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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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87 社交と月光と、

謝罪をしながら会話に割って入る。社交性のない修道女は日常会話を交わす友さえいない。一日言葉を発しないままに終えることもあれば、誰とも目を合わせず挨拶もしないときもある。そのようにしか生きてこなかったため、他者に明るく声をかけるといったことができない。這いつくばって地面さえ見ていれば何がしかが起こって丸く収まってくれる。そう他責を極めていた思考を両断したのは、鞘から金属が引き抜かれるときに発する甲高い金属音だった。

背筋に震えが走る。ひょっとするとここで死ぬのかも知れない。修道女の頭の中で誰も反論をせずに「そうだ」と肯定の絶叫が木霊する。私はここで死ぬ。


「ロ、ジェ様…お放しを、く、首が、ぐえッ」


男の後ろからした呻き声に張り詰めた緊迫が払いのけられた。

抜剣は地面に刺さり、大男は慌てて少年を介抱している。


「お? おお! 許してくれラヒム! 生きてるか!」

「力が……力が強い…………人の事を軽々と持つのはやめてくださいとあれほど……」

「すまない、お前が小さいというのをいつも忘れる。おっ、なんだ良い蹴りだ! もっとこい!」

「貴方って人は!……そこの貴方! どなたかは知りませんが顔を見せなさい」


棘のある心地よい物言いに、ちらりと目線をあげた修道女だったが、刺さる二つの視線に耐えられずふたたび顔を背けてしまった。

ぱちりと薪が爆ぜる。男が舌打ちをした。しかしもう一人の大男は剣を鞘に納めると女の前に膝をついた。


「火のそばは熱いだろう。立つといい。ところで君は誰だ」


答えようとした女の肩を分厚い手が押さえつける。肉と骨をがっちりと掴まれたので女は捌かれる前の鶏を思い浮かべた。自分の肩の筋肉をこれほど意識したことはない。次の瞬間、修道女はぶらりと宙に浮いていた。

動転して脚をばたつかせることも忘れる女の前で大男はにかりと白い歯を見せて笑う。


「いやぁ力の加減が難しいのだ。肩は外れていないか? 入れるが」


人形のように真っ直ぐ立たされながら修道女は苦々しく笑った。肩は燃えるように痛んでいる。


「貴方、さきほど執行部の前で平身低頭していらっしゃった方ではありませんか?」

「そうなのか?」

「そうですよ。長司祭が見事な身のこなしだと褒めていらっしゃったではありませんか。確かフラーケ教会の方だとか。お名前は?」

「な、名乗る程の者では…」

「は? 名乗れと言っているんですが」

「フッ!! フラーケ教会のハリエットと! ハリエットと呼ばれています……」

「呼ばれています? その喋り方直した方がいいと言われたことはありませんか。何を考えているか知れませんがハリエットですと真っ当に名乗ればよいのです」

「はいッ、ハリエットでございます! 申し訳ございません! 申し訳ございません…!」

「ラヒムがそう言うならそうなのだろう。してハリエット殿。私はロジェ・アルバン、長司祭をしている。こっちはラヒム、私の助祭だ。頼りになるぞ。何か用件がおありなら承るが」


そんな風に優しい事を言ってもらえると思っておらず、修道女は固まってしまった。

それに長司祭というのは聞いたことがなかった。もしかしたらとんでもない高位の方に話しかけてしまったのかも知れない。そう思うと思考はぐるぐると渦を巻き始めたが、相手に聞かせるための大きな舌打ちに正気に戻った。


「わ、私は御白さまのお世話を任じられております…!!……御白さまはお邸に向かわれたのですが、私は本日の寝床や水浴など、どうすればよいのかわからないのです!! 御白さまの護衛の方に訊ねろと教えていただいたのですが、護衛の方もどなたかわからず…!」

「おしらさま?」

「あ!!! 私が勝手にあの方をそうお呼びしているのです…! 申し訳ありません…!」

「どうどうどう、落ち着きなさい。馬の嘶きのように元気なお嬢さんだ。乗馬がしたくなってくる。ラヒム、私の」

ラヒムと呼ばれた少年が直ぐに答える。

「馬は就寝中です。先程青草ととうもろこしを与えて上げたでしょう。起こすというなら構いませんが、夜の遠乗りは危険ですので早朝になさるのが宜しいかと」

「そうだな、そうしよう。あぁそうか、どこかでお見かけしたような気がしたが、天使様の従者の方か。執行部ディードを前にして見事な滑り込みであった。栗鼠が木の実を取るために巣穴から飛び出てきたときのようだったぞ」


がはは―――空気が炸裂したような、よく通る大声で笑う長司祭を助祭が半目で睨んでいる。助祭はうるさいと言いかけたが、伏せていた修道女がぱっと顔を上げて、わかりやすく快活な笑顔を見せたので片眉をあげて驚く。


「天使様? 天使様とおっしゃるのですか? やはりあのお方は天使なのですね!」


ようやくしっかりと顔を見せたと思うと、目元を隠す前髪が鼻の頭にまで掛かっている。(修道女といっても様々な者がいるが……)ラヒムは厄介な気配を感じて目を細めた。






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