。
鏡花なりに時代の空気を映したのだろうか。珍しいタイプの退屈さをこらえながらの読書になったのだが、それでも最後まで読めば、『柳の横町』という地味なタイトルにふさわしく、ひっそりと埋もれた傑作を読んだのではないかと思わされる。不思議な魅力をもつ作品だった。
〇
上の覚え書きを書いてから、『泉鏡花事典』の解題を読んだ。
この作品に関しては、『事典』の解題の元になった全集の作品解題に対してかなりの加筆がなされている。
終幕の男女の死は、「たわむれの埋葬をしおに、今岡が女と決別し、新しく活き返るつもりだったのが、男は女の手にかかり、濡れ手拭いを男の顔に、己は舌噛み切って生命を絶つはめに陥る」と(つまり女による無理心中であると)まとめられている。最後の現場検証的な記述を汲み取った解釈だが、男の筆跡で「死ぬ気ではなかったが」という遺書がある以上、結局は「新しく活き返るつもりだった」のかもしれない気持ちを覆した(無理心中ではなく同意の上での)心中と見てよいのではないか。
また同じく『事典』では題名の由来を「蒼々と茂る柳に、女主人公のお銀が涼傘をたてかけたことから……」と説明するが、落とした傘を立てかけたのは鍛冶屋の金助であるから、この記述は誤りである。
事典と銘打つ以上、間違いがあってほしくはないのだが、先日も書いた『金時計』での間違いといい、『泉鏡花事典』の加筆部分にはどうも問題があるようだ。




